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エピローグ、
しおりを挟むこれまで、小説を終いまで書きあげたことがない。
何もかもが、馬鹿馬鹿しく思える。
誰が、こんな荒唐無稽な物語に最後まで付き合ってくれるというのか?
大変失礼だが、もし読んでくださっているとしたならば、貴方は余程の物好きか、救い難いロマンチストなのであろう。
そんな貴方に、わたしは心から感謝している。
今、Evansの You Must Believe in Springを聴きながら、この原稿を書いている。
春を信じなければ。
わたしは信じる。
どうか、貴方も信じて欲しい。
もうすぐ、冬は終わるのだから。
このような結末は、古風で垢抜けず、当世、流行らないかも知れない。だが、敢えてわたしは、こんな風に物語を終わらせようと思う。
あれから二年が経つ。
神埼ユメは、佐藤ユメになった。
多少、年齢の差は気になったが、わたしは世間体などと無縁だったし、何より、ユメを現実的な意味で守ってやりたかったのだ。
ハナの墓は、亡き妻の隣りに建てた。ユメが寂しがるから、二週間に一度は共に参ることにしている。
去年の夏、郊外の海沿いに引っ越した。一軒家を借りて、翻訳の事務所を始めた。今のところ、産業機械の取り扱い説明書が主であるが、行く行くは、英米文学なんかをやりたいと考えている。
ユメも働いている。日中だけ、米軍の兵隊相手の食堂で女給を始めた。わたしが教えた甲斐もあって、片言だが英語を話せるようになった。夕方には帰宅して、家事をこなしてくれている。わたしも不器用ではないから、きちんと手伝う。大根や山芋をおろしたり、鯵のつみれをこねる。寝間着や布団も干すし、庭の草むしりだってやる。それでも、「まだまだですね、一郎さん」とユメには小言を言われる。
週末には、図書館へ行く。二人で並んで座るが、互いに一言も喋らず、何時間でも本を読み続ける。今、ユメは、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』を読んでいる。これまで読んだ中で、最も美しい小説なのだと言う。その意見には賛成だ。わたしは、ウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』を読んでいる。これもまた、これまで読んだ中で、最も美しい小説なのだ。帰り道、駅の近くのカフェでアップルパイを食べながら、わたしたちはそんな会話を交わす。
もしかしたら、
「これは、ありがちな大団円なのだね」
と貴方は非難するかも知れない。
けれども、仕方無かろう。
わたしは二人を本当に愛しているのだ。
若かった頃の自分の夢を愛するように。
果たして、『作家きどりと抽象的な真如』は完結したのだろうか?
答えは、Yes だ。
三笠漱石氏は、書きかけだった原稿をユメに渡して、返してくれた。あの草臥れた腕時計と一緒に。
だからこそ、こうして、貴方が読んでくれているわけである。
あれから、ハーデス錠は飲んでいない。これからも飲むことはないだろう。酒の量も煙草の本数も減った。嗜む程度だ。日が沈むころ、ほんの少しだけ物悲しくなったりすることもあるけれど、そんな時、そんな気持ちはごく自然なのだと考えることにしている。実際、わたしたちは、いろいろなものを失ってきたのだから。
ある日、わたしたちは懐かしくなって、あのカフェ『サントラ』を訪ねてみた。
それで、思いきって、妹さんに亭主の死因を聞いてみた。
すると、呆気ない事故死だった。
営業終わり、東桜山通りを歩いていて、亭主はマンホールの蓋が開いたままなのに気付かずに落下、ひどく打ちどころが悪かったそうなのである。
The End
作家きどりと抽象的な真如
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