【完結】腹が立つことに、私は世界に試されているらしい

Debby

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第1章 表

6 特別ですよ

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「今日は皆さまへのお礼にクッキーを焼いて来たんです」

 いつもの昼休憩の中庭で、カイエはそう言って手作りのクッキーの袋を皆に配った。

「へぇ、手作りなんだ。ありがとう」
「カイエは器用なんだね」
「手作りクッキーなんて貰ったのは初めてだよ」

 みんなそう言って受け取ってくれたが、後でゆっくり頂くよとポケットへ仕舞ってしまった。この場で食べて喜んでいる所を見たかったし、味の感想も聞きたかったが、後でゆっくり味わいながら食べたいのであれば仕方がないなと思う。
 フリンツだけはひとつ摘まんで「おいしい」と言ってくれた。

 カイエは最後の一袋をレックスに差し出した。

「レックス様もどうぞ」
「ありがとう。リーエング男爵令嬢」

 皆の手の中にある菓子袋を横目に少し戸惑ったように受け取るレックスに、もしかしてみんなにもクッキーを渡したことに拗ねてくれているのかしら・・・と、カイエはそんなレックスの態度をうれしく思い、可愛らしく微笑んで小さな声で囁いた。

「実は、レックス様のにだけ他の方には入ってないお味のクッキーが入っているんです。特別ですよ」

 プレッサから「運命」なのだと物語の内容を聞かされたカイエは、それまでは憧れであったレックスを異性として好きになり、名で呼ぶようになっていた。
 この国では家族や恋人、婚約者など特別な者にしか名を呼ばせない風習があるため、それを否定しないレックスに対し、カイエ自身も周囲もなのだと思った。
 カイエの言葉を聞いてふっと笑うレックスを見ると、カイエも満足そうに笑った。
 レックスも後からゆっくり味わうのか、大事そうにお菓子の包みをポケットにしまった。





「グルーク公爵令嬢からは何も言って来ないの?」

 公爵家の一室でお茶を飲んでいると、プレッサがカイエにそんなことを聞いて来た。
 通されたのはプレッサの私室なのだが不思議なことに国中どこに行っても目にすることのできるサクラの木を、この部屋の窓からは見ることが出来ない。それどころか公爵家の敷地でサクラの木を見たことがなかった。

 プレッサは基本自宅療養であるため、友人と会うにはカイエが公爵家に出向く必要がある。
 公爵家の使用人と言えば皆貴族家出身のはず。
 貴族の中でも底辺である男爵家出身のカイエ。おそらく使用人のほとんどがカイエより身分が上であろう公爵家にはじめて足を踏み入れたときはとても怖かった。男爵令嬢が公爵令嬢と友達になれるわけがないと、また価値観を押し付けられたらどうしようかと考えていたためだ。
 しかしそんなカイエを公爵家の使用人は皆優しく迎え友好的に接してくれたため、徐々に緊張も取れていった。
 体が弱く、幼いころから一人で過ごしていたプレッサが初めて招いた友人である。使用人たちはカイエに感謝こそすれ、身分差を理由に蔑むなどあり得なかった。

「ん~、一度レックス様の元に行く途中、廊下で注意されたことがあります」

 何を、とは言わず「注意された」という事実だけ伝える。それを聞いたプレッサは思い当たる節があるようで「やっぱり」と独り言ちた。

「レックス様とフィオレは政略であまり仲が良い婚約者ではないのよ。だけどレックス様のことを好意的に思っているフィオレにとってカイエは面白くない存在──という設定なの。これからも何か言われるかもしれないわね。イベルノ様やエディ様の婚約者もやってくるかもしれないわ」

 あのときは歯牙にもかけられていないと感じたが、やはり嫉妬していたのか。ちょっとした優越感を感じる。
 だけど嫌だな、ともカイエは思った。何を言われるのかはわからないが、これまで私が培ってきた経験から生まれた価値観を私情や嫉妬から否定されることはもうたくさんだった。

「そういえばあなたはそろそろ治癒魔法に目覚めるはずよ。そして浄化魔法にもね」
「え?私、神聖魔法が使えるようになるんですか?」
「そうよ。物語の主人公は『聖女』になることによってフィオレ・グルーク公爵令嬢に匹敵する地位を手に入れるんですもの」

「せいじょ、ですか?」
「そうよ。聖女・・・聖なる乙女。『治癒』と『浄化』どちらかしか使えないただの神聖魔法の使い手とは一線を画す神聖魔法の使い手のことよ。──100年前に現れて当時の王太子と結ばれたサクラ・センエンティ王妃殿下と同じ魔法を使いこなすようになるあなたのことなの。

その力のおかげでレックス様との婚約が認められるだけの地位が得られるのよ」

「聖なる、乙女・・・」

 未来の国王であるレックスの隣にふさわしいその神秘的な響きに、カイエは夢見心地で窓から覗くサクラの花びらひとつない青い空を見上げた。
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