冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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前編

第13話 毒牙は溶ける

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「この!! 馬鹿野郎がッ!!」

 エリトは叫びながら、クラーリオの元へと駆け寄った。

 クラーリオに噛みついていたはずの土蛇は、もう跡形もない。エリトは舌打ちを零しながら、クラーリオの腿を確認する。
 皮膚は赤黒く変化し始め、傷痕からは絶え間なく血が溢れ出る。

「土蛇の事も知らねぇのか!? 噛まれてる最中に殺したら駄目なことぐらい、猿でも知ってるぞ!!」
「……はは、つい、ね」

 そう零すクラーリオの顔を、エリトは鋭く睨む。

 土蛇は殺すと溶ける。噛まれたら蛇が生きている間に対処しないと、こうして毒をもった牙が体内へと溶けだすことになる。

 噛まれた部分の服を裂きながら、エリトはまた忌々し気に舌を打った。

「しかもこんな軽装で……! あんたは本当に馬鹿だ!! 待ってろ、薬草を……」
「……捌き、屋」

 エリトがポーチから薬草を取り出していると、クラーリオがぽつりと呟く。
 毒が回り始めたのか、額に汗が滲んでいる。しかしその顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 クラーリオが手を伸ばし、エリトの頬に触れる。エリトが戸惑っていると、クラーリオが微笑みながら口を開いた。

「俺の名前……覚えてる?」
「……ダン、だろ?」
「……正解。あんたじゃなくて、ダン……」
「……っ! こんな時に何言ってる!? この馬鹿!」

 土蛇の毒は、最悪死に至る。
 子どもや女性が噛まれるとひとたまりもないが、身体の大きい男性ならまだ望みはある。

 エリトはポーチから取り出した薬草を、クラーリオの口へと突っ込んだ。

「しっかり噛め! 噛んで飲み込め!」
「……しぶい……」

 顔を顰めながら口を動かすクラーリオに、エリトは緊張感を忘れ、つい頬を緩ませた。
 大の大人だというのに、何となく可愛らしい。

 エリトの言う事を素直に聞くところが、何となくノウリを思い出させる。

(いやいや、和んでいる場合じゃない!)

 エリトは服の袖を引き破ると、クラーリオの腿へと巻きつけた。

「この近くに俺の家があるけど、そこに医者は呼べない。あんたを医者の所まで連れていく」
「……俺、金ない」
「……はぁああ? 何で昨日、俺にあんな大金を渡したんだ!? 馬鹿!」

 エリトが叫ぶと、クラーリオは愉しそうに顔を緩ませる。
 顔も唇にも色が無いほど弱っているのに、その表情は穏やかだ。

 エリトは溜息をつくと、クラーリオに肩を貸した。明らかに発熱している身体に、エリトはいよいよ焦り始めた。

 自分を庇って負った傷だ。
 そう思うと、エリトの胸を恐怖に似た感情が支配した。そしてそこが、じくじくと痛みを発する。

「と、とりあえず、俺の家へ連れていく。いいな?」
「……苦肉の、策……」
「ん? なんて?」
「……いや、何でもない……」

 熱に浮かされているクラーリオを引きずるようにして、エリトは帰路を急いだ。


_________

(決して、意図的ではない)

 エリトの肩を借りながら、クラーリオはぼんやり思った。
 土蛇に噛まれたと分かってはいたが、あれを引き剥がすのには時間がかかる。

 他の魔獣と交戦中だったエリトがこっちに気をとられてはいけないと、クラーリオは咄嗟に首を跳ねたのだ。

 結果、こうしてエリトの家へと持ち帰られているのは『決して意図的ではない』。


 慣れた赤い扉が見えると、クラーリオはつい頬を緩ませた。犬の姿の時とは違い、その扉は随分小さく見える。

「ダン、これに包まって。暖炉つけるから、それまで辛抱な」
「うん」

 エリトから渡されたのは、あの時買っていた毛布だった。クラーリオの身体には小さすぎる程の毛布だ。

(この毛布に、エリトはいくら払ったんだ?)

 クラーリオが毛布へ向けて怪訝な顔を浮かべている間に、エリトは暖炉に火を付け、家の中をばたばたと動き回る。
 天井に干してある薬草を取り外し、チェストの中から布を引っ張り出す。

 タオルや布切れ、エリトの服などをクラーリオに巻きつけ、エリトはまた立ち上がってウロウロとし始めた。

「解毒薬は、これで効くかな? ダンは大きいから、足りないかもしれないな……」
「……捌き屋。心配しなくて良い。俺は毒には強いんだ」
「馬鹿! 毒に強い奴は、そんなに顔を青くしない!」

 解毒薬が入った瓶をクラーリオに突き付けると、エリトは泣きそうな表情を浮かべる。鼻梁に皺を寄せると、噛みつくように言い放った。

「俺なんかを守って死んだなんて、笑われるぞ!」
「……誰に笑われる? 構わないよ、笑われても」

 クラーリオはそう言って、薬を飲み干す。
 空いた瓶をエリトに渡すと、彼は呆然とした顔でクラーリオを見つめていた。
 戸惑いが浮かんだ顔で、窺うような視線を向けている。まるで怯えているような様子に、クラーリオは眉を下げた。

(どうして、そんな顔をする? エリト)

 どうか怯えないでほしい、そんな想いを込めて、クラーリオは出来る限り優しく微笑んだ。
 ぐ、とエリトの喉が鳴るのを、寂しい想いで見守る。

「ど、どうして、あんたは……」
「なぁ、お願いがある……」

 空の瓶を持ったまま固まるエリトの手を、クラーリオはそっと握りしめた。
 その手は汗ばんでいるのに、酷く冷たい。すっぽり包むように握りしめると、エリトの顔から少し怯えが薄まる。

「……やっぱり、ダンじゃなくて、クリオって呼んでほしい」
「……は、はぁ?」
「ダンは家名なんだ。クリオと呼んでくれ」
「……く、クリオ?」

 クラーリオが満足そうに微笑むと、エリトは困惑した様に首を傾げる。そして怯えから戸惑いの表情に変わり、僅かに赤く染まる顔を隠すように、そっぽを向いた。

「いいから、もう横になれよッ! 訳の分かんない奴だな!」
「……うん」

 暖炉の前で素直に横になると、直ぐに眠気が襲ってくる。
 屋敷で眠るより明らかにリラックスしている自分を笑いながら、クラーリオは瞳を閉じた。
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