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第2章
第1話 やり直しのお茶会
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(エリアナ視点・公爵邸 私室)
――熱い、と思った。
首筋に走った衝撃と、視界が真っ赤に染まった感覚。けれど次に目を開けたとき、そこにいたのは無機質な執行人ではなく、鏡の中の自分だった。
柔らかな朝の光が、白いカーテンを透かしている。
エリアナは震える指先で、自分の首筋に触れた。傷はない。ただ、肌が少し冷えているだけだ。
「……エリアナ様? どうかされましたか?」
背後から響いた声に、エリアナの心臓が跳ねた。鏡越しに、侍女・ミレーヌと目が合う。生きている。
あの雨の中、王都へ向かう途中で消息を絶ったはずの彼女が、今は健やかに櫛を手に持っている。
時間が……巻き戻っている。今日は、アレクシス殿下とお茶会をした日のようだ。
「……ミレーヌ」
「はい。今日は少し、顔色が優れないようですが……。やはり、複雑な結い上げはやめて、楽な髪型にしておきましょうか?」
エリアナは、この奇跡に感謝した。
そして、覚悟を決めた。独りぼっちでがんばる私は、今、この瞬間に卒業する。
ループ前と同じ、ミレーヌの問いかけ。けれど、エリアナの答えは決まった。
「いいえ。きっちりと結い上げてちょうだい、ミレーヌ。……最高に、私を凛々しく見せる形に」
ミレーヌが驚いたように目を瞬かせる。ループ前の自分は、散歩での「可愛らしさ」を優先して、あえて髪を下ろすスタイルを選んだ。
けれど、今は違う。今日は「お嬢様」としてではなく、「共闘者」としてアレクシス殿下の前に立ち、対等に交渉しなければならないからだ。
一筋の乱れもなく編み込まれ、うなじを露わにしたその髪型は、彼女の瞳に宿る強い意志を際立たせていた。
◇◇◇
庭園に出ると、懐かしい紅茶の香りが届いた。
アレクシス殿下はすでに席に着いており、エリアナの姿を見ると立ち上がった。その所作、視線、すべてが記憶の中にあるものと同じだ。
「その髪……。今日の君は、いつにも増して輝いているね」
アレクシスの言葉に、エリアナは完璧な礼を返した。
「ありがとうございます、アレクシス殿下。殿下にお会いできるのが、あまりに楽しみでしたので」
椅子に腰掛け、差し出されたカップを手に取る。ループ前の世界では、彼は「好みに合ったようで良かった」と言い、後から自分で淹れたことを明かした。
エリアナは一口飲む前に、ふわりと立ち上る香りを吸い込んだ。
「……ダージリンのセカンドフラッシュ、それもキャッスルトン農園のものですね? 少し多めの茶葉で、短時間に抽出された……私の、一番好きな淹れ方です」
アレクシスが、持っていたカップを宙で止めた。彼の目が、驚愕に大きく見開かれる。
「……なぜ、分かったんだい? まだ一口も飲んでいないのに。それに、淹れ方まで……」
「香りが、教えてくれましたわ」
エリアナは微笑み、優雅に紅茶を口に含んだ。 熱い。けれど、それは心地よい温度だ。
「殿下、ありがとうございます。お忙しい身でありながら、早めに来て自ら侍女に指示を出してくださったこと、心から感謝いたします」
アレクシスは言葉を失ったようにエリアナを見つめた。ループ前 なら、このあと「ずるいです」と照れて終わっていた。けれど、エリアナはカップを置くと、アレクシスの目を真っ直ぐに見据えた。
「殿下。この素晴らしい香りを、これからも守っていきたいとは思いませんか?」
「……どういう意味だい?」
「王都に届けられる紅茶の質が、少しずつ落ちている……あるいは、届くのが遅れているとは感じておられませんか? 物流の淀みは、最初はこうした贅沢品から始まり、やがて民の『煮込み料理』の塩さえも奪っていきますわ」
アレクシスの表情から、穏やかな「婚約者」の仮面が剥がれ落ちた。そこにあるのは、一国の王太子としての鋭い観察眼だ。
「……エリアナ。君は、地方の状況をどこまで知っているんだ?」
「すべてを、お話ししたいと思っております。……ただの『お散歩』ではなく、これからの王国の話を。私と殿下で、変えていくべき未来の話を」
エリアナは確信していた。ループ前の彼は、自分を救いたいと願いながらも、救えるだけの「力」と「情報」を持っていなかった。
ならば、今度は自分がそれを与える。
差し出されたアレクシスの手が、わずかに震えている。エリアナはその手を、今度は迷わずに、しっかりと握り返した。
「独りでは、届かない言葉があります。……けれど、殿下。貴方となら、その『線』を越えられる気がするのです」
