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第2章
第9話 盤上の駆け引き
(ルーカス視点・王宮の円卓会議)
王宮の円卓会議。重厚な扉が閉ざされ、選ばれた閣僚たちだけが顔を揃えていた。
ループ前、この場はエリアナの「視察報告」を冷笑し、彼女を『地方寄り』と断じる場だった。だが、今の空気は違う。
「――地方で、大規模な反乱が発生いたしました」
宰相オルフェンが、芝居がかった重苦しさで口を開いた。その手には、現場の『部下』から届いたばかりの報告書がある。
「公爵令嬢エリアナ様が暴徒に担がれ、あろうことか自らその先頭に立っているとのこと。……誠に、遺憾極まる事態ですな。公爵閣下」
オルフェンの冷ややかな視線が、ルーカス公爵に向けられる。ルーカスは表情一つ変えず、静かに視線を返した。
「娘が暴徒を率いている、と。……随分と飛躍した報告ですな、宰相。彼女は事態を収拾するために現場に留まっていると聞いている」
「担がれたのか、それとも煽動したのか。いずれにせよ、数千の集団が結成され、武装している事実は変わりません。即座に討伐軍を派遣し、首謀者を拘束すべきかと」
中央派の貴族たちが同調するように頷く。
アレクシスは、机の下で拳を握り、ゆっくりと口を開いた。
「討伐、ですか。……気が早いですね、宰相」
アレクシスの声に、かつての真摯で実直な姿勢は見られなかった。むしろ、どこか相手を試すような、余裕すら感じさせる響きだ。
「事実関係が不明なまま軍を動かせば、それこそ本当の『反乱』を招きかねない。まずは正確な情報の収集が先決でしょう。……例えば、なぜ物流が滞り、民の不満がこれほど急速に高まったのか。その『原因』について、土木局から何か報告は上がっていませんか?」
オルフェンの眉が、ピクリと跳ねた。アレクシスは、エリアナから届いた『証拠』を直接突きつけることはしない。それをすれば、証拠を揉み消されるか、あるいは窮鼠となった宰相が暴走する可能性があるからだ。
「……土木局、でございますか? 殿下は何を仰りたいのでしょう」
「いや、噂で聞きましてね。最近、王都の備蓄庫から、堤防の破壊工作に使うような特殊な楔が大量に紛失したとか。まさかとは思いますが、今回の不満の裏に、そのような『人為的な演出』があったとしたら……。徹底的に調査せねば、王室の威信に関わります」
会議室に、ひやりとした沈黙が落ちた。アレクシスの言葉は、直接の告発ではない。だが、「私はすべて知っている」という強烈な牽制だった。
オルフェンの瞳の奥に、初めてアレクシスを『敵』として再評価する光が宿る。
(……この若造、いつの間に牙を研いでいた)
「殿下の仰る通り、調査は必要でしょう。なればこそ、時間をかけるべきかと。拙速な武力行使は、隠すべき真実まで焼き払ってしまうことになりかねません」
ルーカスの言葉に、アレクシスが頷く。二人の見事な連携に、中央派の攻勢がわずかに鈍った。時間を稼ぐ。エリアナが民衆を掌握し、状況を変えるまでの時間を。
◇◇◇
会議が休憩に入った直後、廊下の隅でアレクシスはミレーヌとダニエルに迎えられた。二人の無事な姿と、エリアナが『請願団』を掌握したという知らせを聞き、アレクシスは深く安堵の息を吐いた。
「……よくやってくれた。彼女は、今も正装で彼らの前に立っているのだな?」
「はい。エリアナ様は、自らを象徴として掲げ、暴走を食い止めておいでです」
「分かった。……ルーカス閣下、王都の後は任せてもよろしいですか?」
アレクシスの問いに、ルーカスは力強く頷いた。
「わかりました。ここは私が抑えます。……殿下は、エリアナの元へ行ってください。王太子として、そして彼女の騎士として」
「――感謝します」
アレクシスは最小限の護衛だけを伴い、王宮の裏門へと走った。
