冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
2 / 56
前編

第1話 暴戻の魔神クラーリオ

 ※暴戻(ぼうれい)……冷酷非道なこと


 その魔神の怒りを買えば、その国は生きられぬ。

 人間嫌いのその魔神は、女子供でも慈悲なく切り捨てる。
 魔王の実弟であり、権力も実力もあるが王座には興味がなく、ただ殺戮を楽しむだけの魔神。
 暴戻の魔神クラーリオは、人間にも魔族にとっても畏怖の対象だった。
  

「……そんな魔神様の側近をしている俺は、不幸じゃないか?」

 そう呟きながら、側近のスガノは溜まった書類を整えた。人間たちには「暴戻の魔神」と恐れられるクラーリオだが、魔族達にとっては英雄だ。

 毎日届く嘆願書や魔獣の討伐依頼は、溜まりに溜まっていく。それを整理するのもスガノだが、クラーリオがそれをまともに見ることは無い。

 スガノがまとめた書類をゴミ箱に放り、火をつけるのがクラーリオだ。民衆の嘆願書など、鼻を拭いた紙より扱いが雑となる。


「宗主がご帰還です! 総員、出迎えの準備を!」
「はぁあ!? まぁたあの人はっ! 急いで風呂沸かせ!!」

「やってますよぉ!!」という声を聞きながら、スガノは執務室から飛び出した。
 クラーリオは魔獣討伐に出るといつも、本隊と一緒に帰還しない。そしていつ帰るのかも知らせない。
 いつ帰ってくるか分からない主を待つ間は、気が抜けないのだ。いつもこうして慌てる羽目になる。


 屋敷の向こうから粉塵を上げて駆けてくるのは、彼の愛馬である黒鉄だ。その上に乗る宗主クラーリオは、全身どろどろに汚れている。

 家令のゼオが息を弾ませながら玄関前へと駆けてくると、既に集まっていた使用人たちが跪く。ゼオはスガノの隣に立つと、頭を垂れながら呟いた。

「……風呂は沸いた。執務室はどうだ?」
「整理できてる。……ったく、何の知らせも寄越さないで……」

 黒鉄から降り立ったクラーリオは、いつも通り重い威圧感を漂わせている。
 戦場からようやく帰還してきた筈なのに、今から戦場に行くかのような雰囲気だ。

 青み掛かった黒色の髪は、返り血でどす黒く汚れている。まるで全身をタールで洗ったかのような汚れ方だ。 
 同じように汚れた外套を、ゼオが口を引き結びながら受け取った。

 無言のまま屋敷に向けて歩き出したクラーリオを追いかけ、スガノは口を開く。

「宗主、ご無事でなによりですが……。なんでいつも本隊と共に帰還されないのです? 本隊はもう昨日には到着しておりますのに、宗主であるあなたが帰還されないと腰が落ち着きません」
「……隊はもう解散しただろ? そう指示したが?」
「宗主、そういう意味ではございません。あなた様の身を……」
「風呂に入る」

 スガノの話を打ち切って、クラーリオは浴室へと入ってく。スガノは嘆息して、舌打ちを落とした。


 クラーリオは、国軍の実質的な長だ。歴史のある国軍をクラーリオは若くして引き継ぎ、その驚異的な力で他国をねじ伏せてきた。
 クラーリオは強く、頭も切れる。しかし絶望的に足りない部分があった。

「コミュニケーション能力っ!!」

 そう言いながら、スガノは浴室の前の鉢植えを蹴とばした。侍女たちから責めるような目を向けられ、誤魔化すようにコホンと咳払いを落とす。

 クラーリオは社交性が無く、他人に与える威圧感も半端ではないのだ。
 当然外交の場には出ないし、魔王がいる王城にも滅多に出向かない。屋敷で働く使用人も、大半が直ぐに辞める。彼が怖いからだ。


 スガノが浴室の前に立っていると、クラーリオが早くも出てきた。

 湯気が立ち上る裸体の腰だけにタオルを巻きつけ、「まだいたのか?」と言わんばかりの視線をスガノへ送る。可愛げもあったもんではない。

 硬く引き締まった上半身から伸びる、しなやかで長い脚。普段付けている顔のほぼ半分を覆い隠す眼帯が無いと、クラーリオの顔の良さが如何なく発揮される。
 顔の右側を走る傷痕さえも、彼の魅力となるから不思議だ。

(これでもっと愛想が良ければ、側近としても楽なんですけどねぇ……)

 スガノが胸中で零している間に、クラーリオは無言で横を通り抜けていく。
 そして執務室に入ると、まだ髪も乾ききっていないというのに、新たな眼帯を装着した。

 クラーリオは顔の傷痕を見られるのを嫌う。しかし彼がその傷痕を気にしているというわけではないのだ。
見られたくないではなく、見せたくないのだという。彼は常に眼帯を身に着け続けている。

「……宗主、眼帯より先に服を身に着けてください」
「スガノ……まだ何かあるのか?」

 クラーリオの不機嫌そうな声を聞き流し、スガノは書類を取り出した。王家の紋章で飾られた文書を見ても、クラーリオは眉一つ動かさない。

「あなたが屠った魔獣らの素材のお陰で、国の備蓄が過去最高だそうです。是非とも感謝を述べたいと、魔王様が仰っています」
「……そうか」
「城に出向いて、直接褒美を受けてください。……今回ばかりはジョリスに代役は頼めないですよ」

 舌打ちを零すクラーリオは、デスクに腰を掛ける。
 魔王に対して舌打ちを零すのは、クラーリオぐらいだろう。

 下賜の受け取りも、普段は国軍の副官であるジョリスに代役を頼んでいる。それでも許されるのは、魔王ですら彼の実力を認めているからに他ならない。

「帰還して直ぐはお疲れかもしれませんが……」
「……今から行けと?」

 そう不機嫌そうに言いながらも、クラーリオは服を身に着け始めた。スガノが頷くのを見ながら、また盛大に舌打ちを零す。
 この悪態も、他の者が見れば卒倒するほどの恐ろしさだ。長く側近をしてきたスガノには多少の免疫があるが、それでも怖いものは怖い。

「供はいらん。一時間後に発つ」
「御意」


_________

「御意」と返した後去って行くスガノを見ながら、クラーリオは頬を緩ませた。

 王城は東の土地にある。
 最近姿を見なくなった「あの人」が、東にいるかもしれない。

(今回もずっと待ってはいたが、終ぞ姿を拝めなかった。もしかしたら、東に移動したのかもしれない)


 執務室の鍵がかかる引き出しを開け、クラーリオは中から地図を引っ張り出した。
 地図に書き込んでいるしるしは、全て「あの人」軌跡だ。

(最後に見かけたのが、ここ。だとするとやっぱり東の可能性が高い。この辺りで魔獣が出るところは……)

 シャツを身に着け、用意されていた果実を頬張りながら地図を辿る。目星がつくと、クラーリオは優しく微笑んだ。

 その笑顔は誰にも見せた事のない、優しい笑顔だった。
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

【完結】最初で最後の恋をしましょう

関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。 そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。 恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。 交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。 《ワンコ系王子×幸薄美人》

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです

けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。 第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。 近衛騎士レオン。 彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。 しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。 仮番の役目は、そこで終わるはずだった。 だが結界塔で行われる儀式の中で、 二人の関係は次第に変わり始める。 王族と騎士。 主と臣下。 越えてはならない境界を前にしても、 王子は騎士の手を取る。 「共に立て」 ※オメガバースではありません ※ふんわり読んでください ※なんでも許せる方向け ※イラストはChatGPTさん

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。