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後編
第39話 「エリト」の真実
夜。食堂の隅の席には、酒の肴がたくさん用意されていた。
(3人で飲むときには、ナッツしか出てこないってのに……)
スガノはそう愚痴を零しながら、向かいの席に座る宗主を見た。
こちら側の席には、ゼオとスガノとモートンがぎゅうぎゅうになりながら座っている。隣のゼオから緊張感が伝わってきて、スガノは苦く笑う。
普段なら食卓を囲むことすら憚れる相手だ。使用人と酒を交わす主人など、そうそういないだろう。
最近はこうして、報告も兼ねて宗主と飲むことが多くなった。エリトの事で周知してほしい事があると、宗主は決まって酒に誘う。
「宗主、ガーランデに送っていた密偵が殺されました。幸い依代だったので本体は無事で、先ほど報告を受けました。エリトさんの母親と思われる人物は、とある貴族の屋敷にいます」
「……ガーランデ軍の、騎士団長の屋敷か?」
「はい。カマロ様の読み通りでした」
『なぁんか、怪しい奴がガーランデの騎士団にいるんだよ。多分魔族だ。最近あそこの騎士団が強いのも、あいつのせいなんじゃないかなぁって思ってる』
軽い口調で言うカマロの姿が、頭に浮かぶ。人間に力を貸す魔族が居ることを、カマロは前から掴んでいたようだ。その魔神がガーランデに肩入れし始めたのが数百年前で、捌き屋が登場し始めた時期と丁度重なる。
「生まれたら直ぐ殺されていた『穢れの子』を利用し始めたのも、その魔族の入れ知恵です。捌き屋に魔獣の素材を集めさせ、魔法を騎士団に教える。そして数百年の時を経て、魔族の国に追いつこうとしている……そんなとこでしょうか」
「……そしてその魔族が、エリトさんの母親を監禁してる……?」
「……それはまだ、掴めていない」
宗主はそう言うと、酒を呷った。スガノたちも宗主に倣って、酒に口をつける。その様子を見ながら、宗主は深く息を吐き切った後、口を開いた。
「エリトを診た医者が、断言した。エリトは魔獣と人間のハーフではない。魔族と人間のハーフだ」
「……え?」
「エリトは人間側の力が濃いらしい。ハーフは母体の影響を受けやすいから、エリトを産んだ母は人間の可能性が高いと医者は言っていた。だから……ガーランデにいるエリトの母が存命なら、それは人間ではない」
冷静に話を進める宗主を見ながら、スガノはジョッキをテーブルに置いた。信じられないといった顔をして、スガノは眉を顰める。
母体の話など、スガノにはどうでもよかった。宗主にとって最も重要な事実を、さらりと流せるわけがない。
「宗主……! それって、もしかして……」
「……ああ。魔族と人間のハーフは、長命だからな。……医者が言うには……エリトの年齢は、人間の寿命を遥かに超えている、らしい」
「………宗主……くそっ! 何でそんなに冷静なんですか!!」
涙ぐむスガノを見て、宗主は微笑んだ。
(俺も……知った時は、冷静ではいられなかったな)
事実を告げた医師が狼狽えるほど、宗主はその場で涙を流した。
エリトが、エリトであること。
何度砕かれても捨てなかった望みが、叶うかもしれないのだ。
「これからは、過去のエリトと現在のエリトが同じ個体だと想定して接する」
「……いや、同じ個体でしょうよ。見た目同じで、捌き屋っていう境遇も一緒なんですから」
「……しかしなぜエリトさんは、過去の記憶を失っているのでしょうか? 宗主に心当たりは無いのですか?」
「ない。当時のエリトは、自分が『穢れの子』であることも、俺に明かしていなかった」
宗主はそう言うと、目の前のナッツを口に入れて深いため息をついた。
「宗主。……そういえば過去、どうやってお二人は別れたんです?」
「……あの時代、エリトはガーランデのソリル村に住んでいた。エリトが納品でガーランデに行った日に、俺の元に兄から迎えが来たんだ。……エリトの家には、直ぐに戻る筈だった。……あとの話は、有名だから知っているだろう?」
現魔王である宗主の兄が、王座に就いた直後。制圧していたと思っていた反乱軍が、王城を襲撃したのだ。
宗主はその争いに身を投じ、また重傷を負った。その時の傷は深刻で、宗主は数年間動くことが出来なかったのだ。
「身体が動くようになってから、ソリル村を訪れた。しかしもう、エリトはいなかった。村人はエリトが死んだと言い、墓まであったんだ」
そしてその後、宗主は感情を捨てたかのように過ごした。
