【続】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王様に溺愛されています~

墨尽(ぼくじん)

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聡一朗、家出する 

第3話

 重い目蓋を開くと、トウゴが見えた。

(やっぱり、いつものパターンですか)
 脈を診られながら、聡一朗は短くため息を零す。あきらかに発熱している身体は、怠くて重い。

 獄主と身体を繋げた翌日、聡一朗は元気だったことが無い。
 抱き潰される事もあったが、途中で意識を失った翌日でさえ、朗らかな朝を迎えることは無かった。

「起きましたか。聡一朗様」

 少し口角を上げて返事をすると、トウゴが眉を下げた。

 最近のトウゴは、殊更に慈しみを持った目で聡一朗を見る。
 大切な家族へ向けるような瞳に、聡一朗はいつまでたっても慣れない。だけど悪い気はしないのは確かだ。

「身体を造り変えられているのですから、発熱するのも無理はありません。お子が出来るまではゆっくりと身体を休め、養生して下さい」
「……」
「獄主様は、もう執務へ向かわれました。昼餉はこちらで食べると仰っておりましたので、昼にはこちらに戻られると思います」

 トウゴがにっこりと笑い、布団を掛け直して立ち上がる。聡一朗も笑みを返すと、トウゴは頭を下げて帰って行った。

 一人になって、聡一朗は唸った。

 皆に大事にされている。それは聡一朗にも分かる。

(俺は地獄の長の、嫁。……跡継ぎを産むのが務めなんだ……)
 大きく大きく溜息をついて、顔を覆った。
 理解しているつもりだった。望んで獄主と一緒になった。我儘を言うつもりはない。


 しかし、つい数か月前までは自分の身体だったのに、管理される身体になった事に戸惑いを隠せない。
 周囲が聡一朗に子供を望むのは、いたって普通の事だ。でも、気持ちがまったく追いつかないのだ。

「俺は、なんだ?」

 口を突いて出た言葉は天蓋内で反響し、聡一朗は寝返り打ちながら唸った。
 そして、目の前にいる男の姿に唖然とする。

 褐色の肌に、水色の髪。リュシオルだ。

「そーちゃん、おはよぉ」
「お、おはようございます……」

 相変わらず神出鬼没なリュシオルは、柔和な笑みを浮かべながら聡一朗の前髪を弄ぶ。されるがままになっていると、リュシオルが眉を下げた。

「辛いねぇ、そーちゃん。めっちゃ熱ある。酷いことされてない?されてるよね。……泣いてるし……」
「え?」

 泣いてる?そう思って頬に手をやるも、濡れてはいない。
 聡一朗が目を丸くしてると、リュシオルが聡一朗の胸に手を当てる。

「ここが泣いてるよ」
「え、いや、俺……大事にされてるんですよ。みんな良い人ばかりだし……」
「だけど誰も、聡一朗の気持ちに寄り添ってない」

 リュシオルはむぅと頬を膨らませ、聡一朗の髪をわしゃわしゃと撫でた。

「歴代獄母は屑だったから良かったかもしれないけど、聡一朗はこんなにも純粋で無垢なのに……だれもその事に気付いていない。鬼って本当に鈍感だよね」
「いや、俺が単に我儘なだけですよ。死んだのに、もう一度エン達と生きていける。こんなに幸せなことは無いのに……」

 リュシオルが聡一朗の額に触れると、そこからふわりと風が吹いた。
 身体に渦巻く熱が驚くほど軽くなり、聡一朗は目を瞬かせる。

「今回だけ。ごめんね」
「?」

 何故謝られた分からず、聡一朗は首を傾げた。リュシオルがハハと笑いながら、肘を立てて聡一朗を見る。

「そーちゃんさ、ちょっと天国方面見に来ない?」
「天国方面?」
「天国見学しに来ない?面白そうでしょ?」

 リュシオルに微笑まれ、聡一朗は口を引き結んだ。

(天国?見たいに決まってる)
 キラキラした瞳を向ける聡一朗に、リュシオルは愛おしそうに眉を下げる。

「もうマダリオには伝えてあるから、今日は僕と一緒に遊びに行こう」
「エンに言ったんですか?行っていいって?」
「勿論!嘘は言わないよ」

 聡一朗はガバリと身を起こし、身体をパタパタと触り始めた。寝台を降りて、嬉しそうにリュシオルを見る。

「俺、着替えてきます!いつもの服で大丈夫ですか?」
「うん、いいよぉ」

 バタバタと自分の部屋に戻る聡一朗を見ながら、リュシオルはやんわりと笑った。

(聡一朗、ちょろすぎ)
 そこが可愛いところなのだが、そのせいで獄主に捕まったのも確かである。
 勿論リュシオルは、獄主に許可など取っていない。
 

 速攻で着替えてきた聡一朗は、上下藍色の袴だった。
 天国で袴は目立つだろうが、聡一朗は袴が本当に良く似合う。ファーがついたマントのような外套は、紺色で銀の刺繍が施されている。

(なんというか、マダリオの支配欲が溢れる服だね……)
 リュシオルは苦笑いをしながら、聡一朗を促して外へ出た。そしてリュシオルは振り返る。

 フッと細く息を吐くと、居の縁側に紙が舞い落ちた。それを留め置くように、小石が文鎮代わりのようにコトリと紙の上へ落ちる。
 聡一朗は一切気付かない。

 リュシオルはふふ、と微笑むと聡一朗の手を握った。


________

 寝台に聡一朗がいないことに、テキロは目を丸くした。
 熱が出ているからしっかり見ていて欲しいと、先ほどトウゴに言われたばかりだ。

 トイレかもと覗くも、誰も入っていない。隣接している風呂場にも、姿が無かった。
 過去の記憶がゾワリと湧いて出て、テキロは身を震わせる。

(もう聡一朗に敵意を抱く者はいない。焦るな、冷静に……)
 聡一朗がいつも座っている縁側に、視線を移す。そこに見慣れない紙が揺れているのに、テキロは気付いた。

 ドカドカと近付いて、その紙を取る。
 真っ白な紙に書いてあった言葉に、テキロは黒目を小さくしながら仰け反った。
 その簡素な紙には、一言だけ綴られている。

〔実家に帰らせていただきます。 聡一朗〕


________

 目の前にある簡素な白い紙を見つめて、獄主は何度目か分からない溜息をついている。
 時折悔しそうな顔を浮かべてなにやら考え込み、唸りながらデスクを拳で叩く。その繰り返しだ。

 昨晩は、2人にとって記念すべき日だった筈だ。
 獄主は幸せに包まれたように朝を迎えた。しかし聡一朗は、こうして手紙を残して去っている。
 
 眉間に深い皺を寄せる獄主に、トウゴが声を掛けた。

「聡一朗様にベッドを抜け出す体力は無い筈です。連れ去られたのやも知れません」
「しかし、もう聡一朗を害する者はいまい。獄母を連れ去る度胸を持った鬼など、どこにいる」

 獄主から睨まれ、トウゴはぐっと口を噤んだ。確かにそんな鬼などここにはいない。
 今度はコウトが代わりに口を開く。

「実家、とはどこを指すのでしょう。人間界に聡一朗様の実家はもうありませんし……もしかして……」
 そこまでコウトが言うと、獄主がガタリと立ち上がった。

「リュシオル様か」
「禁じられていますが、リュシオル様なら聡一朗様の身体を癒すのは容易いかと」

 獄主は舌打ちをすると、フウトとライトを呼び出した。

「天界へ行くぞ」
「御意」

(こちらから便りもなく行くのは禁忌だが、仕方がない)
 結んでいた髪を解いて、獄主は執務室のドアを開いた。



________


「そーちゃん、ここがお家だよ」

 聡一朗は目の前の建物を見上げた。
 田舎によくある平屋の建物で、昔ながらの和風建築だ。
 神様の家のイメージからはかけ離れているが、聡一朗の好みドストライクな建築だった。

 縁側があって、庭には簡易的な畑がある。鶏の鳴き声も聞こえ、微かに家畜の匂いもした。

「そーちゃんが好きそうな建物にリメイクしといた。入って」
「リメイク?」

 聡一朗の呟きに笑いで返しながら、リュシオルが玄関を開けると、目の前に男が立っていた。
 垂れた緑色の瞳、無精ひげ、今日の服装は甚平だ。

「聡一朗!」
 言うなり抱きしめられ、喉がぎゅぅと鳴る。

 獄主から説明はされていた。あれが神様だったと。だけど自分を抱きしめている男性は、ちっとも神様に見えない。

「良く来たな!中に入れ!」

 促されて中に入ると、囲炉裏の前に座らされる。
「囲炉裏!」と言いながら瞳を輝かせていると、リュシオルから頭を撫でられる。

「そーちゃん、コーヒーでいい?」
「コーヒー!?」

 今まで地獄でお茶ばかり飲んでいたが、聡一朗はコーヒーが大好きだった。
 寝不足の頭を覚醒させるために、生きていたころは良く飲んだのを思い出す。

 何から何まで至れり尽くせりな状況に、腰が落ち着かない。
 それでも出されたコーヒーを飲むと、その美味しさに気持ちが少し和んだ。

 聡一朗は目の前で胡坐をかく、無精ひげの男を見つめた。やっぱり神様には見えない。

「あのぉ、神様って何とお呼びすれば……?神様で良いですか?名前がおありですか?」
「そうだなぁ、俺はたくさん名があるから……」

 無精ひげを擦りながら、神様がニコリと笑う。笑い方も、神様と言う感じはまったくしない。

「ちち、と呼んでくれ」
「ちち?」

 神様が悪戯気に笑う。笑うと目元に皺が寄るが、それも魅力の一つになっている。

「幼女が父親の事をちちと呼ぶ漫画を下界で読んだ。俺も、ちちと呼んでもらいたい」
「それ、幼女限定で許される呼び方ですよ」

 聡一朗が困った様に笑うと、神様があからさまに残念そうな顔を浮かべる。

(愛し子かぁ。まだ意味は分からないけど……)
 これだけの好意を向けられて、嬉しくない訳がない。

「父上、で良いですか?」
 その言葉に、リュシオルが反応する。
「僕は?母上?」
「母上でいいなら、呼びます」
 割って入ってきたリュシオルの肩を、神様が抱いて笑った。

「仕方ないな。その呼び方で我慢しよう」



________

「ふぅん、早いね」

 神は先ほど用があると出て行って、リュシオルと家で2人きりになって間もなくの事。
 談笑しながら菓子を齧っていたら、リュシオルが呟いた。

 聡一朗が首を傾げていると、リュシオルがやんわりと微笑む。

「そーちゃん、そこの小道を下っていくと天国に出る。好きなように見回って良いよ。日が暮れてもここは一際明るいから、迷子になることは無い」
「本当に良いんですか?行っては行けないところとかは?」
「天国に、そーちゃんが行ってはいけないところは無いよ。地獄とは違う」

 その声に仄暗い感情が含まれている事に、聡一朗は気付かない。

 聡一朗は菓子を口に放り投げ、咀嚼しながら立ち上がる。
 行儀の悪いことをしたかな、と思いながらリュシオルを見た。

 しかしリュシオルは聡一朗を見ていなかった。カップに口を付けながら、どこか苦虫を噛み潰したような顔を浮かべている。

「行ってきます」
「行っておいで、そーちゃん」

(思えば自由に外出など、どれくらいぶりだろう)
 しかも出かけ先は天国。ワクワクが止まらない。

 ニコニコと笑顔を溢れさせるリュシオルに手を振って、聡一朗は玄関を出た。
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