酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

文字の大きさ
24 / 303

第7話-1 魔法とモストロ

しおりを挟む
 とても小さな宝島カプリコルノの、王都オルキデーアの宮廷――オルキデーア城――の裏庭。

 王妃ヴィットーリアと、大公夫人アリーチェの声が響き渡る。

「これ、ベル! 止まるのじゃ!」

「いけないわ、ベル! 武器をしまって!」

 続いて、王妃の妹――侯爵夫人ベラドンナの声も響く。

「だーから、『食べられない方のウサギ』だってばベル! 狩ってどうすんの!」

 裏庭に広がる庭園の中央付近にある、円卓で茶をしている3人の目線の先。

 短剣片手に疾走しているベルが搦手門を潜ると、そこにいた衛兵たちも声を上げた。

「宮廷天使様、大丈夫ですよ!」

「この辺でよく見るコニッリョでした、害はありません!」

 どの声も、ベルの耳には届いていなかった。

 自身の嫌な動悸に鼓膜が支配され、顔は真っ青だ。

 搦手門のすぐ正面に見える市壁の北門を潜ると、そこには下り傾斜の森が広がっている。

 辺りを見回し、左の方へと顔を向けた刹那、ヴァレンティーナから手渡しで茶菓子を貰おうとしている若いオスのコニッリョこと、コニッリョ・デッレ・オレッキエピエガーテ――モストロ――が目に入った。

 心臓が凍り付くような感覚を覚えると同時に、「触れるな!」と叫ぶ。

 こんなに大きな声を上げるのは一体いつぶりか、または初めてか。

 コニッリョが飛び跳ね、脱兎の勢いで斜面を駆け下りていく一方、ヴァレンティーナも驚いた様子で振り返った。

「ベ、ベルっ……? ど、どうしたの?」

「ティーナ様、お怪我は……!」

 とティーナの全身をくまなく確認するベルの身体は、小刻みに震えている。

「大丈夫よ、ベル。コニッリョは人を傷付けたりしないのよ?」

「フラヴィオ様やフェーデ様、ドルフ様からもそう伺っておりますし、私自身も図書室の本で学びましたが、信用してはなりません。あれは人ではないのですから」

「大丈夫――」

「なりません! 人ですら信用ならないのに、あんな奇怪な生き物などっ……危険極まりありません!」

 そこへ、「逆じゃ」と後方から突っ込みが入った。

 振り返ると、ヴィットーリアとベラドンナ、アリーチェが追い駆けて来ていた。

 突っ込みはヴィットーリアの声だったが、アリーチェがベルを宥めるようにこう続ける。

「大丈夫よ、ベル。コニッリョはただ生きるために、人の食べ物を盗ってしまうだけ。盗られてしまった人が怒るのは仕方がないけれど、そうでなくとも罵声を浴びせたり暴力を振るったりする人とは違って、コニッリョは害意を抱いたりしないわ」

「伺いました、学びました、故に存じております。しかしっ……」

 ベルの身体の震えが止まらない。

 何者かの気配を感じて、機敏に振り返る。

 先ほどのコニッリョが、遠くの木に身を隠しながらこちらを見ていた。

 思わず右手に持っていた短剣を投げそうになったベルを、ヴィットーリアとベラドンナ、アリーチェが慌てて止める。

「これ、ベル! 止めるのじゃ!」

 とヴィットーリアが両手でベルの右腕を掴み、ベラドンナがベルを羽交い絞めにする。

「アンタねぇ、食べられないものは狩るもんじゃないのよ!?」

「早く武器を捨てて、ベル! コニッリョは、武器が殺傷するものだって分かっているの!」

 とベルの手から短剣を奪ったアリーチェが、「あっ」と声を上げてヴィットーリアを顔を見合わせた。

 同時に苦笑していく。

「アリーや……ついにそなたもコニッリョの敵になってしまったのう……」

「ごめんなさい、お義姉様……。コニッリョがこの先、人に心を開いてくれるとしたら、後はもうティーナ殿下だけかも……」

 ベルは、少し我に返ってヴィットーリアとアリーチェの顔を見た。

 一体、何の話をしているのか。

 まるであの奇怪な生き物を、仲間にしたいような口ぶりだ。

 ベルの心境を察したベラドンナが、こう答える。

「これから先、この国はコニッリョの力が必要なんですって」

「え……?」

「要は、人間が使えない『魔法』の力が必要になるってこと。ドルフやワタシは、そんなの必要ないって思うけどね」

 ベルが困惑してヴィットーリアとアリーチェの顔を見る傍ら、ヴァレンティーナが斜面を小走りで降りていく。

 ベルは再び狼狽したが、ベラドンナに加えてヴィットーリアとアリーチェにも押さえ付けられて、まったく身動きが出来なくなった。

「ティーナを見るのじゃ、ベル」

 と、ヴィットーリアがベルの耳元で囁いた。

 ヴァレンティーナが近寄っていくと、木に身を隠していたコニッリョがこちらを警戒した様子を見せながらも姿を現した。
 
 また他にも2匹コニッリョがいたようで、それらもヴァレンティーナに近寄って行った。

「はい、どうぞ」

 ――ヴァレンティーナがそう言いながら、3匹のコニッリョに茶菓子を1つずつ手渡していく。

「あれが出来るのは、まだコニッリョの前で凶器を手にしたことのないティーナだけじゃ。フラヴィオたちや将兵などの男たちはいつも武器を持っておるし、ベラは狩りに行く度に弓矢を持ち、私はオルランドが幼少の頃にコニッリョを襲ってしまったことがある――そう、今のそなたがティーナを守ろうとしたように。その時、多くの使用人も包丁やらナイフコルテッロやら持ち出して、コニッリョを退治しようとしてしまった。アリーも今までコニッリョの敵ではなかったが……先ほどから駄目になってしまった。アリーが武器を持ったことは、きっとすぐにコニッリョたちの中で広まるじゃろう。コニッリョたちは、それほどに臆病なモストロじゃ」

 ベルは小さく「申し訳ございません」と謝った。

 それは自身の所為ではあるが、かと言って謝る必要もないように感じて、複雑な気分だった。アドルフォやベラドンナと同様、あの奇怪なモストロをわざわざ仲間にする必要などあるように思えなくて。

「だから、分かったのう、ベル? そなたはあのティーナの侍女じゃ。コニッリョを見る度に武器を持っていては、いずれティーナもコニッリョの敵にされてしまう。それでは駄目じゃ。ひとりでも多く、コニッリョの敵ではない者が必要なのじゃから」

 承知の返事が出来なくて口籠っているベルを見、ヴィットーリアが小さく溜め息を吐いてこう言った。

「いまいち腑に落ちないようじゃな。でもまぁ……ちょうど明日遊びにやって来るレオーネ国の王太子殿下らと接しているうちに、その必要性が分かるじゃろうて」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

処理中です...