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「そこまでだ!」
背後から響いた凛とした声に、獣人の動きがぴたりと止まる。
まるで主人に命令されたかのように固まる獣人たちを見て、ロジェは驚きのまま声の方向を振り返った。
そこに立っていたのは、見惚れるほど美しい男だ。
宝玉のような緑色の瞳、美しく均衡のとれた顔の造形。銀の髪は真っ直ぐに垂れ、背中辺りで揺れている。
彼は華麗に剣を抜き去り、その切っ先を獣人へと突き付けた。その気配を感じた獣人が、低く唸る。
「……ルキウス・ウィンコット。何のつもりだ?」
「何のつもりだ、だと? お前たちがやっているのは、明らかな規律違反だ」
「は、これのどこか規律違反だよ? ただの手合わせだ。しかも誘ってきたのは、このヒト族だぞ!」
「その件は、俺の方でも把握している」
ルキウスがちらりと、ロジェへ視線を寄越した。ロジェが肩を竦めてみせると、彼は眉山をついと引き上げる。
ルキウスは表情が動きにくく、感情が読みにくいとされている。しかしロジェは彼の表情筋が動くのを見逃さない。
ルキウスは今日も冷静で、そして少し呆れているようだ。
「ロジェ・ウォーレン。君が手合わせを申し込んだのは、獣人族第二班のロベルト一人だけだったな?」
「まぁ、そうだな」
「他にも相手にしたか?」
「ああ。……そこにいる外野の奴らと勝負したよ。『ロベルトと手合わせしたかったら、まず俺らを倒せ』って煩くってな」
「……なるほど。見物している者が満身創痍なのはそのせいか」
ルキウスがゆっくりと周りを見渡しながら、その場に居た獣人らに指を突きつける。ほとんどがロジェから返り討ちにされた者たちだ。
「一人、二人」とルキウスは口に出して数え、その指は最後にロベルトへと戻ってくる。
「全部で八人。……『手合わせと称した複数人による私闘』と私は判断する。教官もこの場を見たら、同じ判断を下すだろう」
獣人らがぐっと押し黙る。
ロジェはその場に胡坐をかいて、この場の成り行きをのんびりと見守った。この流れだと、口を挟むよりは黙っていた方がいいだろう。
銀の髪を揺らしながら、ルキウスは淡々と、しかし静かな怒りを籠めながら、獣人たちに苦言を呈している。
真面目で優しい友の姿を見つめながら、ロジェは目尻を下げた。
数ヶ月前から始まったこの多種族合同訓練は、魔族を中心とし、獣人族、魔獣族、妖精族などが参加する大規模なものだ。
普段は何かと睨み合っている種族たちだが、この訓練には必ず参加する。
各国は選りすぐりの若人を送り込み、切磋琢磨させながら他種族の特性を測るのだ。戦になった時に必要な情報を得られる機会でもあった。
そこにロジェのようなヒト族が参加するのは異例の事だ。
ヒト族は他の種族とは違い、力も弱く魔力もない。合同訓練に参加すれば、もみくちゃにされて悪くすれば命も無いだろう。
しかしロジェはそれを承知でこの訓練へ参加した。参加理由は単純明快で、ひとえに強くなりたかったからだ。
「_____ ン……? ウォー……ン? おい、大丈夫か、この馬鹿!」
「……あ……」
労わりとも罵倒ともつかない言葉を浴びせられ、ロジェは呆けていた意識を引き戻した。
目の前には文句の付け所が無いほどの男前(ルキウス)が、眉根を寄せてこちらを見据えている。
ロジェはぼさぼさになった栗毛を掻き回して、苦笑いを零した。
「あー……ごめん。一瞬トんでたわ……って、あれ? 獣人たち、もうどっか行ったのか?」
周りを見渡せば、取り囲んでいた獣人も、手合わせをしていたロベルトすらいない。
よっぽどぼーっとしていたのだろう。彼らが立ち去った事にまったく気が付かなかった。
ルキウスが目の前にしゃがみ込み、溜息を吐く。
「次はないと念を押して、帰らせた。……ウォーレン、あちこち傷だらけだ。まったく、君はいつも無謀が過ぎる……。ほら、こっち向け」
ロジェの顔面についた汚れや血を、ルキウスは躊躇なく袖で拭う。
「……ッ痛ぅ、いて、いてて……。こら、袖で拭うな。お前の服が汚れんだろ?」
ルキウスは生真面目で潔癖そうな性格なのに、意外にもハンカチを持ち歩いていない。
『魔王族の皇子』という華麗な身分と美しい外見を持っているが、性格は存外粗雑なのだ。
この意外性が、この男の面白いところの一つでもある。
冷静な外面に反して、意外と熱い思考を持っているのだ。冷たい仮面を突っつくと、ほろりと違う面が顔を出す。
ロジェはルキウスの面白いところを掘り当てては、この男へ好感を深めていた。
