36 / 56
後編
第35話 盟約という枷
「……この屋敷で熟睡できたのは……何年ぶりだろうか……」
宗主はそう零し、深く息を吐いた。
父親が死んだ後、兄が魔王になった。その後この屋敷と軍を引き継いだが、それは本意ではなかった。
全ての感情を打ち捨てて、ここまでやって来た。気の緩まる暇など、今まで無かったのだ。
「……今まで、独りでやって来たと思っていたが、大間違いだったな」
「……そ、宗主? だ、大丈夫ですか?」
やはりいつもとは雰囲気の違う宗主に、スガノがいよいよ狼狽え始めた。
落ち着かない様子のスガノを見て、宗主は口端を吊り上げる。そして親し気に眉を下げると、スガノが眉根に皺を寄せた。
一見悔しそうに見えるその顔は、きっと何かを堪えている顔だ。
「スガノ、今回は世話になった」
「……宗主、まじで……こわいっす」
「恐いって、何がだ?」
「……キャラ変わり過ぎです」
「そうか、では戻そう」
「へ?」
困惑の表情を浮かべるスガノから目線を逸らし、宗主はサイドチェストに手を伸ばす。そこに置いてあったシャツに袖を通して、いつものように口を開いた。
「で、要件は何だ? スガノ」
「? あ、ああ、可愛い生き物さんが、一瞬目を覚ましました」
「一瞬?」
「起きて、例のクリオさんを思い出したみたいで……泣き疲れて眠っています」
「そうか。行ってくる」
素早く服を身に着け、宗主は足早に部屋を出ていく。
あとに残されたスガノは口をポカンと開けながら、宗主の出ていった扉を見た。
(俺の……情緒、どうしてくれる?)
そう思いながらも、自然と笑いが零れて来る。今思えば、宗主なりの照れ隠しだったのだろう。
今まで一切感情を見せなかった人だ。それがこれから変わっていくと思うと、スガノは嬉しくて仕方がなかった。
(さて、まずは……可愛い生き物ちゃんの名前を……宗主がちゃんと導き出せるかだな)
いつまでも「可愛い生き物」だと、あまりに不便で不憫だ。しかし彼の名には、色々と問題がある。スガノたちはただ、見守る事しか出来ない。
また髪を撫でる感触がして、エリトは薄く瞳を開いた。
この手には、確かに覚えがある。優しくて、思い出すだけで胸が痛む、あの人だ。
「……クリオ?」
そう呟くと、触れていた手はすぐさま去って行った。感触のなくなった場所が急に冷え、エリトは心許なげに去った手の行方を追う。
エリトの視線が辿り着いた先に居たのは、偶然森で知り合った魔神(宗主)だった。一気に意識が浮上し、エリトは目を瞬かせる。
宗主はエリトと視線を合わせ、静かに口を開いた。
「……クリオ、という男は……無事だ」
「ど、どうして、あんたが?」
「……」
「……! もしかしてこの屋敷、あんたのか!? 使用人の人たちが言う『宗主』ってあんたの事なのか!?」
宗主はエリトの問いに頷くと、エリトの少しだけずれた毛布を引き上げた。その優しい仕草を見て、エリトはさらに混乱する。
「ど、どうして……、どうして俺を助けたんだ!?」
「……お前と俺は、盟約を結んだ」
「盟約?」
エリトが問うと、宗主はまた頷く。顔は無表情で、温かみはない。右側が眼帯で見えないせいか表情が読み辛く、エリトは首を傾げる。
「魔神ほどの力を持つ者が、誰かに何かを分け与え、その者の願いを聞き届けると、盟約が結ばれる」
「……分け与える? あ、あれか! 素材を分けてくれたことか?」
「そうだ」
「……でも、願いを聞き届けるって?」
「……」
エリトの問いに、宗主は少しだけ表情を陰らせた。その瞳が金に近い琥珀色なのを見て、エリトの胸が音を立てる。
(クリオと似てるけど……少しだけ違う……)
クリオは薄い琥珀色だったが、目の前にある瞳は金に近い色だ。エリトが観察していると、ふいに宗主が視線を外す。
「お前は、願った。……あの男の生を。……そしてその願いは、叶えられた」
「………なるほど。そういう、事、だったんだ」
エリトはそう零した後、枕へ頭を沈みこませる。
これで自分が、知らない場所に連れてこられたことが分かった。確かにあの時、エリトは願ったのだ。
神様、クリオを助けてくださいと。誰でもいいから、救ってくださいと。
願いが叶えられたなら、その代償を払わなければならないだろう。相手は魔族で、しかも魔神だ。逆らうことは選択肢に無い。
「……わかった。じゃあその願いの代償に、俺は何をすればいい?」
「…………。まぁそれは、追々でいい」
「……は?」
「お前はその代償を払うために、ここにいて身体を治してもらう。逃げることは出来ん。ここの屋敷にいる者たちは、皆魔族だ」
「……? えっと、まずは身体を治せって言ってんのか?」
「そうだ」
理解が追いつかず、エリトは眉根を寄せる。目の前の宗主は眉一つ動かさない。
しかしその喉仏が、緩く上下するのをエリトは見た。
「………聞くが……お前の名前は、何という?」
「? 俺? 俺の名前は……」
あなたにおすすめの小説
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。
夏笆(なつは)
BL
公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。
ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。
そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。
初めての発情期を迎えようかという年齢になった。
これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。
しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。
男性しか存在しない、オメガバースの世界です。
改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。
※蔑視する内容を含みます。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました
こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。