35 / 56
後編
第34話 知らない場所
※ 後編では混乱を避けるため、クラーリオの事をしばらく「宗主」と表記します
※ 本来ここで入れるはずだった、クラーリオと数百年前に愛したエリトとの前日譚を、別の話として分けました。(あまりに長すぎたため)
「拾った犬は、魔神様でした。」という作品名で完結しています。読んでも読まなくても、本編に支障はない作りになっています。興味と時間のある方は、覗いてみてください。
=======
霞がかかったような意識の中、誰かが髪を撫でる感触を感じる。
優しい手つきは母を思わせたが、その手はとても大きい。
「大丈夫だよ」と、何度も呟く声が聞こえる。
何度も聞いたことがあるような声に、心は不思議と落ち着いた。
薄く目を開けると、ぼんやりとした輪郭が見える。しっかり見たいのに、意識が完全に浮上できない。
傍にいる人物の瞳がひどく穏やかで優しいからか、エリトは安心して眠ることができた。
________
エリトが瞼を開くと、優しい日差しが目に届いた。明らかに自分の家とは違う雰囲気に、エリトは視線を巡らせる。
自分が寝ているベッドは、信じられないくらい大きい。天蓋から透けて見える窓も大きく、そこから柔らかな日差しが降り注いでいる。
「え……? ……っつ!」
身体を起こそうとしたエリトは、全身に走る痛みに顔を歪ませる。仕方なくまたベッドに身体を沈ませると、ふんわりとした寝具が身体を包みこんだ。
「……ここ、どこ?」
エリトが掠れた声を出すと、足元で女性の声が響いた。パタパタと足音が遠ざかって行き、代わりにバタバタと豪快な足音が近付いてくる。
エリトの前に姿を現したのは、やたら体格のいい男性だった。強面なのに、エリトを見つめる表情は親し気だ。眉を下げて、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「良かった! 気が付いたのですね!」
「……ここは? あんたは……?」
「私の名はゼオ。この屋敷の家令です。ここの主は……あなたも知っている方です」
「……? 誰のこと、ですか?」
エリトが知っている人物で、これほどの屋敷を持っている人間はいない。家令や使用人を抱えるためには、相当な財力と権力が必要だ。
エリトが眉を顰めていると、別の足音が聞こえて来た。
「目覚めたって、まじか!?」
次に顔を出した人物は、目つきの鋭い男だった。エリトを見ると口端を吊り上げ、目尻を柔らかに下げた。
「本当だ。目覚めて本当に良かった。俺の名はスガノ。……ゼオ、宗主は?」
「先ほど寝たところだ。二日ぶりにベッドへ入ってくれた。起こす事など出来ない」
「……? 宗主?」
ゼオが頷きながら、エリトの額に手を当てる。硬くて重い手の感触は、不思議と心地いい。
「まだ熱がありますから、良く休んでください。何か食べられそうですか?」
「あ……まだ……」
そう答えた瞬間、エリトの頭にクリオの姿が蘇った。背筋がぞくりと冷え、喉が詰まる。
「あ、あの! 黒髪の……、クリオっていう男、どうなったか知りませんか……!? っていうか俺、あの後……」
次から次へと蘇る光景に、エリトは胸元の毛布を鷲掴んだ。心臓がバクバクと鳴り、視界がぐにゃりと歪む。
「落ち着いて。あなたの言う男は、生きていますよ。仲間が迎えに来たんです」
「……え……? クリオの、仲間が?」
「はい。生きて、仲間と共に去りました」
「……っつ!」
(良かった……。クリオが、生きてる……)
じわりと湧いてきた涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。
きっともう会うことは無い。だけど生きていてくれるだけで、エリトには十分だった。
しかしどうしてか、息が止まるほどに胸は痛む。涙も堰き止めることができない。
狼狽えるゼオに申し訳ないと思いながら、エリトは声を上げて泣いた。
________
スガノは宗主の寝室へ来ていた。
エリトはあの後また眠ってしまい、半日ほどが過ぎている。流石に報告したほうがいいだろうと、スガノは寝室を訪れたのだ。
しかし何度ノックしても、反応はない。侍女に声を掛けて部屋に入ると、寝台に宗主が眠っているのが見える。
スガノは宗主の寝台の脇に移動し、傍らに膝をついた。
寝台で眠る宗主は、スガノに気づくこともない。死にそうな身体に長くいたダメージは、かなり大きかったのだろう。
魔族は何かに擬態する時、事前に肉体を造る。そしてそれを依代にして、擬態するのだ。もし依代が傷つけば、魔族は戸惑うことなくその肉体を捨てる。そうしないと、本体にダメージが蓄積されるからだ。
(まじで無理し過ぎです。あなたに何かあったら、困る人はたくさんいる。……勿論、悲しむ人も……)
スガノは宗主の身体にかけてある毛布を掴み、首元まで引き上げた。そして宗主の顔へと視線を戻すと、先ほどまで閉じていた瞳が開いている事に気付く。
身体を揺らすほどに驚いたスガノは、思わず仰け反った。
「……スガノ……何をしている」
「そ、宗主。起きてらっしゃったんです?」
「寝ていた。お前に起こされた」
「……そりゃ、申し訳ありません」
苦笑いを零しながらスガノは言い、宗主を見た。宗主は寝室に入られることを嫌う。いつもはここで剣呑な圧を感じるところだが、今日はそれがない。
相変わらずの無表情だが、雰囲気は穏やかだ。
※ 本来ここで入れるはずだった、クラーリオと数百年前に愛したエリトとの前日譚を、別の話として分けました。(あまりに長すぎたため)
「拾った犬は、魔神様でした。」という作品名で完結しています。読んでも読まなくても、本編に支障はない作りになっています。興味と時間のある方は、覗いてみてください。
=======
霞がかかったような意識の中、誰かが髪を撫でる感触を感じる。
優しい手つきは母を思わせたが、その手はとても大きい。
「大丈夫だよ」と、何度も呟く声が聞こえる。
何度も聞いたことがあるような声に、心は不思議と落ち着いた。
