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8 悲しまないでくれ
しおりを挟む「人間ごときが、死にたいようだな」
足を刺された魔神が、エリトに向かって手を突き出す。その手のひらに赤い光が集まるのを、エリトは見つめるしかない。
魔法が出来ない人間に、魔法を避ける方法はない。とっさに腕で顔を庇うが、無駄なことは分かっていた。
「っ……!!」
衝撃に身構えていると、エリトの身体に何かが激しくぶつかった。温かくてふわふわのその正体は、見なくても分かる。
その身体に引き倒されたエリトは、魔法の直撃を免れた。エリトに代わり魔法を受けたのは、やはりノウリだ。
その身体は弾き飛ばされ、森の入口まで転がって行く。
「ノウリっ!! うそだッ!!」
ノウリに駆け寄ろうとしたエリトは、魔族に腕を掴まれた。そして胸倉を掴まれ、高く押し上げられる。
その手から逃れようとエリトは藻掻くが、当然のことながらビクともしない。
もう一体の魔族がノウリを見て、口を開いた。
「もしかして、あれじゃないか?」
「ああ、そうかもな。殺ったか?」
「……いや、あれは依代だ。気を抜くな」
魔族たちの会話を聞きながら、エリトは涙を流した。どれだけ背中を逸らしても、ノウリの姿を見ることができない。
自分の非力さが憎くて、涙が溢れ出る。
(依代? 殺った? 何言ってるんだこの魔族! ノウリ……!!)
涙を流しているエリトを見て、魔族が眉根を寄せた。エリトの胸倉を引き寄せて、威圧するように睨みつける。
「人間。もしかしてお前、皇子を知っているのか?」
「皇子? そんなの知らないッ!! 降ろして!」
「……五月蠅いな、そいつ。早く始末しろよ」
「わかっ___」
瞬間、目の前の魔族の顔に、赤い線が走った。縦に走った赤い線が、どんどんと幅を広げていく。同時に、エリトを掴んでいた魔族の手が緩んだ。
落下する。そう思ったエリトが衝撃に備えると、誰かにふんわりを抱きとめられた。
エリトを抱きとめてくれたのは、なんと別の魔族だった。大きな体躯に、尖った耳。先ほどの魔族とは違うのは、エリトに殺気を向けていないことだ。
その顔を仰ぎ見て、エリトは息を呑んだ。瞳の色は惹きこまれるような琥珀色で、顔の右側に三本裂傷が走っている。
生々しいその傷からノウリを思い出し、エリトはその腕から逃れようと身を捩らせた。
「離して……!」
エリトがそう言うと、魔族は素直に従った。
ゆっくりエリトの身体を降ろすと、少し寂し気な表情を浮かべる。その表情を疑問に思いながら、エリトはノウリの元に走った。
ノウリが転がって行った森の近くへ行き、その姿を探す。しかし見つかったのは、ノウリのものと思われる夥しい血の跡だけだった。
(何て出血……! ノウリ……)
しかしノウリの姿はどこにもない。血が広がっているのはここだけで、他にはどこにも血の跡がなかった。
ノウリが逃げたとしたら、追って保護してあげたい。でも血の跡が無いため、追跡は不可能だ。
エリトが狼狽えていると、背後で悲鳴が轟いた。人間とは違う甲高い叫び声に、エリトは耳を押さえて振り返る。
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