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前編
第5話 最高の犬生活
まさに最高の日々が始まった。
クラーリオはそう思わざるを得ない。
何かにつけて毛並みを撫でてくれるエリトに甘え、クラーリオは片時も側を離れなかった。
「ノウリ、よく見たら汚れているな? 洗ってやるよ」
(なに!!? 風呂……だと?)
一緒に入ることを少々期待をしたクラーリオだったが、実際は大きな桶に入れられて洗われるだけだった。
しかしそれがとても心地いい。
捌き屋として身体の造りを熟知しているからなのか、エリトは的確に凝りを解してくる。
「うぅわ、ノウリ! めっちゃ凝ってる! 無理して長距離を移動するからだぞぉ? 数日はゆっくりしないと、身体壊しちゃうぞ?」
石鹸を大量に泡立てて、エリトはクラーリオの身体を丹念に洗う。丹念すぎて変な気分になったところで、エリトはようやくすすいでくれた。
暖炉の前に移動し身体を拭いてくれる間も、至高の時間だった。
見上げれば、愛おしい人の顔。これ以上の幸せは無い。
更に不思議なことに、クラーリオはエリトと食事をすると、何もかもが美味しく感じるのだ。
屋敷で食べる食事は全て味気なく、ただの燃料と言う認識だった。うっかり燃料切れを起こす事もあるほど、クラーリオにとって食事はどうでもいいものだったのだ。
「旨いか?」と微笑まれると、じわりと唾がわく。
ついつい食べ過ぎてしまい、動くのも億劫になる。それでもエリトは笑って許してくれる。
「可愛いな、ノウリ。そのままお昼寝して良いよ」
優しい声で言われると、抗う事が出来ない。
普段は絶対しない昼寝、という行為を、クラーリオは初めて味わった。
________
クラーリオが昼寝をしている間、ナークレンから少し離れた魔泉に、エリトは一人で来ていた。
家に置いてきた可愛い黒犬の姿を思い出すと、自然と頬が緩む。食べ過ぎて動けなくなるなんて、可愛いが過ぎるだろう。
エリトはずっと独りだった。
母は離れて暮らしており、たまにしか会う事が出来ない。幼いころは寂しかったが、大人になった今は慣れてしまった。
しかしノウリと会ってから、ノウリが可愛くて仕方がない。
初めて会った時、ノウリは魔泉の狩場にふらりと現れた。そしてエリトが魔獣を捌くのを少し遠くからじっと見つめているのだ。
最初は魔獣の肉狙いだと思ったが、そうでは無かった。
ノウリは生肉を食べなかったのだ。
最初の頃は、エリトはノウリに何も与えなかった。しかし彼はずっと側にいて、エリトをじっと見つめるのだ。
焼いた肉を分け合うようになるまでに、そう時間はかからなかった。
「しかし、この数日不作だなぁ」
時折襲ってくる魔獣を、エリトは難なく斬り捨てる。
下級の魔獣なら問題なく倒せるのは、エリトが小さい時から「これしかできない」からだ。
魔泉から湧き出す魔獣を倒し、その素材を頂く。今では自分の力量も把握して、勝てない敵には向かっていかない。
「……あの人は、いないのかな?」
斬り捨てた魔獣を剥ぎながら、エリトは呟いた。
とてつもなく強い魔獣を、一撃で仕留める強い人をエリトは知っている。魔獣の弱点を理解し、そこを一突きして殺す。
殺された魔獣は、痛みすら感じていないだろう。
そしてそれを、素材をたっぷり残した状態で去るのだ。
何度かその姿を見たことがある。顔半分を眼帯で隠したその姿は、恐ろしいほど凛々しかった。
「あんな男になりたいもんだなよな~。無理だけど」
体質と言うのは変わらないもので、エリトはいくら鍛えようと筋肉がつかない。
華奢な身体は動きやすいが、接近戦になると途端に不利になるのだ。
魔獣を捌き終わって、エリトは近くの川で血を洗う。
エリトが帰りついたのは、陽が落ちた後だった。
相変わらず眠っているノウリは、起きる様子もない。エリトはふすりと笑うと、その隣に腰を下ろした。
