15 / 34
第1章
第14話 断絶の境界線
(エリアナ視点・王都前)
音が、先に届いた。規則正しい足音。人の波が立てる雑多な騒音とは違う、冷徹なまでに揃いすぎた軍靴の音。
列の前方が、一気にざわついた。
誰かが、遠くの城壁の下を指さした。
「……兵だ」
低い、震える声が、あちこちで重なった。
エリアナは、足を止めた。いや、正確には、止まらざるを得なかった。
前方に、陽光を跳ね返す銀色の壁が見える。
盾。槍。鎧。
人の流れを、無慈悲な一線で断ち切る配置。
王都を守る、国王直属の軍だった。
◇◇◇
列の中に、針を刺したような緊張が走った。
怒鳴り声はない。叫ぶ者もいない。ただ、空気が変わる。
今まで「生活の延長」としての請願だったものが、王権の守護者たちを前にした瞬間に「越えてはならない一線を越えた反逆」へと定義し直された。
エリアナは、人波を分けて前へ出た。
走らない。手も上げない。
ただ、自分がここにいることを、彼らに見せるために。
◇◇◇
そのとき、気づいた。兵の中央。一段高い位置で、栗毛の馬に跨る人物。
――お父様だ。
ルーカスは、重厚な鎧に身を包んでいた。兜を外し、風に髪をなびかせている。
目が、合った。確かに、真っ直ぐに合った。
◇◇◇
エリアナは、大きく息を吸う。胸の奥が、ひくりと縮んだ。足先に、冷えた感覚が伝わる。
けれど彼女は信じていた。お父様なら、この状況が「事故の積み重ね」によるものであることを分かってくれるはずだ、と。
「お父――」
名前を呼ぼうとした、その瞬間だった。
「止まれ!」
軍の号令が、空気を裂いた。
人の声ではない。個を殺し、意思を圧殺するための組織の声だ。
列が、激しくざわめく。前が止まり、後ろが詰まる。
その混乱に乗じて、群衆の中に紛れていた「知らない顔」の男たちが、兵士に向けてあからさまな罵声を投げた。
それは、軍に「攻撃の口実」を与えるための、最後の一押しだった。
◇◇◇
ルーカスは、こちらを見ていた。確かに、見ていた。だが、その視線は、「娘」を見るものではなかった。
全体を見ている。数を。配置を。動きを。
決断を下す者の目だった。
◇◇◇
エリアナは、叫ばなかった。
叫べば、列が揺れる。
揺れれば、誰かが倒れる。
だから、歩いた。
一歩。また一歩。
視線は、父から逸らさない。
――分かって。
――ここにいる。
声にならない言葉が、喉に詰まる。
◇◇◇
兵が、無機質に前に出る。盾が並び、人の流れを無理やり押し返した。
誰かが転び、誰かが支える。
悲鳴が、短く上がった。
「下がれ!」
再び、号令。
◇◇◇
ルーカスが、ゆっくりと右手を上げた。
それは合図だった。制圧を開始するための。
周囲の音が、一瞬だけ遠のく。
風の音すら、消えたように感じた。
エリアナは、理解する。
父は、ここに「迎え」に来たのではない。
「止め」に来たのだ。
◇◇◇
目が、もう一度合う。
今度は、わずかに揺れた。ほんの一瞬。
だが、その揺れは、言葉になる前に切り捨てられる。
ルーカスは、視線を外し、鋼の響きで命じた。
「――制圧を開始しろ。」
◇◇◇
音が、重なる。盾がぶつかる音。鈍い打撃音。人の叫び。
エリアナは、その場に立ち尽くした。
気づけば、灰色の鎧が視界を埋めていた。
誰かに肩を掴まれ、強く引かれる。
「抵抗するな!」
身体が無情に引き離される。
数日間、泥にまみれて共に歩いた人々の温もりから。
そして、自分が必死に守ろうとした、その列の中心から。
◇◇◇
最後に見えたのは、軍を率いて去る父の、頑なな背中だった。
振り返らない。振り返れない。
その背中を見つめながらエリアナは理解した。
――届かなかった。言葉も。想いも。
その事実に対する、肺の奥が凍るような、深い絶望だけが残った。
◇◇◇
鎮圧は、公式には『成功』と記録される。反乱は、有能なルーカス公爵によって未然に防がれた、と。
だが、その中心にいた少女が、何を思い、何を止めたかったのかは、どこにも記されない。
ただ一つ。公爵令嬢エリアナ・ヴァルドレインは、反乱の主導者として、拘束された。
断頭台へと続く、長い、長い地下牢の階段を降りながら、彼女はただ、王都の暗い天井を見つめていた。
音が、先に届いた。規則正しい足音。人の波が立てる雑多な騒音とは違う、冷徹なまでに揃いすぎた軍靴の音。
列の前方が、一気にざわついた。
誰かが、遠くの城壁の下を指さした。
「……兵だ」
低い、震える声が、あちこちで重なった。
エリアナは、足を止めた。いや、正確には、止まらざるを得なかった。
前方に、陽光を跳ね返す銀色の壁が見える。
盾。槍。鎧。
人の流れを、無慈悲な一線で断ち切る配置。
王都を守る、国王直属の軍だった。
◇◇◇
列の中に、針を刺したような緊張が走った。
怒鳴り声はない。叫ぶ者もいない。ただ、空気が変わる。
今まで「生活の延長」としての請願だったものが、王権の守護者たちを前にした瞬間に「越えてはならない一線を越えた反逆」へと定義し直された。
エリアナは、人波を分けて前へ出た。
走らない。手も上げない。
ただ、自分がここにいることを、彼らに見せるために。
◇◇◇
そのとき、気づいた。兵の中央。一段高い位置で、栗毛の馬に跨る人物。
――お父様だ。
ルーカスは、重厚な鎧に身を包んでいた。兜を外し、風に髪をなびかせている。
目が、合った。確かに、真っ直ぐに合った。
◇◇◇
エリアナは、大きく息を吸う。胸の奥が、ひくりと縮んだ。足先に、冷えた感覚が伝わる。
けれど彼女は信じていた。お父様なら、この状況が「事故の積み重ね」によるものであることを分かってくれるはずだ、と。
「お父――」
名前を呼ぼうとした、その瞬間だった。
「止まれ!」
軍の号令が、空気を裂いた。
人の声ではない。個を殺し、意思を圧殺するための組織の声だ。
列が、激しくざわめく。前が止まり、後ろが詰まる。
その混乱に乗じて、群衆の中に紛れていた「知らない顔」の男たちが、兵士に向けてあからさまな罵声を投げた。
それは、軍に「攻撃の口実」を与えるための、最後の一押しだった。
◇◇◇
