番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 目の前で眠る男を、ルキウスは複雑な思いで見下ろした。心に湧く感情は本当に『複雑』の一言で、どう表して良いか分からない。
 これまで味わったことのないような、反して酷く懐かしいような、そんな感情だ。

(……医師には診せた。過労だと聞いた。……死ぬ病ではないと聞いている。……それなのに、なぜ……こんなに心が落ち着かない?)

 シンが倒れたその日、ルキウスは直ちに半魔の医師を呼び寄せた。
 過労と栄養失調、そして薬の過剰摂取により、魔力の流れが正常に行われていないとの診断だった。

 過労に対しては、ルキウスも原因の一つだ。その自覚は十分にある。
 しかしその事に関して、ルキウスには一欠けらの罪悪感も持ち合わせていなかった。
 そう、シンが倒れるまでは。

 今までの夜伽役はルキウスが手荒く抱くと、すぐに音を上げた。気を失うまで耐えた者は稀で、大抵は途中で許しを乞い、清掃班に回収させる事が常だったのだ。

 執務室のある階層には、そんな彼らを休ませる部屋がある。そこに入った者たちは手厚い介護を受け、翌日は昼過ぎまで眠っていることが多い。
 だからこそ、抱いた翌日に当たり前のように働いているシンを見て、ルキウスは心底驚いたのだ。

(……こいつは、どこかおかしい。……一体何の目的があって、自分を犠牲にしてまで受け入れる必要がある?)

 文官として報告に訪れたところを、ルキウスによって理不尽に抱かれた。出向元に訴えれば、即日帰れるほどの所業である。
 それでなくても、次の日に休暇を貰うことぐらい出来たはずだ。しかしシンはそうしなかった。
 しかも翌日もその次の日も、シンはルキウスの呼び出しに応じている。そこまでする理由がまったく見えてこない。

 まさかそこまでするとは。
 こんなことになるとは思ってなかった。
 そんな言い訳がましい言葉を吐きそうになり、ルキウスはぐっと唇を噛み締める。

 涙しながらルキウスを受け入れるシンは、たまに切なそうな表情を見せることがあった。
 しかしルキウスは、その情が籠もったような表情が気に入らず、苛立ちをぶつけるように抱き潰していた。
 
 しかし今になってその表情が、恋しくて仕方がない。
 あの表情になんの意味があったのか、知りたくて堪らなかった。

(……お前は、何者なんだ。……シン・アースター……)


「____ 殿下、遅くなりました。これを」
「……手に入ったか」

 ザザドから書類を受け取り、ルキウスは食い入るように文字へと目を走らせる。数日前から依頼していた、シン・アースターの身辺調査書だ。
 斜め後ろで控えているザザドは、補足するために口を開く。

「孤児だったアースターさんは、10歳の時にアカツキ家の家令に引き取られています」
「アカツキ家の家令には息子がいただろう。どうして引き取った?」
「シンが捨て置けないほど秀でていたから、と聞いています。アカツキ公爵からの後押しもあり、アースター家の末っ子となりました」

 アカツキ家は慈善事業に重きを置いている一族だ。半魔の孤児たちのために屋敷の近くに施設を建て、私財を投じて活動をしていると聞く。
 その施設にいたシンが、アカツキ公爵の目に留まったのだという。
 孤児から名のある家令の息子になったのだ。幸運だと言えるだろう。しかしルキウスは、彼の無茶な生き方が気になっていた。

「……環境はまともなのか? どうやったらあんな育ち方をする? 何かを強制的にさせられていたという過去は?」
「さぁ、そこまでは調べがつきませんでしたが……アカツキ家はシンを随分大事にしているようですよ」

 ザザドからもう一枚書類が差し出される。それは通信履歴だった。
 この世界の連絡手段は、通信士の通信魔法によって行われる。文書も魔法によって交わされるが、第一軍司令部では必ず履歴を残すことになっていた。
 シンを宛先にした履歴には、ずらっと同じような差出人が並んでいる。 

「シンへの手紙の履歴です。殆どがアカツキ家からのものですね」
「すごい量だな」
「シンからの返信はそう多くはありません。返事が届かずとも一方的に送って来るといった感じでしょうか。……内容は、主にシンの身体を気遣うものでした」
「見たのか?」
「ええ。アースターさんが用箋挟に挟んで、職場のデスクの上に置いていましたから」
「不用心な……」
「いつでも読み返せるようにしていたのかもしれません」

 机に向かうシンの姿が、ルキウスの頭に思い浮かぶ。見たことなどないはずなのに、容易に想像できた。
 激務の最中に家族からの手紙を読んでは、頬を緩ませていたのかもしれない。

 ルキウスは手元の書類を無意識に睨みつけた。資料にあるシンは、ルキウスの知らないシンだ。
 ルキウスのいないところで生き、そして違う誰かに笑顔を向けていた。これまでの人生で、彼はどれだけのものを他人に与えてきたのだろう。

 あの自らを顧みない献身を、アカツキ公爵にも向けていたのかもしれない。そう思うと、腸がふつふつと煮え出しそうだった。
 
「……あの猫は、俺のものだ」
「……殿下……」

 ザザドが驚いたように目を見開く。そして何かを噛み締めるようにして、ルキウスへと一歩踏み出した。 
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