31 / 56
前編
第30話 折り合いと絶望
「教える必要があるか?」
クラーリオの言葉に、男たちの態度が変わった。じり、と距離を詰めようとするのを、クラーリオは目で制する。眼光鋭く睨むと、男たちの身体が萎縮するのが分かった。
(ここでこいつらを殺すのは容易い。だが、エリトの無事がまだ確認出来ていない)
カウンターに押し付けられて震える店主の身体に、クラーリオは更に体重を掛けた。店主がくぐもった声を上げると、男たちが一歩後退する。
男たちの反応からすると、この店主はそれなりの立場なのだろう。
「……お前、やはり他国から来たハンターだな? ここの捌き屋を狙っていたんだろう?」
「ハンター? 知らないな」
「しらを切るな! それでなければ、捌き屋に接触する理由がない!」
(こいつら、何の組織なんだ? 人間の間では認知されているのか?)
目の前の男たちは、体躯もいいが服装もちゃんとしている。寄せ集めの傭兵ではなく、明らかにどこかの組織に所属している私兵だ。
むやみに無知を露呈すると、間違った憶測を抱かれる可能性がある。
エリトもエリトの母も、安全が確保できていない。そんな中で敵の懐に入る方法は、この状況では一つしか思いつかない。
クラーリオは右側の窓の外に人の気配を感じながら、小さく溜息をついた。次の瞬間、激しい破壊音が響く。
窓を割って入って来た男に頭を殴打され、クラーリオは意識を失った。
________
エリトが目を開くと、相変わらず目の前には石の床が広がっている。身体中の痛みは日に日に増すが、意識を保てる時間も少なくなってきた。
熱を持った頭が重く、指先に力を入れることも出来ない。
(あれから、どれくらい経ったんだろう……)
地下牢に窓はない。食事も運ばれてくるが、日に何回なのかはエリトにもわからない。口にする気力もないため、知らないうちに下げられてしまうことも多かった。
捕まってからずっと、エリトは自分の心と折り合いをつけていた。
クラーリオは他国の人間だった。捌き屋を攫うために、自分に近づいた。
きっと今はもう、仲間と共に逃げ切っている。遠い自分の国へ、きっともう着く頃だ。
(クリオから貰ったものは、確かにあった。それでいい)
抱いていた淡い想いも、幸せな記憶も、心の奥底にしまっておこう。エリトはそう決めていた。
あと数日たてば、ドワソンも諦めるだろう。身体が治れば、またエリトは捌き屋に戻る。
母のために狩って捌くだけだ、とぼんやりした意識の中で繰り返す。
時折襲ってくる胸の痛みも、痛む足を動かせば和らぐ気がした。
鎖が緩められ、横たわることが出来るようになったのはつい先ほどの事だった。弱り続けるエリトに舌打ちをして、アージャンが緩めてくれたのだ。
「はは……いいとこ……あるわ」
弱々しい自身の声を聞きながら、エリトは目の前の床を見つめる。誰かの足音が聞こえた気がしてエリトが視線を上げると、牢屋の外にドワソンが立っていた。
ドワソンはその顔に、下賤な笑みを浮かべている。牢屋の鉄柵を掴んで、ドワソンは愉快そうに口を開いた。
「捌き屋ぁ。面会だ」
「……?」
ドワソンの後ろから、アージャンが現れた。何かをずるずると引き摺ってきているのが、牢屋の中からも見える。
エリトは横たわったまま、アージャンの引き摺って来たものを見た。
「!!」
アージャンが手を離し、それがどさりと音を立てて地面に落ちる。
それはクラーリオだった。
顔中痣だらけで、髪も血に濡れている。髪だけではない、クラーリオが身に着けている服のあちこちに血が滲み、指先は赤黒く変形している。
痛みも忘れて、エリトは飛び起きた。全身から汗が吹き出し、心臓が早鐘を打つ。
狼狽えるエリトを見て、ドワソンは口端を吊り上げた。凶悪に歪んだ顔が、引き攣りながらも笑顔を湛える。
「良かったな、捌き屋。まだ生きてるぜぇ?」
「……そんな……」
「そんな? まさか逃げおおせたとでも思っていたのか?」
クラーリオの言葉に、男たちの態度が変わった。じり、と距離を詰めようとするのを、クラーリオは目で制する。眼光鋭く睨むと、男たちの身体が萎縮するのが分かった。
(ここでこいつらを殺すのは容易い。だが、エリトの無事がまだ確認出来ていない)
カウンターに押し付けられて震える店主の身体に、クラーリオは更に体重を掛けた。店主がくぐもった声を上げると、男たちが一歩後退する。
男たちの反応からすると、この店主はそれなりの立場なのだろう。
「……お前、やはり他国から来たハンターだな? ここの捌き屋を狙っていたんだろう?」
「ハンター? 知らないな」
「しらを切るな! それでなければ、捌き屋に接触する理由がない!」
(こいつら、何の組織なんだ? 人間の間では認知されているのか?)
