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ルキウスは腕を組んだままロジェを見下ろし、側近二人はその後ろで無表情のまま立っている。
威圧感を垂れ流した佇まいに、漁師たちは慌てて膝をついた。その姿を見て、ロジェは唖然とする。
せっかくルキウスへの印象が和らいだはずだったのに、生の彼が垂れ流す圧が強烈過ぎた。せめて民衆の前では穏やかで居て欲しいものだ。
しかし当のルキウスは漁師たちには一瞥もくれず、不機嫌そうに口を開く。
「おい、馬鹿猫。お前には首輪がいるな」
「……え? 猫? どこです?」
ロジェはきょろきょろと視線を彷徨わせ、その『猫』を探した。
漁場には猫が住みつきやすいので、この辺りに潜んでいるのかもしれない。
ルキウスが首輪を付けたいほどの猫だとしたら、きっと可愛らしいのだろう。猫好きのロジェは、その姿をわくわくとした気持ちで追い求める。
しかしいくら探しても、近くに猫はいない。そうこうしているうちに、ルキウスから首根っこを掴まれた。
「昼飯は食ったのか?」
「お探しの猫がですか? すみません、存じませんが……」
「……チッ、躾が必要だな」
首根っこを掴まれ、ロジェはずるずると物のように引き摺られた。
必死に足を動かすと、今度は爪先が宙に浮くほどに高く引き上げられる。結果的に子猫のように運搬されながら、ロジェはルキウスの顔を見上げた。
眉根には深い皺、堅く閉じられた唇。
どうやらご機嫌ななめのようだ。いつのまにかロジェは、ルキウスの地雷を踏み抜いたらしい。
「……まだ視察の時間じゃないですよね?」
「……」
「閣下? 唇ひっついてます?」
「黙れ」
黙れと言われれば、黙るしかない。造船所の脇にある休憩所まで移動させられ、ロジェはやっと降ろしてもらえた。
乱れた衣服を正していると、ザザドがロジェへと包み紙を差し出してくる。首を捻りつつ包みを開けば、大ぶりのサンドイッチが顔を出した。
鮮やかな野菜がパンを彩り、ベーコンのスパイシーな香りがふわりと上る。ロジェは顔を輝かせ、ザザドへと視線を戻した。
「これ、食べていいんですか⁉」
「やはり昼食はまだでしたか……。待っていますので、ゆっくり食べて下さい」
「分かりました! ありがとうございます!」
アンリールの実家で作られたものなのか、サンドイッチに使われているパンは貴族が好みそうな柔らかな生地だった。
ロジェは立ったまま口を大きく開け、大きなサンドイッチに挑む。
下の歯をサンドイッチの下のパンに当て、あごを僅かに上げる。少しだけパンがひしゃげたところを上あごで挟み込み、大きく食いついた。
野菜の食感が心地よく、つい頬が緩む。次いでやってきたのは、辛味の利いたソースだ。
「う、ま」
咀嚼しながら言葉を漏らし、二口三口と立て続けに齧る。ロジェは頬をぱんぱんにしながら、空いている手を鞄へと突っ込む。
そこから取り出したのは手帳で、視察の行程がびっしりと書き込まれている。咀嚼しながら頭を整理していると、ルキウスから声が掛かった。
「お前は、何という飯の食い方をする」
「……む?」
いつから見ていたのだろうか。ルキウスはロジェを見下ろすようにして、こちらを凝視している。
文官の食事風景など見ていても楽しいものではないだろう。現に彼は更に不機嫌な様子になり、への字に曲がった唇からは今にも怒号が飛び出しそうだ。
驚いたことにザザドとルトルクも、ロジェをじっと見つめていた。その目には驚愕とも憐みとも取れないものが浮かんでいる。
「……まさに、社畜といった感じですね」
「あじ、してる?」
「……んん、ん!」
ロジェがこくこくと首を縦に振るも、ルキウスは怪訝な顔のままだ。
ここ数年、ロジェはゆっくりと食事を楽しむことなど無かった。
食事は美味しいと感じているが、どうしても途中で思考が切り替わってしまう。食事をしている間すら惜しく、何かをしていなければ気が休まらないのだ。
同僚からも指摘を受けていたが、なかなか治せない悪癖だった。
欠片になってしまったサンドイッチを口に放り込み、数回噛むと飲み下す。包みをくしゃりと手の中で潰し、ロジェは大きく頷いた。
「さぁ、視察に行きましょう。前倒ししても問題ない時間帯です」
「……」
ルキウスの冷たい視線が突き刺さる。
