しんねりの美術師

あきゅう

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消えた皇子のゆくえ

冷宮

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 冷宮《らんごん》とは、罪を犯した后妃が幽閉される宮殿のことである。
 皇后、もしくは妃嬪が罪を犯すと、それまで住んでいた煌びやかな宮殿から古くなって廃れた宮殿へ移され、そこで罪が赦免されるまで、もしくは死ぬまで幽閉されることになる。
 もちろん食事も粗末なものになり、病を得てもろくに治療してもらえない。

 今回、木蓮が孫幺《そんよう》長官に見てこいと言われた冷宮《らんごん》は、後宮の隅にあった。
 本来、罪を犯した后妃は冷宮に移される《・・・・》ものなのだが、李羽蘭《りうらん》の場合は違った。元々彼女が住まっていた宮殿にそのまま幽閉されることになったのだ。
 なぜなら、彼女はすでに皇帝の寵が枯れて久しく、罪を犯す前からすでに後宮の隅に追いやられていたのである。もはや、その宮がある場所は、妃嬪の住まう男性立ち入り禁止区画ですらなかった。
 李羽蘭《りうらん》は、皇帝からも他の妃嬪たちからも、さらには宮廷の誰からも忘れられた存在であったのだ。
 だからこそ皆、彼女が密かに恐ろしい罪を犯していたことに気づかなかった。

 木蓮は後宮の端に佇む、さびれたその宮殿を見上げた。
 李羽蘭《りうらん》は、その昔この宮で罪を犯し幽閉された。今は、完全に廃墟と化しているこの宮は、見るからに幽鬼でもでそうな佇まいであった。
(確かに呪われてるのかもな)
 嘲笑を浮かべる木蓮が門戸を開けようとしたとき、どこかから怪しげな物音が聞こえてきた。
 木蓮は塀を回り込んで、物音のする辺りを確認してみる。すると、今まさに塀を登ろうとしている人影が見えた。
 木蓮はその人物の背後に回り込み、静かに近づいて、その首根っこをつかんだ。
「んぎゃっ」
 蛙のつぶれたような声をあげ、木蓮に塀から引きずり降ろされたのは、姫棋だった。
 姫棋は木蓮と目が合うと、何だおまえか、とほっとしたような顔をする。
 木蓮はそんな姫棋を薄目で睨んだ。
「こんなところで、宮女が何をしているのかな?」
「やだな、今日は宮女じゃないですよ。蔡次官?」
 姫棋は沐浴日《やすみ》だったのか、宮女のお仕着せではなく普段着を着ていた。が、そういう問題ではない。
「君、今どういう状況か分かってるのか? 皇子が失踪してるときに、こんなことしてたら犯人かと疑われるだろう」
木蓮は凄むが、姫棋は不思議そうに首を傾げる。
「え、皇子が失踪した? それは、知らなかった。今日はずっと後宮の外で絵を描いてたから」
「だとしても、何で冷宮になんか入ろうとしてたんだ」
「変わった美術品がたくさん置いてあるって、聞いたから……」
 この冷宮には、曰く付きの美術品が多数安置されていた。要は、縁起が悪くなってしまったものや呪われたとされる美術品の都合のいい置き場所となっていたのだ。
 呪われたものは、呪われたところに。ということである。
「本当は、木蓮に連れて来てもらおうと思ったんだよ。それでこないだも理部まで行ったのに、結局言うの忘れて。今日の朝も次官室に行ったけど、木蓮いなかったし。仕方なく……こっそり、入ろうかなって」
 (この前、理部次官室に来たのはそういうことだったのか)
「そういや、あの時どうやって理部殿に入って来たんだ? 許可証が必要だっただろう? まさか役所の塀も……」
「いや、ちゃんと許可証はもらってから行った」
「誰に?」
「姮娥《こうが》様に」
(またあの人は勝手なことを)
 一体どういうつもりで姫棋に役所の入殿許可証なんて与えたんだろうか。
「勝手に入ったんじゃないなら、まあ……いいけど。ただ、この冷宮には入れないからな」
「何で?」
 姫棋は不服そうな顔になる。
 不服も何も、と木蓮は思うが、思っていることは中々伝わらないものである。
「さっき言っただろう。皇子が失踪中なんだから、不審な行動は謹んでくれ」
 姫棋はむぅと膨れたが、それ以上は何も言わず、すごすごと後宮の中心部へと帰っていった。
(意外と、素直だな)
 木蓮はその後ろ姿を見送るのもそこそこに、冷宮の正面へ向かおうと、また塀の角を曲がって……………さっと踵を返した。塀の曲がり角を覗く。
 案の定、姫棋はまた塀を登ろうとしていた。
(あんの、じゃじゃ馬娘!)
 これでは彼女が刑部に連行されるのも時間の問題である。
 木蓮は再び姫棋の側へ歩み寄った。
「わかったから。連れて行ってやるから。塀を登らない!」
 木蓮は、ご満悦な姫棋を連れて冷宮の門をくぐった。
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