21 / 56
前編
第20話 風呂は人生の洗濯
しおりを挟む
「エリト、風呂を沸かしたから入りなさい」
「?」
朝も昼も腹いっぱいにごはんを食べ、エリトは絶好調で狩りをした。いつもより多くの素材を手に家に戻ると、なんと家の裏に風呂が出来ていた。そしてその脇に、クラーリオがニコニコと笑って立っている。
大きな岩をくりぬいた浴槽は、どう見たって持ち運べる規模ではない。そこに溜められた湯から白い湯気が立ち昇っている。
「どうしたんだこれ!!」
「急ごしらえでごめんな。本当は木製にしたかったんだけど……」
「いや、そういう問題じゃない! どうやって運んだんだこれ……」
「………あ、いや……仕事仲間と運んだ……」
エリトは開いた口が塞がらないまま、浴槽を見た。クラーリオが入ると狭いだろうが、エリトが入るには十分のサイズだ。これを運ぶとなると、数人じゃ済まない。
「く、クリオの仕事仲間は、良い人ばかりだな……」
「そう、良い奴らだよ。目隠しももうすぐ出来るから、少し待ってて」
見れば浴槽を囲むようにして木の枠が組み上がっている。四方を囲むようにして立てられている柵に、エリトは思わず吹き出した。
「いらないよ、柵なんて。俺男だし、こんな所誰も……」
「いや、駄目だ」
クラーリオはきっぱりと言い放つと、エリトに詰め寄る。
琥珀色の瞳を吊り上げて、クラーリオはエリトを戒めるように口を開いた。
「エリトはもっと自分の可愛さを自覚したほうがいい。こんな可愛い生き物は他にはいない」
「かっ……可愛い!? 俺が!?」
「そうだ。他に誰がいる?」
言うだけ言うと、クラーリオは柵を作る作業へと戻って行った。「風呂に入る準備をしておいで」と言いながら、猛烈な勢いで柵に釘を打ち込んでいる。
話しかけられないくらいの熱心さに、エリトは仕方なく家へと引っ込んだ。
「……風呂の準備? えっと、服?」
いつもだったら汚れた身体を川で清め、また同じ服を着ていた。しかし折角クラーリオが用意してくれた風呂の後に、また汚れたものを身に着けるのは気が引ける。
エリトはチェストから服を引っ張り出し、タオルを手に取った。どっちもボロボロだが、同じものを身に着けるよりましだ。
着替えを手にエリトがクラーリオの元に戻ると、なんと柵は完成していた。
柵の入口でクラーリオが待っていて、エリトを迎え入れる。
「エリト、ゆっくり入って。石鹸も置いておいたから、使って」
「え? 石鹸?」
エリトの問いには答えずにクラーリオは去り、屋外につくられた浴場にエリトは残された。
浴槽を見ると、花が浮かべられている。赤や黄色といった色とりどりの花に、エリトは思わず感嘆の声を漏らした。
「きれい。すごい。もったいない……」
湯に手を差し込むと、花がゆらゆらと揺れる。手のひらが温かさに包まれると、エリトはほっと息をついた。
(お風呂……いつごろから入っていないだろう……)
少なくともナークレンに帰ってきてからは、エリトは風呂に入っていない。昼間の暖かいうちから川に入るか、どうしても寒い日は湯を沸かして身体を拭っていた。
置いてあった風呂桶で身体を清めて、ゆっくりと湯につかっていく。
身体を湯が包み込み、エリトは胸いっぱいに吸い込んだ息をほうっと吐き出した。
「はぁあああ、あったか……! きもちいい……」
ちゃぷちゃぷと湯をかき混ぜ、ぶくぶくと顔を湯に浸す。冷え切っていた頬が溶けていくように感じて、エリトはふにゃりと笑った。
「こんなに大量の水……大変だっただろうな」
そう呟きながらエリトは首を傾げた。
エリトの家に水道はない。近くの川から水を汲んでくるにしても、相当な労力だっただろう。
「しかもこんな大量の湯、どうやって沸かしたんだ?」
そう呟きながらも、エリトは身体を洗うために石鹸を泡立てる。ふんわりと良い匂いが漂い、エリトはくんくんと鼻を動かした。
清涼感のあるハーブの香りに混じって、柔らかな花の匂いもする。
石鹸を買ったことがないエリトは、クラーリオが持ってきた石鹸の価値が分からない。
しかしかなり高そうだという事だけは、エリトにも理解できた。
(どういう……つもりなんだろう)
この間会ったばかりの、しかも穢れの子である自分に、クラーリオは色んなものを分けてくれる。得体の知れない施しには、警戒するのが最善なのだろう。
でもクラーリオの表情は、少しも曇りがないのだ。
捌き屋をしているせいか、エリトは人の表情を読むことが癖になっていた。何か企んでいる人間は、顔の筋肉がどこか歪む。クラーリオにはそれが無いから、エリトは警戒するのをつい忘れてしまう。
「エリト。これを着て」
「は?」
突然柵の外から聞こえてきたクラーリオの声に、エリトは目を瞬かせた。
柵にひょいとひっかけられたのは、新品の服だ。それにふわふわのタオル。これにはエリトも驚き、上ずった声を上げる。
「おい! 何だよこれ! こんなの使えないって!」
「エリト、これは片づけておくよ」
「なっ!?」
新品の服とタオルを残し、柵に掛けておいたエリトの古い服とタオルが消える。クラーリオが立ち去る音を聞きながら、エリトは深くため息をついた。
