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前編
第18話 自分のための食事
しおりを挟む翌朝、顔を洗おうと玄関を開けたエリトは、目の前の光景に目を見開いた。冷たい空気と共に、何やらいい匂いも漂ってくる。
エリトの目の前に、クラーリオが座っている。しかも彼は、エリトの玄関先で火を起こしていた。焚火の上には鍋が、ぐつぐつと音を立てている。
混乱して息を詰めていると、クラーリオがエリトを振り返った。
「エリト! おはよう」
「っ!! あ、あ、あんた、何やってるんだ!!」
「まだ寝ていると思ったから、ここで朝飯を作っている」
「はぁ?」
エリトが上擦った声を上げると、クラーリオが微笑みながら立ち上がった。そのまま鍋の中を覗き、満足そうに頷く。
「エリト、出来た。座って」
「え? 座ってって? 俺が?」
見ればクラーリオと向かい合うようにして、もう一つ椅子が用意されている
困惑しながら椅子に近づき、エリトは鍋の中を覗き込んだ。ミルク色の何かが、ふくふくと音を立てている。美味しそうな匂いに、たちまちエリトの腹が騒ぎ始めた。
「エリト、どれくらい食べる?」
「……お、俺……」
エリトから漏れた腹の音に、クラーリオが眉を下げた。傍に置いてあった鞄から木製の皿を取り出し、そこに鍋の中身を注ぐ。
まだ立ったままのエリトへ、クラーリオが皿を突き出した。エリトは誘われるがまま椅子に座ると、クラーリオから皿を受け取る。
「……っ! あったかい……」
木製の皿から伝わる温かさは、じんわりと優しい。思わず顔を綻ばせていると、クラーリオがエリトの皿に木製のスプーンを差し込んだ。
エリトの目の前にあるのは、正に『自分のために用意された食事』だった。
スプーンを握って口に運べば、すぐに腹が満たされる。手からも胸からも温かさが広がって、エリトは鼻梁に皺を寄せた。
(お、俺、分からない……)
エリトは皿の中に目線を落としたまま、上げることが出来なくなった。
これを作ってくれたクラーリオに向ける顔が、エリトには分からない。じんわりと広がる温かさと共に、胸も静かに疼くのだ。
きっと今の自分は、不愉快そうに鼻に皺を寄せているように見えるだろう。そう思いながら、エリトはちらりとクラーリオを見遣った。
クラーリオはエリトに向けて、相変わらず優しい笑みを浮かべている。膝に自分用の皿を置いたクラーリオは、目の前で手を合わせた。
「ほら、エリト。なんだっけ?」
「……?」
「食事前の挨拶、言って」
クラーリオの言葉に、エリトの胸が跳ねた。不思議と喜びが湧き上がり、エリトもクラーリオに習って皿を膝に置く。
胸の前で手を合わせてクラーリオを見ると、彼は微笑みながら頷いている。
ノウリとの思い出を胸に抱きながら、エリトは口を開いた。
「……いただき、ます」
「……いただきます。……召し上がれ」
クラーリオから零れた『召し上がれ』の言葉にエリトが息を詰めている中、クラーリオが一口目を口に入れた。
大きな口をもぐもぐ動かす様は、まるで子どものようだ。次から次へと口へ運んでいるのを見て、エリトもスプーンを握った。
恐る恐る口へ入れると、ミルクの優しい香りが鼻を抜けた。唾液がじわりと湧き出し、エリトは急いで二口目を口に入れる。
「……うま! 美味いよ、クリオ!!」
「……良かった」
パクパク口に運びながらクラーリオを見ると、彼は心底安堵した様な表情を浮かべていた。先ほどはあんなにがつがつ食べていたのに、その手を止めてエリトを見ている。
エリトは不思議に思いながらも、スプーンを動かすことを止められなかった。初めて食べた味に夢中だったのだ。
「これ、むぐ、なに? 白い、つぶつぶ」
「エリト。食べながら話すと、のどに詰まるよ。白い粒々は、米だ。ナークレンは米の産地だろ?」
「こめ!!!?」
驚きながら、エリトはスプーンに乗った米を見る。
「米をミルクで煮たのか!? それでこんなに美味しい!? クリオはすごい!」
「……うん、リゾットという料理だ。エリト、ゆっくり食べて。いっぱいあるから、慌てないでいい」
「うん!」
エリトがご機嫌でリゾットを口に運んでいる中、クラーリオは食べようとしない。もぐもぐ口を動かしながら首を傾げると、クラーリオが口を開いた。
「エリトは、米が好きなのか?」
「うん、好きだ! 母さんが、米を握って海苔を巻いたものを作ってくれるんだ。納品の時に食べさせてくれる」
「……母がいるのか? 離れて暮らしているのか?」
「母さんには、年に数回の納品の時にしか会えないんだ」
少し暗い表情に変わったクラーリオを不思議に思いながら、エリトは離れて暮らす母を思い浮かべた。
優しい口元、優しい言葉。抱きしめて褒められると、これ以上ない幸せに包まれる。
「俺の事を抱きしめてくれるのは、母さんしかいない。とっても優しいんだ」
「そうか……。エリト……納品の日以外で、母に会いに行くことはないのか?」
「ない。それは許されてはいないから」
「……うん……そうか。邪魔して悪かった。食べて、エリト」
クラーリオの言葉に頬を緩ませて、エリトはスプーンを口に運んだ。スプーンを口に咥えたままエリトがにっこりと笑うと、クラーリオも笑顔を返してくれる。
その笑顔に寂しさが混じっている事に、エリトは気付かなかった。
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