【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
2 / 74

2

「そこまでだ!」

 背後から響いた凛とした声に、獣人の動きがぴたりと止まる。
 まるで主人に命令されたかのように固まる獣人たちを見て、ロジェは驚きのまま声の方向を振り返った。
 そこに立っていたのは、見惚れるほど美しい男だ。

 宝玉のような緑色の瞳、美しく均衡のとれた顔の造形。銀の髪は真っ直ぐに垂れ、背中辺りで揺れている。
 彼は華麗に剣を抜き去り、その切っ先を獣人へと突き付けた。その気配を感じた獣人が、低く唸る。

「……ルキウス・ウィンコット。何のつもりだ?」
「何のつもりだ、だと? お前たちがやっているのは、明らかな規律違反だ」
「は、これのどこか規律違反だよ? ただの手合わせだ。しかも誘ってきたのは、このヒト族だぞ!」
「その件は、俺の方でも把握している」

 ルキウスがちらりと、ロジェへ視線を寄越した。ロジェが肩を竦めてみせると、彼は眉山をついと引き上げる。
 ルキウスは表情が動きにくく、感情が読みにくいとされている。しかしロジェは彼の表情筋が動くのを見逃さない。
 ルキウスは今日も冷静で、そして少し呆れているようだ。

「ロジェ・ウォーレン。君が手合わせを申し込んだのは、獣人族第二班のロベルト一人だけだったな?」
「まぁ、そうだな」
「他にも相手にしたか?」
「ああ。……そこにいる外野の奴らと勝負したよ。『ロベルトと手合わせしたかったら、まず俺らを倒せ』って煩くってな」
「……なるほど。見物している者が満身創痍なのはそのせいか」

 ルキウスがゆっくりと周りを見渡しながら、その場に居た獣人らに指を突きつける。ほとんどがロジェから返り討ちにされた者たちだ。
 「一人、二人」とルキウスは口に出して数え、その指は最後にロベルトへと戻ってくる。

「全部で八人。……『手合わせと称した複数人による私闘』と私は判断する。教官もこの場を見たら、同じ判断を下すだろう」

 獣人らがぐっと押し黙る。

 ロジェはその場に胡坐をかいて、この場の成り行きをのんびりと見守った。この流れだと、口を挟むよりは黙っていた方がいいだろう。
 銀の髪を揺らしながら、ルキウスは淡々と、しかし静かな怒りを籠めながら、獣人たちに苦言を呈している。
 真面目で優しい友の姿を見つめながら、ロジェは目尻を下げた。


 数ヶ月前から始まったこの多種族合同訓練は、魔族を中心とし、獣人族、魔獣族、妖精族などが参加する大規模なものだ。

 普段は何かと睨み合っている種族たちだが、この訓練には必ず参加する。
 各国は選りすぐりの若人を送り込み、切磋琢磨させながら他種族の特性を測るのだ。戦になった時に必要な情報を得られる機会でもあった。

 そこにロジェのようなヒト族が参加するのは異例の事だ。
 ヒト族は他の種族とは違い、力も弱く魔力もない。合同訓練に参加すれば、もみくちゃにされて悪くすれば命も無いだろう。
 しかしロジェはそれを承知でこの訓練へ参加した。参加理由は単純明快で、ひとえに強くなりたかったからだ。


「_____ ン……? ウォー……ン? おい、大丈夫か、この馬鹿!」
「……あ……」

 労わりとも罵倒ともつかない言葉を浴びせられ、ロジェは呆けていた意識を引き戻した。
 目の前には文句の付け所が無いほどの男前(ルキウス)が、眉根を寄せてこちらを見据えている。
 ロジェはぼさぼさになった栗毛を掻き回して、苦笑いを零した。

「あー……ごめん。一瞬トんでたわ……って、あれ? 獣人たち、もうどっか行ったのか?」

 周りを見渡せば、取り囲んでいた獣人も、手合わせをしていたロベルトすらいない。
 よっぽどぼーっとしていたのだろう。彼らが立ち去った事にまったく気が付かなかった。
 ルキウスが目の前にしゃがみ込み、溜息を吐く。

