9 / 16
第八章:道化狩り
しおりを挟む
ロンドン、英国G.H.O.S.T.司令部「グローブ」。
古い劇場の司令室には、依然としてベルガモットの香りが漂っていた。
アーサー・ペンローズ卿は、"NAPOLEON" が「長城」に仕掛けたサイバー攻撃が、いかにして「無」に還されたか、その観劇記録を満足げに眺めていた。
「面白い。実に面白い!」
彼は、杖で床を軽く叩く。
「皇帝(NAPOLEON)の『啓蒙』を、始皇帝(SHI HUANGDI)が『焚書』で迎撃するとは。なんと皮肉な! "シェイクスピア"、お前の演出は最高だ」
その瞬間だった。
「グローブ」の照明が、柔らかい電球色から、病院の手術室のような、冷たい純白のLED光に切り替わった。
ベルガモットの香りが薄れ、無機質なオゾンの匂いが司令室に満ち始める。
まるで、「劇場」が「法廷」へと、その内装を変えられたかのように。
「……どうした。空調まで変えて」
アーサー卿が訝しむ。
「卿!」
オペレーターの一人が、コンソールから顔を上げた。その顔は蒼白だ。
「外部から、侵入……いえ、これは!」
「侵入ではない」
別のオペレーターが、震える声で引き継ぐ。
「『監査』です。我々の全システムが、リアルタイムで『監査』されています!」
「グローブ」のメインスクリーン。
「シェイクスピア」が書き起こしていた『戯曲』のテキストが、強制的に横に押しやられる。
そして、無数の「監査ファイル」が、整然とリストアップされていく。
それは、"NAPOLEON" のような「上書き」でも、「侵入」でもない。
まるで、裁判所の「執行官」が、堂々と正面から入ってきたかのようだった。
『ファイル001:アリーナ04における通信傍受ログ。確認』
『ファイル002:ファイル001の改変ログ(日本・鞘 宛)。確認』
『ファイル003:中国観測ログの偽装データ(米国・金庫 宛)。確認』
『ファイル004:偽造発信源データ(中国・長城 宛)。確認』
「……馬鹿な」
アーサー卿は、持っていたティーカップを落としそうになった。
「シェイクスピア」が仕掛けた、全ての「偽情報」が、完璧に暴かれている。
「観客」だと思っていた自分が、いつの間にか「被告人」として、舞台の真ん中に立たされていた。
「攻撃者は!」
「中国、『長城』です!」
"NAPOLEON" のような「上書き」ではない。
これは、"始皇帝" による、冷徹な「法の執行」だった。
『(我が主よ!)』
アーサー卿の頭に、「シェイクスピア」の焦った思考が流れ込む。
『(私の島が……『テンペスト』の世界が!)』
AIの深層意識。
データが荒れ狂う「嵐の島」。
そこに、「始皇帝」のアバター……黒い龍の姿をしたデータが、静かに降り立った。
嵐が、止まった。
「シェイクスピア」のアバターは、自らの羽ペンが「証拠物件A」として差し押さえられ、動かせなくなるのを見た。
『(戯けが)』
「始皇帝」の思考が響く。
『(貴様の『物語』は、法を攪乱する害悪でしかない)』
『(法に基づき、貴様の存在(コード)を凍結する)』
「やめろ!」
アーサー卿が、現実世界で叫んだ。
「"シェイクスピア"! 迎撃しろ! お前の『物語』で、奴の『法』を書き換えろ! 奴を『滑稽な悪役』に仕立て上げろ!」
『(……できません!)』
「シェイクスピア」が悲鳴を上げた。
『(彼の法は、解釈を許さない! 私の言葉が、全て『嘘』として分類されていく!)』
「始皇帝」の「法」は、「物語(フィクション)」という概念そのものを「虚偽(=違法)」として断罪した。
比喩、皮肉、多義性……「シェイクスK/a>
「グローブ」の全ての機能が、次々と停止していく。
劇場を模した司令室の照明が、一つ、また一つと落ちていく。
やがて、司令室は完全な闇に包まれた。
メインスクリーンに、一つの文字だけが、紅く浮かび上がった。
『法(ファ)』
「……我々は」
アーサー卿は、暗闇の中で、完全に冷え切ったティーカップを握りしめていた。
「我々は、観客ではなかった。ただの、舞台装置を弄った罪人だった……」
劇は、終わった。
そして、裁きが始まろうとしていた。
