星降る真夏の夜に、妖精の森で迷子になる。

折原ノエル

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 真っ赤な夕陽に染まってそれは、他に高い建物がないから、聳え立って見えた。
 学校や研究所、博物館、美術館がある城下町の一画にある。総じてアカデミーと呼ばれてる。正式ではない通称だ。
 その中央にある。
 図書館である。
 周りの建物と同じ石造りの丸い円柱。屋根はドーム型。塔にしか見えない。
 一般には公開されてないらしいが、同行者(王太子殿下や公爵家御令息)のお陰で顔パスで入る。
「うわぉ」
 俺は思わず唸ってしまった。ヒヨリとライトも呆けて見てる。
 屋根はガラス張りだったが、所蔵品を傷めない為だろう、ここは仄暗く太陽の光が差し込んでる感じではない。別の光源があるのだろうか? 建物自体が光っている感じもする。
 そしてその淡い光の中、本が円柱の壁の内側にびっしり埋もれていた。
 圧巻である。
 本が壁なのか? 壁が本で出来ているのか?
 所々に人が居る。
 下は兎も角上の方はどうやって取るんだろう?
 と思ったら、本が一冊勝手に抜けてそのままふわふわと漂い一人の司書さんらしき人の手に落ち着いた。
「うわぉ」
 もう一回、感嘆しときます。

「あれ?」
「ライト、どうした?」
 何かをじっと見詰めている。
 視線の先には、夥しい書物と、まばらな人。
「ううん、何でも……」

 その円柱の真ん中に更に光の円柱があった。光の粒子がキラキラと光っている。
 その側まで行くと一部がドアの形に開いた(空いた?)。中は空洞。
「ドーナツの穴みたい。いや、シフォンケーキかな」
 ヒヨリが言った。
 六人全員がピッタリと身を寄せ合ってその中に入る。ドアの形が無くなって、俺たちは上昇を開始した。
 キラキラの光の粒の向こう、本だけで構成された景色が下へ流れて行く。
 エレベーターだ。異世界のテクノロジーってどうなってんだろう? 元の世界と比べると進み方がチグハグな感じがする。それとも元の世界がチグハグだったのかな。
「これ魔法なの? 科学なの?」
 ライトが訊く。鉄の骨組みは無い。光の粒だけがある。王子様がのほほんと答えた。
「さあなぁ。解明されてないな。嘘か誠か建国前から存在してるらしい」
 へ~?!
 元の世界のと違ってエレベーター乗ってる時の気持ち悪さが全く無く着いた。高さの割に時間が掛かった気がする。
 最上階だろう。
 ドアが開いた(空いた?)。
 ガラス張りのドームを通して空が見える。
 塔の天辺は下と違って太陽で赤く染まっていた。

 そこはアルコール臭で充満していた。瓶を開けたばかりの良い香りは、何時間何日も経っているであろうそれの中に微かに漂うだけだ。タバコの臭いもする。煙で視界に靄が掛かっている。分煙が進んだ現代っ子としては余り遭遇しない状況だ。
 空調ないのかここ。換気したい。
 神聖な場所ーー多分ーーをこんなにしてしまっていいんだろうか。この世界自体こういうの中々受け入れられない気がする。
「本が痛むだろ」
 リロイのいつものお叱言も正しく思える。俺に対してのとは違って。

 丸い空間の中、女が寝そべっていた。
 酒瓶が散乱し灰皿もある。クッションを敷き分厚い本を広げている。本が傷むより先に燃えちゃわない?

 寝転んだ体の腰まで伸びた髪は不摂生な印象を受けるのに烏の濡れ羽色というのはこういうんだろうという位つやつやで、目も大きく瞳の色は髪と同じ濡れた様な漆黒。白い肌は透き通る様で、スッキリとした鼻筋、真っ赤な唇は気怠げに煙草を咥えている。俺たちの立っている所は彼女から大分離れているのだが……。
 美女だ。
 絶世の、と言っても良い位。
 
 ジュジュ。
 というのが、彼女の名。
 日本人。
 五年前現れた異世界の女。
 天才。
 歴史上ない、火と風、水の全ての属性を持っている。しかも強力。
 彼女はここで仕事をしている。何せ異世界人だから、読めない文字がないのだ。外国の言葉も、古代の言葉も。それは俺たちもなんだが。
 そしてこれが最も重要、とグエンは言った。
 彼女は、道徳心を持ち合わせていない。
 それはこれまでの彼らの会話で想像がついたが……。

 ここに来るまで彼女について俺たちが知った事。

 一人で会ってはいけない人物。出来れば一生会わない方がいい人物。

「結界張ってるから大丈夫」
 本が傷まないとしても、この空気。自分に一番悪いよね。空気だけじゃなく、自ら嗜んでるとあっては。
「私じゃないから」
 何も言ってないのにそう言った。
「爆弾の話じゃありませんよ」
「あー。魔法陣ね」
 隠すつもりもないらしい。
「呪文も。漏らされては困ります」
「私が見つけたんだからいいじゃん」
「そういう問題じゃありません」
「やはりお前か」
 リロイの眉間の皺が深くなる。

 異世界人が警戒されるというのは、妖精の森やら、爆弾騒ぎやらのせいでなく、彼女のせいだった。
 美しい、力を持った彼女にこちらの人間が何かしてこんなになったのかもとも思うが多分逆だ。こちらの人間に彼女が何かしたんだ。
 彼女は多大なものをこの世界に齎した反面、負も与えていた。

「ヒヨリとライトを置いて来た方が良かったんじゃ」
 ヒソヒソと聞こえない様に声を落としても、彼女に聞こえてる気がした。
「それも考えたんだが逆に興味を持たれても困る。それにお前もだぞ」
「か弱くも子供でもない」
「それが子供だ」
 子供に手を出したい癖に。言わないけど。
「異世界人が三人、というのはもう知れ渡っていますしね」

 一周回ってもう何も策を練らないのが一番の防御になるってとこに落ち着いたんだろうな。それは何となく理解出来た。
 一体何をしたんだろう。
 彼女の知識と力でこの世界に齎したものはとても多くてそれぞれが貴重なものだったが、感謝の意を持つには素行が悪過ぎた。だからウエッヴスさんは俺たちに最初に会った時“お行儀が良い”とご満悦だったんだろう。“前の異世界人に比べて”って事なんだろうな。詳しくは聞かなかったけど。
「尻尾を掴ませない」
 いつもヘラヘラしてるグエンが苦い顔で言っていた。

 だがこの室内の様子と皆んなの評判とでそれなりに察する事は出来る。

「六芒星か」
 ?
 彼女は俺たちの方を向いた。
「どうだ。このお伽話の世界。
 うんざり来るにはまだ早いか?」
 あ、この人嫌いだ。
 一瞬で俺は確信した。






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