「次はないと念を押して、帰らせた。……ウォーレン、あちこち傷だらけだ。まったく、君はいつも無謀が過ぎる……。ほら、こっち向け」

 ロジェの顔面についた汚れや血を、ルキウスは躊躇なく袖で拭う。

「……ッ痛ぅ、いて、いてて……。こら、袖で拭うな。お前の服が汚れんだろ?」

 ルキウスは生真面目で潔癖そうな性格なのに、意外にもハンカチを持ち歩いていない。
 『魔王族の皇子』という華麗な身分と美しい外見を持っているが、性格は存外粗雑なのだ。
 この意外性が、この男の面白いところの一つでもある。

 冷静な外面に反して、意外と熱い思考を持っているのだ。冷たい仮面を突っつくと、ほろりと違う面が顔を出す。

 ロジェはルキウスの面白いところを掘り当てては、この男へ好感を深めていた。
 無愛想に感じるところも多いが、本当はとても良い奴なのだ。
感想 47

あなたにおすすめの小説

毒を孕んだ身代わりオメガ〜復讐の代償は皇帝の寵愛だった〜

ひなた翠
BL
「兄様の代わりに愛されるのなら、それでいい」 最愛の妻セレンを亡くし、再び暴君へと変貌した皇帝ヴァレン。その荒んだ心を鎮めるため、家臣団が下した残酷な決断――それは、亡き妻と生き写しの弟・リアンを「身代わり」として差し出すことだった。 生まれつき弱視なオメガのリアンは、幼い頃から密かにヴァレンに恋心を抱いていた。兄の香水を纏い、兄の振る舞いを装い、冷徹な皇帝の褥へと向かうリアン。正体が露見すれば死。嘘を重ねるたびに心は千切れるが、その激しい抱擁に、リアンは歪んだ悦びを見出していく。 だが、夜明けとともにヴァレンが放ったのは、氷のように冷たい一言だった。 「お前……誰だ」 身代わりから始まる、狂おしくも切ない執着愛の幕が上がる。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

番になって十年、今さら君の好きが欲しい

ふき
BL
高校生にして番になって十年。 朝比奈翠は、一條要の愛情を疑ったことなどなかった。瞳も、触れ方も、独占欲も、全部が自分に向いていると知っていたからだ。 けれどある日、要から一度も「好き」と言われたことがないと気づいてしまう。 愛されている。求められている。それは分かっている。 それでも、たった一言が欲しかった。 今さらそんな言葉を欲しがるなんて、ワガママかもしれない。 一度知ってしまった足りなさは、もう無かったことにはできなくて――。 ※独自オメガバース要素あり

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 様々な形での応援ありがとうございます!

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta
BL
【フェロモン過多の記憶喪失アルファ×自己肯定感低め深窓の令息オメガ】 オスカー・ブラントは皇太子との縁談が立ち消えになり別の相手――帝国陸軍近衛騎兵隊長ヘルムート・クラッセン侯爵へ嫁ぐことになる。 以前一度助けてもらった彼にオスカーは好感を持っており、新婚生活に期待を抱く。 しかし結婚早々夫から「つがいにはならない」と宣言されてしまった。 予想外の冷遇に落ち込むオスカーだったが、ある日夫が頭に怪我をして記憶喪失に。 すると今まで抑えられていたαのフェロモンが溢れ、夫に触れると「愛しい」という感情まで漏れ聞こえるように…。 彼の突然の変化に戸惑うが、徐々にヘルムートに惹かれて心を開いていくオスカー。しかし彼の記憶が戻ってまた冷たくされるのが怖くなる。   ある日寝ぼけた夫の口から知らぬ女性の名前が出る。彼には心に秘めた相手がいるのだと悟り、記憶喪失の彼から与えられていたのが偽りの愛だと悟る。 夫とすれ違う中、皇太子がオスカーに強引に復縁を迫ってきて…? 夫ヘルムートが隠している秘密とはなんなのか。傷ついたオスカーは皇太子と夫どちらを選ぶのか? ※以前ショートで書いた話を改変しオメガバースにして公募に出したものになります。(結末や設定は全然違います) ※3万8千字程度の短編です

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。