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側にいるために
第114話 アロデナ草
しおりを挟む「……これ……殿下から?」
「……っ、かえ、せ……!」
「ふぅ~ん、ここまでとはね。……可哀そうな殿下……」
クリップを手の平で弄び、マオはしゃがみ込んだ。地面に伏せられている光太朗の顔を覗き込むと、無邪気に笑う。
「返してほしい?」
「返せ」
「どうしよっかなぁ……。さっきの蹴りで、脛が痣になっちゃったし……」
マオがブーツの紐を解き、ズボンの裾を捲る。脛についている赤い蹴り痕を見て、マオは大げさに顔を歪めた。
「王族に手を上げるなんて、本来なら投獄されても文句は言えないよ? 俺が王宮へ訴えれば、殿下だって責任を問われるかもしれない」
「……!」
「でも俺は、優しいから言わないであげる。……でも罰は必要だよね?」
「……何をすればいい?」
「そうだなぁ……。折角だから、騎士の規則に倣おうか」
立ち上がったマオは、調合台へと腰掛けた。楽しそうに脚を揺らし、光太朗へと何かを投げる。小さな麻袋だ。
「騎士の懲罰の一つに、全員の武器の手入れっていうのがあるんだけど……それで良いや。道具はそこに入ってるから、今すぐやってきて」
「武器の手入れ?」
「そう。武器庫に入ってる武器を、全部手入れする。終わるまで出てこないでよ」
(全部か……多いな……)
魔導騎士団は約100人が在籍している。個人の武器は居室にあるが、訓練用の模擬剣やその他の武器は、全部武器庫へしまってあるのだ。
種類全て合わせると、300を優に超えるだろう。一日では終わらない量だ。
しかし光太朗は、素直に頷いた。
ここで逆らっても、事態はもっと悪い方へと進む。最近忙しくしているリーリュイの邪魔になることだけは避けたかった。
「えらく素直じゃん。今日中に終わらせたら、クリップも返してあげる」
「……分かった。イーオさん、離してくれよ」
「……コウ、武器庫は冷える。……外套を誰かに貸してもらえ」
「ダメダメ、罰がばれちゃうでしょ。バレたらコウも面倒だよね? 誰にも接触しないように、武器庫へ行きなよ?」
イーオの拘束が解け、光太朗は麻袋を開けた。そこには使い古された布と、油、そして蝋燭が数本入っている。蝋燭は、武器庫の灯りとして使うのだろう。
光太朗は麻袋を掴むと、薬師室を飛び出した。
(時間がない、急がないと……! 確か今日の訓練は、合同の体術訓練だったはず。どの班も武器を使う事はない)
訓練場の裏手を走り、光太朗は誰にも会うことなく武器庫へと入る。
武器庫の中は薄暗く、剣架(けんか)や矢立てがずらりと並ぶ。光太朗は蝋燭に火を点け、燭台へと置いた。
(最初に大物やっつけとくか。最後の方は握力がないだろうし……。まずは剣からだ)
光太朗は剣架から数本引き抜き、その場に腰を降ろした。
騎士らが扱う剣はずっしりと重い。模擬剣なので切れ味は無いが、まともに攻撃を受ければ骨が砕けるだろう。
(……こんな感じ、前にもあったな……)
前世でも、光太朗はこうやって武器を手入れしていたのを思い出す。少年だった時代は、先輩らの武器も手入れしなければならなかった。
ろくな思い出では無かったが、銃を分解して整備するのは好きだった。
________
光太朗は足元に教本を広げ、今度は短剣を磨き上げていく。体感的には2時間ほど時が過ぎたように感じる。
この調子でやれば、今日中に手入れを終える事が出来そうだ。そう思っていた光太朗だったが、ここにきて作業が滞り始めた。
身体が熱を持って、喉が焼けつくように痛い。風邪が悪化したのかとも思ったが、発熱の前兆である寒気は無かった。
「なん、だ、これ……」
発した声がざらついて、光太朗は咳込んだ。喉が発した痛みで、光太朗はある事を思い出す。
同じような症状を、以前経験したことがあったはずだ。
慌てて立ち上がると、身体がふらふらと揺れる。熱でぼんやりとする頭を叩いて、光太朗は蝋燭へと近づいた。
鼻を近づけて、蝋燭の匂いを吸い込む。詰まった鼻は何の香りも捉えないが、喉に絡まる嫌な甘さに覚えがあった。
(これ……アロデナ草か! 前にウィリアムが持ってきた……)
アロデナ草は、この国の人間には害がないが、フェンデやフェブールにとっては毒となり得る薬草だ。
アロデナ草には催淫の作用があり、蝋燭に練り込んで使うことが多い。
フェンデにとっては毒だが、幸い命を奪う程のものではない。しかし長く吸い込んでいると、発熱や倦怠感、喉に炎症などが起こる。
過去にウィリアムからアロデナ草を試された光太朗は、3日ほど寝込んだ。死にそうになりながら解毒薬を作った経験は、今でも鮮明に思い出せる。
<アロデナ草がフェブールにとって、毒かも知れない>
それを光太朗が発見したのは2年も前だ。ウィリアムによって、王宮にも報告が行っている筈である。
(何考えてんだマオは! やけに準備が良いとは思ったが……)
光太朗は蝋燭を消し、武器庫の窓を開けて回った。
アロデナ草の催淫効果はかなり強いらしく、この国の人間には効果抜群だと聞いている。今となっては何故あの薬を試された事に怖気が走るが、今はそれどころではない。
手入れ道具はそのままに、足を縺れさせながら出口へと向かう。意識朦朧としながら、光太朗は扉へと手を伸ばした。
しかし扉は、光太朗が触れる前に自ら開く。出口に立っていたのはイーオで、光太朗を見下ろしていた。
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