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後編
第37話 塩だけで美味いなんて
「はわぁあああ、これ、めちゃくちゃ美味しいいいい!」
ただ塩で味付けしただけの『お粥』を、エリトは幸せそうに頬張る。その様子をスガノは何とも言えない目で見守った。
傍で介助をしているゼオも、同じような目をしている。
(まじで飢えてたんだな……。だって宗主の料理食うぐらいだし……)
ゼオがエリトの背を撫で、心配そうに声を掛ける。時折エリトの喉が、んぐんぐと不穏な音を立てるのが心配のようだ。
「急に食べると、喉を詰まらせますよ。ゆっくり食べてください」
「んぐ、ゼオさん、ありがと。すげーんまい」
「こんなに喜んでいただいてるのを、モートンに見せたいですよ。もっと元気になったら、色々な物、食べましょうね」
ゼオの言葉に頷きながら、エリトは粥を掻きこむ。その姿を見て涙を浮かべるゼオは、自身もうんうんと頷いた。
「今までどんなものを食べて来たんです? こんなに痩せて……」
「……ここ最近で一番食べたのは、『リゾット』と『おむすび』だよ。……たくさん食べさせてくれる人がいたんだ……」
「………『リゾット』と……『おむすび』? ……もしかして同時に食卓に並びました?」
「? うん。そうだよ」
「……」
ゆっくりと振り返って視線を合わせて来るゼオに、スガノは頷くことで返す。全てを察したゼオは、深くため息をついた。
「そ、そうですか……。これからは、美味しくて栄養のあるものを食べましょうね。エリトさん」
「うん。でも、俺、いいのかな? 身体も少し良くなったし、何か仕事をしたほうが良いんじゃ……」
「全快するまで無理ですね。微塵も認められる可能性はありません」
急に強い口調になったゼオを、エリトは匙を咥えながら見つめた。ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、ゼオが困ったように笑う。
「すみません。宗主からの命令なのです。『全快するまで、無理させぬこと』。これを破れば、とんでもないことになります」
「……それなんだけど、俺……全快したらどうなっちゃうの? 俺を太らせて、食べちゃうとか?」
「はは、それは無いでしょう(別の意味で食べられる可能性はあるけど……)」
やや不純な思考を抱いたゼオは、自戒するように咳ばらいを零す。すると目の前のエリトが、きょろきょろと視線を動かした。
「そういえば今日は、宗主いないの?」
「はい。今日は会議に出ています」
「なぁんだ、寂しいな……」
そのエリトの言葉に、ゼオはまたスガノを振り返る。今度の言葉にはスガノも驚愕していたので、お互い目を見合わせて口を引き結ぶ。
「さ、寂しい……? エリトさんは、宗主が恐くないんですか?」
「………ゼオさん、宗主は優しいよ。口では恐いこと言うんだけどさ、表情と仕草が優しいんだ」
「……」
「退屈しているだろうって言って、最近は本も読んでくれる。宗主の声が心地よ過ぎて、いつも途中で眠っちゃう。続きが気になるんだけどなぁ」
エリトは手を合わせて「ごちそうさま」と言うと、ニコリと笑う。この生活に何の不安も持っていない、澄んだ笑顔だった。
エリトをが屋敷に来た時に、ゼオは使用人たちに『なるべく穏やかに接するように』と指示した。いきなり魔族の屋敷に来て、怯えない方がおかしい。
しかしエリトは、少しも怯えているようには見えない。宗主は何かと世話を焼いているようだが、魔神としての姿は威圧的なはずだ。構えていたゼオたちも、エリトの順応性に驚くしかない。
「宗主はさ……俺の母さんの事も、守ってくれるって約束してくれたんだ……」
エリトは呟きながら、足の指先を動かす。左足は正常に動くが、右足の指に感覚はない。
(刺された方の足は……おそらく完全には治らない)
この足では、以前のような狩りは出来ないだろう。狩りのできない捌き屋は、処分一択だ。
穢れの子が処分された後、母親たちは自由の身となる。そう聞かされているが、実際のところは分からない。自分が居なくなった後、母がどうなるか。それだけがエリトの懸念点だった。
その懸念を、宗主は見事に取り払ってくれたのだ。
エリトはゼオとスガノを交互に見て、親しみを持った笑みを向ける。そしてエリトは深く溜息をついた。
「俺……ここに連れてこられなかったら、多分殺されてた。この足じゃ、捌き屋として働けないから……。ほんと、申し訳ないくらいだよ。こんな利用価値のない俺を、宗主みたいな人が拾ってくれたんだから……」
「………」
「宗主も、屋敷の人たちも、みんな良い人だし。……ご飯もちゃんと食べさせてくれて……俺……、、ん? ゼオさん? 泣いてる?」
泣いてる、なんて聞かなくても分かるほど涙を流しているゼオに、エリトは抱きしめられた。
大きな身体は、筋肉質に見えたが意外にも柔らかい。包むように抱きしめられると、ゼオの鼻を鳴らす音が聞こえた。
「……っぐふぅ……! エリトさん……! 甘いもんでも飲みましょうかぁ! ココアで良いですかぁ!?」
「え!? ココア? 飲みたい! 良いんですか?」
「いいですともぉぉ、勿論じゃないですか!」
エリトの背中をばしばし叩き、顔をぐちゃぐちゃにしたゼオが立ち上がる。苦笑いを零しているスガノからハンカチを受け取って、ゼオは部屋を出た。
そしてゼオと入れ替わるようにして、誰かが部屋に入って来る。その人物は他でもない、宗主だった。
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