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側にいるために
第106話 他人の物差し
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「ふざけんな! お前ごときが殿下を愛称で呼ぶなど……! 身の程を知れ! 殿下の名は、陛下とアキネ様から与えられた神聖なものぞ!」
「……っ」
「汚らわしい下賤なフェンデめ!」
そう吐き捨てて、マオは調合台を蹴りつけた。派手な音と共に、薬研や薬瓶が倒れる。
そしてマオは光太朗を存分に睨みつけた後、部屋を出ていった。
静けさの戻った薬師室で、光太朗はため息を吐いた。手の平を返すと、破片が幾つか突き刺さっている。
(久しぶりに、フェンデらしい扱いをされたな……)
少し前までは、こういう扱いにも慣れていた。理不尽な扱いに怒りを抱く事もなく、まるで他人事のように感じる。それが当たり前だった。
しかしそれが今では、向けられた棘がいつもよりも鋭く感じる。周りの人に恵まれて、温かさに包まれたせいか、鋭い棘は容易く胸へと刺さるようになった。
手の平をぼんやり見つめていると、イーオが静かに立ち上がる。そして光太朗の前へと座った。
「……手を見せて」
「……あ、うん」
慣れた手つきで救急箱を開け、イーオはピンセットを取り出す。光太朗の手から破片を抜きながら、イーオは静かに口を開いた。
「マオは……ずっと、殿下の側近になりたがってた。側近になるために努力して、薬師部長にまで……。だから、受け入れられないんだ……。すまない」
「……謝ることなんてない。そりゃ納得できないよ。確かに俺は、彼のことを何も知らない」
「……」
破片を抜いたことで光太朗の手の平に血が滲み、それをイーオが拭っていく。イーオの手は大きいが、手つきは優しく穏やかだ。
「……コウ、殿下は不眠気味だ。薬で眠るのを嫌っておられて、なかなか改善しない」
「そうなのか? ……たしかに、あんまり寝てるイメージないな……」
光太朗が屋敷に居たときも、眠っている所はあまり見ていない。光太朗自身も睡眠障害みたいなものだが、細切れでも休息できる体質になっている。
眠りたいのに眠れない辛さは、きっと想像以上に辛いだろう。
「教えてくれて、ありがとう。イーオさん」
「……あまり根を詰めないように。マオも、コウが意外に頑張るから余計に気に入らないのかも知れない」
「………イーオさんは、マオさんが怖いのか?」
「……」
イーオは首を横に振ると、俯いた。短く刈り込まれた金の髪が、灯りを受けてきらきらと輝く。
「マオは未熟な身体で生まれ、俺は正常に生まれた。双子だった俺たちは比較され、幼いころのマオは、とても辛い思いをしていたんだ。そのころは、俺が小さなマオを守ってた。……だけど成長するにつれ、その立場は逆転してしまった。……周りからの評価も、どんどん変わって行って……」
「……なんだよそれ。大体、双子をにこいちで考えること自体が間違ってんだよ。生まれたらそれぞれ別の人格なんだから」
「……にこいち?」
イーオが首を傾げて問う。その仕草は78歳とは思えない程に、あどけない。
「にこいちってのは……ごめん、忘れて。……イーオさん、人の優劣っていうのは他人が決める事じゃないと思う。誰かを基準にして、優か劣か決めるなんて間違ってるし、兄弟でそれやるのはもっと間違ってる」
「……」
「マオさんはマオさんで、イーオさんはイーオさんで良いところがある。前とか後ろとか上下とか、無いだろ。そんなの」
イーオは黙り込んでしまったが、相変わらず手つきは優しい。光太朗の手に包帯を巻き終えると、彼は小さく息を吐いた。
そして光太朗の双眸を覗き込む。
「……コウ。この事を、殿下には……」
イーオはそう呟くと、光太朗の手を強く握りしめた。傷に痛みが走り、光太朗は顔を歪める。
ある意味脅しのような行為だ。しかしイーオの顔は、ひどく悲しそうだった。
光太朗が口端を跳ね上げて、イーオの手を握り返す。
「……言わないよ。マオさんが臍を曲げて王都へ帰っちゃったら、イーオさんも居なくなる。そしたら俺は、誰から学べば良いんだ? ……大丈夫、言わないから」
「……。ありがとう」
イーオの手から解放され、光太朗は手をにぎにぎと動かした。何も言わずに部屋を出るイーオを見送ってから、散らかった薬瓶を片づける。
イーオはマオを探しに行ったのだろう。マオの陰に隠れているイーオだが、兄の事を心底心配しているようだ。
(……余計なお世話だったかな……。その人の考え方や立ち位置なんて、当の本人しか分からないものだよな……)
部屋が綺麗に片付いても、マオたちが戻ってくる気配は無かった。光太朗は帰り支度をして、薬師室の灯りを消す。
(……不眠気味……。薬が嫌い……う~ん……。薬草茶はどうかな? リュウ、苦みは平気かな?)
