冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
46 / 56
後編

第45話 母への愛


 薄れていく意識の中、エリトは宗主の双眸を覗き込んだ。その恐ろしいほどの美しい瞳が、焦がれるほど愛おしかった。
 
「きれい、だ……」
「……?」

 瞼を揺らしながら、エリトは宗主に手を伸ばした。言葉が自然に、口から零れ落ちていく。

「……はちみつの中に……星くずを散りばめたよう、な……」
「……!」

 薄れていく意識の中、宗主の瞳が揺れるのが見える。金色の瞳を、薄い水の膜が覆っていく。

(そうしゅ、どうして……ないて……)

 微かな胸の痛みを感じながらも、エリトは意識を手放した。



________



『透き通る琥珀の中に、きらきらの金粉を混ぜ込んだような……。ううん、違う……はちみつの中に、星屑を散りばめたような……。どんな言葉でも表現できない。こんな綺麗な瞳、見たことが無いよ』

 数百年前のエリトも、確かにそう言った。ソリル村にあるエリトの家で、初めて会話を交わした時だ。


(あの時のエリトは……本当に良く喋る人だった……今と同じ笑顔で、たくさん話してくれた……)

 寝台に眠るエリトの髪を撫で、眦に残る涙の跡を指でなぞる。

 以前はブロンドだったエリトの髪は、色が抜け落ちたかのように真っ白だ。

(精神に作用する魔法を浴びすぎると、髪の色が抜けることがある。エリトに記憶がないのは、誰かに消されている可能性が高い……)

 予想が当たっているのならば、ガーランデにいる魔族が関わっている可能性が高い。
 何の魔法が使われたのか、それが分からないと対処も出来ない。特に精神系の魔法は、解除に危険が伴う。自力で記憶を取り戻すのが、一番堅実なやり方だ。

(自力で記憶を取り戻すには、何か強いきっかけが必要だ……)


 エリトの髪を指に絡ませていると、その瞼がゆっくりと開いた。エリトは宗主の姿を見て、僅かに顔を赤らめる。
 とっさに布団を引き上げたエリトの額に、宗主は口付けた。

「おはよう、エリト」
「……はよ……」
「何を照れている?」
「……だって……俺……」

 柔らかい布団で顔を隠しながら、エリトは昨晩の事を思い出した。少し酒が入っていたとはいえ、全て覚えている。

(俺……初めてなのに、あんな……) 

 熱に浮かされたようになって、『抱いて』などと口走ったのもはっきりと思い出せる。顔がかっと熱くなって、宗主の顔がまともに見れない。

 髪を撫でられている感触がして、宗主の静かな笑い声が聞こえる。その声にさえ、心が音を立ててしまう。

「……俺の可愛い、エリト。……どんなエリトでも、大好きだ」
「……っ」

 また額に口付けられ、エリトは息を詰めた。どうしてか胸が痛んで、また涙が零れ出る。

(俺……やっぱり変だ。……宗主と一緒にいると、感情が制御できない……)

 
 エリトが鼻を啜ると、また髪を撫でられる。優しい仕草に心打たれていると、また宗主の声が届いた。

「……エリト。連れていきたい場所が……あるんだ」
「……?」

 僅かに布団を下げて、エリトは宗主を見た。

 宗主はこちらを見ておらず、窓の外を眩しそうに見ている。その物憂げな表情に、エリトは首を傾げた。

「……それって、どこ?」

 エリトがそう聞いても、宗主は視線を合わせてくれなかった。ただただ窓の外を見て、表情もないまま口を開く。

「……ガーランデの街外れに、ソリルという小さな村がある。……そこに行かないか? エリトに見せたいものがあるんだ……」
「? ガーランデに? ……行きたい! ついでに母さんに会いたい。……良い?」

 宗主がやっと視線を合わせてくれて、エリトは微笑んだ。しかし宗主の表情は憂いたままだ。憂いを帯びたまま宗主は微笑むが、その笑顔に喜びはない。

「……分かった。人間に擬態したスガノに同行させる。……俺は人間に擬態する事が出来ないから、ついては行けない。……ソリル村で会おう」
「……うん……正直嬉しいよ。もう母さんとは会えないと思ってたから……」

 宗主は魔族の密偵をガーランデに潜らせ、エリトの母親の無事を定期的に教えてくれる。母が無事に生きているというだけで、エリトは心安らかに過ごすことができた。

 しかし目の前の宗主の表情は、エリトにとって胸が痛いものだった。寂寥と不安を抱え込んだような表情を浮かべる宗主を、放っておける筈がない。

「……宗主? どうかした?」
「……エリト。どうしてエリトは、他の捌き屋と処遇が違うんだ? どうして母と一緒に過ごせない?」
「……ああ……その事か。……それは俺が『特別』だからだ」

 そう答えながら、エリトは嘆息した。特別、とは聞こえがいいが、実際は他の捌き屋よりも冷遇されているのだ。

「捌き屋をする穢れの子は、地方の街がそれぞれ管轄する。俺は例外で、国が管轄している唯一の捌き屋なんだ」

「……扱いが、違うのか?」

「うん……。『特別』は……名も貰えない。そして魔獣を捌きに各地方へ派遣される。特別な捌き屋は、どこかの地に根を下ろす事ができないんだ。……その代償に、母の良質な生活が保障される」

 エリトは母が住む大きな屋敷を思い出した。 
 あの屋敷にいたら、きっと母は生活に困らない。暖かい寝具と、美味しい食事が保障されたあの家だったら、母を安心して任せられた。

 母を人質にしているのには変わりはないが、他の捌き屋がいる管理棟よりましだ。

 母の柔らかな笑顔を思い出して、エリトは頬を緩める。そのまま宗主を見ると、彼は眉を下げた。

「……母を、愛しているのか?」
「……愛? も、もちろん」
「そうか……」

 宗主はそう呟き、またエリトの髪を撫でる。その感触に癒されながらも、エリトは違和感を隠せない。


 母も、会った時には良く髪を撫でてくれる。しかし宗主と母、双方の触り方の違いにエリトは困惑する。

 髪の表面を撫でるようにする母とは違い、宗主は髪に指を絡ませるのだ。髪の間に指を滑らせ、頭皮にも優しく触れる。

 優しいだけではない、情が籠った触れ方を、エリトは宗主に会って初めて知った。


(母を愛しているって……愛って……)

 エリトは母の姿を思い浮かべた。その顔には唇しかない。
 弧を描いた唇は優しいが、母の顔の鼻から上が、エリトにはどうしても思い出せないのだ。
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

【完結】最初で最後の恋をしましょう

関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。 そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。 恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。 交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。 《ワンコ系王子×幸薄美人》

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです

けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。 第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。 近衛騎士レオン。 彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。 しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。 仮番の役目は、そこで終わるはずだった。 だが結界塔で行われる儀式の中で、 二人の関係は次第に変わり始める。 王族と騎士。 主と臣下。 越えてはならない境界を前にしても、 王子は騎士の手を取る。 「共に立て」 ※オメガバースではありません ※ふんわり読んでください ※なんでも許せる方向け ※イラストはChatGPTさん

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。