気付かないふりをして歩みを進めれば、ロジェの頭の中はもう既に、視察の事に切り替わっていた。
威圧感を垂れ流した佇まいに、漁師たちは慌てて膝をついた。その姿を見て、ロジェは唖然とする。
せっかくルキウスへの印象が和らいだはずだったのに、生の彼が垂れ流す圧が強烈過ぎた。せめて民衆の前では穏やかで居て欲しいものだ。
しかし当のルキウスは漁師たちには一瞥もくれず、不機嫌そうに口を開く。
「おい、馬鹿猫。お前には首輪がいるな」
「……え? 猫? どこです?」
ロジェはきょろきょろと視線を彷徨わせ、その『猫』を探した。
漁場には猫が住みつきやすいので、この辺りに潜んでいるのかもしれない。
ルキウスが首輪を付けたいほどの猫だとしたら、きっと可愛らしいのだろう。猫好きのロジェは、その姿をわくわくとした気持ちで追い求める。
しかしいくら探しても、近くに猫はいない。そうこうしているうちに、ルキウスから首根っこを掴まれた。
「昼飯は食ったのか?」
「お探しの猫がですか? すみません、存じませんが……」
「……チッ、躾が必要だな」
首根っこを掴まれ、ロジェはずるずると物のように引き摺られた。
必死に足を動かすと、今度は爪先が宙に浮くほどに高く引き上げられる。結果的に子猫のように運搬されながら、ロジェはルキウスの顔を見上げた。
眉根には深い皺、堅く閉じられた唇。
どうやらご機嫌ななめのようだ。いつのまにかロジェは、ルキウスの地雷を踏み抜いたらしい。
「……まだ視察の時間じゃないですよね?」
「……」
「閣下? 唇ひっついてます?」
「黙れ」
黙れと言われれば、黙るしかない。造船所の脇にある休憩所まで移動させられ、ロジェはやっと降ろしてもらえた。
乱れた衣服を正していると、ザザドがロジェへと包み紙を差し出してくる。首を捻りつつ包みを開けば、大ぶりのサンドイッチが顔を出した。
鮮やかな野菜がパンを彩り、ベーコンのスパイシーな香りがふわりと上る。ロジェは顔を輝かせ、ザザドへと視線を戻した。
「これ、食べていいんですか⁉」
「やはり昼食はまだでしたか……。待っていますので、ゆっくり食べて下さい」
「分かりました! ありがとうございます!」
アンリールの実家で作られたものなのか、サンドイッチに使われているパンは貴族が好みそうな柔らかな生地だった。
ロジェは立ったまま口を大きく開け、大きなサンドイッチに挑む。
下の歯をサンドイッチの下のパンに当て、あごを僅かに上げる。少しだけパンがひしゃげたところを上あごで挟み込み、大きく食いついた。
野菜の食感が心地よく、つい頬が緩む。次いでやってきたのは、辛味の利いたソースだ。
「う、ま」
咀嚼しながら言葉を漏らし、二口三口と立て続けに齧る。ロジェは頬をぱんぱんにしながら、空いている手を鞄へと突っ込む。
そこから取り出したのは手帳で、視察の行程がびっしりと書き込まれている。咀嚼しながら頭を整理していると、ルキウスから声が掛かった。
「お前は、何という飯の食い方をする」
「……む?」
いつから見ていたのだろうか。ルキウスはロジェを見下ろすようにして、こちらを凝視している。
文官の食事風景など見ていても楽しいものではないだろう。現に彼は更に不機嫌な様子になり、への字に曲がった唇からは今にも怒号が飛び出しそうだ。
驚いたことにザザドとルトルクも、ロジェをじっと見つめていた。その目には驚愕とも憐みとも取れないものが浮かんでいる。
「……まさに、社畜といった感じですね」
「あじ、してる?」
「……んん、ん!」
ロジェがこくこくと首を縦に振るも、ルキウスは怪訝な顔のままだ。
ここ数年、ロジェはゆっくりと食事を楽しむことなど無かった。
食事は美味しいと感じているが、どうしても途中で思考が切り替わってしまう。食事をしている間すら惜しく、何かをしていなければ気が休まらないのだ。
同僚からも指摘を受けていたが、なかなか治せない悪癖だった。
欠片になってしまったサンドイッチを口に放り込み、数回噛むと飲み下す。包みをくしゃりと手の中で潰し、ロジェは大きく頷いた。
「さぁ、視察に行きましょう。前倒ししても問題ない時間帯です」
「……」
ルキウスの冷たい視線が突き刺さる。
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