燻っていた暖炉に薪を投げ入れ、今日の収穫を確認する。
(少ないな……これだとノルマギリギリかも……)
ノウリのふわふわの毛並みを撫でると、不安も薄らぐ気がする。そしてついウトウトと、ノウリに身を寄せた。
「大好きだよ、ノウリ」
エリトのその呟きに、クラーリオは目を覚ました。すっかり暗くなっている事に驚きながら、自分に身を寄せて眠っているエリトを見る。
(なんだこれは、天使か)
感動しながら視線を移すと、エリトが並べたであろう素材が目に入った。
あまり高値にならない素材ばかりが並べられているのを見て、クラーリオは喉を鳴らす。
エリトはこれで生計を立てている。良い素材が採れなければ、生活が立ち行かないのではないか。
クラーリオが代わりに狩って来れればいいが、ただの犬が魔獣に敵う訳がない。素材を持ち帰ったところで、怪しまれそうな気がする。
思考を巡らせていると、家の外から小さないななきが聞こえる。それはクラーリオにとって、今一番聞きたくない声だった。
________
エリトの家から少し離れ、クラーリオは魔神の姿へと戻った。
駆けてきた黒鉄の背を撫で、首に付けられていた手紙を読む。
そこにはスガノの恨み言と、魔獣の討伐が立て込んでいる件が書かれてあった。
(自分達で対処できないのか? 何年やっているんだ)
そう思うものの、クラーリオが屋敷を空けて明日で4日目だ。そろそろ戻らなければと、クラーリオも思っていた。
(エリト……寂しいよ)
寂しさを紛らわす様に、クラーリオは近くの魔泉で魔獣を狩った。
素材は全部残して、エリトの家近くに置いておく。怪しむかもしれないが、エリトが困るよりずっと良い。
エリト一人だったら、1ヶ月は持つ程の素材量だ。もちろん一ヶ月経たないうちに帰るつもりでいるが、後ろ髪は千切れるほど引かれる。
久しぶりの主に甘える黒鉄に飛び乗り、クラーリオはその場を去った。
クラーリオはそう思わざるを得ない。
何かにつけて毛並みを撫でてくれるエリトに甘え、クラーリオは片時も側を離れなかった。
「ノウリ、よく見たら汚れているな? 洗ってやるよ」
(なに!!? 風呂……だと?)
一緒に入ることを少々期待をしたクラーリオだったが、実際は大きな桶に入れられて洗われるだけだった。
しかしそれがとても心地いい。
捌き屋として身体の造りを熟知しているからなのか、エリトは的確に凝りを解してくる。
「うぅわ、ノウリ! めっちゃ凝ってる! 無理して長距離を移動するからだぞぉ? 数日はゆっくりしないと、身体壊しちゃうぞ?」
石鹸を大量に泡立てて、エリトはクラーリオの身体を丹念に洗う。丹念すぎて変な気分になったところで、エリトはようやくすすいでくれた。
暖炉の前に移動し身体を拭いてくれる間も、至高の時間だった。
見上げれば、愛おしい人の顔。これ以上の幸せは無い。
更に不思議なことに、クラーリオはエリトと食事をすると、何もかもが美味しく感じるのだ。
屋敷で食べる食事は全て味気なく、ただの燃料と言う認識だった。うっかり燃料切れを起こす事もあるほど、クラーリオにとって食事はどうでもいいものだったのだ。
「旨いか?」と微笑まれると、じわりと唾がわく。
ついつい食べ過ぎてしまい、動くのも億劫になる。それでもエリトは笑って許してくれる。
「可愛いな、ノウリ。そのままお昼寝して良いよ」
優しい声で言われると、抗う事が出来ない。
普段は絶対しない昼寝、という行為を、クラーリオは初めて味わった。
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クラーリオが昼寝をしている間、ナークレンから少し離れた魔泉に、エリトは一人で来ていた。
家に置いてきた可愛い黒犬の姿を思い出すと、自然と頬が緩む。食べ過ぎて動けなくなるなんて、可愛いが過ぎるだろう。
エリトはずっと独りだった。