風が吹き抜け、庭園の木々がざわめいた。ループ前とは違う、力強い変化の予感が、紅茶の香りに混じって広がっていった。
――熱い、と思った。
首筋に走った衝撃と、視界が真っ赤に染まった感覚。けれど次に目を開けたとき、そこにいたのは無機質な執行人ではなく、鏡の中の自分だった。
柔らかな朝の光が、白いカーテンを透かしている。
エリアナは震える指先で、自分の首筋に触れた。傷はない。ただ、肌が少し冷えているだけだ。
「……エリアナ様? どうかされましたか?」
背後から響いた声に、エリアナの心臓が跳ねた。鏡越しに、侍女・ミレーヌと目が合う。生きている。
あの雨の中、王都へ向かう途中で消息を絶ったはずの彼女が、今は健やかに櫛を手に持っている。
時間が……巻き戻っている。今日は、アレクシス殿下とお茶会をした日のようだ。
「……ミレーヌ」
「はい。今日は少し、顔色が優れないようですが……。やはり、複雑な結い上げはやめて、楽な髪型にしておきましょうか?」
エリアナは、この奇跡に感謝した。
そして、覚悟を決めた。独りぼっちでがんばる私は、今、この瞬間に卒業する。
ループ前と同じ、ミレーヌの問いかけ。けれど、エリアナの答えは決まった。
「いいえ。きっちりと結い上げてちょうだい、ミレーヌ。……最高に、私を凛々しく見せる形に」
ミレーヌが驚いたように目を瞬かせる。ループ前の自分は、散歩での「可愛らしさ」を優先して、あえて髪を下ろすスタイルを選んだ。
けれど、今は違う。今日は「お嬢様」としてではなく、「共闘者」としてアレクシス殿下の前に立ち、対等に交渉しなければならないからだ。
一筋の乱れもなく編み込まれ、うなじを露わにしたその髪型は、彼女の瞳に宿る強い意志を際立たせていた。
◇◇◇
庭園に出ると、懐かしい紅茶の香りが届いた。
アレクシス殿下はすでに席に着いており、エリアナの姿を見ると立ち上がった。その所作、視線、すべてが記憶の中にあるものと同じだ。
「その髪……。今日の君は、いつにも増して輝いているね」
アレクシスの言葉に、エリアナは完璧な礼を返した。
「ありがとうございます、アレクシス殿下。殿下にお会いできるのが、あまりに楽しみでしたので」
椅子に腰掛け、差し出されたカップを手に取る。ループ前の世界では、彼は「好みに合ったようで良かった」と言い、後から自分で淹れたことを明かした。
エリアナは一口飲む前に、ふわりと立ち上る香りを吸い込んだ。
「……ダージリンのセカンドフラッシュ、それもキャッスルトン農園のものですね? 少し多めの茶葉で、短時間に抽出された……私の、一番好きな淹れ方です」
アレクシスが、持っていたカップを宙で止めた。彼の目が、驚愕に大きく見開かれる。
「……なぜ、分かったんだい? まだ一口も飲んでいないのに。それに、淹れ方まで……」
「香りが、教えてくれましたわ」
エリアナは微笑み、優雅に紅茶を口に含んだ。 熱い。けれど、それは心地よい温度だ。
「殿下、ありがとうございます。お忙しい身でありながら、早めに来て自ら侍女に指示を出してくださったこと、心から感謝いたします」
アレクシスは言葉を失ったようにエリアナを見つめた。ループ前 なら、このあと「ずるいです」と照れて終わっていた。けれど、エリアナはカップを置くと、アレクシスの目を真っ直ぐに見据えた。
「殿下。この素晴らしい香りを、これからも守っていきたいとは思いませんか?」
「……どういう意味だい?」
「王都に届けられる紅茶の質が、少しずつ落ちている……あるいは、届くのが遅れているとは感じておられませんか? 物流の淀みは、最初はこうした贅沢品から始まり、やがて民の『煮込み料理』の塩さえも奪っていきますわ」
アレクシスの表情から、穏やかな「婚約者」の仮面が剥がれ落ちた。そこにあるのは、一国の王太子としての鋭い観察眼だ。
「……エリアナ。君は、地方の状況をどこまで知っているんだ?」
「すべてを、お話ししたいと思っております。……ただの『お散歩』ではなく、これからの王国の話を。私と殿下で、変えていくべき未来の話を」
エリアナは確信していた。ループ前の彼は、自分を救いたいと願いながらも、救えるだけの「力」と「情報」を持っていなかった。
ならば、今度は自分がそれを与える。
差し出されたアレクシスの手が、わずかに震えている。エリアナはその手を、今度は迷わずに、しっかりと握り返した。
「独りでは、届かない言葉があります。……けれど、殿下。貴方となら、その『線』を越えられる気がするのです」
風が吹き抜け、庭園の木々がざわめいた。ループ前とは違う、力強い変化の予感が、紅茶の香りに混じって広がっていった。
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