処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!

みかぼう。

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第1章

第9話 泥濘の象徴

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(エリアナ視点・公爵邸 私室)

 夜半から降り続いていた雨は、朝になっても止まなかった。屋根を打つ音が、細かく途切れない。窓の外は白く曇り、遠くの輪郭がぼやけている。

 エリアナは身支度を整えながら、外の様子を確かめていた。

「……まだ、強いですね」

 侍女のミレーヌが頷く。

「この雨量ですと、山側の道は厳しいかと」

 それだけ聞けば、特別な話ではない。地方では、雨は珍しいものではないはずだった。

 だが、エリアナの胸の奥には、冷たい雫が滴るような嫌な予感があった。

◇◇◇

 町へ向かう途中、馬車は何度も速度を落とした。ぬかるみに足を取られた荷車が、道の脇に寄せられている。立ち往生したまま、誰かを待っているものもあった。

「通れますか?」

 御者が声をかける。

「……今は、無理だな」

 返ってきた声は、泥のように疲れていた。

 倒木。崩れた土。水を含んで重くなった地面。
 馬車は、引き返すしかなかった。

◇◇◇

 町に着くと、そこには異様な静寂が満ちていた。

 市は立っていない。屋台の多くは、布を下ろしたまま。人の姿はあるが、その足取りは一様に重い。

「今日は、物が入らないんだ。向こうの道が塞がってる」
「山越えは?」
「無理だ。昨日から誰も通ってない」

 怒鳴る声も、責める声もない。ただ、事実だけが積み重なり、徒労と諦めの色が滲んでいた。

◇◇◇

 エリアナは視察の一環として、現場を見に行くことにした。

 倒木の前には、すでに何人かが集まっていた。幹の途中には、刃を入れた跡が残っている。浅く、何度も。

「刃が、跳ね返されるんだ。水を吸って、妙に粘る」
「二人がかりでも、動かねえ」

 エリアナは、泥に沈む切り口をじっと見つめた。まるで、倒れるべくして倒れたかのような、不自然な亀裂。

 その違和感を、エリアナは「自然の猛威」という言葉で押し殺した。

 誰かが、小さく息を吸った。

「あ……」

 声にならないその音に、周囲の視線が一斉に動く。

「王都から来てる人だ」
「この前、町を見て回ってた……公爵家のお嬢様だ」

 囁きは広がらない。だが、人々の意識が、確かに一箇所へと収束していった。

 エリアナは、その流れを受け止めるように立ち止まった。 一歩、前へ出るでもなく、下がることもせず。軽く一礼する。

 雨を含んでも重くならない、飾りのない外套。特別な装いではない。

 それでも、絶望に近い疲弊の中に立つ彼女の輪郭は、あまりにも鮮明に、救いの「象徴」として浮かび上がって見えた。

◇◇◇

「……今、どこが一番、通れませんか」

 静かに問いかける。一瞬の間のあと、堰を切ったように言葉が返った。

「この先だ」
「倒木を越えたところも、道が落ちてる。一本でも抜ければ、倉まで届くんだ」
「今日は、燃料が先に切れる家も出る。何とかしねえと……」

 エリアナは頷きながら、言葉を受け取る。遮らない。急がせない。

「人は、どれくらい集められますか」
「……十人は」
「それなら、まず、この道から進めましょう」

 命じる口調ではなかった。だが、彼女という「芯」が置かれた瞬間、ばらばらだった人々の迷いが消えた。幼い頃、教会で犬を追い払った時と同じように、人々は彼女の視線を道標として、再び動き始めた。

◇◇◇

 作業は、思うようには進まなかった。雨は弱まらず、泥は足を取る。それでも、人は集まり続けた。エリアナがそこに立ち続けている。ただそれだけの理由で。

「これでいいか」
「……はい。あちらの縄を強めてください」

 エリアナは、その都度、短く頷いた。決断を下しているわけではない。だが、人々が彼女に「確認」を求めるたびに、彼女と民衆の間にあったはずの「線」が、泥にまみれて溶け崩れていくのを感じていた。

◇◇◇

 昼を過ぎた頃、ようやく一本の道が通った。荷が動き出し、誰かが大きく息を吐いた。

「……間に合ったな」

 その言葉に、エリアナは深く一度、頭を下げた。達成感はなかった。

 気づけば、彼女は人の中心に立っていた。声をかけられ、確認を求められ、感謝の視線を向けられる。それが、いつの間にか当然の役割のようになっていた。

 ――これで、終わるはずだ。

 そう思った。

◇◇◇

 夕方、雨脚はようやく弱まった。エリアナは、少し離れた場所から、町が再び動き出す様子を見ていた。

 やり切った感覚はない。むしろ、どこかに鋭い棘が刺さったような違和感が残る。

 ――何か、違う。

 自分がしたのは、ただの「手伝い」だったのか。父の言った「線」を、自分はどこかで踏み越えたのではないか。

 もう一度、現場を見渡した。そこにあるのは、自分を救世主のように見送る人々の、眩しすぎるほど純粋な瞳だけだった。
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