目の前の男たちは、体躯もいいが服装もちゃんとしている。寄せ集めの傭兵ではなく、明らかにどこかの組織に所属している私兵だ。
むやみに無知を露呈すると、間違った憶測を抱かれる可能性がある。
エリトもエリトの母も、安全が確保できていない。そんな中で敵の懐に入る方法は、この状況では一つしか思いつかない。
クラーリオは右側の窓の外に人の気配を感じながら、小さく溜息をついた。次の瞬間、激しい破壊音が響く。
窓を割って入って来た男に頭を殴打され、クラーリオは意識を失った。
________
エリトが目を開くと、相変わらず目の前には石の床が広がっている。身体中の痛みは日に日に増すが、意識を保てる時間も少なくなってきた。
熱を持った頭が重く、指先に力を入れることも出来ない。
(あれから、どれくらい経ったんだろう……)
地下牢に窓はない。食事も運ばれてくるが、日に何回なのかはエリトにもわからない。口にする気力もないため、知らないうちに下げられてしまうことも多かった。
捕まってからずっと、エリトは自分の心と折り合いをつけていた。
クラーリオは他国の人間だった。捌き屋を攫うために、自分に近づいた。
きっと今はもう、仲間と共に逃げ切っている。遠い自分の国へ、きっともう着く頃だ。
(クリオから貰ったものは、確かにあった。それでいい)
抱いていた淡い想いも、幸せな記憶も、心の奥底にしまっておこう。エリトはそう決めていた。
あと数日たてば、ドワソンも諦めるだろう。身体が治れば、またエリトは捌き屋に戻る。
母のために狩って捌くだけだ、とぼんやりした意識の中で繰り返す。
時折襲ってくる胸の痛みも、痛む足を動かせば和らぐ気がした。
鎖が緩められ、横たわることが出来るようになったのはつい先ほどの事だった。弱り続けるエリトに舌打ちをして、アージャンが緩めてくれたのだ。
「はは……いいとこ……あるわ」
弱々しい自身の声を聞きながら、エリトは目の前の床を見つめる。誰かの足音が聞こえた気がしてエリトが視線を上げると、牢屋の外にドワソンが立っていた。
ドワソンはその顔に、下賤な笑みを浮かべている。牢屋の鉄柵を掴んで、ドワソンは愉快そうに口を開いた。
「捌き屋ぁ。面会だ」
「……?」
ドワソンの後ろから、アージャンが現れた。何かをずるずると引き摺ってきているのが、牢屋の中からも見える。
エリトは横たわったまま、アージャンの引き摺って来たものを見た。
「!!」
アージャンが手を離し、それがどさりと音を立てて地面に落ちる。
それはクラーリオだった。
顔中痣だらけで、髪も血に濡れている。髪だけではない、クラーリオが身に着けている服のあちこちに血が滲み、指先は赤黒く変形している。
痛みも忘れて、エリトは飛び起きた。全身から汗が吹き出し、心臓が早鐘を打つ。
狼狽えるエリトを見て、ドワソンは口端を吊り上げた。凶悪に歪んだ顔が、引き攣りながらも笑顔を湛える。
「良かったな、捌き屋。まだ生きてるぜぇ?」
「……そんな……」
「そんな? まさか逃げおおせたとでも思っていたのか?」
あなたにおすすめの小説
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。
夏笆(なつは)
BL
公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。
ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。
そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。
初めての発情期を迎えようかという年齢になった。
これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。
しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。
男性しか存在しない、オメガバースの世界です。
改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。
※蔑視する内容を含みます。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました
こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。