冷酷非道な魔神。正にその言葉が馴染むほど、冷たく昏い日々が始まったのだ。
(3人で飲むときには、ナッツしか出てこないってのに……)
スガノはそう愚痴を零しながら、向かいの席に座る宗主を見た。
こちら側の席には、ゼオとスガノとモートンがぎゅうぎゅうになりながら座っている。隣のゼオから緊張感が伝わってきて、スガノは苦く笑う。
普段なら食卓を囲むことすら憚れる相手だ。使用人と酒を交わす主人など、そうそういないだろう。
最近はこうして、報告も兼ねて宗主と飲むことが多くなった。エリトの事で周知してほしい事があると、宗主は決まって酒に誘う。
「宗主、ガーランデに送っていた密偵が殺されました。幸い依代だったので本体は無事で、先ほど報告を受けました。エリトさんの母親と思われる人物は、とある貴族の屋敷にいます」
「……ガーランデ軍の、騎士団長の屋敷か?」
「はい。カマロ様の読み通りでした」
『なぁんか、怪しい奴がガーランデの騎士団にいるんだよ。多分魔族だ。最近あそこの騎士団が強いのも、あいつのせいなんじゃないかなぁって思ってる』
軽い口調で言うカマロの姿が、頭に浮かぶ。人間に力を貸す魔族が居ることを、カマロは前から掴んでいたようだ。その魔神がガーランデに肩入れし始めたのが数百年前で、捌き屋が登場し始めた時期と丁度重なる。
「生まれたら直ぐ殺されていた『穢れの子』を利用し始めたのも、その魔族の入れ知恵です。捌き屋に魔獣の素材を集めさせ、魔法を騎士団に教える。そして数百年の時を経て、魔族の国に追いつこうとしている……そんなとこでしょうか」
「……そしてその魔族が、エリトさんの母親を監禁してる……?」
「……それはまだ、掴めていない」
宗主はそう言うと、酒を呷った。スガノたちも宗主に倣って、酒に口をつける。その様子を見ながら、宗主は深く息を吐き切った後、口を開いた。
「エリトを診た医者が、断言した。エリトは魔獣と人間のハーフではない。魔族と人間のハーフだ」
「……え?」
「エリトは人間側の力が濃いらしい。ハーフは母体の影響を受けやすいから、エリトを産んだ母は人間の可能性が高いと医者は言っていた。だから……ガーランデにいるエリトの母が存命なら、それは人間ではない」
冷静に話を進める宗主を見ながら、スガノはジョッキをテーブルに置いた。信じられないといった顔をして、スガノは眉を顰める。
母体の話など、スガノにはどうでもよかった。宗主にとって最も重要な事実を、さらりと流せるわけがない。
「宗主……! それって、もしかして……」
「……ああ。魔族と人間のハーフは、長命だからな。……医者が言うには……エリトの年齢は、人間の寿命を遥かに超えている、らしい」
「………宗主……くそっ! 何でそんなに冷静なんですか!!」
涙ぐむスガノを見て、宗主は微笑んだ。
(俺も……知った時は、冷静ではいられなかったな)
事実を告げた医師が狼狽えるほど、宗主はその場で涙を流した。
エリトが、エリトであること。
何度砕かれても捨てなかった望みが、叶うかもしれないのだ。
「これからは、過去のエリトと現在のエリトが同じ個体だと想定して接する」
「……いや、同じ個体でしょうよ。見た目同じで、捌き屋っていう境遇も一緒なんですから」
「……しかしなぜエリトさんは、過去の記憶を失っているのでしょうか? 宗主に心当たりは無いのですか?」
「ない。当時のエリトは、自分が『穢れの子』であることも、俺に明かしていなかった」
宗主はそう言うと、目の前のナッツを口に入れて深いため息をついた。
「宗主。……そういえば過去、どうやってお二人は別れたんです?」
「……あの時代、エリトはガーランデのソリル村に住んでいた。エリトが納品でガーランデに行った日に、俺の元に兄から迎えが来たんだ。……エリトの家には、直ぐに戻る筈だった。……あとの話は、有名だから知っているだろう?」
現魔王である宗主の兄が、王座に就いた直後。制圧していたと思っていた反乱軍が、王城を襲撃したのだ。
宗主はその争いに身を投じ、また重傷を負った。その時の傷は深刻で、宗主は数年間動くことが出来なかったのだ。
「身体が動くようになってから、ソリル村を訪れた。しかしもう、エリトはいなかった。村人はエリトが死んだと言い、墓まであったんだ」
そしてその後、宗主は感情を捨てたかのように過ごした。
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