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前編
第20話 風呂は人生の洗濯
「エリト、風呂を沸かしたから入りなさい」
「?」
朝も昼も腹いっぱいにごはんを食べ、エリトは絶好調で狩りをした。いつもより多くの素材を手に家に戻ると、なんと家の裏に風呂が出来ていた。そしてその脇に、クラーリオがニコニコと笑って立っている。
大きな岩をくりぬいた浴槽は、どう見たって持ち運べる規模ではない。そこに溜められた湯から白い湯気が立ち昇っている。
「どうしたんだこれ!!」
「急ごしらえでごめんな。本当は木製にしたかったんだけど……」
「いや、そういう問題じゃない! どうやって運んだんだこれ……」
「………あ、いや……仕事仲間と運んだ……」
エリトは開いた口が塞がらないまま、浴槽を見た。クラーリオが入ると狭いだろうが、エリトが入るには十分のサイズだ。これを運ぶとなると、数人じゃ済まない。
「く、クリオの仕事仲間は、良い人ばかりだな……」
「そう、良い奴らだよ。目隠しももうすぐ出来るから、少し待ってて」
見れば浴槽を囲むようにして木の枠が組み上がっている。四方を囲むようにして立てられている柵に、エリトは思わず吹き出した。
「いらないよ、柵なんて。俺男だし、こんな所誰も……」
「いや、駄目だ」
クラーリオはきっぱりと言い放つと、エリトに詰め寄る。
琥珀色の瞳を吊り上げて、クラーリオはエリトを戒めるように口を開いた。
「エリトはもっと自分の可愛さを自覚したほうがいい。こんな可愛い生き物は他にはいない」
「かっ……可愛い!? 俺が!?」
「そうだ。他に誰がいる?」
言うだけ言うと、クラーリオは柵を作る作業へと戻って行った。「風呂に入る準備をしておいで」と言いながら、猛烈な勢いで柵に釘を打ち込んでいる。
話しかけられないくらいの熱心さに、エリトは仕方なく家へと引っ込んだ。
「……風呂の準備? えっと、服?」
いつもだったら汚れた身体を川で清め、また同じ服を着ていた。しかし折角クラーリオが用意してくれた風呂の後に、また汚れたものを身に着けるのは気が引ける。
エリトはチェストから服を引っ張り出し、タオルを手に取った。どっちもボロボロだが、同じものを身に着けるよりましだ。
着替えを手にエリトがクラーリオの元に戻ると、なんと柵は完成していた。
柵の入口でクラーリオが待っていて、エリトを迎え入れる。
「エリト、ゆっくり入って。石鹸も置いておいたから、使って」
「え? 石鹸?」
エリトの問いには答えずにクラーリオは去り、屋外につくられた浴場にエリトは残された。
浴槽を見ると、花が浮かべられている。赤や黄色といった色とりどりの花に、エリトは思わず感嘆の声を漏らした。
「きれい。すごい。もったいない……」
湯に手を差し込むと、花がゆらゆらと揺れる。手のひらが温かさに包まれると、エリトはほっと息をついた。
(お風呂……いつごろから入っていないだろう……)
少なくともナークレンに帰ってきてからは、エリトは風呂に入っていない。昼間の暖かいうちから川に入るか、どうしても寒い日は湯を沸かして身体を拭っていた。
置いてあった風呂桶で身体を清めて、ゆっくりと湯につかっていく。
身体を湯が包み込み、エリトは胸いっぱいに吸い込んだ息をほうっと吐き出した。
「はぁあああ、あったか……! きもちいい……」
ちゃぷちゃぷと湯をかき混ぜ、ぶくぶくと顔を湯に浸す。冷え切っていた頬が溶けていくように感じて、エリトはふにゃりと笑った。
「こんなに大量の水……大変だっただろうな」
そう呟きながらエリトは首を傾げた。
エリトの家に水道はない。近くの川から水を汲んでくるにしても、相当な労力だっただろう。
「しかもこんな大量の湯、どうやって沸かしたんだ?」
そう呟きながらも、エリトは身体を洗うために石鹸を泡立てる。ふんわりと良い匂いが漂い、エリトはくんくんと鼻を動かした。
清涼感のあるハーブの香りに混じって、柔らかな花の匂いもする。
石鹸を買ったことがないエリトは、クラーリオが持ってきた石鹸の価値が分からない。
しかしかなり高そうだという事だけは、エリトにも理解できた。
(どういう……つもりなんだろう)
この間会ったばかりの、しかも穢れの子である自分に、クラーリオは色んなものを分けてくれる。得体の知れない施しには、警戒するのが最善なのだろう。
でもクラーリオの表情は、少しも曇りがないのだ。
捌き屋をしているせいか、エリトは人の表情を読むことが癖になっていた。何か企んでいる人間は、顔の筋肉がどこか歪む。クラーリオにはそれが無いから、エリトは警戒するのをつい忘れてしまう。
「エリト。これを着て」
「は?」
突然柵の外から聞こえてきたクラーリオの声に、エリトは目を瞬かせた。
柵にひょいとひっかけられたのは、新品の服だ。それにふわふわのタオル。これにはエリトも驚き、上ずった声を上げる。
「おい! 何だよこれ! こんなの使えないって!」
「エリト、これは片づけておくよ」
「なっ!?」
新品の服とタオルを残し、柵に掛けておいたエリトの古い服とタオルが消える。クラーリオが立ち去る音を聞きながら、エリトは深くため息をついた。
「?」
朝も昼も腹いっぱいにごはんを食べ、エリトは絶好調で狩りをした。いつもより多くの素材を手に家に戻ると、なんと家の裏に風呂が出来ていた。そしてその脇に、クラーリオがニコニコと笑って立っている。
大きな岩をくりぬいた浴槽は、どう見たって持ち運べる規模ではない。そこに溜められた湯から白い湯気が立ち昇っている。
「どうしたんだこれ!!」
「急ごしらえでごめんな。本当は木製にしたかったんだけど……」
「いや、そういう問題じゃない! どうやって運んだんだこれ……」
「………あ、いや……仕事仲間と運んだ……」
エリトは開いた口が塞がらないまま、浴槽を見た。クラーリオが入ると狭いだろうが、エリトが入るには十分のサイズだ。これを運ぶとなると、数人じゃ済まない。
「く、クリオの仕事仲間は、良い人ばかりだな……」
「そう、良い奴らだよ。目隠しももうすぐ出来るから、少し待ってて」
見れば浴槽を囲むようにして木の枠が組み上がっている。四方を囲むようにして立てられている柵に、エリトは思わず吹き出した。
「いらないよ、柵なんて。俺男だし、こんな所誰も……」
「いや、駄目だ」
クラーリオはきっぱりと言い放つと、エリトに詰め寄る。
琥珀色の瞳を吊り上げて、クラーリオはエリトを戒めるように口を開いた。
「エリトはもっと自分の可愛さを自覚したほうがいい。こんな可愛い生き物は他にはいない」
「かっ……可愛い!? 俺が!?」
「そうだ。他に誰がいる?」
言うだけ言うと、クラーリオは柵を作る作業へと戻って行った。「風呂に入る準備をしておいで」と言いながら、猛烈な勢いで柵に釘を打ち込んでいる。
話しかけられないくらいの熱心さに、エリトは仕方なく家へと引っ込んだ。
「……風呂の準備? えっと、服?」
いつもだったら汚れた身体を川で清め、また同じ服を着ていた。しかし折角クラーリオが用意してくれた風呂の後に、また汚れたものを身に着けるのは気が引ける。
エリトはチェストから服を引っ張り出し、タオルを手に取った。どっちもボロボロだが、同じものを身に着けるよりましだ。
着替えを手にエリトがクラーリオの元に戻ると、なんと柵は完成していた。
柵の入口でクラーリオが待っていて、エリトを迎え入れる。
「エリト、ゆっくり入って。石鹸も置いておいたから、使って」
「え? 石鹸?」
エリトの問いには答えずにクラーリオは去り、屋外につくられた浴場にエリトは残された。
浴槽を見ると、花が浮かべられている。赤や黄色といった色とりどりの花に、エリトは思わず感嘆の声を漏らした。
「きれい。すごい。もったいない……」
湯に手を差し込むと、花がゆらゆらと揺れる。手のひらが温かさに包まれると、エリトはほっと息をついた。
(お風呂……いつごろから入っていないだろう……)
少なくともナークレンに帰ってきてからは、エリトは風呂に入っていない。昼間の暖かいうちから川に入るか、どうしても寒い日は湯を沸かして身体を拭っていた。
置いてあった風呂桶で身体を清めて、ゆっくりと湯につかっていく。
身体を湯が包み込み、エリトは胸いっぱいに吸い込んだ息をほうっと吐き出した。
「はぁあああ、あったか……! きもちいい……」
ちゃぷちゃぷと湯をかき混ぜ、ぶくぶくと顔を湯に浸す。冷え切っていた頬が溶けていくように感じて、エリトはふにゃりと笑った。
「こんなに大量の水……大変だっただろうな」
そう呟きながらエリトは首を傾げた。
エリトの家に水道はない。近くの川から水を汲んでくるにしても、相当な労力だっただろう。
「しかもこんな大量の湯、どうやって沸かしたんだ?」
そう呟きながらも、エリトは身体を洗うために石鹸を泡立てる。ふんわりと良い匂いが漂い、エリトはくんくんと鼻を動かした。
清涼感のあるハーブの香りに混じって、柔らかな花の匂いもする。
石鹸を買ったことがないエリトは、クラーリオが持ってきた石鹸の価値が分からない。
しかしかなり高そうだという事だけは、エリトにも理解できた。
(どういう……つもりなんだろう)
この間会ったばかりの、しかも穢れの子である自分に、クラーリオは色んなものを分けてくれる。得体の知れない施しには、警戒するのが最善なのだろう。
でもクラーリオの表情は、少しも曇りがないのだ。
捌き屋をしているせいか、エリトは人の表情を読むことが癖になっていた。何か企んでいる人間は、顔の筋肉がどこか歪む。クラーリオにはそれが無いから、エリトは警戒するのをつい忘れてしまう。
「エリト。これを着て」
「は?」
突然柵の外から聞こえてきたクラーリオの声に、エリトは目を瞬かせた。
柵にひょいとひっかけられたのは、新品の服だ。それにふわふわのタオル。これにはエリトも驚き、上ずった声を上げる。
「おい! 何だよこれ! こんなの使えないって!」
「エリト、これは片づけておくよ」
「なっ!?」
新品の服とタオルを残し、柵に掛けておいたエリトの古い服とタオルが消える。クラーリオが立ち去る音を聞きながら、エリトは深くため息をついた。
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