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第13章
181 古傷5 ※少々残酷な描写があります
しおりを挟む「時間があれば、先に一度別荘を下見しておくといいぞ。連れて行く使用人は厳選するようにな」
「はい。よろしくお願いいたします、叔父上」
愛する人と迎える初夜は、刻印を与える男性王族にとって最も大切な儀式と言っていい。仮初めの刻印とは、即ち初体験を意味している。
細かな打ち合わせの結果、アシュリーは刻印の儀を十日後に執り行うと決めた。
ユティス公爵は少しぬるくなった紅茶を飲み干すと、座り慣れたソファーにゆったりと背中を預け、安堵のため息を漏らす。
「事件が起こった直後は、レイに殺されても仕方がないとすら思っていたが…こうして祝い事を手伝える私は幸せ者だ。レティシアが大公妃になってくれるのなら、喜びはさらに増す」
「…私たちの将来については、刻印の儀の前までにちゃんと話をしようと思っています…」
「うむ、それに先立って清めの儀式を行ったのだろう?尤も…儀式の最中に恋人を誘拐されては、話どころではなかったか…」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。大丈夫です…無事に求婚を受けて貰えました」
「おおっ!!!……求婚…?」
「はい」
「求婚っ?!…待て待て!公認の恋人ならば、先ずは刻印の儀と身体の検査を受ける必要がある。正式な求婚や婚約はそれからだぞ?」
「父上たちには婚姻の許可をいただいているので、ご安心ください」
「…許可だと?…まだ、刻印の儀を迎えてすらいないのにどうやって…」
レティシアを手に入れるためにアシュリーが外堀をきっちりと埋めて囲っていたとして、いつもなら笑顔で聞き流すところ…流石に今日はそうも行かない。
一体、どんな魔法の言葉を使えば婚約前の恋人との婚姻承認を獲得できるのか?ユティス公爵は、少し強張った表情でアシュリーの返事を待った。
「レティシアは、私の番なのです」
「……番……」
とてつもなく強く惹かれる、たった一人の運命の相手。
番と出会えばどうなるのか?前国王夫妻の馴れ初めを知る者ならばよく理解している。兄アヴェルとヴィヴィアンの恋物語を間近で見守って来たユティス公爵も…例外ではなかった。
「…レイと結ばれるべき…特別な存在だったんだな…」
「だからといって、結婚を強要したわけでは決してありません。レティシアには番の話を伏せております」
「…そうか…」
獣人族程ではないにしても、伴侶となる番と結ばれなければ、アシュリーの行く先に待っているのは茨の道だ。その事実を知ったなら、心優しい恋人は間違いなく同情して寄り添おうとするはず。
アシュリーはレティシアを手放せないが、情に訴え掛けて結婚を強固なものにしたいとは思わない。
ユティス公爵には、過去のアヴェルの姿が現在のアシュリーと重なって見える。ただし、アヴェルは電光石火の勢いでヴィヴィアンと契りを交わし、刻印の紋様を共有することで悩みを解消していた。
「話を聞いたからには、私も口を滑らせぬよう十分に配慮しなければならんな」
「ありがとうございます。運命の相手と出会えた私は、とても幸運な人間です。ですが…レティシアが番でなかったとしても、きっと求婚していたでしょう」
アシュリーは、番だからレティシアを愛している…とは、絶対に誤解されたくない。
──────────
「ケルビン・ウィンザムの様子は如何ですか?」
「非常に大人しい少年だと思う。日中も薄暗い地下室に閉じ込められていたらしい…今は、明るい部屋での生活に少しずつ慣れて来たところだ。クロエとラファエルが側についていれば心配ないが、全く…惨い仕打ちをする」
ウィンザム侯爵家で軟禁されていたケルビンは暴力を受けてはいなかったが、ユティス公爵の想像以上に環境が悪かった。
「…そうですか。レティシアは、ザックの店を継いだ弟子たちへ支援を始める予定なのですが、花の好きなケルビンともいつか交流を持てたらいいなと話していたので…」
「ほぅ…落ち着いたら、是非とも声を掛けてやってくれ」
アシュリーは小さく肯きながら、個人秘書官室と繋がっている内扉に視線を向ける。
「ラファエルの後継者教育は順調そうで、安心しました」
「順調過ぎて、心配になる」
「先程は窘められていましたね、もうすっかり親子ではありませんか」
「最初は“父”と呼ぶのも緊張していた、喜ばしい限りだよ。あんなに辛い思いをした子が…この三年で、大きく…真っ直ぐに育ってくれた」
「叔父上と叔母上が、彼を立派に育てたのです」
「命があって、出会えたからこそだ…レイ、息子を救ってくれてありがとう」
「…よしてください…」
──────────
──────────
