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15 秘密
シエルとその婚約者の関係だが、卒業パーティーの件を切っ掛けに仲が深まった──と、言いたいところであるが、そうとは言いがたい状況であった。
レストは不敬覚悟で自分を、大げさではなく命を懸けて守ってくれた。なのに自分は彼に隠し事をして生きていかなければならないのだ。
それにまだ時々思い出すグレイのこと。レストを見ると後ろめたさからか、どうしてもグレイのことを思い出してしまうのだ。
シエルは不誠実な自分に悩み、思いきってラフィーに相談することにした。
第一王子たちを手玉?に取っていたラフィーならばエッセと違ってよいアドバイスをしてくれるに違いない。
「『影』のことを秘密にしていることと、その『王族の影』さんのことが気になっていることを秘密にしているのが辛いってことですよね」
「はい」
「シエル様はファブロス伯爵令息がお嫌いなのですか?」
「いいえ。話は合うし、二度も私を救ってくれました。もともと、その・・・好意を持っていまして、彼との婚約は素直に嬉しいのです。
貴族の結婚ですもの。相手には全く期待していなかったので、私はとても幸せなんだと思います。
でもレスト様の背中に庇われ、守られた時のことを思い出すたびに、『王族の影』様に感じた安心感も思い出してしまうのです。これはレスト様に対してとても不誠実なことで──」
そう、シエルはラフィーに心の内を打ち明けた。
「シエル様は真面目なのですね」
ラフィーはシエルを安心させるようににっこり笑うとこう言った。
「では『秘密』を打ち明けるのではなく、『秘密がある』ってことを打ち明けてはいかがでしょう?」
「秘密があることを打ち明ける、ですか?」
「そうです。私が学園に通っていたころにはお二人は婚約しておられましたよね?でも学園での距離感はそれまでとはほとんど変わらないものだったように見えました」
一応ランチは一緒に摂っていたのだが、ラフィーは第一王子たちと中庭だった──が、確かにそれ以外に婚約者としての交流と言えるようなものはしていない。
「ファブロス伯爵令息もシエル様との距離感、悩まれているのではないでしょうか。あの方常識もあって良い人っぽいですし、不敬覚悟でシエル様を守ってくれるほど、シエル様を想ってくれている、なんですよね?」
(そうだわ。私は自分のことしか考えていなかったけれど、私が彼とのことを悩んでいるように、彼も私とのことを悩んでいるかもしれないわ)
「『秘密がある』と伝えることが誠実かは分かりませんし、ファブロス伯爵令息がどう思われるかは賭けですが、このままの関係が続くよりシエル様が何故一歩踏み出せないのかは知ってもらった方が良いと思います」
スキルは消えたけれど、ヒロインの勘です。と、ラフィー様は自信たっぷりに言いきった。
「ありがとうございます、ラフィー様。私、彼と話してみますわ」
その表情を見てラフィーは安心する。先程までのシエルはどこか思い詰めたような様子だったが、心が決まったようである。
友達になって欲しいと声を掛けてから、助けられてばかりだったシエルの力になれたことが、単純に嬉しかった。
あとは二人がうまく行きますようにと願うのみ。
シエルは決心を胸に紅茶店を後にした。
途中、以前レストと話をした公園に差し掛かった時──
「あ・・・」
偶然レストと出会ってしまった。
「はい、どうぞ」
シエルは公園でレストからホットティーを受け取った。
シエルは自分で払うと言ったのだが、婚約者に払わせるなんて甲斐性のないことをさせないでと強めの笑顔で言われてしまった。
紅茶の温度以外はあの時と変わらない。
「ありがとうございます・・・」
(確かに決心はしたのだけれど、今じゃないの、今じゃ)
シエルは頭の中で混乱していた。
顔を見ることが出来ない。
まだどんな風に切り出すかも、なんと話すかも決めていないのだ。
「その・・・困らせてしまっただろうか?」
レストがおもむろに口を開いた。
