【本編完結】番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 一時間ほど仮眠をし、ロジェは文官室へと戻った。

 回復薬のお陰か、少しばかり身体は楽になっている。首をこきこき鳴らしながら机へついたところで、同僚たちの姿が少ない事に気付く。
 窓の外を見ると、もう夕陽の名残すら無くなっていた。恐らく同僚たちは夕飯をとりに出たのだろう。

 腹は減らないが、食べておかないと身体が持たない。今夜もルキウスに呼ばれるかもしれないのだ。
 ロジェは座ったばかりの椅子から立ち上がると、ゆったりとした足取りで文官室を出た。


 第一軍司令部には食堂が3つあり、各部門が食事を取るところは厳密には決まっていない。しかし誰もが職場から近い場所を選ぶため、自ずと集まる顔ぶれは決まってくる。

 ロジェもいつものように、近くの食堂へと向かっていた。棟から棟を繋ぐ回廊を通っていると、庭を挟んだ向かいの回廊から何やら緊張した雰囲気が漂ってくる。

 ちらりと視線を移すと、そこには側近を引き連れたルキウスがいた。
 ロジェはぱっと視線を戻し、何も見なかったふりを通す。向かいの回廊とは距離があるため、素通りしても咎められることはないだろう。

 見ればロジェと同じ回廊を通る者も、同様の行動をしている。皆して一心に前を見据え、鬼将軍に関わらないよう必死だ。
 しかし無情にも、向かいの回廊から声が掛かった。

「シン・アースター。待て」

 声を掛けたのは、ルキウスの執務室でも何度か見かけた側近の一人だ。いつもルキウスの一番近くにいるため、かなり信頼されている者なのだろう。
 短く刈り上げた青い髪、精悍な顔にはたくさんの傷痕が付いている。近寄りがたい容姿だが、雄々しい眉骨の下にある瞳は意外と穏やかだ。
 ルキウスよりも話が通じる男なのではないかと、ロジェは勝手に推測している。

「殿下がお呼びだ。こちらへ」
「……はーい、はい。行きますよぉ、行けばいいんでしょ……」

 あっちの回廊へ届かぬように、ロジェは口の中で不満を漏らす。せめてもの抵抗だが、ルキウスにはお見通しかもしれない。
 彼はロジェのこういう生意気で小癪な面を嫌い、ことごとく指摘してくるからだ。

(……昔はそうじゃなかったのにな……って、何考えてんだ、俺は……)

 ロジェは回廊から降りて小さな中庭を突っ切り、向かいの回廊へと向かう。そしてルキウスの前まで来ると、姿勢を正して少しだけ腰を折った。

 この屋敷では跪礼は省略することになっている。ロジェがここに来て唯一、ルキウスに拍手を送りたくなった規則だ。跪くことほど、非効率な事はない。
 ロジェが顔を上げると、ルキウスは小さく口を開いた。

「お前、仕事をしているのか?」
「……は?」
「文官としての仕事だ」
「……? はい、閣下。僕は第3科に所属しておりますが……何か不手際が?」
 
 ルキウスはロジェから視線を外さないままだが、相変わらずそこに感情はない。

 仕事をしているのか、と問われれば、ロジェは胸を張ってイエスと言える。この上なく真面目に仕事をしている自信があり、文官長もその働きを褒めてくれているからだ。
 これ以上やれと言われれば、夜の相手に指名するのを止めてもらうしか手はない。これ以上睡眠を削れば、身体がもたないからだ。

 ロジェはルキウスの言葉を待ったが、彼はしばらくの間黙り込んだ。何かを思案しているようにも見えるが、表情からはやはり読み取れない。

 ロジェが助けを求めるようにルキウスの側近へと視線を移すと、彼は穏やかな瞳をこちらに向けていた。こちらの反応も不可解だ。
  思わず首を傾けると、ルキウスがぽつりと漏らす。

「今夜から明日にかけて、俺は屋敷から離れる。戻るのは明後日だ」

 ルキウスは言い終えると、ロジェの返事を聞くこともなく踵を返した。長い脚をすいすい動かし、颯爽と向かいの棟へと消えていく。 
 残されたロジェは、傾けていた首を更に傾けた。すると残っていた側近が、くすりと低い笑い声を零す。

「ご心配なく。殿下はあなたが仕事をしていた事に、驚かれただけです」
「それは、どういう……」
「あなたに随分無理をさせている事は、しっかりと自覚しているのでしょうね」
「……?」
「では、失礼を」

 軽く頭を下げ、側近は去って行った。拍子抜けするほどの事の結末に、ロジェはぽかんと立ち尽くすしかない。
 ルキウスの言葉を反芻しても、やはり真意は汲めなかった。しかし分かったことは、今日と明日は呼び出されることがないという事だ。

「……っっいぃいいいっしゃ!!」

 その場で拳を握りしめ、ロジェは暫しの解放を喜んだ。夜にしっかり寝るなんて、いつぶりだろうか。
 先ほどとは一転、ロジェは軽いステップを踏みながら、元の回廊へと戻ったのである。
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