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第15話ー1 天使殺し
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山や森林の落葉樹が、すっかり紅葉となった11月の頭。
王都オルキデーアや、その外に広がる農村には、近くの西の山――コニッリョの山――に出かけて豊富な木の実をたんまりと食し、日に日に肥えて真ん丸になっていく家畜の豚たちで一杯になる。
食べ頃になった彼らを、主らが涙もしくは涎を垂らしながら、塩漬けや燻製、乾燥肉といった食肉化し、冬を迎える準備を始めるこの時期。
時刻は昼下がり、王都オルキデーアの農村の中央付近にある、堅牢な石造りの邸宅――4番目の天使こと、村天使パオラの自宅前にて。
鈍色の板金鎧を纏っている門番の兵士を見て、ベルは「わぁ」と少し声高になった。
「強そうですね」
「いやぁ、そんなことねぇだよ」
と照れ臭そうな様子で返して来たその門番は、とても恵まれた体格をしており、フラヴィオと並んでみても引けを取らなかった。
兜の面頬を上げると、そこには20歳過ぎと思われる青年の顔があった。
「オイラ、やっぱり陛下や元帥閣下たちにはてんで敵わねぇだよ、宮廷天使様」
「ファビオはこう言って謙遜するが、オルキデーア農民の中で一番の強さでな。それ故、パオラの邸宅の門番に選んだんだ。昔からパオラを実の妹のように大切にしてくれていて、信頼もあるしな」
と言ったフラヴィオが、「しっかし」とそのファビオと呼んだ青年の頭上を見て、おかしそうに笑ってこう問うた。
「おまえ、ちゃんと仕事してるんだろうな?」
「す、すみませんですだ! でも、ちゃんとしてますだ!」
ファビオは女の子を肩車していた。2歳の愛娘らしい。
フラヴィオがその娘の頭を「よしよし、ピッパ」と言って撫でた。
「父上の仕事を邪魔しちゃいけないぞ。こっちに来るのだ」
と抱き上げて肩車してやると、ピッパがフラヴィオの金の髪を掴んではしゃいだ。
フラヴィオは「こらこら」と言いながら、玄関の扉を指差した。
「妻のアニェラは中で茶会中か、ファビオ?」
ファビオが「スィー」と答えて玄関の扉に手を掛ける。
「あ、そういえば奥様たちがお待ちですだ、陛下」
「うん?」
と首を傾げたフラヴィオの手前、開け放たれた玄関の扉。
するとそこには――
「おかえりなさい、あなた。お風呂にする? ごはんにする? それとも、わ・た・し?」
「私?」「アタシ?」「わたし?」「あたし?」「ワタシ?」「わたち?」「あたち?」
村の幼女集団が待っていた。
「Oh……どれから頂けば良いのだっ……」
と碧眼を煌めかせる酒池肉林王の背後から出て来たベルは、「お邪魔します」と言って居間の方へと向かって行った。
その後方からは、本日レオーネ国からやって来ているマサムネの猫4匹のうち、双子ガット・ティグラートのナナ・ネネも付いて来ている。
タロウ・ハナ兄妹は1匹ずつでもやって来るが、この2匹は必ず一緒にやって来る。まるで2匹で1匹、一心同体だった。
居間に入るなり、そこで談笑していた村の中高年が、ナナ・ネネを見て逃げるように数名出て行く。
「ごめんね、ナナちゃんネネちゃん。おじちゃんおばちゃん、じーちゃんばーちゃんは、やっぱりモストロを受け入れるのに時間かかるみたいだべよ。ほんとにごめんね、気ぃ悪くしただか?」
とパオラが心配そうに問うと、ナナ・ネネが首を横に振った。
「平気だ」
「なんともない」
相手の気持ちやその場の空気を読んで行動するタロウ・ハナに対し、こちらはいつだって正直故に、本音なのだろう。
パオラは安堵した顔を見せると、ナナ・ネネを空いているテーブルに着かせた。
ベルも「失礼します」と言って空いている席に座る。
見回すと、先ほど中高年が出て行ったこともあり、比較的若い世代の村人たちが集まっていた。
ターヴォラの上には、茶やら菓子やらがある。
「これ土産だ」
とナナ・ネネが手荷物から出したのは、『ベル焼き』だった。レオーネ国では流行中らしい。
「うちでは結局、あんこが流行らなかったみたいなのですよ……」
と、ベルは小さく溜め息を吐いた。
ナナ・ネネのテレトラスポルトでここへ来る前に、町天使セレーナのパン屋に寄って来たのだが、一時は昼前に売り切れ、流行ったかのように見えた『あんこパン』は「そろそろ余りそう」とのことだった。
ナナ・ネネが、うんと頷いた。
「あちきもあんこ嫌い」
「あちきもあんこ不味い」
と言って、ベル焼きに手を伸ばしたナナ・ネネが、あんこを挟んでいる皮――ケーキ部分を剥がして食べ始める。
村の人々は、せっかくもらったのだからと気を遣って食べているように見えた。
「それでベルちゃん、今日はどうしただか? ティーナ殿下がお勉強してるあいだに、補佐のお仕事だか?」
とパオラが問うと、ベルは「はい」と言って用件を述べた。
「最近の村の皆様と、コニッリョについてお聞きしようと思いまして」
パオラが村人たちと顔を見合わせてから答えた。
「前より、ずっと良くなってるだよ? にんじんの皮とかヘタとか、落として土だらけになったカボチャの煮つけとか、捨てねえでコニッリョにあげる人たち増えたし。ねぇ、アニェラ姉?」
と、パオラが話を振ったのは、その名前からするとファビオの妻のようだ。ファビオと同様、20歳過ぎくらいに見える。
パオラは一人っ子で兄弟姉妹はいなく、『姉』と付けて呼んだところを見ると彼女を慕っているのだと分かった。
その『アニェラ姉』が「そだね」と頷いた。
「おじちゃんおばちゃん、じっちゃんばっちゃんは、相変わらずだけんども。コニッリョに暴力振るってるとこ見るのは、かなり減っただよ? 前は鍬持って追いかけまわしたりしてたけんども、最近は見なくなっただよ」
別の村人の女から「でも」と聞こえて来た。
「心配なのは、これから来る『冬』だべ。コニッリョはエサをもとめて山からもっと下りて来るようになるけんども、冬の村は他の季節みたいに野菜が育たないから、どうしても収入が減るだよ。若い男がいる家庭は兵士の収入もあるから大丈夫なんだけんども、母娘だけとか、じっちゃんばっちゃんだけの家庭で食料盗まれたりすると、やっぱり喧嘩になるだよ」
それは止めて欲しいベルが、どうしようものか黙考していると、ナナ・ネネが村人の顔を見回しながらこう言った。
「まだ嫌か?」
「モストロの糞、嫌か?」
言っていることが分からず、一同が返答できずにいると、2匹が続けた。
「モストロの糞、何よりの肥料」
「特にレオーネ・テストゥードの糞、何よりだ」
「使えば、冬でも野菜育つ」
「使えば、冬でもトウモロコシ育つ」
村人たちも「えっ」と仰天したが、ベルも「なんと……」と声高になる。
レオーネ国に観光に行った際、ベルは出会うことのなかった巨大な亀モストロのレオーネ・テストゥードは、ムサシが飼っているだか何だか聞いていた。
そしてその糞が畑の肥料として活用されていることも、後からフェデリコから教わったが、まさかそんなに素晴らしいものだったとは。
「まあ、やっぱり夏のトウモロコシみたいにはならないけどな」
「まあ、やっぱり夏の野菜みたいにワサワサ育たないけどな」
パオラが「でもでも!」と興奮気味に問う。
「ずっとずっと、野菜育つんだべ? ずっとずっと、マシになるんだべ?」
ナナ・ネネが「なる」と断言すると、村人たちがどよめいた。
