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クラディルが溜息を吐き、ロジェを見据える。
「シン。何年の付き合いだと思ってるんだ? ……随分痩せたよな? お前のことだから、また無理をしているんじゃないか?」
「うるさいな、何もないって言って……」
ルキウスから更に強く抱きしめられ、ロジェは言葉を止める。
仰ぎ見ると、ルキウスは先ほどとは違って無表情になっていた。その目線はまっすぐクラディルを見据えている。
「……こいつはもう、アカツキには戻らん」
「ルキウス殿下、それは聞き捨てなりません。一体、どういう……」
「アカツキ公爵には、明日にでも通達を届けよう。……シン・アースターを第一司令部へ異動させ、俺の専属秘書官に任命する」
「……っ!」
ロジェが口を開こうとすると、ルキウスは腕の力を緩め、ロジェを置いたまま踵を返した。
立ち去っていくルキウスを皆が唖然として見送ったが、ロジェはその背を追いかける。
足が長い彼は、あっという間に広間の奥へと消えていく。扉を抜けて廊下まで出た所で、ロジェはやっとルキウスに追いついた。
「閣下! 申し訳ありません、あいつは……」
「あいつ⁉ アカツキの息子と、随分と仲が良さそうだったな?」
振り向くなり放たれた言葉には、凄まじい苛立ちが感じられた。白銀の髪が激情と共に揺れ、こちらを睨みつける目は容赦なく鋭い。
だけどどうしてか、ロジェは怖いとは思わなかった。ルキウスの感情は『怒り』しか残されていないらしいが、その怒りにも色んな種類がある。
ルキウスの心情を図るには、彼の怒りにまっすぐ向き合わなければならない。ここ数日、彼の秘書として過ごして気付いた事だ。
「アースター家はアカツキに仕えて長く、今では主従関係を越えて家族のようなお付き合いをしています。クラディルとは……その、幼なじみみたいなもので……」
肝心なところで言い淀んでしまうのは、ルキウスに嘘をつくのが辛いからだ。
クラディルとは長い付き合いだが、幼なじみではない。しかし真実を伝える訳にもいかなかった。
はっきりしないロジェを見てか、ルキウスは更に顔を怒りに歪ませた。ロジェへと一歩近づき、胸に指を突きつける。
「いいか、良く聞け! お前はアカツキ領の者だが、今は俺のものだ!」
「……っえ……」
「お前が今までどうやって生きて来たかは知らんが、これからは俺の為に生きてもらう!」
「……っ」
ロジェは咄嗟に胸を押さえて、溢れ出そうになる感情を何とか押さえる。しかしルキウスはそんなロジェに気付かないまま、語気をさらに荒げた。
「何を黙っている! これは命令だ、分かったか!」
「……っ、か……閣下……」
「馬鹿猫が! 閣下と言うなと何度言ったら分かる⁉ この……っ……? ……お前、なんて顔してるんだ……」
「え?」
自身の頬に触れて、ロジェは初めて自分が笑っている事に気が付いた。むにむにと頬を揉んでみるが、口角がどうしても上がってしまう。
だって、すごく嬉しかったのだ。
『俺の為に生きてもらう』など、夢にまで見た言葉だ。
笑みを作り出してしまう唇を手で覆うと、顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。漏れ出しそうな笑い声も必死で抑え込む。
そんな様子のロジェを、ルキウスは黙って見つめていた。いつのまにか彼から怒りは消え失せ、毒気の抜かれた顔で、ただロジェだけを見ている。
そして少しの間の後、彼は穏やかに踵を返した。
「……少し、頭を冷やす。ついてくるな」
「はい……」
離れて行く背中を見つめていると、幾分か冷静になってくる。そして新たに湧き上がってきたのは後悔だ。
結果としてルキウスは怒りを収めてくれたが、ロジェの浮ついた態度はきっと不快に感じただろう。
口を覆っていた手を降ろして、ロジェは肺の中の空気を溜息と共に押し出す。
(……まさかクラディルがいるとは……)
16年前、ロジェはマグウェルに拾われ、アカツキ家で療養することとなった。
始めはただの患者として扱われていて、ロジェも身体が治ったらアカツキを離れるつもりでいたのだ。
しかしあれよあれよと言う間に、ロジェの抱えている問題が浮き彫りになり、領地に留め置かれることとなった。
「シン」
「……クラディル……」
振り向けば、そこにはクラディルとその妻であるオーガスタが立っていた。クラディルはロジェの姿を上から下まで眺め、小さく溜息を吐く。
「シン、その服……とても似合ってるよ。あいつから貰ったんだろう? だけど……俺の言いたいことは分かっているよな? そもそも俺は、シンが王都に行くのは反対だったんだ。父上がお許しになったとはいえ、今でも気持ちは変わらない。……マグウェル様も心配し通しだよ。もちろんルーナさんも」
「……分かってる」
(……ここでルーナさんの名前を出すの……ずるいだろ……)
ルーナはマグウェルの助手をしているヒト族で、彼女には子供がいる。魔族との間に出来た子だ。
ルーナは貧しい村に生まれたが、慎ましくも穏やかな生活を送っていた。その生活を打ち壊したのは『貧しいヒト族を庇護する』という名目で現れた魔族だったのだ。