重厚な鎧を脱ぎ捨て、一人の男として、そして未来の王として。
彼は今度こそ、彼女の隣に立つために。
王宮の円卓会議。重厚な扉が閉ざされ、選ばれた閣僚たちだけが顔を揃えていた。
ループ前、この場はエリアナの「視察報告」を冷笑し、彼女を『地方寄り』と断じる場だった。だが、今の空気は違う。
「――地方で、大規模な反乱が発生いたしました」
宰相オルフェンが、芝居がかった重苦しさで口を開いた。その手には、現場の『部下』から届いたばかりの報告書がある。
「公爵令嬢エリアナ様が暴徒に担がれ、あろうことか自らその先頭に立っているとのこと。……誠に、遺憾極まる事態ですな。公爵閣下」
オルフェンの冷ややかな視線が、ルーカス公爵に向けられる。ルーカスは表情一つ変えず、静かに視線を返した。
「娘が暴徒を率いている、と。……随分と飛躍した報告ですな、宰相。彼女は事態を収拾するために現場に留まっていると聞いている」
「担がれたのか、それとも煽動したのか。いずれにせよ、数千の集団が結成され、武装している事実は変わりません。即座に討伐軍を派遣し、首謀者を拘束すべきかと」
中央派の貴族たちが同調するように頷く。
アレクシスは、机の下で拳を握り、ゆっくりと口を開いた。
「討伐、ですか。……気が早いですね、宰相」
アレクシスの声に、かつての真摯で実直な姿勢は見られなかった。むしろ、どこか相手を試すような、余裕すら感じさせる響きだ。
「事実関係が不明なまま軍を動かせば、それこそ本当の『反乱』を招きかねない。まずは正確な情報の収集が先決でしょう。……例えば、なぜ物流が滞り、民の不満がこれほど急速に高まったのか。その『原因』について、土木局から何か報告は上がっていませんか?」
オルフェンの眉が、ピクリと跳ねた。アレクシスは、エリアナから届いた『証拠』を直接突きつけることはしない。それをすれば、証拠を揉み消されるか、あるいは窮鼠となった宰相が暴走する可能性があるからだ。
「……土木局、でございますか? 殿下は何を仰りたいのでしょう」
「いや、噂で聞きましてね。最近、王都の備蓄庫から、堤防の破壊工作に使うような特殊な楔が大量に紛失したとか。まさかとは思いますが、今回の不満の裏に、そのような『人為的な演出』があったとしたら……。徹底的に調査せねば、王室の威信に関わります」
会議室に、ひやりとした沈黙が落ちた。アレクシスの言葉は、直接の告発ではない。だが、「私はすべて知っている」という強烈な牽制だった。
オルフェンの瞳の奥に、初めてアレクシスを『敵』として再評価する光が宿る。
(……この若造、いつの間に牙を研いでいた)
「殿下の仰る通り、調査は必要でしょう。なればこそ、時間をかけるべきかと。拙速な武力行使は、隠すべき真実まで焼き払ってしまうことになりかねません」
ルーカスの言葉に、アレクシスが頷く。二人の見事な連携に、中央派の攻勢がわずかに鈍った。時間を稼ぐ。エリアナが民衆を掌握し、状況を変えるまでの時間を。
◇◇◇
会議が休憩に入った直後、廊下の隅でアレクシスはミレーヌとダニエルに迎えられた。二人の無事な姿と、エリアナが『請願団』を掌握したという知らせを聞き、アレクシスは深く安堵の息を吐いた。
「……よくやってくれた。彼女は、今も正装で彼らの前に立っているのだな?」
「はい。エリアナ様は、自らを象徴として掲げ、暴走を食い止めておいでです」
「分かった。……ルーカス閣下、王都の後は任せてもよろしいですか?」
アレクシスの問いに、ルーカスは力強く頷いた。
「わかりました。ここは私が抑えます。……殿下は、エリアナの元へ行ってください。王太子として、そして彼女の騎士として」
「――感謝します」
アレクシスは最小限の護衛だけを伴い、王宮の裏門へと走った。
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