「婚約。色々悩んでいるみたいだから・・・私のことが嫌い・・・なのだろうかとか、他に好きな人がいたのだろうか、とか、色々、理由を考えてみたのだが──」
シエルは思わずレストを見た。
彼は暖をとるように両手で紅茶を持ち、視線も紅茶に固定していた。
その表情は、学園での彼とは比べ物にならないくらい暗かった。
(私は彼にこんな顔をさせてしまっていたのね)
シエルの瞳から涙がこぼれた。
申し訳ないやら、情けないやら、勉強や仕事なら淡々とこなせるのに、自分のこととなるとままならない。
大司教に──『影』にさえスカウトされなかったら、普通に婚約者として楽しく過ごせていたのだろうか。
「泣かないでくれ。すまない。そんなに嫌われているとは思わなくて。あ、いや、誰か別に婚約したい人がいたのか。今夜にでも父に話して婚約を白紙に──」
「・・・です」
「え?」
「違うのです。嫌いじゃないです。他に、気になる人がいないって言うと嘘になるかもしれないのですけど、あなっ、あなたとの婚約は、うれしかったのですっ」
「え?」
「わ、わた、し、どうしてもあなたに話せないことがあって、それを隠し続けることが辛くてっ、気になる人というのも、その話せないこと関連で出会った人で、顔も、知らない人なのです。
でも、それなのに、あなたと婚約してうれしいって思うことが、不誠実で、申し訳なくてっ」
レストは手に持った紅茶を一気に飲み干すと、空になった容器をゴミ箱に投げ入れた。
不意にうつむくシエルの頭にジャケットが被せられ、レストの硬い声が聞こえた。
「──失礼するよ」
(怒らせてしまっ──ひっ!?)
その声色から怒らせてしまったのかと思った瞬間、シエルの体が浮いたのだ。
驚きのあまり涙が引っ込む。
この感覚には覚えがあった。──抱き上げられたのだ。
横抱きにされたことで、再びグレイのことが脳裏に浮かんだ。婚約者の腕の中でそんなことを考えてしまう自分に嫌気がさす。
ジャケットのせいで周囲が見えないがどこかに移動しているようだ。
シエルはかぶせられたジャケットが冷めた紅茶で汚れないようにすることに集中した。
レストは不敬覚悟で自分を、大げさではなく命を懸けて守ってくれた。なのに自分は彼に隠し事をして生きていかなければならないのだ。
それにまだ時々思い出すグレイのこと。レストを見ると後ろめたさからか、どうしてもグレイのことを思い出してしまうのだ。
シエルは不誠実な自分に悩み、思いきってラフィーに相談することにした。
第一王子たちを手玉?に取っていたラフィーならばエッセと違ってよいアドバイスをしてくれるに違いない。
「『影』のことを秘密にしていることと、その『王族の影』さんのことが気になっていることを秘密にしているのが辛いってことですよね」
「はい」
「シエル様はファブロス伯爵令息がお嫌いなのですか?」
「いいえ。話は合うし、二度も私を救ってくれました。もともと、その・・・好意を持っていまして、彼との婚約は素直に嬉しいのです。
貴族の結婚ですもの。相手には全く期待していなかったので、私はとても幸せなんだと思います。
でもレスト様の背中に庇われ、守られた時のことを思い出すたびに、『王族の影』様に感じた安心感も思い出してしまうのです。これはレスト様に対してとても不誠実なことで──」
そう、シエルはラフィーに心の内を打ち明けた。
「シエル様は真面目なのですね」
ラフィーはシエルを安心させるようににっこり笑うとこう言った。
「では『秘密』を打ち明けるのではなく、『秘密がある』ってことを打ち明けてはいかがでしょう?」
「秘密があることを打ち明ける、ですか?」
「そうです。私が学園に通っていたころにはお二人は婚約しておられましたよね?でも学園での距離感はそれまでとはほとんど変わらないものだったように見えました」
一応ランチは一緒に摂っていたのだが、ラフィーは第一王子たちと中庭だった──が、確かにそれ以外に婚約者としての交流と言えるようなものはしていない。
