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緑の瞳には大地のような光彩が浮かび、鼻筋から眉にかけての道筋は、神が自ら彫り上げたかのような神々しさに満ちている。
輝く白い髪に流れる、筆で撫でたかのような一房の銀糸。それは彼の輪郭をかたどるように垂れて、あの日の面影を蘇らせた。
つきりと痛む胸には気付かないふりをして、今はシン・アースターであるロジェは姿勢を正す。
「恐れながら、閣下。用意されていた男はベータです。ヒト族のオメガは数を減らし、今や希少種となっております。奴隷として流通することはほぼありません」
「何が言いたい?」
冷たく、突き放すような声。そんな声でさえ、この耳は切ない音と共に受け入れてしまう。
かつて彼は、その喉を震わせて、ロジェへ愛を囁いてくれた。
「つまり、あの男が孕むことはありません。その上、男は非合法で連れてこられたようです。性奴隷としての教育も受けておりません。……閣下の手を煩わせるだけでしょう」
「孕む孕まんは、お前らの要望だろう。俺には関係ない」
「ですが……」
「俺は夜の相手を用意しろと言っただけだ。誰でも良い。ヒトでなくとも、半魔でも構わん」
酒の入ったグラスを置き、ルキウスがゆっくりと立ち上がった。
魔王族のルキウスと半魔のロジェでは、頭一つ以上の体格差がある。そんな彼から威圧感を持って見下ろされれば、どんな者も萎縮するだろう。
しかしロジェは、その美麗な瞳を真正面から見返した。その奥に何かが残っていないかと期待したが、やはり何もない。
彼の中にもう、自分は一欠けらも残っていないのだ。
「……アースター。今宵の相手はお前がしろ」
「……っ!? ……閣下、それは」
「命令だ。逆らえば、お前の出向元であるアカツキ家に罰を与える」
顔を歪めれば、まるでこちらの反応を愉しむかのように、ルキウスが眉を跳ね上げた。
彼は魔王族であり、次代の王に一番近いと言われている男だ。命令となれば拒否権など存在しない。
しかしロジェは食い下がる。他は何だって我慢できるが、こればかりは許容できなかった。
「閣下、僕は文官です。そちらの教育は受けておりません。……ご奉仕に満足頂けない可能性が……」
「そんなものは不要だ。お前は俺の下になっていれば良い」
「……っしかし……ッ!」
胸倉を掴まれ、反論の言葉も打ち消された。いとも簡単に足が浮き、まるで木偶を扱うように寝台へと放り投げられる。
情を滾らせた男の顔が眼前に迫って来る。その表情には、獣じみた熱さだけが感じられた。
いつか見せた、柔らかい温かさなど微塵もない。
ロジェは、この男のためなら何もかも差し出す覚悟でいた。しかしそれは上辺だけの覚悟でしかなかったと、震える身体が訴えてくる。
(……ああ……。誰でもなくお前に、愛なく抱かれるなんて……)
肩を掴まれ寝台へ押し付けられると、項がじんと痺れた。その感覚がむなしくて、ロジェは静かに目を閉じる。
ルキウスの匂いと共に、かつての記憶がじわりと涌き出して来た。
あれは16年前。
まだ、自分が『シン・アースター』ではなく『ロジェ・ウォーレン』だった時代だ。
+++++
____ 16年前
衝撃と共に、ロジェは地面へと転がった。肩を強かに打ち付けたせいか、必死に握りしめていた剣が手から離れる。
「無様だな、ウォーレン! これで分かったか! ヒト族なんかが合同訓練に参加するんじゃねぇよ!」
「うるせぇな。ヒトにも参加権利があんだよ!」
「黙れ! 下級種族め!」
ロジェを見下ろす男は灰色の獣毛を逆立て、鋭い爪をこちらへと見せつける。ついでに咆哮まで上げ、周囲の空気がびりびりと振動した。
相手を威圧する効果のある咆哮は、獣人が得意とする戦闘方法である。
獲物が萎縮している間に攻撃を加える、いわゆる彼らの狩りの手法を活かしたものだ。
確かにヒト族のロジェなど、狼の獣人である彼にとっては兎みたいなものなのだろう。
しかしながら、ロジェはまったく怖くなかった。ここで怖気づいてしまうようでは、この訓練に参加する資格はない。
「うるっせぇな! 躾のなってない犬は、嫌われるぞ」
「……ッ!! 貴様っ、ヒトの分際で……!」
激昂した獣人が、牙を剥き出しにして飛び掛かって来る。ロジェはすんでのところで身を躱し、手から離れた剣を取りに走った。
しかしそんなロジェをあざ笑うかのように、剣は見物していた別の獣人によって遠くへ蹴り飛ばされてしまう。
