49 / 56
最終章
第48話 ヒント
その問いを投げかけた時、母はまた首を傾げた。
先ほどと同じ「何を言っているの?」の仕草に、エリトは眉を顰める。
「俺に名はない。エリトという名を、母さんが知っているはずがない」
「……それは……あなたが魔族にそう呼ばれてるって、聞いたから……」
「魔族に呼ばれている名で、俺を呼んだの? 俺を攫った魔族から貰った名前を?」
母は表情を変えない。穏やかな雰囲気は、もうそこに無かった。
まるで温かみのないその様子は、エリトに対する情が無いように思えた。
エリトは宗主と過ごした日々を思い浮かべる。たまに交わす会話に、いつもエリトは違和感を覚えていたのだ。
その違和感は増す一方だったが、今やっとわかった気がする。
貸してもらった本を読んでいるエリトに、宗主は言った。
『エリトは、本を読むのが速いな。幼いころ、学校に通っていたのか?』
穢れの子は、当然ながら学校には通えない。どうして自分が文字を読めるのか、エリトには思い出せなかった。
食事をしているエリトに、ゼオは言った。
『エリトさんは、ナイフとフォークの使い方が上手いですね。誰かに教わったのですか?』
その問いにも、エリトは答えられなかった。思えば彼らは、エリトにヒントを与えていたのだ。
そしてここガーランデへの道のりで、スガノはエリトへこう言った。
『エリトさんのお母さんは、いつも笑顔で迎えてくれるんですね。優しいお母さんだ。……でも俺なら、離れて暮らす子どもに久しぶりに会ったら、きっと泣いちゃうなぁ』
エリトは母の涙を見たことが無い。
久しぶりに会って涙を浮かべるのはいつも自分だけで、母はいつも穏やかに笑っているだけだった。
エリトは今まで、人間の感情にあまり触れてこなかった。侮蔑や怒りには慣れていたけど、その他の感情をぶつけられた事が無かったのだ。
嬉しい、悲しい、切ない、愛しい。それら全ての感情は、宗主ら魔族からしか与えられていない。
悲しみが込み上げてきて、エリトは息を吸い込んだ。
母の事は大好きだ。しかし宗主たちと出会った事で、母に対する違和感がどんどん湧き出してくる。
懇願するような瞳を母に向けて、エリトは口を開く。
「……母さん。俺が知ってる魔族は、今うしろに立ってる男みたいに、俺に危害を加えたりはしない。侮蔑の目も向けない。……それでも母さんは、彼らを悪だと言うの? 母さんの子供である俺に暴力を振るう監視官たちが、正しいと言うの?」
「……」
「それに俺、最近なんだか変なんだ。……何か大切な事を忘れているような……つっ!!」
腕をさらに捻り上げられ、エリトは痛みに呻いた。後ろにいる男が、呆れたように嘆息する。
「……あ~あ、もう期限切れだよ。どんどん短くなってないか?」
「……?」
エリトが視線を男に向けていると、母の方から舌打ちが響いた。次いで母の声が響くも、その声は聞いたことないくらい冷たく低い。
「……ちっ、参ったわね。これ以上やると、壊れるわよ……こいつ」
「仕方ない。壊れるまで使うしかないだろ。……しかしまた、あいつにやられるとはな」
突然始まった二人の会話に、エリトは視線を泳がせる。すると目の前の母が、エリトを見て笑い出した。
「ははっ、おっかしい。毎回こいつ、おんなじ顔するわよね! 『何言ってるかわかんな~い』っていう間抜け面!」
「……しかし今回も、きっかけはあの男だ。しかも今度はこいつに接触してきた。忌々しい暴戻め……殺してしまいたい」
「? ……何を、言って……」
エリトがそう呟くと、母がにたりと笑う。そしてエリトへ近付くと、顎をぐいと持ち上げた。
「どうせもう忘れちゃうから、教えてあげる。……あんたの、ひ・み・つ」
くすくすと愉しそうに母が笑う。後ろの男は面倒そうに、また溜息を漏らした。
「早めに済ませろ」
「分かってるわよ。い~い? 憐れなエリトちゃん。あなた本当は穢れの子じゃないのよ。魔獣と人間のハーフじゃなくて、魔族と人間のハーフなの」
「……え?」
先ほどと同じ「何を言っているの?」の仕草に、エリトは眉を顰める。
「俺に名はない。エリトという名を、母さんが知っているはずがない」
「……それは……あなたが魔族にそう呼ばれてるって、聞いたから……」
「魔族に呼ばれている名で、俺を呼んだの? 俺を攫った魔族から貰った名前を?」
母は表情を変えない。穏やかな雰囲気は、もうそこに無かった。
まるで温かみのないその様子は、エリトに対する情が無いように思えた。
エリトは宗主と過ごした日々を思い浮かべる。たまに交わす会話に、いつもエリトは違和感を覚えていたのだ。
その違和感は増す一方だったが、今やっとわかった気がする。