薄く目を開けると、ぼんやりとした輪郭が見える。しっかり見たいのに、意識が完全に浮上できない。
傍にいる人物の瞳がひどく穏やかで優しいからか、エリトは安心して眠ることができた。
________
エリトが瞼を開くと、優しい日差しが目に届いた。明らかに自分の家とは違う雰囲気に、エリトは視線を巡らせる。
自分が寝ているベッドは、信じられないくらい大きい。天蓋から透けて見える窓も大きく、そこから柔らかな日差しが降り注いでいる。
「え……? ……っつ!」
身体を起こそうとしたエリトは、全身に走る痛みに顔を歪ませる。仕方なくまたベッドに身体を沈ませると、ふんわりとした寝具が身体を包みこんだ。
「……ここ、どこ?」
エリトが掠れた声を出すと、足元で女性の声が響いた。パタパタと足音が遠ざかって行き、代わりにバタバタと豪快な足音が近付いてくる。
エリトの前に姿を現したのは、やたら体格のいい男性だった。強面なのに、エリトを見つめる表情は親し気だ。眉を下げて、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「良かった! 気が付いたのですね!」
「……ここは? あんたは……?」
「私の名はゼオ。この屋敷の家令です。ここの主は……あなたも知っている方です」
「……? 誰のこと、ですか?」
エリトが知っている人物で、これほどの屋敷を持っている人間はいない。家令や使用人を抱えるためには、相当な財力と権力が必要だ。
エリトが眉を顰めていると、別の足音が聞こえて来た。
「目覚めたって、まじか!?」
次に顔を出した人物は、目つきの鋭い男だった。エリトを見ると口端を吊り上げ、目尻を柔らかに下げた。
「本当だ。目覚めて本当に良かった。俺の名はスガノ。……ゼオ、宗主は?」
「先ほど寝たところだ。二日ぶりにベッドへ入ってくれた。起こす事など出来ない」
「……? 宗主?」
ゼオが頷きながら、エリトの額に手を当てる。硬くて重い手の感触は、不思議と心地いい。
「まだ熱がありますから、良く休んでください。何か食べられそうですか?」
「あ……まだ……」
そう答えた瞬間、エリトの頭にクリオの姿が蘇った。背筋がぞくりと冷え、喉が詰まる。
「あ、あの! 黒髪の……、クリオっていう男、どうなったか知りませんか……!? っていうか俺、あの後……」
次から次へと蘇る光景に、エリトは胸元の毛布を鷲掴んだ。心臓がバクバクと鳴り、視界がぐにゃりと歪む。
「落ち着いて。あなたの言う男は、生きていますよ。仲間が迎えに来たんです」
「……え……? クリオの、仲間が?」
「はい。生きて、仲間と共に去りました」
「……っつ!」
(良かった……。クリオが、生きてる……)
じわりと湧いてきた涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。
きっともう会うことは無い。だけど生きていてくれるだけで、エリトには十分だった。
しかしどうしてか、息が止まるほどに胸は痛む。涙も堰き止めることができない。
狼狽えるゼオに申し訳ないと思いながら、エリトは声を上げて泣いた。
________
スガノは宗主の寝室へ来ていた。
エリトはあの後また眠ってしまい、半日ほどが過ぎている。流石に報告したほうがいいだろうと、スガノは寝室を訪れたのだ。
しかし何度ノックしても、反応はない。侍女に声を掛けて部屋に入ると、寝台に宗主が眠っているのが見える。
スガノは宗主の寝台の脇に移動し、傍らに膝をついた。
寝台で眠る宗主は、スガノに気づくこともない。死にそうな身体に長くいたダメージは、かなり大きかったのだろう。
魔族は何かに擬態する時、事前に肉体を造る。そしてそれを依代にして、擬態するのだ。もし依代が傷つけば、魔族は戸惑うことなくその肉体を捨てる。そうしないと、本体にダメージが蓄積されるからだ。
(まじで無理し過ぎです。あなたに何かあったら、困る人はたくさんいる。……勿論、悲しむ人も……)
スガノは宗主の身体にかけてある毛布を掴み、首元まで引き上げた。そして宗主の顔へと視線を戻すと、先ほどまで閉じていた瞳が開いている事に気付く。
身体を揺らすほどに驚いたスガノは、思わず仰け反った。
「……スガノ……何をしている」
「そ、宗主。起きてらっしゃったんです?」
「寝ていた。お前に起こされた」
「……そりゃ、申し訳ありません」
苦笑いを零しながらスガノは言い、宗主を見た。宗主は寝室に入られることを嫌う。いつもはここで剣呑な圧を感じるところだが、今日はそれがない。
相変わらずの無表情だが、雰囲気は穏やかだ。
あなたにおすすめの小説
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。
夏笆(なつは)
BL
公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。
ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。
そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。
初めての発情期を迎えようかという年齢になった。
これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。
しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。
男性しか存在しない、オメガバースの世界です。
改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。
※蔑視する内容を含みます。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました
こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。