不眠に効く薬草を頭の中に列挙して、光太朗は兵舎の出口に向かう。すれ違う騎士たちに手を振りながらも、頭の中は薬草の調合比率でいっぱいだった。
明日は休みなので、キュウ屋で作業ができる。リーリュイの為の薬草を集めに行くことも出来るだろう。
(今日の夜から準備して、明日薬草を探しに行こう。キュウ屋に残っているのは、どの薬草だったか……)
「光太朗」
「……!」
急に腕を掴まれて、光太朗は立ち止まった。何の気配も感じなかったが、身体が警戒しない。
慣れた声と大好きな匂いが鼻に届き、胸が詰まった。
「……っ」
「汚らわしい下賤なフェンデめ!」
そう吐き捨てて、マオは調合台を蹴りつけた。派手な音と共に、薬研や薬瓶が倒れる。
そしてマオは光太朗を存分に睨みつけた後、部屋を出ていった。
静けさの戻った薬師室で、光太朗はため息を吐いた。手の平を返すと、破片が幾つか突き刺さっている。
(久しぶりに、フェンデらしい扱いをされたな……)
少し前までは、こういう扱いにも慣れていた。理不尽な扱いに怒りを抱く事もなく、まるで他人事のように感じる。それが当たり前だった。
しかしそれが今では、向けられた棘がいつもよりも鋭く感じる。周りの人に恵まれて、温かさに包まれたせいか、鋭い棘は容易く胸へと刺さるようになった。
手の平をぼんやり見つめていると、イーオが静かに立ち上がる。そして光太朗の前へと座った。
「……手を見せて」
「……あ、うん」
慣れた手つきで救急箱を開け、イーオはピンセットを取り出す。光太朗の手から破片を抜きながら、イーオは静かに口を開いた。
「マオは……ずっと、殿下の側近になりたがってた。側近になるために努力して、薬師部長にまで……。だから、受け入れられないんだ……。すまない」
「……謝ることなんてない。そりゃ納得できないよ。確かに俺は、彼のことを何も知らない」
「……」
破片を抜いたことで光太朗の手の平に血が滲み、それをイーオが拭っていく。イーオの手は大きいが、手つきは優しく穏やかだ。
「……コウ、殿下は不眠気味だ。薬で眠るのを嫌っておられて、なかなか改善しない」
「そうなのか? ……たしかに、あんまり寝てるイメージないな……」
光太朗が屋敷に居たときも、眠っている所はあまり見ていない。光太朗自身も睡眠障害みたいなものだが、細切れでも休息できる体質になっている。
眠りたいのに眠れない辛さは、きっと想像以上に辛いだろう。
「教えてくれて、ありがとう。イーオさん」
「……あまり根を詰めないように。マオも、コウが意外に頑張るから余計に気に入らないのかも知れない」
「………イーオさんは、マオさんが怖いのか?」
「……」
イーオは首を横に振ると、俯いた。短く刈り込まれた金の髪が、灯りを受けてきらきらと輝く。
「マオは未熟な身体で生まれ、俺は正常に生まれた。双子だった俺たちは比較され、幼いころのマオは、とても辛い思いをしていたんだ。そのころは、俺が小さなマオを守ってた。……だけど成長するにつれ、その立場は逆転してしまった。……周りからの評価も、どんどん変わって行って……」
「……なんだよそれ。大体、双子をにこいちで考えること自体が間違ってんだよ。生まれたらそれぞれ別の人格なんだから」
「……にこいち?」
イーオが首を傾げて問う。その仕草は78歳とは思えない程に、あどけない。
「にこいちってのは……ごめん、忘れて。……イーオさん、人の優劣っていうのは他人が決める事じゃないと思う。誰かを基準にして、優か劣か決めるなんて間違ってるし、兄弟でそれやるのはもっと間違ってる」
「……」
「マオさんはマオさんで、イーオさんはイーオさんで良いところがある。前とか後ろとか上下とか、無いだろ。そんなの」
イーオは黙り込んでしまったが、相変わらず手つきは優しい。光太朗の手に包帯を巻き終えると、彼は小さく息を吐いた。
そして光太朗の双眸を覗き込む。
「……コウ。この事を、殿下には……」
イーオはそう呟くと、光太朗の手を強く握りしめた。傷に痛みが走り、光太朗は顔を歪める。
ある意味脅しのような行為だ。しかしイーオの顔は、ひどく悲しそうだった。
光太朗が口端を跳ね上げて、イーオの手を握り返す。
「……言わないよ。マオさんが臍を曲げて王都へ帰っちゃったら、イーオさんも居なくなる。そしたら俺は、誰から学べば良いんだ? ……大丈夫、言わないから」
「……。ありがとう」
イーオの手から解放され、光太朗は手をにぎにぎと動かした。何も言わずに部屋を出るイーオを見送ってから、散らかった薬瓶を片づける。
イーオはマオを探しに行ったのだろう。マオの陰に隠れているイーオだが、兄の事を心底心配しているようだ。
(……余計なお世話だったかな……。その人の考え方や立ち位置なんて、当の本人しか分からないものだよな……)
部屋が綺麗に片付いても、マオたちが戻ってくる気配は無かった。光太朗は帰り支度をして、薬師室の灯りを消す。
(……不眠気味……。薬が嫌い……う~ん……。薬草茶はどうかな? リュウ、苦みは平気かな?)
不眠に効く薬草を頭の中に列挙して、光太朗は兵舎の出口に向かう。すれ違う騎士たちに手を振りながらも、頭の中は薬草の調合比率でいっぱいだった。
明日は休みなので、キュウ屋で作業ができる。リーリュイの為の薬草を集めに行くことも出来るだろう。
(今日の夜から準備して、明日薬草を探しに行こう。キュウ屋に残っているのは、どの薬草だったか……)
「光太朗」
「……!」
急に腕を掴まれて、光太朗は立ち止まった。何の気配も感じなかったが、身体が警戒しない。
慣れた声と大好きな匂いが鼻に届き、胸が詰まった。
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