聖女の施した結界の外では、定期的に魔物討伐が行われていた。討伐の際に魔物の体内から取り出した魔結石は、貴重な魔法石として持ち帰る。
50人を超える中規模な討伐隊に参加していたアシュリーは、その帰りの道中、乱れた馬車の車輪の跡を叢の中に見つけた。真新しくはないものの、道から外れていたため妙に気になる。カインと治癒師を伴い討伐隊から抜け、アシュリーは轍の跡を辿って行く。
雨の後の泥濘んだ土が乾燥して凸凹状態のまま固まり、踏み締めて歩けば土埃が舞い上がる悪路を進む。
行き着いた先の崖下…谷底で目にしたのは、崖から転落して壊れた馬車と死んだ馬の姿だった。
「かなり深いな。魔力探知には…うん…ざっと見た感じでは、引っかかる反応はなし…」
「…レックス王子、この高さからまともに落ちたのなら…生存は厳しいと思われます…」
「あぁ、だが…空の馬車だけが暴走して落ちた可能性もある。確認しなければ」
静かな山奥で、目に映る光景とは真逆の…穏やかに凪いだ風がアシュリーの頬を撫でて行く。
空っぽの馬車であればいいと思う気持ちとは裏腹に、悪い予感が過った。会話をしていないと息が詰まる。
「上手く逃げ出せていたとして、こんな山の中じゃ…生活魔法程度では遭難しているだろう」
「…今ごろ、捜索願いが出ているのかもしれないな…」
アシュリーたちは重苦しい気分で谷底へ向かう。
事故か事件か?まだ分からない。現場を乱さないよう散らばったガラスと木材の破片を避けながら、車輪がどこかへ吹っ飛んで横倒しになった馬車へと近付く。
辺りには、濃い死臭が漂っていた。
「レイ!あそこ…子供だ!!」
「…っ…?!」
カインが馬車の向こう側を指差したかと思うと、治癒師と共に駆け出す。
「……生きてるぞ?!…おいっ!しっかりしろ!!」
「すぐに治療しますっ!!」
崖の上から見た時には大きな木の陰に隠れて気付かなかったが、激しい事故の衝撃で馬車から放り出された小柄な少年が一人、血と泥に塗れた状態で倒れていた。
治癒師は聖女の下で修行を積み、下級神官として神殿に仕える優秀な人物。治癒魔法と魔法薬で、何とか応急処置が間に合うことを祈る。
馬車の中から、少年の両親と思われる壮年の男女と10歳くらいの少女、三人の遺体が発見された。
血の臭いに誘われた獣に酷く荒らされ、遺体と馬の死骸は腐敗が進んでいる。未だ見つからない御者は事故の前に逃げて生きているのか、遺体となって喰われたのか、判断がつかない。
「状況から見て、二日前の…大雨が降った日に起きた事故だな」
「レイ、荷物が少ない。別にもう一台馬車があったんじゃないか?…御者もどうしたのか、気になる…」
「…あぁ…」
男性の上着のポケットから手紙らしき折り畳まれた紙を取り出したアシュリーは、遺体に黙礼してそっと紙を開く。
馬車と服装を見れば貴族であることは分かる。しかし、遺体の顔は崩れて判別ができない。手紙に名が記されていれば手がかりになるかと期待を持ったが…白紙だった。時間が経てば消える、魔法の文書。
「…これは…キナ臭いな…」
「…馬車に家紋がない、子爵か男爵…?」
アシュリーとカインが各々独り言ちていると、治癒師が大きな声を上げた。
「レックス王子!」
「どうした?!」
「見て下さい…彼には、崖から落ちた時の外傷や打撲がないんです」
「何だって…?」
少年の衣類も顔も、血で真っ赤に染まっている。無傷であるはずがないのに、はだけた胸や手足からは出血がなく青白い。
「この血は大量に吐血したせいです。理由は分かりませんが、内臓がめちゃくちゃになっていて…私では一時凌ぎの治療も難しい…助かるかどうか…」
「分かった、私が聖女様のところへ連れて行く。カイン、後を頼む」
「了解」
「これは事故ではない。彼の身の安全が確保できるまで、情報を漏らさないようにしろ。任せたぞ」
アシュリーは、王族が身の危険を感じた場合にのみ使用できる特殊な魔法の巻物の効果を発動させると、少年を抱いて消えた。
──────────
──────────
「誘拐事件をきっかけに、グラハム・ウィンザムと違法薬物で繋がりを持った貴族の名が明るみに出ました」
「…そうだな…」
「ラファエルは…子爵家の名を聞いて何か言いましたか?」
「…何も…何も言わなかった…」
「彼の家族の命を奪って手に入れた爵位は…剥奪します。一家全員が路頭に迷うことになるでしょう」
「…因果応報だ…」
────────── next 182 隠し事2
いつも読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
使用していた端末が壊れまして…オワッタと思いました。。。(徹夜作業の末、間に合ってよかった…涙)
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