「ファブロス伯爵令息もシエル様との距離感、悩まれているのではないでしょうか。あの方常識もあって良い人っぽいですし、不敬覚悟でシエル様を守ってくれるほど、シエル様を想ってくれている、なんですよね?」
(そうだわ。私は自分のことしか考えていなかったけれど、私が彼とのことを悩んでいるように、彼も私とのことを悩んでいるかもしれないわ)
「『秘密がある』と伝えることが誠実かは分かりませんし、ファブロス伯爵令息がどう思われるかは賭けですが、このままの関係が続くよりシエル様が何故一歩踏み出せないのかは知ってもらった方が良いと思います」
スキルは消えたけれど、ヒロインの勘です。と、ラフィー様は自信たっぷりに言いきった。
「ありがとうございます、ラフィー様。私、彼と話してみますわ」
その表情を見てラフィーは安心する。先程までのシエルはどこか思い詰めたような様子だったが、心が決まったようである。
友達になって欲しいと声を掛けてから、助けられてばかりだったシエルの力になれたことが、単純に嬉しかった。
あとは二人がうまく行きますようにと願うのみ。
シエルは決心を胸に紅茶店を後にした。
途中、以前レストと話をした公園に差し掛かった時──
「あ・・・」
偶然レストと出会ってしまった。
「はい、どうぞ」
シエルは公園でレストからホットティーを受け取った。
シエルは自分で払うと言ったのだが、婚約者に払わせるなんて甲斐性のないことをさせないでと強めの笑顔で言われてしまった。
紅茶の温度以外はあの時と変わらない。
「ありがとうございます・・・」
(確かに決心はしたのだけれど、今じゃないの、今じゃ)
シエルは頭の中で混乱していた。
顔を見ることが出来ない。
まだどんな風に切り出すかも、なんと話すかも決めていないのだ。
「その・・・困らせてしまっただろうか?」
レストがおもむろに口を開いた。
「婚約。色々悩んでいるみたいだから・・・私のことが嫌い・・・なのだろうかとか、他に好きな人がいたのだろうか、とか、色々、理由を考えてみたのだが──」
シエルは思わずレストを見た。
彼は暖をとるように両手で紅茶を持ち、視線も紅茶に固定していた。
その表情は、学園での彼とは比べ物にならないくらい暗かった。
(私は彼にこんな顔をさせてしまっていたのね)
シエルの瞳から涙がこぼれた。
申し訳ないやら、情けないやら、勉強や仕事なら淡々とこなせるのに、自分のこととなるとままならない。
大司教に──『影』にさえスカウトされなかったら、普通に婚約者として楽しく過ごせていたのだろうか。
「泣かないでくれ。すまない。そんなに嫌われているとは思わなくて。あ、いや、誰か別に婚約したい人がいたのか。今夜にでも父に話して婚約を白紙に──」
「・・・です」
「え?」
「違うのです。嫌いじゃないです。他に、気になる人がいないって言うと嘘になるかもしれないのですけど、あなっ、あなたとの婚約は、うれしかったのですっ」
「え?」
「わ、わた、し、どうしてもあなたに話せないことがあって、それを隠し続けることが辛くてっ、気になる人というのも、その話せないこと関連で出会った人で、顔も、知らない人なのです。
でも、それなのに、あなたと婚約してうれしいって思うことが、不誠実で、申し訳なくてっ」
レストは手に持った紅茶を一気に飲み干すと、空になった容器をゴミ箱に投げ入れた。
不意にうつむくシエルの頭にジャケットが被せられ、レストの硬い声が聞こえた。
「──失礼するよ」
(怒らせてしまっ──ひっ!?)
その声色から怒らせてしまったのかと思った瞬間、シエルの体が浮いたのだ。
驚きのあまり涙が引っ込む。
この感覚には覚えがあった。──抱き上げられたのだ。
横抱きにされたことで、再びグレイのことが脳裏に浮かんだ。婚約者の腕の中でそんなことを考えてしまう自分に嫌気がさす。
ジャケットのせいで周囲が見えないがどこかに移動しているようだ。
シエルはかぶせられたジャケットが冷めた紅茶で汚れないようにすることに集中した。
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