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前編
第19話 穢れの子
「宗主、穢れの子の意味が分かりました」
エリトの家へと向かう前に、クラーリオはスガノから報告を受けた。
以前エリトが言っていた『穢れの子』について、クラーリオは部下にずっと探らせていたのだ。人間に詳しいカマロの協力も得て、スガノがやっと真相を突き止めた。
報告書を読むと、嫌悪感がクラーリオの肚の底から這い出してくる。報告書を読み上げるスガノの声はひどく事務的で、冷静さを欠きそうな頭には丁度よかった。
「穢れの子とは、人間と魔獣のハーフです。魔獣は意思がないため、人間を愛すことはありません。よって穢れの子は、魔獣に強制的に孕まされて出来た子です。この子どもを、人間たちは忌避し、蔑みます」
「……どうして蔑む?」
「異形の子が多いんだそうです。獣毛が生えていたり、牙が異常に発達していたり……。人並み外れた力を持つ子も多く、昔は恐れられて処分されていたそうです。しかし数百年前から、彼らは活用されるようになりました」
「……捌き屋か」
クラーリオが昏く呟くと、スガノが頷いた。
人間は長く魔獣の被害に喘いでいた。その被害が急激に収まり、人間が魔族にまで対抗するようになったのは、同じく数百年前からだ。
魔獣の子に魔獣を討伐させ、更に魔獣の素材を『納品』させて、国の蓄えにする。人間の国は穢れの子を蔑みながらも、搾取しているという事になる。
「穢れの子の母親を人質にとって、劣悪な環境で働かせているようです。その上、穢れの子は働き盛りを過ぎたら処分されます。……魔獣と人間のハーフは、産まれても直ぐ亡くなることが多いと聞きます。寿命も30そこそこだとか……」
(30……。じゃあ、エリトは……)
思わず吸い込んだ息が震えて、クラーリオは口を覆った。
スガノの前で狼狽える姿は見せたくない。しかし、耐えられなかった。
数百年前のエリトは、もういない。
今のエリトも、もうすぐいなくなる。
微かに残っていた希望と、今から始まるであろう希望を、同時に打ち砕かれた。
ぐらりと霞んだ視界の中、スガノの声だけが耳に入る。
「宗主。宗主が愛している生き物がその穢れの子なら、今すぐ屋敷に連れ帰ってはどうですか? 残された時間を、共に過ごさないと……」
「……」
「……身代わりにしていると気にしているのですか? 以前愛した人間の……」
「違う。身代わりになんかしていない。俺は……」
スガノに返事を返すものの、クラーリオは言葉を詰まらせる。喉の奥が鈍く痛んで、自然と顔が歪む。
彼がエリトじゃなくても、彼に対しての愛を失う事もない。
しかしこの愛が、数百年前に愛したエリトから来ているのは確か。
生まれた先が違う愛を、他の誰かに向けてはいけない。それが分かっていながら、エリトを愛するのを止めたくはない。
「………スガノ、少し出て来る」
「……はい、宗主。めし作り、頑張ってくださいね……」
スガノの返事を聞きながら、クラーリオは踵を返した。
昏い気持ちを引き摺りながら、エリトに会わなければいけない。沈んだ気持ちで、クラーリオはエリトの家に向かった。
そして今、クラーリオはリゾットを口に運ぶエリトを見ている。
エリトを見ているだけで、クラーリオの胸が狂おしいほどの愛おしさで溢れる。彼の仕草一つ一つに、懐かしい面影が浮かぶ。
いくら現実を突き付けられても、クラーリオには自分の確信が間違いだとは思えなかった。
「エリト」
「むぐ、んん?」
スプーンを咥えたまま返事をするエリトに、クラーリオは笑顔を向けた。
魔神の時には滅多に浮かべない笑顔も、エリトの前だと過分なほど浮かんでくる。
「今日からここに泊めてくれないか?」
「……はぁ!?」
「急な仕事で、この辺に滞在することになった。ナークレンの宿屋は空きが少なくて、仕事仲間が泊まったら一杯になったんだ」
「……いや、俺んち狭いよ? 寒いし、何もないし……」
エリトは慌てながら、皿を膝へと置いた。そして視線をクラーリオの腿へと移し、眉根に皺を寄せる。
「っていうか、あんた怪我したばっかだろ!? そんなんで仕事すんのか!? その仕事仲間、どうかしてんだろ!」
「雇主がね、やな奴なんだ。……というのは冗談で、もうかなり治ってる」
「ほんとか? 後で見せろよ?」
「……エリト。それは、泊まって良いってこと?」
クラーリオが薄く微笑んで言うと、エリトの頬が真っ赤に染まった。鼻梁に皺を寄せながら、エリトはそっぽを向く。
照れるとすぐそっぽを向く。そっぽを向く時には、いつも鼻に皺が寄る。
赤くなった耳には、ホクロが二つ。膨らませる頬は、いつも右側。
全てが一致して、もう一人の自分がクラーリオの背中を押す。
「これから仕事に行って、また昼には帰ってくる。昼食を作るよ」
「え!? いいのか!?」
「宿代は、飯。それで良い?」
「良い!! また食べたい! リゾット!」
跳び上がるほど喜ぶ姿を見て、クラーリオもまた喜びに溢れる。