母は離れて暮らしており、たまにしか会う事が出来ない。幼いころは寂しかったが、大人になった今は慣れてしまった。
しかしノウリと会ってから、ノウリが可愛くて仕方がない。
初めて会った時、ノウリは魔泉の狩場にふらりと現れた。そしてエリトが魔獣を捌くのを少し遠くからじっと見つめているのだ。
最初は魔獣の肉狙いだと思ったが、そうでは無かった。
ノウリは生肉を食べなかったのだ。
最初の頃は、エリトはノウリに何も与えなかった。しかし彼はずっと側にいて、エリトをじっと見つめるのだ。
焼いた肉を分け合うようになるまでに、そう時間はかからなかった。
「しかし、この数日不作だなぁ」
時折襲ってくる魔獣を、エリトは難なく斬り捨てる。
下級の魔獣なら問題なく倒せるのは、エリトが小さい時から「これしかできない」からだ。
魔泉から湧き出す魔獣を倒し、その素材を頂く。今では自分の力量も把握して、勝てない敵には向かっていかない。
「……あの人は、いないのかな?」
斬り捨てた魔獣を剥ぎながら、エリトは呟いた。
とてつもなく強い魔獣を、一撃で仕留める強い人をエリトは知っている。魔獣の弱点を理解し、そこを一突きして殺す。
殺された魔獣は、痛みすら感じていないだろう。
そしてそれを、素材をたっぷり残した状態で去るのだ。
何度かその姿を見たことがある。顔半分を眼帯で隠したその姿は、恐ろしいほど凛々しかった。
「あんな男になりたいもんだなよな~。無理だけど」
体質と言うのは変わらないもので、エリトはいくら鍛えようと筋肉がつかない。
華奢な身体は動きやすいが、接近戦になると途端に不利になるのだ。
魔獣を捌き終わって、エリトは近くの川で血を洗う。
エリトが帰りついたのは、陽が落ちた後だった。
相変わらず眠っているノウリは、起きる様子もない。エリトはふすりと笑うと、その隣に腰を下ろした。
燻っていた暖炉に薪を投げ入れ、今日の収穫を確認する。
(少ないな……これだとノルマギリギリかも……)
ノウリのふわふわの毛並みを撫でると、不安も薄らぐ気がする。そしてついウトウトと、ノウリに身を寄せた。
「大好きだよ、ノウリ」
エリトのその呟きに、クラーリオは目を覚ました。すっかり暗くなっている事に驚きながら、自分に身を寄せて眠っているエリトを見る。
(なんだこれは、天使か)
感動しながら視線を移すと、エリトが並べたであろう素材が目に入った。
あまり高値にならない素材ばかりが並べられているのを見て、クラーリオは喉を鳴らす。
エリトはこれで生計を立てている。良い素材が採れなければ、生活が立ち行かないのではないか。
クラーリオが代わりに狩って来れればいいが、ただの犬が魔獣に敵う訳がない。素材を持ち帰ったところで、怪しまれそうな気がする。
思考を巡らせていると、家の外から小さないななきが聞こえる。それはクラーリオにとって、今一番聞きたくない声だった。
________
エリトの家から少し離れ、クラーリオは魔神の姿へと戻った。
駆けてきた黒鉄の背を撫で、首に付けられていた手紙を読む。
そこにはスガノの恨み言と、魔獣の討伐が立て込んでいる件が書かれてあった。
(自分達で対処できないのか? 何年やっているんだ)
そう思うものの、クラーリオが屋敷を空けて明日で4日目だ。そろそろ戻らなければと、クラーリオも思っていた。
(エリト……寂しいよ)
寂しさを紛らわす様に、クラーリオは近くの魔泉で魔獣を狩った。
素材は全部残して、エリトの家近くに置いておく。怪しむかもしれないが、エリトが困るよりずっと良い。
エリト一人だったら、1ヶ月は持つ程の素材量だ。もちろん一ヶ月経たないうちに帰るつもりでいるが、後ろ髪は千切れるほど引かれる。
久しぶりの主に甘える黒鉄に飛び乗り、クラーリオはその場を去った。
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