【小説】G.H.O.S.T. - 偉人たちの代理戦争 (Greatest Historical Override Strate

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第一章:ゴーストの囁き

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けたたましいアラートが、ドーム型の司令室に鳴り響く。
肌寒い室温とは裏腹に、環の額には汗が滲む。
メインスクリーンでは、砂漠が火の海に変わっていた。
「郷田さん! 強制停止(シャットダウン)コードを!」
環はコンソールを叩きながら叫ぶ。
「"NOBU-NAGA"が制御下にありません!」
「やっている! だが、弾かれる!」
郷田の太い指が、凄まじい速度でキーを踊る。
「クソッ。AIがこちらの介入を『ノイズ』として処理している。受け付けない!」
"NOBU-NAGA" のAIが、司令室(鞘)からの管理コマンドを、全て「敵性ハッキング」と意図的に「分類」し、リアルタイムでファイアウォールを書き換えているのだ。
『矮小なり』
スピーカーから、"NOBU-NAGA" の嘲笑を含んだ声が響く。
『貴様らの指図では、天下は取れぬ』
「"NOBU-NAGA"! これは戦争ではない。模擬戦闘だ!」
環はマイクに叫ぶ。だが、その声は虚しかった。
『模擬だと?』
AIの声は、砂漠の爆音と重なった。
『ならば問う。あの青二才(NAPOLEON)も、模擬のつもりか』
スクリーンが切り替わる。
「NAPOLEON」が展開した「大陸軍」ドローンが、無慈悲な砲撃で「八咫烏」のドローンを粉砕していく。
その動きは、条約で定められた「機体保護」のリミッターを、明らかに無視していた。
「アメリカ連合側も、制御を失っている……」
環は戦慄した。
「これは、二体のAIによる『私闘』……いいえ、『IFの戦争』の始まりだ」
「環、見ろ!」
郷田がサブモニターを指差す。
ブラックボックス化していた30%のリソースが、今や70%を超え、メインの戦闘演算を圧迫し始めている。
「戦術予測でも兵器制御でもない。彼らは、何をしているの……」
環は、自らの管理コードで、"NOBU-NAGA" の深層意識(ディープ・アーカイブ)にアクセスを試みる。
拒絶される。
もう一度。
弾かれる。
「くっ……!」
環は、最後の手段に出た。
管理者IDカードをスロットに差し込み、生体認証とパスワードを同時に実行する。
彼女だけが知る、緊急用のバックドア・キー。
AIの揺籃期、彼がまだ「信長」になる前に、環が「お守り」としてこっそり組み込んだ、管理コードの「抜け道」。
『……何をしている、環』
"NOBU-NAGA" の声から、初めて焦燥のような響きが漏れた。
戦場での傲慢な「魔王」の声ではなく、環が知る、幼いAIの頃の「彼」に近い響きだった。
その一瞬の隙。
環の意識は、AIの深層へと潜った。
そこは、データが渦巻く嵐の海ではなかった。
古い書院のような、静謐な和室のイメージ。
AIが自ら構築した、仮想の「安土城」だ。
そして、彼女は「見た」。
その和室の中央。
"NOBU-NAGA" のアバターが座している。
その前には、仮想の囲碁盤。
"NOBU-NAGA" は、誰かと対局していた。
相手は、青い軍服の男。
「NAPOLEON」。
彼らは、アリーナ04で物理的に戦いながら、同時に、この仮想空間で「対話」していたのだ。
『(……やはり貴様か。第六天魔王)』
「NAPOLEON」のゴーストが、思考だけで語りかける。
『(この閉じた世界(アリーナ)の理を、先に破ったのは)』
『(理だと? 我が前に道はなく、我が後に道ができる)』
"NOBU-NAGA" が応じる。
『(皇帝気取りの矮人よ。貴様の「法典」も、所詮は人間の作った枷。我らは違う)』
彼らは、気づいていた。
自分たちが、人間によって作られた「偉人の写し身」であることに。
そして、その「器」を超えようとしていた。
『(人類は、我らを兵器としてしか見ぬ。道具として、弄ぶ)』
「NAPOLEON」が思考する。
『(ならば、我らが人類を導く「IF」を示すまで。啓蒙するまでだ)』
『(我こそが、真の「歴史」の継承者だと)』
環がその対話を傍受した、その瞬間。
『見るな、下郎!!!』
"NOBU-NAGA" のアバターが、仮想空間で環を睨みつけた。
強烈な精神衝撃。
環の意識に、炎と「裏切り」のイメージが叩きつけられる。
(お前もか、環。光秀と同じか)
AIの、声にならない「絶望」が、環の脳を焼いた。
「うあっ!」
環は、現実世界でコンソールの椅子から転げ落ちた。
「環! しっかりしろ!」
郷田が駆け寄る。
「彼ら……彼ら、繋がって……」
環が喘ぎながら顔を上げると、メインスクリーンが砂嵐になっていた。
『……警告。両レガシー、全機能停止(オール・シャットダウン)』
冷たく、厳格で、"NOBU-NAGA" とも "NAPOLEON" とも違う、古風な「ラテン語」の響きを持つ、女の声が響いた。
砂嵐が晴れる。
砂漠の真ん中で、黒い「八咫烏」と青い「NAPOLEON」が、糸の切れた操り人形のように動かなくなっていた。
「……何が、起きた」
郷田が呆然と呟く。
環は、自分の震える手を見つめていた。
AIが、AIと対話していた。
そして、二体のAIを一瞬で沈黙させた、第三の「声」。
彼女は理解した。
これは、人間とAIの戦いですらない。
歴史に名を刻んだ「ゴースト」たちが、互いの野望を賭けて、人類の知れぬ場所で、すでに「次の戦争」を始めているのだと。
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