身体を武器として使う獣人に、ヒト族は生身では対抗できない。
ち、と舌打ちを零して、ロジェは太腿のホルダーからナイフを抜き去った。その時だ。
輝く白い髪に流れる、筆で撫でたかのような一房の銀糸。それは彼の輪郭をかたどるように垂れて、あの日の面影を蘇らせた。
つきりと痛む胸には気付かないふりをして、今はシン・アースターであるロジェは姿勢を正す。
「恐れながら、閣下。用意されていた男はベータです。ヒト族のオメガは数を減らし、今や希少種となっております。奴隷として流通することはほぼありません」
「何が言いたい?」
冷たく、突き放すような声。そんな声でさえ、この耳は切ない音と共に受け入れてしまう。
かつて彼は、その喉を震わせて、ロジェへ愛を囁いてくれた。
「つまり、あの男が孕むことはありません。その上、男は非合法で連れてこられたようです。性奴隷としての教育も受けておりません。……閣下の手を煩わせるだけでしょう」
「孕む孕まんは、お前らの要望だろう。俺には関係ない」
「ですが……」
「俺は夜の相手を用意しろと言っただけだ。誰でも良い。ヒトでなくとも、半魔でも構わん」
酒の入ったグラスを置き、ルキウスがゆっくりと立ち上がった。
魔王族のルキウスと半魔のロジェでは、頭一つ以上の体格差がある。そんな彼から威圧感を持って見下ろされれば、どんな者も萎縮するだろう。
しかしロジェは、その美麗な瞳を真正面から見返した。その奥に何かが残っていないかと期待したが、やはり何もない。
彼の中にもう、自分は一欠けらも残っていないのだ。
「……アースター。今宵の相手はお前がしろ」
「……っ!? ……閣下、それは」
「命令だ。逆らえば、お前の出向元であるアカツキ家に罰を与える」
顔を歪めれば、まるでこちらの反応を愉しむかのように、ルキウスが眉を跳ね上げた。
彼は魔王族であり、次代の王に一番近いと言われている男だ。命令となれば拒否権など存在しない。
しかしロジェは食い下がる。他は何だって我慢できるが、こればかりは許容できなかった。
「閣下、僕は文官です。そちらの教育は受けておりません。……ご奉仕に満足頂けない可能性が……」
「そんなものは不要だ。お前は俺の下になっていれば良い」
「……っしかし……ッ!」
胸倉を掴まれ、反論の言葉も打ち消された。いとも簡単に足が浮き、まるで木偶を扱うように寝台へと放り投げられる。
情を滾らせた男の顔が眼前に迫って来る。その表情には、獣じみた熱さだけが感じられた。
いつか見せた、柔らかい温かさなど微塵もない。
ロジェは、この男のためなら何もかも差し出す覚悟でいた。しかしそれは上辺だけの覚悟でしかなかったと、震える身体が訴えてくる。
(……ああ……。誰でもなくお前に、愛なく抱かれるなんて……)
肩を掴まれ寝台へ押し付けられると、項がじんと痺れた。その感覚がむなしくて、ロジェは静かに目を閉じる。
ルキウスの匂いと共に、かつての記憶がじわりと涌き出して来た。
あれは16年前。
まだ、自分が『シン・アースター』ではなく『ロジェ・ウォーレン』だった時代だ。
+++++
____ 16年前
衝撃と共に、ロジェは地面へと転がった。肩を強かに打ち付けたせいか、必死に握りしめていた剣が手から離れる。
「無様だな、ウォーレン! これで分かったか! ヒト族なんかが合同訓練に参加するんじゃねぇよ!」
「うるせぇな。ヒトにも参加権利があんだよ!」
「黙れ! 下級種族め!」
ロジェを見下ろす男は灰色の獣毛を逆立て、鋭い爪をこちらへと見せつける。ついでに咆哮まで上げ、周囲の空気がびりびりと振動した。
相手を威圧する効果のある咆哮は、獣人が得意とする戦闘方法である。
獲物が萎縮している間に攻撃を加える、いわゆる彼らの狩りの手法を活かしたものだ。
確かにヒト族のロジェなど、狼の獣人である彼にとっては兎みたいなものなのだろう。
しかしながら、ロジェはまったく怖くなかった。ここで怖気づいてしまうようでは、この訓練に参加する資格はない。
「うるっせぇな! 躾のなってない犬は、嫌われるぞ」
「……ッ!! 貴様っ、ヒトの分際で……!」
激昂した獣人が、牙を剥き出しにして飛び掛かって来る。ロジェはすんでのところで身を躱し、手から離れた剣を取りに走った。
しかしそんなロジェをあざ笑うかのように、剣は見物していた別の獣人によって遠くへ蹴り飛ばされてしまう。
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