(決めた。どちらにしても、エリトを幸せにする。俺の全てを捧げても、幸せにする)
エリトの家へと向かう前に、クラーリオはスガノから報告を受けた。
以前エリトが言っていた『穢れの子』について、クラーリオは部下にずっと探らせていたのだ。人間に詳しいカマロの協力も得て、スガノがやっと真相を突き止めた。
報告書を読むと、嫌悪感がクラーリオの肚の底から這い出してくる。報告書を読み上げるスガノの声はひどく事務的で、冷静さを欠きそうな頭には丁度よかった。
「穢れの子とは、人間と魔獣のハーフです。魔獣は意思がないため、人間を愛すことはありません。よって穢れの子は、魔獣に強制的に孕まされて出来た子です。この子どもを、人間たちは忌避し、蔑みます」
「……どうして蔑む?」
「異形の子が多いんだそうです。獣毛が生えていたり、牙が異常に発達していたり……。人並み外れた力を持つ子も多く、昔は恐れられて処分されていたそうです。しかし数百年前から、彼らは活用されるようになりました」
「……捌き屋か」
クラーリオが昏く呟くと、スガノが頷いた。
人間は長く魔獣の被害に喘いでいた。その被害が急激に収まり、人間が魔族にまで対抗するようになったのは、同じく数百年前からだ。
魔獣の子に魔獣を討伐させ、更に魔獣の素材を『納品』させて、国の蓄えにする。人間の国は穢れの子を蔑みながらも、搾取しているという事になる。
「穢れの子の母親を人質にとって、劣悪な環境で働かせているようです。その上、穢れの子は働き盛りを過ぎたら処分されます。……魔獣と人間のハーフは、産まれても直ぐ亡くなることが多いと聞きます。寿命も30そこそこだとか……」
(30……。じゃあ、エリトは……)
思わず吸い込んだ息が震えて、クラーリオは口を覆った。
スガノの前で狼狽える姿は見せたくない。しかし、耐えられなかった。
数百年前のエリトは、もういない。
今のエリトも、もうすぐいなくなる。
微かに残っていた希望と、今から始まるであろう希望を、同時に打ち砕かれた。
ぐらりと霞んだ視界の中、スガノの声だけが耳に入る。
「宗主。宗主が愛している生き物がその穢れの子なら、今すぐ屋敷に連れ帰ってはどうですか? 残された時間を、共に過ごさないと……」
「……」
「……身代わりにしていると気にしているのですか? 以前愛した人間の……」
「違う。身代わりになんかしていない。俺は……」
スガノに返事を返すものの、クラーリオは言葉を詰まらせる。喉の奥が鈍く痛んで、自然と顔が歪む。
彼がエリトじゃなくても、彼に対しての愛を失う事もない。
しかしこの愛が、数百年前に愛したエリトから来ているのは確か。
生まれた先が違う愛を、他の誰かに向けてはいけない。それが分かっていながら、エリトを愛するのを止めたくはない。
「………スガノ、少し出て来る」
「……はい、宗主。めし作り、頑張ってくださいね……」
スガノの返事を聞きながら、クラーリオは踵を返した。
昏い気持ちを引き摺りながら、エリトに会わなければいけない。沈んだ気持ちで、クラーリオはエリトの家に向かった。
そして今、クラーリオはリゾットを口に運ぶエリトを見ている。
エリトを見ているだけで、クラーリオの胸が狂おしいほどの愛おしさで溢れる。彼の仕草一つ一つに、懐かしい面影が浮かぶ。
いくら現実を突き付けられても、クラーリオには自分の確信が間違いだとは思えなかった。
「エリト」
「むぐ、んん?」
スプーンを咥えたまま返事をするエリトに、クラーリオは笑顔を向けた。
魔神の時には滅多に浮かべない笑顔も、エリトの前だと過分なほど浮かんでくる。
「今日からここに泊めてくれないか?」
「……はぁ!?」
「急な仕事で、この辺に滞在することになった。ナークレンの宿屋は空きが少なくて、仕事仲間が泊まったら一杯になったんだ」
「……いや、俺んち狭いよ? 寒いし、何もないし……」
エリトは慌てながら、皿を膝へと置いた。そして視線をクラーリオの腿へと移し、眉根に皺を寄せる。
「っていうか、あんた怪我したばっかだろ!? そんなんで仕事すんのか!? その仕事仲間、どうかしてんだろ!」
「雇主がね、やな奴なんだ。……というのは冗談で、もうかなり治ってる」
「ほんとか? 後で見せろよ?」
「……エリト。それは、泊まって良いってこと?」
クラーリオが薄く微笑んで言うと、エリトの頬が真っ赤に染まった。鼻梁に皺を寄せながら、エリトはそっぽを向く。
照れるとすぐそっぽを向く。そっぽを向く時には、いつも鼻に皺が寄る。
赤くなった耳には、ホクロが二つ。膨らませる頬は、いつも右側。
全てが一致して、もう一人の自分がクラーリオの背中を押す。
「これから仕事に行って、また昼には帰ってくる。昼食を作るよ」
「え!? いいのか!?」
「宿代は、飯。それで良い?」
「良い!! また食べたい! リゾット!」
跳び上がるほど喜ぶ姿を見て、クラーリオもまた喜びに溢れる。
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