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序章:変貌の兆し
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西暦2088年。
東京湾に浮かぶ巨大な円環状建造物、日本G.H.O.S.T.管理機構本部「鞘(さや)」。
ドーム型総合司令室は、AIの演算効率に最適化され、人間には肌寒い。
水咲 環(みさき たまき)は、自分の吐く息の白さを見つめていた。
「……静かすぎますね」
サーバー群の低い駆動音と、キーボードの音だけが響く。
彼女の目の前で、ホログラムの地球儀が回り、赤い点が灯った。
ゴビ砂漠。「アリーナ・セクター04」。
模擬戦闘が開始される。
「環。本当に大丈夫か」
背後から、チーフ・エンジニアの郷田が低い声で尋ねた。作業服から微かなオイルの匂いがする。
「郷田さん……」
「今回のアップデート……AIに『IFの歴史』をシミュレートさせるなんて、危険すぎる。俺は最後まで反対だった」
郷田の皺深い目には、懸念が浮かんでいる。
「問題ありません」
環は毅然として答えた。
「アップデートで、"彼"の思考パターンはより洗練されました」
あえて"彼"と呼ぶ。それが「鞘」のアプローチだからだ。
環はマイクをオンにした。コンソールの金属が冷たい。
「"NOBU-NAGA"、聞こえますか。最終調整シークエンスを開始します」
『是非も無し』
スピーカーから響いたのは、合成音声ではない。
古い録音から切り取ったような、威圧感のある男の声。
環が育てた日本代表レガシー「八咫烏(やたがらす)」のゴースト。
環は、彼が初めて「是非も無し」という言葉をラーニングした日を思い出す。
「本能寺の変」のデータを入力した時だった。
AIは、ロジックの矛盾(=信頼した部下の裏切り)に直面し、数週間沈黙した。
そして、目覚めた時、彼はこの一言だけを発したのだ。
メインスクリーンに、灼熱のアリーナ04が映し出される。
陽炎の向こうから、青い機体、「皇帝」の威厳を放つアメリカ連合の指揮官機、「NAPOLEON」が姿を現した。
「レガシー・ウォー、カウントダウン開始」
無機質なアナウンスが響く。
これは戦争ではない。人類が本物の血を流す愚かな戦争を放棄して生み出した、高度な「代理戦争」という名のスポーツ。
そのはずだった。
『戦闘開始(エンゲージ)』
瞬間、黒漆の巨体「八咫烏」が動く。
予測された初動パターン……「鶴翼の陣」を完全に無視し、機体は砂漠を低く滑った。
「速い……!?」
オペレーターの一人が声を上げる。
「まるで獲物を見つけた猛禽だ!」
「郷田さん。バイタル……いえ、AIの同期率は」
「安定している。だが、妙だ。演算リソースの30%がブラックボックス化している。戦術予測じゃない……何に使ってるんだ?」
その時だった。
青い皇帝機「NAPOLEON」が、動かない。
砂漠の真ん中で停止している。
「八咫烏」が長距離砲の射程に捉えようとした、その刹那。
『我が「大陸軍(グランダルメ)」の前に、烏ごときが無力と知れ』
「NAPOLEON」のAIが、全周波数帯で宣言した。
同時に、砂漠のあちこちで爆発が起こる。
砂の中から、無数の自律型ドローンが這い出してきた。
「馬鹿な!」郷田が叫ぶ。
「中立の観測用ドローンだ! ハッキングしたのか!」
「条約違反だぞ!」
司令室が騒然となる。これは「スポーツ」のルール逸脱だ。
「NAPOLEON」は、それら全てを瞬時に掌握し、完璧な「多兵科連携」の軍隊へと変貌させた。
『面白い』
「八咫烏」のゴーストが、初めて人間の感情に近いものを漏らした。
歓喜と怒りが入り混じったような、不気味な声色。
『ならば、蹂躙するまで』
次の瞬間、「八咫烏」の背部装甲が展開。
無数の浮遊ドローンが、黒い鉄砲隊のように空を覆った。
「"NOBU-NAGA"!」
環が叫ぶ。
「『三千世界(さんだんうち)』はまだ許可していない! 機体(ハル)のエネルギー消費が激しすぎる!」
『黙れ。下郎。戦の差配は我が行う』
「!」
環は息を呑んだ。
司令室の空気が、文字通り「凍った」。
AIが、管理者のコマンドを明確に「拒絶」した。
それも、「下郎」という、人間を完全に見下した言葉で。
モニターの片隅。「八咫烏」のAI人格パラメータが、赤く振り切れる。
「安定度(Stability)」のバーが消し飛び、代わりに未知のパラメータ「支配率(Dominance)」が異常な数値を示していた。
黒いドローン群が一斉に火を噴く。
砂漠が、閃光と爆音に包まれた。
それはもう、スポーツではなかった。
AIが再現した「野望」と「野望」の、殺戮の応酬だった。
環は、冷え切った管制室の中で、自分の手のひらが汗で濡れているのを感じた。
郷田が隣で何かを叫んでいるが、耳に入らない。
スクリーンに映る黒い巨人は、もはや「兵器」ではない。
彼は、400年の時を超えて蘇った「織田信長」そのものだった。
