前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
151 / 215
第10章

151 ジュリオン・トラス3

しおりを挟む


「では、妹のアリスをご紹介いたしますわね…大公」

「はい」


どちらかといえば“招かれざる客”であるジュリオン一行。
しかし、ルブラン王国国王からの書状を手に入国手続きをしているため、アルティア王国側はジュリオンを賓客として扱う。


「聖女様、妹君をお連れいたしました」


アシュリーに手を引かれ、広々として豪奢な貴賓室に登場したレティシアは、緊張の面持ちでジュリオンと再会をする。

“聖女の妹”として形式的な挨拶を交わし、お茶を飲みながらしばらく歓談したところで、ジュリオンが『レティシアと二人で話をしたい』と…サオリに申し出た。



    ♢



「…大公…ずっとそうしているつもりなの?」

「………えぇ」

「護衛がニ人、側についているわ」


アシュリーが鋭い目つきで睨んでいるのは、貴賓室から外へと繋がるように造られた、庭園を望むための開放的な屋根つきのテラス。

テラスには、木製の丸いテーブルと椅子のセットが等間隔にいくつか並んでいる。そのうちの一つにジュリオンとレティシアが座り、傍らにはカインとルークが控えていた。


「アリスは護衛たちと少し距離を取っているので、目が離せないのです。私のことはお気になさらず、どうぞ…女性同士で和やかな時間をお楽しみください」

「窓ガラスに張りついて何を言うの…これでは、私は大公の背中に話し掛けるしかなさそうね」

「聖女様のご自由でよろしいかと思います」

「…そんな拗ねた言い方はおよしなさい。
昼食の準備が整うまでの時間だけならと許したのよ、彼はアリスと話をするためにルブラン王国からやって来たのでしょう?」

「理解しております。私は、ここからアリスを見守るだけです」

「監視の間違いでは?」

「とんでもございません、あ…手を振ってくれました」

「…………」


サオリの呆れ切った真顔を真正面で見ていていいものかどうか…迷ったブリジットは、何となく目線を外す。


「…ブリジット嬢…大公が無愛想でごめんなさいね、ホホホ」

「い、いいえ…アリス様は、皆様から愛されてお幸せですね。…あの…聖女様、先程は本当にありがとうございました」

「あら“浄化”のことなら…あれは、アリスのためです。お礼など必要ありませんよ」


サオリがジュリオンを聖力で浄化すると、憑き物が落ちたかのように清々しい表情に変わっていた。

聖魔法を初めて目にして大慌てだったブリジットも、ジュリオンの心の憂いを祓い癒す行為であるとすぐに気付く。
聖女の尊い力を惜しげもなく使い、尚且つ…気を遣わせまいとするサオリの慈悲深い振る舞いに…ブリジットは涙を堪える。


「…聖女様…私は、穏やかな顔の彼を…久しぶりに見たのです。…素晴らしい魔法のお力に、感動いたしました」

「トラス卿はご家族を大変大切になさっていたというお話でしたね、お辛くて…酷く気に病まれたのでしょう…」


妹を溺愛していた兄から感じる…やり場のない強い想い。
転落事故によって現世のレティシアの魂と身体が滅びていたならば、ジュリオンは今ごろ狂気に染まっていたとサオリは思う。
闇落ちを防いだのは、大魔術師レイヴンの手柄だ。


「ブリジット嬢は、トラス卿がお好きですのね」

「…はい。トラス侯爵家とコールマン伯爵家は先代からのお付き合いがございまして、私たちは幼馴染みです。そのご縁で婚約をいたしました…」

「…幼馴染み…」


ブリジットは、17年間の記憶が抜けている今のレティシアと会うのが初めてだったのだろう、二人は初対面の挨拶を交わしていた。

『お初にお目にかかります』

そう言ったレティシアに対して、一瞬固まったブリジットの様子を目にしていたサオリは、幼いころから共に過ごし成長してきた時間を忘れ去られ…衝撃を受けたせいだったのかと慮る。


「アリス様は、大人っぽく魅力的な女性でいらっしゃいますね。私より年下には見えませんわ。
身体つきや表情、話し方…全てが以前とは変わられて…その…魂が異世界のお方であると聞いてはおりましたけれど、とても…驚きました」

「魂と身体の同化がかなり進んできている段階なのです、前とは別人に見えたかしら?
ブリジット嬢、アリスの魂はレティシア・トラスの魂と元は一つでした。心のあり方、本質は非常に近い存在。本来のレティシア・トラスとは…今のアリスのように堂々としていて、目映い輝きを持っていた人物のはずよ…」

