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渦中に落ちる
第95話 歓迎を身に浴びる
しおりを挟む光太朗が出ていってから、あの屋敷は未だ葬式のような雰囲気だ。
光太朗が出て行った日の昼間、ウルフェイルは偶然屋敷を訪れた。そこでリーリュイから一通りの話を聞いたのだ。
ウルフェイルは頭を抱えた。完全にリーリュイ側に問題がある。
『コウさんが生粋の戦士だって、お前が言ってただろうが、リーリュイ! お前な、逆の立場になって考えてみろよ! 戦友と思ってた相手が、手の平返したように女扱いしてくるなんて……そりゃ怒るだろ!』
『……』
青い顔をしたリーリュイは、これまで無いほどに狼狽していた。戦況が芳しくない時でも見せなかった顔だ。
絶体絶命の状況でも、強い態度を崩さない。そんな男が、驚くほどに落ち込んでいる。
『気が急いた。今にも奪われそうで……気が気じゃなかった。彼の気持ちも考えず……』
『急ぐにしても、やり方があるだろうが! カザンさんも止めなかったのかよ?』
『それが……私も気が急いてしまいまして……』
同じく落ち込んでいるカザンを見て、ウルフェイルは盛大にため息を吐いた。
聞けば「主が初めて連れてきた想い人」に、屋敷中がお祭り騒ぎだったらしい。
傷だらけで運び込まれたときは、「粗暴なフェンデだ」と訝しんでいた使用人も多かった。しかし傷も治り始め、彼の人となりが分かるにつれて、その考えを持つ者も次第に居なくなる。
特にリーリュイと寝室を共にするようになって、光太朗は目に見えて大人しくなった。
何をしても可愛い光太朗に、屋敷中がぞっこんだったらしい。
『いつも冷静なリーリュイが焦った上、周りもお祭り騒ぎか……。舵取りが誰もいなかった状態で、ぐいぐい事を進めたと』
『……何でも受け入れてくれる、光太朗に甘えていた……。彼が人として未完成なのを、知っていたはずなのに、私は……』
俯いたままそう零すリーリュイを思い出し、ウルフェイルは光太朗へと意識を戻した。
目の前の光太朗は、指についた米を舐め取っている。
指先の細さと、垣間見える舌の赤さが身震いするほど艶やかだ。彼を前にすると、堅物皇子も自我を無くす理由がわかる。
食い入るように見ていた唇が、ぽつりと呟く。
「俺さ……リュウの頼みなら、どんな役割でもやるつもりなんだ。それがあいつのプラスになるなら、それでいい。……でもさぁ、それには心の準備がいるだろ? 先にはっきり言ってくれれば、変な期待も持たずに頑張れたのにな」
「……コウ、今回の件については、リーリュイが悪い。……あいつはコミュニケーション能力が絶望的に低いんだ。他人に興味がないから、今まで自分勝手にやってこれた。堅物だし、正道を突き進んでいれば誰にも迷惑はかからない。孤独上等の堅物皇子だった」
「はは、何となくわかる」
光太朗が笑い、ウルフェイルはおどけたように肩を竦める。
他人にも自分にも、自身を取り巻く環境にも興味がない。リーリュイはそんな人間だった。
それを変えたのが光太朗だ。
「コウ。勝手なお願いで悪いけど、待っててやってくれるかな? あいつなりに色々考えてるみたいだし」
「勿論待つさ。でも、ただ待つのは性に合わないんだ。リュウから騎士団に入れって言われたんだけど、まだ手続きは終わってないんだろ?」
「その通り」
「……俺のために、リュウは色々動いてくれてる。だから俺も、出来ることをやりたい」
ごちそうさま、と手を合わせて、光太朗は窓の外を見た。文句なしの晴天だ。
騎士団の制服は貰ったものの、まだ袖は通していない。まだ正式な団員ではないからだ。
今日の服装も襟なしのシャツと、動きやすいカーゴパンツのようなズボンだ。
身分の高い者しか襟付きは着れない。この国のルールに則ると、いつもこの格好に行きつく。
「ウルフ。今日は俺に、軍の入隊試験を受けさせてくれ」