無愛想に感じるところも多いが、本当はとても良い奴なのだ。
背後から響いた凛とした声に、獣人の動きがぴたりと止まる。
まるで主人に命令されたかのように固まる獣人たちを見て、ロジェは驚きのまま声の方向を振り返った。
そこに立っていたのは、見惚れるほど美しい男だ。
宝玉のような緑色の瞳、美しく均衡のとれた顔の造形。銀の髪は真っ直ぐに垂れ、背中辺りで揺れている。
彼は華麗に剣を抜き去り、その切っ先を獣人へと突き付けた。その気配を感じた獣人が、低く唸る。
「……ルキウス・ウィンコット。何のつもりだ?」
「何のつもりだ、だと? お前たちがやっているのは、明らかな規律違反だ」
「は、これのどこか規律違反だよ? ただの手合わせだ。しかも誘ってきたのは、このヒト族だぞ!」
「その件は、俺の方でも把握している」
ルキウスがちらりと、ロジェへ視線を寄越した。ロジェが肩を竦めてみせると、彼は眉山をついと引き上げる。
ルキウスは表情が動きにくく、感情が読みにくいとされている。しかしロジェは彼の表情筋が動くのを見逃さない。
ルキウスは今日も冷静で、そして少し呆れているようだ。
「ロジェ・ウォーレン。君が手合わせを申し込んだのは、獣人族第二班のロベルト一人だけだったな?」
「まぁ、そうだな」
「他にも相手にしたか?」
「ああ。……そこにいる外野の奴らと勝負したよ。『ロベルトと手合わせしたかったら、まず俺らを倒せ』って煩くってな」
「……なるほど。見物している者が満身創痍なのはそのせいか」
ルキウスがゆっくりと周りを見渡しながら、その場に居た獣人らに指を突きつける。ほとんどがロジェから返り討ちにされた者たちだ。
「一人、二人」とルキウスは口に出して数え、その指は最後にロベルトへと戻ってくる。
「全部で八人。……『手合わせと称した複数人による私闘』と私は判断する。教官もこの場を見たら、同じ判断を下すだろう」
獣人らがぐっと押し黙る。
ロジェはその場に胡坐をかいて、この場の成り行きをのんびりと見守った。この流れだと、口を挟むよりは黙っていた方がいいだろう。
銀の髪を揺らしながら、ルキウスは淡々と、しかし静かな怒りを籠めながら、獣人たちに苦言を呈している。
真面目で優しい友の姿を見つめながら、ロジェは目尻を下げた。
数ヶ月前から始まったこの多種族合同訓練は、魔族を中心とし、獣人族、魔獣族、妖精族などが参加する大規模なものだ。
普段は何かと睨み合っている種族たちだが、この訓練には必ず参加する。
各国は選りすぐりの若人を送り込み、切磋琢磨させながら他種族の特性を測るのだ。戦になった時に必要な情報を得られる機会でもあった。
そこにロジェのようなヒト族が参加するのは異例の事だ。
ヒト族は他の種族とは違い、力も弱く魔力もない。合同訓練に参加すれば、もみくちゃにされて悪くすれば命も無いだろう。
しかしロジェはそれを承知でこの訓練へ参加した。参加理由は単純明快で、ひとえに強くなりたかったからだ。
「_____ ン……? ウォー……ン? おい、大丈夫か、この馬鹿!」
「……あ……」
労わりとも罵倒ともつかない言葉を浴びせられ、ロジェは呆けていた意識を引き戻した。
目の前には文句の付け所が無いほどの男前(ルキウス)が、眉根を寄せてこちらを見据えている。
ロジェはぼさぼさになった栗毛を掻き回して、苦笑いを零した。
「あー……ごめん。一瞬トんでたわ……って、あれ? 獣人たち、もうどっか行ったのか?」
周りを見渡せば、取り囲んでいた獣人も、手合わせをしていたロベルトすらいない。
よっぽどぼーっとしていたのだろう。彼らが立ち去った事にまったく気が付かなかった。
ルキウスが目の前にしゃがみ込み、溜息を吐く。
「次はないと念を押して、帰らせた。……ウォーレン、あちこち傷だらけだ。まったく、君はいつも無謀が過ぎる……。ほら、こっち向け」
ロジェの顔面についた汚れや血を、ルキウスは躊躇なく袖で拭う。
「……ッ痛ぅ、いて、いてて……。こら、袖で拭うな。お前の服が汚れんだろ?」
ルキウスは生真面目で潔癖そうな性格なのに、意外にもハンカチを持ち歩いていない。
『魔王族の皇子』という華麗な身分と美しい外見を持っているが、性格は存外粗雑なのだ。
この意外性が、この男の面白いところの一つでもある。
冷静な外面に反して、意外と熱い思考を持っているのだ。冷たい仮面を突っつくと、ほろりと違う面が顔を出す。
ロジェはルキウスの面白いところを掘り当てては、この男へ好感を深めていた。
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