番に忘れられたけど、推しとして支える事にした ~16年越しの巣作りを~

墨尽(ぼくじん)

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 ロジェは書類に目を落として、耳はしっかり彼らへと向ける。

「さぁロジェ。兄さまとお話しなさい。当時と同じ感じで良いのよ? 遠慮なんてしないで」
「しかし……」
「大丈夫だ。当時の話を聞きたい」

 ルキウスが言うと、ダンの息を詰める声が聞こえてきた。
 ロジェがちらりと目線を上げると、ダンは感極まったような表情を浮かべ、ルキウスを熱く見つめている。

「……っもう、もう会えないかと思っていたよ。記憶を失ったって聞いて、僕……」
「……ロジェ・ウォーレン。すまない、君の事も思い出せないんだ」

 ルキウスが言うと、ダンは眉を下げて微笑んだ。眦には涙が溜まっており、今でも溢れ出しそうだ。とても演技とは思えない様子に、ロジェも息を吞む。

「いいんだ。……ねぇ、ルキウス、ロジェと呼んで? 前はそう呼んでくれたろう」
「……俺は君を、ロジェと? そして君は、俺をルキウスと?」
「うん、そうだよ。さぁ、ロジェと呼んでくれるかい?」

 ダンの甘い雰囲気に、ロジェは唖然とする。
 がばっと音がするほど俯いて、ロジェは心の中で叫び声を上げた。

(……っくそっ! 止めろ……! そんな言葉、俺は一度も言ったことないんだぞ……)

 ルキウスとの付き合いにおいて、ロジェは常に奥手だった。『好き』の一言も言えずじまいで、ダンのような甘い雰囲気を纏う事も無かったのだ。
 偽物ではあるが、ロジェの印象を違った形でルキウスに伝えて欲しくない。

 ちらりと視線を上げると、ルキウスは真剣な表情でダンを見つめ続けていた。対するダンは大人の色気に溢れていて、ルキウスに熱い視線を注いでいる。

(……良く見ると……いや、良く見なくても……ダンって美形だな……)

 先ほどは気が付かなかったが、ダンが醸し出す雰囲気はどこか蠱惑的だ。
 端正に整った顔であるのに、唇の色は紅を差したような赤色をしている。そのアンバランスさが、目を惹きつけてしまう。

 ルキウスと並んで座ると、ダンの熱の籠った視線も相まって、お似合いの恋人同士に見える。

「ロジェ」

 ルキウスがダンを呼ぶ。
 耳を塞ぎたくなるのを、ロジェは必死に堪えた。

 ルキウスに『ロジェ』と呼んでもらえたのは、たった一度だけだ。あの日、身体を繋げたあの時の一度だけ。
 それまでロジェとルキウスは、ウォーレンとウィンコットだった。
 それでも良かった。名前で呼び合うような仲になっていなくても、幸せだったのだ。
 
 その幸せだった記憶を、今まさに汚されそうになっている。

「ルキウス」

 ダンが幸せそうにルキウスを呼ぶ。

 まるで深い深い谷間に、突き落とされたような気分だった。 

+++++



『ロジェ・ウォーレン様ですね?』

 雨が降りしきる中で、声を掛けられたのを覚えている。
 
 狩り小屋からルキウスが消え、ロジェは外套だけを身に着けて外へ出た。そこに男が待ち構えていたのだ。
 最初に襲撃してきた男と同じく仮面を付け、髪もターバンで隠している。明らかに襲撃者の一味だが、彼はロジェに向かって手を伸ばした。

『俺はルキウス殿下の部下です。あなたを迎えに来ました』

 男は胸元からペンダントを引き出し、ロジェの前へと垂らした。そこにあった紋章は、確かにルキウスが身に着けている服に刺繍されているものだ。

『あのお方がお待ちです。行きましょう』
『行きましょうって、どこへ?』

 掴まれそうになった手を振り払って、ロジェは狩り小屋を背にした。
 武器は小屋の中に置いてきてしまった。無防備に出てきた自分を呪うも、今はそれどころではない。

 ルキウスには会いたい。しかしこの男が信用できるのかは分からない。
 遠くからはまだ、魔獣の叫び声のようなものが聞こえる。何かが起きているこの状況で、知らない男に身を預けるわけにはいかない。

 じり、と踵を動かすと、男も身構えるように腰を落とした。

『あなたは、あの方に選ばれた。……怪我をさせたくない。大人しくついて来なさい』
『……あの方って、誰だ?』

 最初の襲撃者も口にしていた『あの方』という言葉。その言葉はルキウスを指してはいない。
 あの方の為にロジェを人質にして、彼らはルキウスを手に入れようとしている。その人物は一体誰なのか、ルキウスの為に知らなければならない気がした。
 その為には、この男から何としても逃れなければならない。手の内に落ちることだけは避けなければならなかった。
 
 しかしロジェは完全に退路を絶たれていた。この狩り小屋の先に道はなく、崖になっているのだ。
 裸足の指に、泥になった土が纏わりつく。
 どうにか逃げ切れるだろうか。そう思った時だった。

 けたたましい咆哮と共に、男の後方に火柱が上がった。その中から現れたのは、聳え立つ木々よりも大きな体躯を持つ、火龍だった。
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