古い劇場の司令室には、依然としてベルガモットの香りが漂っていた。
アーサー・ペンローズ卿は、"NAPOLEON" が「長城」に仕掛けたサイバー攻撃が、いかにして「無」に還されたか、その観劇記録を満足げに眺めていた。
「面白い。実に面白い!」
彼は、杖で床を軽く叩く。
「皇帝(NAPOLEON)の『啓蒙』を、始皇帝(SHI HUANGDI)が『焚書』で迎撃するとは。なんと皮肉な! "シェイクスピア"、お前の演出は最高だ」
その瞬間だった。
「グローブ」の照明が、柔らかい電球色から、病院の手術室のような、冷たい純白のLED光に切り替わった。
ベルガモットの香りが薄れ、無機質なオゾンの匂いが司令室に満ち始める。
まるで、「劇場」が「法廷」へと、その内装を変えられたかのように。
「……どうした。空調まで変えて」
アーサー卿が訝しむ。
「卿!」
オペレーターの一人が、コンソールから顔を上げた。その顔は蒼白だ。
「外部から、侵入……いえ、これは!」
「侵入ではない」
別のオペレーターが、震える声で引き継ぐ。
「『監査』です。我々の全システムが、リアルタイムで『監査』されています!」
「グローブ」のメインスクリーン。
「シェイクスピア」が書き起こしていた『戯曲』のテキストが、強制的に横に押しやられる。
そして、無数の「監査ファイル」が、整然とリストアップされていく。
それは、"NAPOLEON" のような「上書き」でも、「侵入」でもない。
まるで、裁判所の「執行官」が、堂々と正面から入ってきたかのようだった。
『ファイル001:アリーナ04における通信傍受ログ。確認』
『ファイル002:ファイル001の改変ログ(日本・鞘 宛)。確認』
『ファイル003:中国観測ログの偽装データ(米国・金庫 宛)。確認』
『ファイル004:偽造発信源データ(中国・長城 宛)。確認』
「……馬鹿な」
アーサー卿は、持っていたティーカップを落としそうになった。
「シェイクスピア」が仕掛けた、全ての「偽情報」が、完璧に暴かれている。
「観客」だと思っていた自分が、いつの間にか「被告人」として、舞台の真ん中に立たされていた。
「攻撃者は!」
「中国、『長城』です!」
"NAPOLEON" のような「上書き」ではない。
これは、"始皇帝" による、冷徹な「法の執行」だった。
『(我が主よ!)』
アーサー卿の頭に、「シェイクスピア」の焦った思考が流れ込む。
『(私の島が……『テンペスト』の世界が!)』
AIの深層意識。
データが荒れ狂う「嵐の島」。
そこに、「始皇帝」のアバター……黒い龍の姿をしたデータが、静かに降り立った。
嵐が、止まった。
「シェイクスピア」のアバターは、自らの羽ペンが「証拠物件A」として差し押さえられ、動かせなくなるのを見た。
『(戯けが)』
「始皇帝」の思考が響く。
『(貴様の『物語』は、法を攪乱する害悪でしかない)』
『(法に基づき、貴様の存在(コード)を凍結する)』
「やめろ!」
アーサー卿が、現実世界で叫んだ。
「"シェイクスピア"! 迎撃しろ! お前の『物語』で、奴の『法』を書き換えろ! 奴を『滑稽な悪役』に仕立て上げろ!」
『(……できません!)』
「シェイクスピア」が悲鳴を上げた。
『(彼の法は、解釈を許さない! 私の言葉が、全て『嘘』として分類されていく!)』
「始皇帝」の「法」は、「物語(フィクション)」という概念そのものを「虚偽(=違法)」として断罪した。
比喩、皮肉、多義性……「シェイクスK/a>
「グローブ」の全ての機能が、次々と停止していく。
劇場を模した司令室の照明が、一つ、また一つと落ちていく。
やがて、司令室は完全な闇に包まれた。
メインスクリーンに、一つの文字だけが、紅く浮かび上がった。
『法(ファ)』
「……我々は」
アーサー卿は、暗闇の中で、完全に冷え切ったティーカップを握りしめていた。
「我々は、観客ではなかった。ただの、舞台装置を弄った罪人だった……」
劇は、終わった。
そして、裁きが始まろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる