橋まで

折原ミフク

文字の大きさ
2 / 6

2.

しおりを挟む

「危ないですよ!」
 大きい声で一人の男が叫ぶ。大声を出さないともう聞こえないくらい雨が酷くなっている。
 遠くで稲妻が光る。
 雨雲が垂れ込み周囲を照らすのは偶に光る稲妻とパトライトと、橋の所々にある街灯だけだ。建物は近くにない。そのお陰か野次馬はいない。

 雨は止む所か勢いを増しているのに誰も傘を差そうとしない。

 そして私は漸くその奇妙な男に気付いた。

 ここに似つかわしくない筈の女性の姿を探していたので気付くのが遅くなったのだが、今更気付くのかと云うぐらい、その男は風変わりだった。
 彼女は見当たらなかったが居たとしてもこの男よりは目立たないと思える。
 それ程男はこの中で異質だった。

 私服だが、私服の警察官ではないと思う。長身に着物を着ている。しかも長い髪を束にして片方の肩から前に垂らしている。
 明らかに警察官ではない。私服で潜入捜査でもしているのだとしてもおかしな格好だ。容疑者か目撃者の風体だ。
 それにしては彼は警察官たちに放ったらかしにされていて、私はそれこそこの人は私にだけ視えているのではないかと云う馬鹿な考えが一瞬過ぎる。

 それが誰に咎められる事なく張り巡らされた黄色い規制線のテープを潜ってこちらにやって来た。

 私に注意しているのだろうか?
 何が危ないと云うのだろう。

 目の前まで来られたら流石に私に叫んだものだと分かる。
「かなり流れが速くなって来ましたからね」
 声は普通のトーンになり少し聞こえ難い。
 土砂降りの雨で川が増水しているのだろう。声が聞こえ難いのは、速くなった川の流れの音のせいもあるらしい。

 何処かで会っただろうか?
 目の前の男に安い口説き文句の様な言葉が浮かぶ。この着物に見覚えはないが長身の着物を着た男を見た気がするのだけれど、こんな目立つ男を覚えていないなんてあるのだろうか?
 格好に加え眼鏡を掛けているのに整った綺麗な顔立ちだ。一度会ったら忘れるのは難しいと思うのだが。遠目で見たと云う事か。
 着物も雨に濡れている。

 朝顔が枯れて何か新しい植物の芽が出てただろうか。
 あのベランダで緑を見る事がなくなって久しい。
 私のベランダは洗った様に何もないのが常態なのだが、彼女のそこは同じスペースなのに何時も見事な庭園で、目を楽しませてくれるだけでなく、好い馥よかな香りを私の元に運んでくれる事もあった。
 それが夏の物だけでなく全ての緑が枯れて、それも放置されたままになってしまった。

 緑が回復されない事に気付いて私は、遅ればせながら、様々な記憶がフラッシュバックして一つの事実に行き当たり、それを否定する材料を探して彼女に目を配る様になった。はっきりと尾け回し始めたのだ。

 そして同じ様に彼女を尾け回す男を見掛けた。その時は尾け回しているとは思わなかった。着物を着てそれだけで目立つ様な男は警察官では有り得ないと思ったから。そこに居合わせただけだろうと。彼女は美しい女だったので擦れ違う時に見惚れてしまったのだろうと。そう云う男は他にも大勢見た。
『危ないですよ』
 前にも言われた。
 彼女の後を追って人にぶつかってしまった事がある。その人物に言われたのだ。その男も着物を着ていた。

 男は困った様に眉を顰めて私を見る。
「一緒に来ませんか?」
 多分、私も困った顔をしていると思う。
「雨が凌げる所へ」

 私は彼から目を離せなくなった。 





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

真実の愛の祝福

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。 だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。 それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。 カクヨム、小説家になろうにも掲載。 筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...