ルーカスは、こちらを見ていた。確かに、見ていた。だが、その視線は、「娘」を見るものではなかった。
全体を見ている。数を。配置を。動きを。
決断を下す者の目だった。
◇◇◇
エリアナは、叫ばなかった。
叫べば、列が揺れる。
揺れれば、誰かが倒れる。
だから、歩いた。
一歩。また一歩。
視線は、父から逸らさない。
――分かって。
――ここにいる。
声にならない言葉が、喉に詰まる。
◇◇◇
兵が、無機質に前に出る。盾が並び、人の流れを無理やり押し返した。
誰かが転び、誰かが支える。
悲鳴が、短く上がった。
「下がれ!」
再び、号令。
◇◇◇
ルーカスが、ゆっくりと右手を上げた。
それは合図だった。制圧を開始するための。
周囲の音が、一瞬だけ遠のく。
風の音すら、消えたように感じた。
エリアナは、理解する。
父は、ここに「迎え」に来たのではない。
「止め」に来たのだ。
◇◇◇
目が、もう一度合う。
今度は、わずかに揺れた。ほんの一瞬。
だが、その揺れは、言葉になる前に切り捨てられる。
ルーカスは、視線を外し、鋼の響きで命じた。
「――制圧を開始しろ。」
◇◇◇
音が、重なる。盾がぶつかる音。鈍い打撃音。人の叫び。
エリアナは、その場に立ち尽くした。
気づけば、灰色の鎧が視界を埋めていた。
誰かに肩を掴まれ、強く引かれる。
「抵抗するな!」
身体が無情に引き離される。
数日間、泥にまみれて共に歩いた人々の温もりから。
そして、自分が必死に守ろうとした、その列の中心から。
◇◇◇
最後に見えたのは、軍を率いて去る父の、頑なな背中だった。
振り返らない。振り返れない。
その背中を見つめながらエリアナは理解した。
――届かなかった。言葉も。想いも。
その事実に対する、肺の奥が凍るような、深い絶望だけが残った。
◇◇◇
鎮圧は、公式には『成功』と記録される。反乱は、有能なルーカス公爵によって未然に防がれた、と。
だが、その中心にいた少女が、何を思い、何を止めたかったのかは、どこにも記されない。
ただ一つ。公爵令嬢エリアナ・ヴァルドレインは、反乱の主導者として、拘束された。
断頭台へと続く、長い、長い地下牢の階段を降りながら、彼女はただ、王都の暗い天井を見つめていた。
あなたにおすすめの小説
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました
ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。
王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている――
そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。
婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。
けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。
距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。
両思いなのに、想いはすれ違っていく。
けれど彼は知っている。
五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、
そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。
――我儘でいい。
そう決めたのは、ずっと昔のことだった。
悪役令嬢だと勘違いしている少女と、
溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。
※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり
【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?
しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。
王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!
ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。
この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。
孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。
なんちゃって異世界のお話です。
時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。
HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24)
数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。
*国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】前提が間違っています
蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった
【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた
【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた
彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語
※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。
ご注意ください
読んでくださって誠に有難うございます。