「シン。何年の付き合いだと思ってるんだ? ……随分痩せたよな? お前のことだから、また無理をしているんじゃないか?」
「うるさいな、何もないって言って……」
ルキウスから更に強く抱きしめられ、ロジェは言葉を止める。
仰ぎ見ると、ルキウスは先ほどとは違って無表情になっていた。その目線はまっすぐクラディルを見据えている。
「……こいつはもう、アカツキには戻らん」
「ルキウス殿下、それは聞き捨てなりません。一体、どういう……」
「アカツキ公爵には、明日にでも通達を届けよう。……シン・アースターを第一司令部へ異動させ、俺の専属秘書官に任命する」
「……っ!」
ロジェが口を開こうとすると、ルキウスは腕の力を緩め、ロジェを置いたまま踵を返した。
立ち去っていくルキウスを皆が唖然として見送ったが、ロジェはその背を追いかける。
足が長い彼は、あっという間に広間の奥へと消えていく。扉を抜けて廊下まで出た所で、ロジェはやっとルキウスに追いついた。
「閣下! 申し訳ありません、あいつは……」
「あいつ⁉ アカツキの息子と、随分と仲が良さそうだったな?」
振り向くなり放たれた言葉には、凄まじい苛立ちが感じられた。白銀の髪が激情と共に揺れ、こちらを睨みつける目は容赦なく鋭い。
だけどどうしてか、ロジェは怖いとは思わなかった。ルキウスの感情は『怒り』しか残されていないらしいが、その怒りにも色んな種類がある。
ルキウスの心情を図るには、彼の怒りにまっすぐ向き合わなければならない。ここ数日、彼の秘書として過ごして気付いた事だ。
「アースター家はアカツキに仕えて長く、今では主従関係を越えて家族のようなお付き合いをしています。クラディルとは……その、幼なじみみたいなもので……」
肝心なところで言い淀んでしまうのは、ルキウスに嘘をつくのが辛いからだ。
クラディルとは長い付き合いだが、幼なじみではない。しかし真実を伝える訳にもいかなかった。
はっきりしないロジェを見てか、ルキウスは更に顔を怒りに歪ませた。ロジェへと一歩近づき、胸に指を突きつける。
「いいか、良く聞け! お前はアカツキ領の者だが、今は俺のものだ!」
「……っえ……」
「お前が今までどうやって生きて来たかは知らんが、これからは俺の為に生きてもらう!」
「……っ」
ロジェは咄嗟に胸を押さえて、溢れ出そうになる感情を何とか押さえる。しかしルキウスはそんなロジェに気付かないまま、語気をさらに荒げた。
「何を黙っている! これは命令だ、分かったか!」
「……っ、か……閣下……」
「馬鹿猫が! 閣下と言うなと何度言ったら分かる⁉ この……っ……? ……お前、なんて顔してるんだ……」
「え?」
自身の頬に触れて、ロジェは初めて自分が笑っている事に気が付いた。むにむにと頬を揉んでみるが、口角がどうしても上がってしまう。
だって、すごく嬉しかったのだ。
『俺の為に生きてもらう』など、夢にまで見た言葉だ。
笑みを作り出してしまう唇を手で覆うと、顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。漏れ出しそうな笑い声も必死で抑え込む。
そんな様子のロジェを、ルキウスは黙って見つめていた。いつのまにか彼から怒りは消え失せ、毒気の抜かれた顔で、ただロジェだけを見ている。
そして少しの間の後、彼は穏やかに踵を返した。
「……少し、頭を冷やす。ついてくるな」
「はい……」
離れて行く背中を見つめていると、幾分か冷静になってくる。そして新たに湧き上がってきたのは後悔だ。
結果としてルキウスは怒りを収めてくれたが、ロジェの浮ついた態度はきっと不快に感じただろう。
口を覆っていた手を降ろして、ロジェは肺の中の空気を溜息と共に押し出す。
(……まさかクラディルがいるとは……)
16年前、ロジェはマグウェルに拾われ、アカツキ家で療養することとなった。
始めはただの患者として扱われていて、ロジェも身体が治ったらアカツキを離れるつもりでいたのだ。
しかしあれよあれよと言う間に、ロジェの抱えている問題が浮き彫りになり、領地に留め置かれることとなった。
「シン」
「……クラディル……」
振り向けば、そこにはクラディルとその妻であるオーガスタが立っていた。クラディルはロジェの姿を上から下まで眺め、小さく溜息を吐く。
「シン、その服……とても似合ってるよ。あいつから貰ったんだろう? だけど……俺の言いたいことは分かっているよな? そもそも俺は、シンが王都に行くのは反対だったんだ。父上がお許しになったとはいえ、今でも気持ちは変わらない。……マグウェル様も心配し通しだよ。もちろんルーナさんも」
「……分かってる」
(……ここでルーナさんの名前を出すの……ずるいだろ……)
ルーナはマグウェルの助手をしているヒト族で、彼女には子供がいる。魔族との間に出来た子だ。
ルーナは貧しい村に生まれたが、慎ましくも穏やかな生活を送っていた。その生活を打ち壊したのは『貧しいヒト族を庇護する』という名目で現れた魔族だったのだ。
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