「輸入します! 輸入して、農村に無料配布します! 本格的な冬を迎え、雪が積もる前に輸入します!」
とフラヴィオに相談前に早くも決めたらしいベルが、補佐の仕事用備忘録を広げてペンで書き込んでいく。
しかし、「まいどー」と言ったナナ・ネネが「けど」と続け様にこう言うと、その手が止まった。
「すっっっげぇ高いぞ?」
「――くぅっ……!」
「宮廷天使様……」
と目を輝かせる村人たちが居る一方、半分近くは困惑しているようだった。
「ちょっと待ってよ、わたすはまだ無理だべ。それで育った野菜を食べるのが怖いだよ」
「んだべ。それで育った野菜が売れるとは思わねぇだ」
それを聞いたベルが、「いいえ」と言った。
「その辺はそんなに心配いらないかと。怖いのなら、食べずに売って稼いだお金で、別の食料を手に入れればよろしいだけのことです。モストロの糞を使って育てた野菜は売れない? いえいえ、大丈夫ですよ。そんなの、言わなきゃバレません」
村人たちが「あー」と声を揃えたとほぼ同時に、居間の戸口から「こら!」と声が上がった。
振り返ると、まるで鎧のように幼女を全身に装備したフラヴィオが眉を吊り上げて立っていた。
きゃっきゃとはしゃいでいる幼女たちに離れてもらい、足早にベルの方へと歩いて来る。
「またそんなことを言って! 純朴農民を悪に染めるんじゃない! この悪い子め!」
「良い子でございます!」
「どこがだ! 言わなきゃバレないから良いって、浮気男の脳内か!」
「ならばベルナデッタの脳は、フラヴィオ様の脳とお揃いでございますね!」
「何を言う! 見えぬところで浮気してたら『酒池肉林王』なんて言われておらぬ!」
村人たちがフラヴィオとベルを交互に見て「おおー」と声を漏らす。
女にひたすら甘いフラヴィオが女に向かって怒声を上げているのも、また女にひたすら愛されるフラヴィオに――ていうか国王陛下に――食って掛かる女も、初めて見た。
「冬の農村が潤うということは、融和に近付いているコニッリョとの喧嘩防止に繋がるのでございます!」
「それは分かるが、やることは詐欺と変わらぬ! なんだって、そういう方に知恵が回るのだ! 悪い子め!」
「良い子でございます!」
と言い合いになりながらも、フラヴィオはベルを抱っこして座る。
ベルも膝の上で両手をきちんと揃え、行儀良くおとなしく座る。
しかし、目前にある互いの怒った顔を見つめながら、言い合いは激しくなっていく。
最近の宮廷ではお馴染みとなってきているこの光景は、初見の村人たちの目には大変不思議に映った。
「喧嘩してるだか?」
「いちゃ付いてるだか?」
と村人たちに訊ねられたパオラが、おかしそうに笑った。
「どっちもだべね。ベルちゃんはフラヴィオ様の補佐だから喧嘩になることもあるけんども、ベルちゃんは天使の中でもティーナ殿下と並んでフラヴィオ様と仲良しなんだべよ。けんども、今は……」
と、パオラが2人のあいだに「まあまあ」と割って入った。
「モストロの肥料は今年は諦めることにするべ、ベルちゃん。きっとまだ、村人の半分は抵抗あるだよ」
ベルは「そうですか」と肩を落とすと、ではどうしようものかと黙考した。
せっかくコニッリョとの距離が近付いて来た今、台無しになるような事態が起きるのは避けたいのだ。
王都オルキデーアや、その外に広がる農村には、近くの西の山――コニッリョの山――に出かけて豊富な木の実をたんまりと食し、日に日に肥えて真ん丸になっていく家畜の豚たちで一杯になる。
食べ頃になった彼らを、主らが涙もしくは涎を垂らしながら、塩漬けや燻製、乾燥肉といった食肉化し、冬を迎える準備を始めるこの時期。
時刻は昼下がり、王都オルキデーアの農村の中央付近にある、堅牢な石造りの邸宅――4番目の天使こと、村天使パオラの自宅前にて。