「?」
朝も昼も腹いっぱいにごはんを食べ、エリトは絶好調で狩りをした。いつもより多くの素材を手に家に戻ると、なんと家の裏に風呂が出来ていた。そしてその脇に、クラーリオがニコニコと笑って立っている。
大きな岩をくりぬいた浴槽は、どう見たって持ち運べる規模ではない。そこに溜められた湯から白い湯気が立ち昇っている。
「どうしたんだこれ!!」
「急ごしらえでごめんな。本当は木製にしたかったんだけど……」
「いや、そういう問題じゃない! どうやって運んだんだこれ……」
「………あ、いや……仕事仲間と運んだ……」
エリトは開いた口が塞がらないまま、浴槽を見た。クラーリオが入ると狭いだろうが、エリトが入るには十分のサイズだ。これを運ぶとなると、数人じゃ済まない。
「く、クリオの仕事仲間は、良い人ばかりだな……」
「そう、良い奴らだよ。目隠しももうすぐ出来るから、少し待ってて」
見れば浴槽を囲むようにして木の枠が組み上がっている。四方を囲むようにして立てられている柵に、エリトは思わず吹き出した。
「いらないよ、柵なんて。俺男だし、こんな所誰も……」
「いや、駄目だ」
クラーリオはきっぱりと言い放つと、エリトに詰め寄る。
琥珀色の瞳を吊り上げて、クラーリオはエリトを戒めるように口を開いた。
「エリトはもっと自分の可愛さを自覚したほうがいい。こんな可愛い生き物は他にはいない」
「かっ……可愛い!? 俺が!?」
「そうだ。他に誰がいる?」
言うだけ言うと、クラーリオは柵を作る作業へと戻って行った。「風呂に入る準備をしておいで」と言いながら、猛烈な勢いで柵に釘を打ち込んでいる。
話しかけられないくらいの熱心さに、エリトは仕方なく家へと引っ込んだ。
「……風呂の準備? えっと、服?」
いつもだったら汚れた身体を川で清め、また同じ服を着ていた。しかし折角クラーリオが用意してくれた風呂の後に、また汚れたものを身に着けるのは気が引ける。
エリトはチェストから服を引っ張り出し、タオルを手に取った。どっちもボロボロだが、同じものを身に着けるよりましだ。
着替えを手にエリトがクラーリオの元に戻ると、なんと柵は完成していた。
柵の入口でクラーリオが待っていて、エリトを迎え入れる。
「エリト、ゆっくり入って。石鹸も置いておいたから、使って」
「え? 石鹸?」
エリトの問いには答えずにクラーリオは去り、屋外につくられた浴場にエリトは残された。
浴槽を見ると、花が浮かべられている。赤や黄色といった色とりどりの花に、エリトは思わず感嘆の声を漏らした。
「きれい。すごい。もったいない……」
湯に手を差し込むと、花がゆらゆらと揺れる。手のひらが温かさに包まれると、エリトはほっと息をついた。
(お風呂……いつごろから入っていないだろう……)
少なくともナークレンに帰ってきてからは、エリトは風呂に入っていない。昼間の暖かいうちから川に入るか、どうしても寒い日は湯を沸かして身体を拭っていた。
置いてあった風呂桶で身体を清めて、ゆっくりと湯につかっていく。
身体を湯が包み込み、エリトは胸いっぱいに吸い込んだ息をほうっと吐き出した。
「はぁあああ、あったか……! きもちいい……」
ちゃぷちゃぷと湯をかき混ぜ、ぶくぶくと顔を湯に浸す。冷え切っていた頬が溶けていくように感じて、エリトはふにゃりと笑った。
「こんなに大量の水……大変だっただろうな」
そう呟きながらエリトは首を傾げた。
エリトの家に水道はない。近くの川から水を汲んでくるにしても、相当な労力だっただろう。
「しかもこんな大量の湯、どうやって沸かしたんだ?」
そう呟きながらも、エリトは身体を洗うために石鹸を泡立てる。ふんわりと良い匂いが漂い、エリトはくんくんと鼻を動かした。
清涼感のあるハーブの香りに混じって、柔らかな花の匂いもする。
石鹸を買ったことがないエリトは、クラーリオが持ってきた石鹸の価値が分からない。
しかしかなり高そうだという事だけは、エリトにも理解できた。
(どういう……つもりなんだろう)
この間会ったばかりの、しかも穢れの子である自分に、クラーリオは色んなものを分けてくれる。得体の知れない施しには、警戒するのが最善なのだろう。
でもクラーリオの表情は、少しも曇りがないのだ。
捌き屋をしているせいか、エリトは人の表情を読むことが癖になっていた。何か企んでいる人間は、顔の筋肉がどこか歪む。クラーリオにはそれが無いから、エリトは警戒するのをつい忘れてしまう。
「エリト。これを着て」
「は?」
突然柵の外から聞こえてきたクラーリオの声に、エリトは目を瞬かせた。
柵にひょいとひっかけられたのは、新品の服だ。それにふわふわのタオル。これにはエリトも驚き、上ずった声を上げる。
「おい! 何だよこれ! こんなの使えないって!」
「エリト、これは片づけておくよ」
「なっ!?」
新品の服とタオルを残し、柵に掛けておいたエリトの古い服とタオルが消える。クラーリオが立ち去る音を聞きながら、エリトは深くため息をついた。
66
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる