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第4章
56 猛獣
しおりを挟むアシュリーとレティシアの関係性を確認したサオリは、魔力の源と捻れの治療について一通りレティシアに説明をした。
「今まで、殿下の魔力量を扱える治癒師がいなかったんですね」
王国に入国したアシュリーが魔力を纏った瞬間の雄々しい姿を、レティシアは思い浮かべる。
側にいるレティシアまで、熱を帯びたように昂ぶった。
目に見えないモノを凡人のレティシアが肌で感じるとは…彼は、身体の奥底にどれ程の力を蓄えているのだろう。
「えぇ。それに、魔力の源に干渉するには身体に触れる必要があるの。中でも、髪が最も効果的。私の“癒しの力”は大公の魔力と親和性が高くて治療に最適だったけれど、女性だから触れることができなかった」
「…条件が上手く当てはまらない…」
「女性が無理ならと、男性の上級治癒師に聖気を付与して、治療を試みて貰ったこともあったの。でも、何度も失敗して全滅。
大公本人は勿論、アヴェル前国王陛下も完治を望んでいたし…それまで順調に回復する様子を見ていた周りは期待していたと思う。私も…治してあげたかった」
治療の結果がよくなくても、誰も聖女を責めたりはしない。手を尽くしたところで駄目なことはある…そう分かっていても諦められずに、サオリは多くの治癒師に手を借りた。
少年のアシュリーが『もう十分に助けていただいた』と、笑顔で話す姿は…今でも鮮明に覚えている。
サオリの黒い瞳にジワリと涙が滲み出す。
「ご自分のできることを、全てなさったんですね」
レティシアは、サオリの少し丸めた背中を覆うように…優しく抱き締めた。
アシュリーを回復させる術を持っているのは自分しかいない…そんな状況の中で、サオリがどんな気持ちで治療に挑んでいたのか。苦悩しながら励む姿が目に浮かぶ。
サオリと協力してアシュリーを救えるのだとしたら…彼女の今までの努力も報われるだろうか?
レティシアは、ふとそんなことを考えた。
♢
「殿下に触れることはできますが、私は治癒師ではないし、魔力もない…結局は条件を満たせませんよね」
「そうね。そこをクリアする方法があるのかを考えるわ」
不安気な様子のレティシアを前に、サオリは笑顔で答える。
アシュリーを治療するため、新たな手立てを探ろうと真摯に取り組む姿勢と強い心意気が…サオリの表情から見て取れた。
「ルリちゃん以外、今まで彼に触れることは誰もできなかったの。期間限定だって言うけれど、これは私たちに与えられた“奇跡の時間”だと思ってる。チャンスよ!」
「…奇跡…サオリさん、私も頑張ります!」
レティシアが両手を握って気合を入れたところで、部屋のドアがスーッと静かに開いた。
♢
「あなたっ!」
ノックもなくサオリの私室へと入ってきたのは、レース仕様のガウンを羽織った気怠げでふて腐れた様子のサハラ。
腰に巻いた布一枚の姿ではなかったが、胸元ははだけ…薄いガウン程度では色気は全く抑え切れていない。
レティシアはソファーからサッと立ち上がり、床に跪く。黙って頭を下げながら、サハラの人を寄せつけない重苦しく異様な雰囲気に圧倒される。
「サオリ、いつまで私を大公と置いておくつもりだ?」
サハラはそう言いながら、あっという間にサオリを抱き締めて…ガブッと食いつくように口付けた。
「…んっ…!」
レティシアの耳には、息苦しそうに喘ぐサオリの声と、甘く卑猥な水音が絶妙にミックスされて聞こえてくる。
見てはいけない、顔を上げては駄目だと呪文のように唱えながら、レティシアは身動きができずに床を無心で睨み続けた。
「……もっ……駄目!」
サオリがサハラの胸を押しやり、二人の唇が音を立てて離れる。
ここで思わず顔を上げたレティシアは、濡れた唇をペロリと赤い舌で舐め、口惜しそうに親指で唾液を拭う…頬を朱に染めて少し高揚した表情のサハラを、うっかり見てしまった。
途端にグラリと身体が傾いで、みっともなく床に尻餅をつく。胸はドキドキ、頭がクラクラして腰に力が入らない。
(こっ…腰が…え?)
サハラは性的な魅力に溢れ過ぎていて、目眩がする。美しくて猛々しい雄、欲望に忠実な獣。
これが“神獣”、いや猛獣サハラの日常だとするならば、クオンと住み分けていると話していたアシュリーの言葉の意味が、今になって正しく理解できた気がした。
「今、彼女と大事な話をしているのよ。もう少し待って!…ちょっと、あなたったら大公を一人にしてきたの?!」
そのままベッドへ直行しても何らおかしくない状態だったにも拘らず、サオリは流されない。
サハラはしれっとさり気なくサオリを抱き上げ“サハラ専用”と思われる、別のソファーへ腰掛ける。サオリを膝の上に乗せると愛しそうに眺め、首や肩にチュッチュと口付けを再開した。
サオリの身体を弄るサハラの真っ白な細い指先は、女性的で実に艶めかしい。
(もしかして、この状態が延々と続くの?)
死んだような目をしたレティシアは、いよいよこの場を立ち去る覚悟を決める。
「大公は一人じゃない、レイヴンがいるからな」
「レイヴン?…どうして彼が?…わざわざ呼んだの?」
「あぁ…その娘が、レイヴンの与えた加護を持つからだ。保護者みたいなものだろう?」
「あのレイヴンが加護ですって?!…ちょっ、ル…レティシア…ちゃん…ゴメンね!プライバシーは守るから“鑑定”させて」
「…鑑定?」
(…何ですかソレは…?)
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