冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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後編

第34話 知らない場所

※ 後編では混乱を避けるため、クラーリオの事をしばらく「宗主」と表記します

※ 本来ここで入れるはずだった、クラーリオと数百年前に愛したエリトとの前日譚を、別の話として分けました。(あまりに長すぎたため)

「拾った犬は、魔神様でした。」という作品名で完結しています。読んでも読まなくても、本編に支障はない作りになっています。興味と時間のある方は、覗いてみてください。


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 霞がかかったような意識の中、誰かが髪を撫でる感触を感じる。
 優しい手つきは母を思わせたが、その手はとても大きい。

「大丈夫だよ」と、何度も呟く声が聞こえる。
 何度も聞いたことがあるような声に、心は不思議と落ち着いた。
 薄く目を開けると、ぼんやりとした輪郭が見える。しっかり見たいのに、意識が完全に浮上できない。

 傍にいる人物の瞳がひどく穏やかで優しいからか、エリトは安心して眠ることができた。



________

 エリトが瞼を開くと、優しい日差しが目に届いた。明らかに自分の家とは違う雰囲気に、エリトは視線を巡らせる。

 自分が寝ているベッドは、信じられないくらい大きい。天蓋から透けて見える窓も大きく、そこから柔らかな日差しが降り注いでいる。

「え……? ……っつ!」

 身体を起こそうとしたエリトは、全身に走る痛みに顔を歪ませる。仕方なくまたベッドに身体を沈ませると、ふんわりとした寝具が身体を包みこんだ。

「……ここ、どこ?」

 エリトが掠れた声を出すと、足元で女性の声が響いた。パタパタと足音が遠ざかって行き、代わりにバタバタと豪快な足音が近付いてくる。

 エリトの前に姿を現したのは、やたら体格のいい男性だった。強面なのに、エリトを見つめる表情は親し気だ。眉を下げて、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「良かった! 気が付いたのですね!」
「……ここは? あんたは……?」
「私の名はゼオ。この屋敷の家令です。ここの主は……あなたも知っている方です」
「……? 誰のこと、ですか?」

 エリトが知っている人物で、これほどの屋敷を持っている人間はいない。家令や使用人を抱えるためには、相当な財力と権力が必要だ。
 エリトが眉を顰めていると、別の足音が聞こえて来た。

「目覚めたって、まじか!?」

 次に顔を出した人物は、目つきの鋭い男だった。エリトを見ると口端を吊り上げ、目尻を柔らかに下げた。

「本当だ。目覚めて本当に良かった。俺の名はスガノ。……ゼオ、宗主は?」
「先ほど寝たところだ。二日ぶりにベッドへ入ってくれた。起こす事など出来ない」
「……? 宗主?」

 ゼオが頷きながら、エリトの額に手を当てる。硬くて重い手の感触は、不思議と心地いい。

「まだ熱がありますから、良く休んでください。何か食べられそうですか?」
「あ……まだ……」

 そう答えた瞬間、エリトの頭にクリオの姿が蘇った。背筋がぞくりと冷え、喉が詰まる。

「あ、あの! 黒髪の……、クリオっていう男、どうなったか知りませんか……!? っていうか俺、あの後……」

 次から次へと蘇る光景に、エリトは胸元の毛布を鷲掴んだ。心臓がバクバクと鳴り、視界がぐにゃりと歪む。 
 
「落ち着いて。あなたの言う男は、生きていますよ。仲間が迎えに来たんです」
「……え……? クリオの、仲間が?」
「はい。生きて、仲間と共に去りました」
「……っつ!」

(良かった……。クリオが、生きてる……)

 じわりと湧いてきた涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。
 
 きっともう会うことは無い。だけど生きていてくれるだけで、エリトには十分だった。
 しかしどうしてか、息が止まるほどに胸は痛む。涙も堰き止めることができない。

 狼狽えるゼオに申し訳ないと思いながら、エリトは声を上げて泣いた。



________

 スガノは宗主の寝室へ来ていた。
 エリトはあの後また眠ってしまい、半日ほどが過ぎている。流石に報告したほうがいいだろうと、スガノは寝室を訪れたのだ。

 しかし何度ノックしても、反応はない。侍女に声を掛けて部屋に入ると、寝台に宗主が眠っているのが見える。

 スガノは宗主の寝台の脇に移動し、傍らに膝をついた。
 寝台で眠る宗主は、スガノに気づくこともない。死にそうな身体に長くいたダメージは、かなり大きかったのだろう。

 魔族は何かに擬態する時、事前に肉体を造る。そしてそれを依代にして、擬態するのだ。もし依代が傷つけば、魔族は戸惑うことなくその肉体を捨てる。そうしないと、本体にダメージが蓄積されるからだ。


(まじで無理し過ぎです。あなたに何かあったら、困る人はたくさんいる。……勿論、悲しむ人も……)

 スガノは宗主の身体にかけてある毛布を掴み、首元まで引き上げた。そして宗主の顔へと視線を戻すと、先ほどまで閉じていた瞳が開いている事に気付く。
 身体を揺らすほどに驚いたスガノは、思わず仰け反った。

「……スガノ……何をしている」
「そ、宗主。起きてらっしゃったんです?」
「寝ていた。お前に起こされた」
「……そりゃ、申し訳ありません」

 苦笑いを零しながらスガノは言い、宗主を見た。宗主は寝室に入られることを嫌う。いつもはここで剣呑な圧を感じるところだが、今日はそれがない。
 相変わらずの無表情だが、雰囲気は穏やかだ。
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