「軍の? しかもいきなり今日?」
「うん。……騎士団って、軍隊のエリートだろ? 兵士たちが努力を重ねて、やっと入れる所だ。こんなにすんなり入っていい訳ないし、きっと反発もあると思う」
努力して辿り着いた場所に、いとも簡単に誰かが入る。自分の身になって考えれば、堪ったものではない。
リーリュイは特例でねじ込むと言ったが、周りの心情は大事だ。
「反発が俺に向くのは構わないが、それでリュウの思惑が阻害されるのは避けたい。……リュウが何を考えてるか、俺は未だに知らないけどな。……でも俺は俺なりに、少しでも皆が納得できるような覚悟を見せたい」
「なるほど、それでか。……軍の入隊試験は、筆記と体力試験だ。コウが強いのは知ってるが、鈍った身体で合格できるほど甘くないぞ」
口端を吊り上げながら、ウルフェイルが言い放つ。
一瞬で空気がピンと張り、威圧感が肌を刺す。光太朗は眉尻を跳ね上げ、挑戦的な笑みへと変えた。
副団長モードのウルフェイルは、鋭い視線をこちらへと向ける。こちらを推し量るような視線に、光太朗はじわじわと湧き上がる高揚感を感じた。
挑戦は楽しい。障害物が高いほど燃える。
「軍の入隊試験に合格したら、騎士団の入団試験も受ける。受かるまで、何度も受ける。訓練にも参加する」
「厳しいぞ……。……でもコウなら、ほんとに合格しそうで怖いんだよなぁ」
「合格するよ。騎士団のやつらに、認めてほしいからな」
「あ~……えっと、そうだな。その点は、あまり気にしなくていいかもな」
「?」
歯切れの悪いウルフェイルに首を傾げていると、彼は立ち上がった。窓際に移動したウルフェイルは、階下を見てふすりと吹き出す。
ウルフェイルの手招きを受けて、光太朗も立ち上がって窓の下を見た。そして目を瞬かせる。
第1教場の入口には、たくさんの騎士たちが集まっていた。ウルフェイルが窓を開けて、声を張り上げる。
「ごるぁ! てめぇら、何サボってやがる!!」
「あ、副団長!」
騎士たちが一斉にこちらを振り仰ぎ、光太朗を見つけるとわっと歓声を上げる。
「キュウ屋!!!」
「まじだ、キュウ屋!」
わいわい騒ぐ騎士たちの顔は、しっかりと見えない。しかし声には聞き覚えがあった。集まっている騎士たちの多くが、キュウ屋の常連だろう。
彼らは歓声をあげながら、光太朗へ向かって叫ぶ。
「キュウ屋!! 魔導騎士団へようこそ!!!」
「……」
一瞬真顔になった後、光太朗はウルフェイルを見た。肩を竦める彼は「だから言ったろ」といった顔で微笑む。
しかしこれほどの熱烈歓迎を受ける意味が、光太朗にはまったく理解できなかった。店主と客としての関係で、これほど親切に出来るものなのだろうか。
眉根に深い皺を寄せた光太朗を見て、ウルフェイルはまた吹き出した。自分の魅力に、光太朗はまったく気付いてない。
その魅力と危うさが、関わった者に「囲みたい、保護したい」という欲求を抱かせるのだろう。
光太朗は窓の外を指さしながら、呆れたように言い放つ。
「ウルフ。もしかしてリュウ、騎士らに金積んだ?」
「そんなわけないだろ。ほら、手を振って」
戸惑いながら光太朗が手を振ると、一層歓声が大きくなる。声の中に「可愛い」が混ざっていた事に、光太朗は鼻梁に皺を寄せた。
「……なんか腹立つな」
「コウさ、可愛いもんは可愛いんだよ。諦めろ」
ウルフェイルは光太朗の頭をぐしゃぐしゃと撫で、騎士たちに手を振る。すると直ぐに大音量のブーイングが返ってきた。
光太朗は頭をがしがし掻くと、諦めたようにため息を吐く。不満はあるものの、歓迎されて嬉しくないわけがない。
「これから、よろしくな!」
そう叫ぶと、野太い返事が返ってくる。
窓枠がびりびりと揺れるほどの声に、光太朗の心は奮い立った。
彼らに認められたい。心が共鳴を求めていた。
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