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いざ、競技会!
第145話 前職モード
しおりを挟むキースは背中にひやりとした物を感じながら、屋根の上を見上げた。
見事に締め上げられた襲撃者が、苦悶の表情を浮かべている。その上に乗っている光太朗は、愉しそうに口端を吊り上げていた。
赤い唇が美しい弧を描き、そこから舌がちろりと覗く。見る者の心臓を鷲掴みにする、麻薬のような笑みだ。
普段の朗らかな光太朗とは、まったく違う。周りの騎士らも光太朗の妖艶な笑みに、ごくりと喉を鳴らした。誰一人として、動けない。
光太朗は襲撃者の耳元に、ゆっくりと唇を寄せる。口元は笑みを浮かべながら、瞳の色は刃物のように鋭い。
「可哀そうになぁ。下で大人しく殺されてたら、あんたも痛い思いをしなくて済んだのに」
耳元で囁かれ、襲撃者はびくりと身体を揺らす。目は驚愕に見開かれ、ガタガタと震えだした。光太朗から殺気が漏れ出しているのだろう。
次いで、『ぱちん』と何かが弾けるような音がして、襲撃者の悲鳴が響き渡った。
キースの隣にいたウルフェイルが、肩を竦める。
「指の骨、折ったな。……いやぁ、モードに入ったコウは……何かエロいわ」
「副団長……んな事言ったら、殺されますよ」
「コウが本気出せば、俺なんて瞬殺だよ」
「そうでしょうねぇ」
痛みに暴れる襲撃者を、光太朗はなおも押さえつけた。その耳に口づけするように、光太朗は囁き続けている。
この光景をリーリュイが見たら、襲撃者はすぐさま殺されるだろう。
「指の骨ってのはさ、良いんだよ。俺みたいな脆弱なフェンデでも、簡単に折ることが出来る。……さぁ、自己紹介してくれよ。恥ずかしがらなくて良いからさぁ」
「……ひっ!」
「ゆっくりで良いよ。まだ指はたくさん残ってっから。何なら足の指もあるからさぁ」
また弾けるような音がして、低く呻くような悲鳴が漏れる。嗚咽が混じり始めた悲鳴に、光太朗は更に耳を近づけた。
どうやら襲撃者が情報を吐き始めたようだ。
『前職モード』の光太朗を、騎士らはこの旅で初めて目にした。殺気を纏う彼は、身体の芯が震えるほど恐ろしい。恐ろしいが、目が離せない。
普段の可愛らしさは消え去り、こちらが忘我してしまう程の妖艶さが顔を出す。そんな彼を見てしまうと、魅入られ絡めとられてしまう。
「魔性、だな……」
「ですねぇ……」
ウルフェイルとキースが頷いていると、光太朗がこちらを向いた。
その顔からはすっかり殺気が消え去っており、彼はいつも通りの可愛らしい笑みを浮かべる。
「吐いたよ! 西部にある小さな村から来たってさ!」
「……となると、左上宮からの刺客じゃ無いな。しかし生かしておいても、王宮との繋がりは恐らく掴めん」
「じゃあ、殺すよ? ……でもここじゃ嫌だな。幌が血まみれになっちまう」
光太朗が言うと、動きを止めていた騎士らがはっと動き出した。急ぎ屋根に登り、襲撃者を回収する。
光太朗は人を殺すことに躊躇しない。しかし騎士らは、なるべく彼の手を汚さないように動く。過去の傷が開くのを、皆で避けているのだ。
魔導騎士団全員が、彼を護る意思を固めている。
リーリュイの指示があったからではない。光太朗はもう魔導騎士団の一員で、彼に心酔する者たちも多いからだ。
降りてきた光太朗は、地面に広がる襲撃者を見回した。血濡れの現状を見ても、彼の目に憐憫の色は一切浮かばない。
「リュウは、王宮からも狙われているのか?」
「王座争いに参戦したからな。その上、コウという弱そうなアキレス腱も出来ちまった」
「すぐに千切れそうなアキレス腱に見えるんだろうなぁ。好都合だけど」
襲撃ラッシュのせいで、王都行きは大いに遅れている。
本来、荷物を運ぶための幌馬車は、本隊よりも早めに出発するのだ。今回同行しているのは、馬に乗れない光太朗が幌馬車に乗っている為だ。
目が悪い光太朗は、どうしても馬に乗れない。車の運転も眼鏡必須だったのだ。生き物相手だと更に難しい。
光太朗はしゃがみ込み、がっくりと頭を垂れた。
「……王都にいるから、リュウは襲われてないよな? 虐められたりしてないよな?」
「団長を襲う阿呆は、そうそうおらんだろうなぁ。……ぐちぐちは言われてるだろうけど、いつもの事でしょ」
「そうだな。特に競技会が近くになると、役員や軍司令部がぐちぐちうるせぇんだ」
キースが光太朗に目線を合わせるようにしゃがみ込み、ウルフェイルは腕を組んで2人を見下ろす。光太朗は頬を膨らませて、自分の不甲斐なさを呪った。
あと7日以上も、リーリュイに会えない。その間、彼がどういう状況であるのかも把握できないのだ。
襲撃される側になってみて実感した。王座争いというのは熾烈で、手段を選ばない者たちも大勢いる。幌馬車に揺られ、呑気にしている暇などない。
光太朗は喉を鳴らして、キースを見据えた。
「……確か……班長の馬が一番速かったよな……」
「んん? 俺と2人乗りして、先行すっかぁ? ……馬の負担が気になるが、コウは軽いし良いかぁ」
「いや、止めとけキース。コウと2ケツなんかしたら、リーリュイに殺されるぞ」
キースが肩を竦めたのを見て、光太朗は立ち上がった。
「2ケツしなきゃいい! 班長、俺と先行してくれ。俺が先に行けば、襲撃も分割できるだろ」
「いいけどお前……どうやって……」
煙草を取り出し始めたキースを、光太朗はニヤニヤしながら見下ろした。悪戯を思いついた子供のような表情だ。
キースはため息を吐きながら煙草に火を点ける。
「ったく、しょうがねぇなぁ……」
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