「本来の…?」

「侯爵令嬢の彼女が“人形”と呼ばれるまでに、どれ程の困難があったのかは分かりません…けれど、そうね…胸に布を巻いてドレスを着る生活を長年していたくらいですもの、自らを偽って生きていく覚悟だったに違いないわ」

「…えっ…胸に…布…?」


ブリジットはギョッとして、思わず後ろの壁際に立っているメイドのカミラを振り返る。
旅の間、ブリジットの身の回りの世話をする側仕えとして同行していたカミラは、元レティシアのメイド。

カミラは、ブリジットの眼差しに堪え切れず…小さく頷く。


「…そんな…」


社交の場では、より優美に華やかにと…年令を問わず女性たちは妍を競う。容姿をよく見せるためのドレス、宝飾品、化粧、髪型…パーティー毎に工夫を凝らし、流行りから外れるなど許されない。

トラス侯爵家の令嬢レティシアは、肌の露出が少ないドレスを常に身に着けていた。それがレティシアの物静かな雰囲気と非常によく合っていて、そうであるのが彼女だと思わせるほど。高価で貴重な布地と細やかな細工を施した宝石は、毎回注目の的であった。


「“人形”…でも…彼女は、笑顔や会話がなくても十分…いつだって…煌めく存在でした。羨ましいくらいに…」




──────────




テラスに並ぶテーブルには、庭園のほうを向いた椅子が三つ。
ジュリオンとレティシアは隣に座り、お互いを何となく視野に入れながら…風景画の如く綺麗に整った花と緑を眺めている。


「…アリス様…申し訳ありません…」

「ジュリオン様…?」

「私は“妹のレティシア”を忘れることができませんでした。
もう一度だけ、貴女にお会いしたかった…願いを叶えていただき、ありがとうございます」

「…謝るのは…私のほうです…」

「…………」

「『忘れて欲しい』などと、身勝手極まりない発言をいたしました…心からお詫び申し上げます」

「貴女は、見知らぬ世界での堅苦しい生活から自由になりたいと望んでおられた…その能力と行動力を兼ね備えたお方です。それなのに、私が無理に囲って守ろうと意固地になっていたために『忘れろ』と仰ったのでしょう。分かっております」

「…独善的で、お恥ずかしい限りです…」

「そんなお顔をなさらないでください」


目を泳がせて俯くレティシアの顔を覗き込み、翡翠色の瞳を細めて微笑むジュリオンは相変わらずの甘い顔立ちマスク。幾分…ほっそりしたようにレティシアは感じた。


「ジュリオン様…少しお痩せになりました?」

「心配してくださるのですか…?」

「…あ…」


(関わりを絶っておいて…気遣える立場ではない私が、余計なことを言ってしまった)


「気にかけていただけるとは…とてもうれしいです。アリス様は、大人びてさらにお美しくなられましたね」

「そ、そうでしょうか?…ありがとうございます。あの…ジュリオン様、今だけ…もう少し気軽にお話いただいても大丈夫ですわ」

「…ご配慮に感謝いたします…」


レティシアは、カインとルークに離れて護衛をするよう手で合図をしながら、ジュリオンに小声で話し掛ける。


「侯爵ご夫妻は、お変わりないですか?」

「父上は、相変わらず国王陛下に難題を持ちかけられているみたいだ。母上は、ブリジットにいろいろと家のことを教えている。二人とも息災だよ」

「お元気でよかったわ。ジュリオン様はブリジット嬢とのご結婚が決まったんですよね、おめでとうございます」

「…ありがとう。…アリス様は…大公殿下と…?」

「へっ?」


(あ、やっぱり…殿下の瞳の色アシュリーカラーのドレスを着てるから分かっちゃうの?…いや、黄色ってそうでもない…)


何と答えたものか?レティシアがチラリとジュリオンの顔色を窺うと、彼はぼんやりしていた。


(んん?)


視線の先には回廊が。


(あれ?…さっき歩いて来た道?こっち貴賓室から見えるのね)


レティシアは、その回廊から貴賓室の窓へと…まるで線を繋ぐようにゆっくり辿る。すると、大きな窓の前に立つアシュリーの姿が目に入った。


「…殿下だ…」


つい手を振ってしまってから、レティシアはふと思い返す。わざわざ、通路の途中でアシュリーと抱き合った理由とは…まさか?


(お…おデコにチュー!ジュリオン様に…見られてた?!)










────────── next 151 ジュリオン・トラス4

お読み頂きまして、ありがとうございます。

私事なのですが、目に病気が見つかり…手術して入院することになってしまいました。術後しばらくは目が不自由になります。
ご迷惑をおかけいたしますが、手術前後は目に負担のない時間配分とペースで物語を書き進めて参ります。ご理解頂けますと幸いです。



    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした

冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。 けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。 その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。 ※小説家になろうにも投稿しています

処理中です...