貸してもらった本を読んでいるエリトに、宗主は言った。
『エリトは、本を読むのが速いな。幼いころ、学校に通っていたのか?』
穢れの子は、当然ながら学校には通えない。どうして自分が文字を読めるのか、エリトには思い出せなかった。
食事をしているエリトに、ゼオは言った。
『エリトさんは、ナイフとフォークの使い方が上手いですね。誰かに教わったのですか?』
その問いにも、エリトは答えられなかった。思えば彼らは、エリトにヒントを与えていたのだ。
そしてここガーランデへの道のりで、スガノはエリトへこう言った。
『エリトさんのお母さんは、いつも笑顔で迎えてくれるんですね。優しいお母さんだ。……でも俺なら、離れて暮らす子どもに久しぶりに会ったら、きっと泣いちゃうなぁ』
エリトは母の涙を見たことが無い。
久しぶりに会って涙を浮かべるのはいつも自分だけで、母はいつも穏やかに笑っているだけだった。
エリトは今まで、人間の感情にあまり触れてこなかった。侮蔑や怒りには慣れていたけど、その他の感情をぶつけられた事が無かったのだ。
嬉しい、悲しい、切ない、愛しい。それら全ての感情は、宗主ら魔族からしか与えられていない。
悲しみが込み上げてきて、エリトは息を吸い込んだ。
母の事は大好きだ。しかし宗主たちと出会った事で、母に対する違和感がどんどん湧き出してくる。
懇願するような瞳を母に向けて、エリトは口を開く。
「……母さん。俺が知ってる魔族は、今うしろに立ってる男みたいに、俺に危害を加えたりはしない。侮蔑の目も向けない。……それでも母さんは、彼らを悪だと言うの? 母さんの子供である俺に暴力を振るう監視官たちが、正しいと言うの?」
「……」
「それに俺、最近なんだか変なんだ。……何か大切な事を忘れているような……つっ!!」
腕をさらに捻り上げられ、エリトは痛みに呻いた。後ろにいる男が、呆れたように嘆息する。
「……あ~あ、もう期限切れだよ。どんどん短くなってないか?」
「……?」
エリトが視線を男に向けていると、母の方から舌打ちが響いた。次いで母の声が響くも、その声は聞いたことないくらい冷たく低い。
「……ちっ、参ったわね。これ以上やると、壊れるわよ……こいつ」
「仕方ない。壊れるまで使うしかないだろ。……しかしまた、あいつにやられるとはな」
突然始まった二人の会話に、エリトは視線を泳がせる。すると目の前の母が、エリトを見て笑い出した。
「ははっ、おっかしい。毎回こいつ、おんなじ顔するわよね! 『何言ってるかわかんな~い』っていう間抜け面!」
「……しかし今回も、きっかけはあの男だ。しかも今度はこいつに接触してきた。忌々しい暴戻め……殺してしまいたい」
「? ……何を、言って……」
エリトがそう呟くと、母がにたりと笑う。そしてエリトへ近付くと、顎をぐいと持ち上げた。
「どうせもう忘れちゃうから、教えてあげる。……あんたの、ひ・み・つ」
くすくすと愉しそうに母が笑う。後ろの男は面倒そうに、また溜息を漏らした。
「早めに済ませろ」
「分かってるわよ。い~い? 憐れなエリトちゃん。あなた本当は穢れの子じゃないのよ。魔獣と人間のハーフじゃなくて、魔族と人間のハーフなの」
「……え?」
あなたにおすすめの小説
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。
夏笆(なつは)
BL
公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。
ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。
そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。
初めての発情期を迎えようかという年齢になった。
これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。
しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。
男性しか存在しない、オメガバースの世界です。
改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。
※蔑視する内容を含みます。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました
こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。