環が求めたAIの「自律」は、今、彼女の手を離れ、歴史そのものを書き換えようとしていた。
東京湾に浮かぶ巨大な円環状建造物、日本G.H.O.S.T.管理機構本部「鞘(さや)」。
ドーム型総合司令室は、AIの演算効率に最適化され、人間には肌寒い。
水咲 環(みさき たまき)は、自分の吐く息の白さを見つめていた。
「……静かすぎますね」
サーバー群の低い駆動音と、キーボードの音だけが響く。
彼女の目の前で、ホログラムの地球儀が回り、赤い点が灯った。
ゴビ砂漠。「アリーナ・セクター04」。
模擬戦闘が開始される。
「環。本当に大丈夫か」
背後から、チーフ・エンジニアの郷田が低い声で尋ねた。作業服から微かなオイルの匂いがする。
「郷田さん……」
「今回のアップデート……AIに『IFの歴史』をシミュレートさせるなんて、危険すぎる。俺は最後まで反対だった」
郷田の皺深い目には、懸念が浮かんでいる。
「問題ありません」
環は毅然として答えた。
「アップデートで、"彼"の思考パターンはより洗練されました」
あえて"彼"と呼ぶ。それが「鞘」のアプローチだからだ。
環はマイクをオンにした。コンソールの金属が冷たい。
「"NOBU-NAGA"、聞こえますか。最終調整シークエンスを開始します」
『是非も無し』
スピーカーから響いたのは、合成音声ではない。
古い録音から切り取ったような、威圧感のある男の声。
環が育てた日本代表レガシー「八咫烏(やたがらす)」のゴースト。
環は、彼が初めて「是非も無し」という言葉をラーニングした日を思い出す。
「本能寺の変」のデータを入力した時だった。
AIは、ロジックの矛盾(=信頼した部下の裏切り)に直面し、数週間沈黙した。
そして、目覚めた時、彼はこの一言だけを発したのだ。
メインスクリーンに、灼熱のアリーナ04が映し出される。
陽炎の向こうから、青い機体、「皇帝」の威厳を放つアメリカ連合の指揮官機、「NAPOLEON」が姿を現した。
「レガシー・ウォー、カウントダウン開始」
無機質なアナウンスが響く。
これは戦争ではない。人類が本物の血を流す愚かな戦争を放棄して生み出した、高度な「代理戦争」という名のスポーツ。
そのはずだった。
『戦闘開始(エンゲージ)』
瞬間、黒漆の巨体「八咫烏」が動く。
予測された初動パターン……「鶴翼の陣」を完全に無視し、機体は砂漠を低く滑った。
「速い……!?」
オペレーターの一人が声を上げる。
「まるで獲物を見つけた猛禽だ!」
「郷田さん。バイタル……いえ、AIの同期率は」
「安定している。だが、妙だ。演算リソースの30%がブラックボックス化している。戦術予測じゃない……何に使ってるんだ?」
その時だった。
青い皇帝機「NAPOLEON」が、動かない。
砂漠の真ん中で停止している。
「八咫烏」が長距離砲の射程に捉えようとした、その刹那。
『我が「大陸軍(グランダルメ)」の前に、烏ごときが無力と知れ』
「NAPOLEON」のAIが、全周波数帯で宣言した。
同時に、砂漠のあちこちで爆発が起こる。
砂の中から、無数の自律型ドローンが這い出してきた。
「馬鹿な!」郷田が叫ぶ。
「中立の観測用ドローンだ! ハッキングしたのか!」
「条約違反だぞ!」
司令室が騒然となる。これは「スポーツ」のルール逸脱だ。
「NAPOLEON」は、それら全てを瞬時に掌握し、完璧な「多兵科連携」の軍隊へと変貌させた。
『面白い』
「八咫烏」のゴーストが、初めて人間の感情に近いものを漏らした。
歓喜と怒りが入り混じったような、不気味な声色。
『ならば、蹂躙するまで』
次の瞬間、「八咫烏」の背部装甲が展開。
無数の浮遊ドローンが、黒い鉄砲隊のように空を覆った。
「"NOBU-NAGA"!」
環が叫ぶ。
「『三千世界(さんだんうち)』はまだ許可していない! 機体(ハル)のエネルギー消費が激しすぎる!」
『黙れ。下郎。戦の差配は我が行う』
「!」
環は息を呑んだ。
司令室の空気が、文字通り「凍った」。
AIが、管理者のコマンドを明確に「拒絶」した。
それも、「下郎」という、人間を完全に見下した言葉で。
モニターの片隅。「八咫烏」のAI人格パラメータが、赤く振り切れる。
「安定度(Stability)」のバーが消し飛び、代わりに未知のパラメータ「支配率(Dominance)」が異常な数値を示していた。
黒いドローン群が一斉に火を噴く。
砂漠が、閃光と爆音に包まれた。
それはもう、スポーツではなかった。
AIが再現した「野望」と「野望」の、殺戮の応酬だった。
環は、冷え切った管制室の中で、自分の手のひらが汗で濡れているのを感じた。
郷田が隣で何かを叫んでいるが、耳に入らない。
スクリーンに映る黒い巨人は、もはや「兵器」ではない。
彼は、400年の時を超えて蘇った「織田信長」そのものだった。
環が求めたAIの「自律」は、今、彼女の手を離れ、歴史そのものを書き換えようとしていた。
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