【完結】訳あって『王都の影』、やっています

Debby

文字の大きさ
15 / 17

15 秘密

 シエルとその婚約者の関係だが、卒業パーティーの件を切っ掛けに仲が深まった──と、言いたいところであるが、そうとは言いがたい状況であった。
 レストは不敬覚悟で自分を、大げさではなく命を懸けて守ってくれた。なのに自分は彼に隠し事をして生きていかなければならないのだ。
 それにまだ時々思い出すグレイのこと。レストを見ると後ろめたさからか、どうしてもグレイのことを思い出してしまうのだ。

 シエルは不誠実な自分に悩み、思いきってラフィーに相談することにした。
 第一王子たちを手玉?に取っていたラフィーならばエッセと違ってよいアドバイスをしてくれるに違いない。

「『影』のことを秘密にしていることと、その『王族の影グレイ』さんのことが気になっていることを秘密にしているのが辛いってことですよね」
「はい」
「シエル様はファブロス伯爵令息がお嫌いなのですか?」
「いいえ。話は合うし、二度も私を救ってくれました。もともと、その・・・好意を持っていまして、彼との婚約は素直に嬉しいのです。
 貴族の結婚ですもの。相手には全く期待していなかったので、私はとても幸せなんだと思います。
 でもレスト様の背中に庇われ、守られた時のことを思い出すたびに、『王族の影グレイ』様に感じた安心感も思い出してしまうのです。これはレスト様に対してとても不誠実なことで──」

 そう、シエルはラフィーに心の内を打ち明けた。

「シエル様は真面目なのですね」

 ラフィーはシエルを安心させるようににっこり笑うとこう言った。

「では『秘密』を打ち明けるのではなく、『秘密がある』ってことを打ち明けてはいかがでしょう?」
「秘密があることを打ち明ける、ですか?」
「そうです。私が学園に通っていたころにはお二人は婚約しておられましたよね?でも学園での距離感はそれまでとはほとんど変わらないものだったように見えました」

 一応ランチは一緒に摂っていたのだが、ラフィーは第一王子たちと中庭だった──が、確かにそれ以外に婚約者としての交流と言えるようなものはしていない。

「ファブロス伯爵令息もシエル様との距離感、悩まれているのではないでしょうか。あの方常識もあって良い人っぽいですし、不敬覚悟でシエル様を守ってくれるほど、シエル様を想ってくれている、なんですよね?」

(そうだわ。私は自分のことしか考えていなかったけれど、私が彼とのことを悩んでいるように、彼も私とのことを悩んでいるかもしれないわ)

「『秘密がある』と伝えることが誠実かは分かりませんし、ファブロス伯爵令息がどう思われるかは賭けですが、このままの関係が続くよりシエル様が何故一歩踏み出せないのかは知ってもらった方が良いと思います」

 スキルは消えたけれど、ヒロインの勘です。と、ラフィー様は自信たっぷりに言いきった。

「ありがとうございます、ラフィー様。私、彼と話してみますわ」

 その表情を見てラフィーは安心する。先程までのシエルはどこか思い詰めたような様子だったが、心が決まったようである。
 友達になって欲しいと声を掛けてから、助けられてばかりだったシエルの力になれたことが、単純に嬉しかった。
 あとは二人がうまく行きますようにと願うのみ。

 シエルは決心を胸に紅茶店を後にした。
 途中、以前レストと話をした公園に差し掛かった時──

「あ・・・」

 偶然レストと出会ってしまった。



「はい、どうぞ」

 シエルは公園でレストからホットティーを受け取った。
 シエルは自分で払うと言ったのだが、婚約者に払わせるなんて甲斐性のないことをさせないでと強めの笑顔で言われてしまった。
 紅茶の温度以外はあの時と変わらない。

「ありがとうございます・・・」

(確かに決心はしたのだけれど、今じゃないの、今じゃ)

 シエルは頭の中で混乱していた。
 顔を見ることが出来ない。
 まだどんな風に切り出すかも、なんと話すかも決めていないのだ。

「その・・・困らせてしまっただろうか?」

 レストがおもむろに口を開いた。

「婚約。色々悩んでいるみたいだから・・・私のことが嫌い・・・なのだろうかとか、他に好きな人がいたのだろうか、とか、色々、理由を考えてみたのだが──」

 シエルは思わずレストを見た。
 彼は暖をとるように両手で紅茶を持ち、視線も紅茶に固定していた。
 その表情は、学園での彼とは比べ物にならないくらい暗かった。

(私は彼にこんな表情をさせてしまっていたのね)

 シエルの瞳から涙がこぼれた。
 申し訳ないやら、情けないやら、勉強や仕事なら淡々とこなせるのに、自分のこととなるとままならない。
 大司教に──『影』にさえスカウトされなかったら、普通に婚約者として楽しく過ごせていたのだろうか。

「泣かないでくれ。すまない。そんなに嫌われているとは思わなくて。あ、いや、誰か別に婚約したい人がいたのか。今夜にでも父に話して婚約を白紙に──」

「・・・です」
「え?」
「違うのです。嫌いじゃないです。他に、気になる人がいないって言うと嘘になるかもしれないのですけど、あなっ、あなたとの婚約は、うれしかったのですっ」
「え?」
「わ、わた、し、どうしてもあなたに話せないことがあって、それを隠し続けることが辛くてっ、気になる人というのも、その話せないこと関連で出会った人で、顔も、知らない人なのです。
 でも、それなのに、あなたと婚約してうれしいって思うことが、不誠実で、申し訳なくてっ」

 レストは手に持った紅茶を一気に飲み干すと、空になった容器をゴミ箱に投げ入れた。

 不意にうつむくシエルの頭にジャケットが被せられ、レストの硬い声が聞こえた。

「──失礼するよ」

(怒らせてしまっ──ひっ!?)

 その声色から怒らせてしまったのかと思った瞬間、シエルの体が浮いたのだ。
 驚きのあまり涙が引っ込む。
 この感覚には覚えがあった。──抱き上げられたのだ。
 横抱きにされたことで、再びグレイのことが脳裏に浮かんだ。婚約者の腕の中でそんなことを考えてしまう自分に嫌気がさす。
 ジャケットのせいで周囲が見えないがどこかに移動しているようだ。
 シエルはかぶせられたジャケットが冷めた紅茶で汚れないようにすることに集中した。
感想 1

あなたにおすすめの小説

本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。 だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。 だって、ここは現実だ。 ※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。