橋まで

折原ノエル

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 雨だ。
 雨が降って来た。

 空から雨粒が落ちて来て、乾いた白い地面にポツポツと黒い斑点を作っていく。


 早く。早く行かないと。
 どうしてこんな時に限って雨が降って来るんだろう。

 こんな時に雨なんて最悪だ。
 いや、彼女の事を考えたら逆に悪い事ではないのか?
 雨は彼女のした事を隠してくれる。



 気ばかり焦って急ごうとすればするほど、全然進んでない様に感じる。似た様な景色が続くし雨雲のせいで昏闇だから余計だ。

 雨がひどくなって来て、雨具を持たない私の服に吸い込まれて重さを増して行く。
 日中の大学の講義と終わってからのバイト疲れも相まって体自体も重い。
 足も上がらない。その上もつれて派手に転んでしまった。
 子供みたいな転け方だ。
 ジーンズだったから破けて酷く擦りむき泥だらけという事はない。
 服の中では出血して、肌が傷付いてるだけだろう。
 我ながらおかしくなって来る。
 だけどそんな事思ってる暇は無い。
 怪我してるのは膝だけで、手は無事だ。他も痛い所なんてない。怪我してる所だってそんなに痛くない。
 そうだ。こんな分厚い生地に守られて、自己責任でした怪我なんて大した事ない。
 彼女の長い袖でも隠し切れない痣を思い出す。カーディガンを着てるのは夏の冷房が嫌いなんだと思い込みたかった。華奢だから寒いのが堪えるのだろうと。

 多分、その方が正しい。
 そんな事が身近で起こる事なんてそうそうない。
 こんなの私の想像で、夢想なんだ。
 最近、寝不足で疲れているから悪い妄想ばかりしてしまうのだ。

 私は気合いを入れて立ち上がる。
 早く行かないと。
 白と黒の斑点が逆転してしまう前に。
 白い所が失くなって真っ黒になってしまう前に。
 橋まで。
 ちゃんと確かめないと。
 私の想像が妄想でしかないという事を。

 何時もより時間が掛かるのは疲れているせいか、脚を怪我したからか、雨で距離感がおかしくなっているせいか。
 それでも目当ての物が見えてくる。
 目当てではない。
 目当ての物は余りよく見えてない。代わりに灯りが幾つもの瞬いている。その灯りで目当ての物があるのだろうと分かる。
 真っ暗闇の中で灯りが見えたらホッとするのだろうが、今の私は絶望的な気分にしかならない。
 それは町や家の灯りではない。不穏でしかない赤いライトだ。
 
 妄想でも夢想でもなかった。
 でも希望を捨て切れなくて、歩を緩めて近付いて行く。

 通行規制はされていたが野次馬はいない。

 走って来たのもあって、心臓が早鐘を打つ。

 予想した通り、その赤いライトはパトカーだった。

 この状況は彼女の為に用意されたのではない、と思いたい。
 でもそんな楽観はするだけ無駄だと云うのも分かっている。

 大勢の警察官、制服も私服も居る。
 大声で怒鳴っているのか。
 よく聞こえない。
 雨が音まで消している。
 土砂降りの雨の音だけが煩い。


 お節介な奴だと思われるのが嫌だった。
 関わりたくもなかった。
 自分の事で手一杯だった。
 疲れてたんだ。

 彼女の咲かせる花が好きだったのに。
 廊下ですれ違う度、近所で見かける度に、にっこり微笑んで挨拶してくれるのが嬉しかったのに。

 名前も知らない彼女の。
 花が枯れていると気付いたのは何時だろう。





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