鈍色の板金鎧を纏っている門番の兵士を見て、ベルは「わぁ」と少し声高になった。
「強そうですね」
「いやぁ、そんなことねぇだよ」
と照れ臭そうな様子で返して来たその門番は、とても恵まれた体格をしており、フラヴィオと並んでみても引けを取らなかった。
兜の面頬を上げると、そこには20歳過ぎと思われる青年の顔があった。
「オイラ、やっぱり陛下や元帥閣下たちにはてんで敵わねぇだよ、宮廷天使様」
「ファビオはこう言って謙遜するが、オルキデーア農民の中で一番の強さでな。それ故、パオラの邸宅の門番に選んだんだ。昔からパオラを実の妹のように大切にしてくれていて、信頼もあるしな」
と言ったフラヴィオが、「しっかし」とそのファビオと呼んだ青年の頭上を見て、おかしそうに笑ってこう問うた。
「おまえ、ちゃんと仕事してるんだろうな?」
「す、すみませんですだ! でも、ちゃんとしてますだ!」
ファビオは女の子を肩車していた。2歳の愛娘らしい。
フラヴィオがその娘の頭を「よしよし、ピッパ」と言って撫でた。
「父上の仕事を邪魔しちゃいけないぞ。こっちに来るのだ」
と抱き上げて肩車してやると、ピッパがフラヴィオの金の髪を掴んではしゃいだ。
フラヴィオは「こらこら」と言いながら、玄関の扉を指差した。
「妻のアニェラは中で茶会中か、ファビオ?」
ファビオが「スィー」と答えて玄関の扉に手を掛ける。
「あ、そういえば奥様たちがお待ちですだ、陛下」
「うん?」
と首を傾げたフラヴィオの手前、開け放たれた玄関の扉。
するとそこには――
「おかえりなさい、あなた。お風呂にする? ごはんにする? それとも、わ・た・し?」
「私?」「アタシ?」「わたし?」「あたし?」「ワタシ?」「わたち?」「あたち?」
村の幼女集団が待っていた。
「Oh……どれから頂けば良いのだっ……」
と碧眼を煌めかせる酒池肉林王の背後から出て来たベルは、「お邪魔します」と言って居間の方へと向かって行った。
その後方からは、本日レオーネ国からやって来ているマサムネの猫4匹のうち、双子ガット・ティグラートのナナ・ネネも付いて来ている。
タロウ・ハナ兄妹は1匹ずつでもやって来るが、この2匹は必ず一緒にやって来る。まるで2匹で1匹、一心同体だった。
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「ごめんね、ナナちゃんネネちゃん。おじちゃんおばちゃん、じーちゃんばーちゃんは、やっぱりモストロを受け入れるのに時間かかるみたいだべよ。ほんとにごめんね、気ぃ悪くしただか?」
とパオラが心配そうに問うと、ナナ・ネネが首を横に振った。
「平気だ」
「なんともない」
相手の気持ちやその場の空気を読んで行動するタロウ・ハナに対し、こちらはいつだって正直故に、本音なのだろう。
パオラは安堵した顔を見せると、ナナ・ネネを空いているテーブルに着かせた。
ベルも「失礼します」と言って空いている席に座る。
見回すと、先ほど中高年が出て行ったこともあり、比較的若い世代の村人たちが集まっていた。
ターヴォラの上には、茶やら菓子やらがある。
「これ土産だ」
とナナ・ネネが手荷物から出したのは、『ベル焼き』だった。レオーネ国では流行中らしい。
「うちでは結局、あんこが流行らなかったみたいなのですよ……」
と、ベルは小さく溜め息を吐いた。
ナナ・ネネのテレトラスポルトでここへ来る前に、町天使セレーナのパン屋に寄って来たのだが、一時は昼前に売り切れ、流行ったかのように見えた『あんこパン』は「そろそろ余りそう」とのことだった。
ナナ・ネネが、うんと頷いた。
「あちきもあんこ嫌い」
「あちきもあんこ不味い」
と言って、ベル焼きに手を伸ばしたナナ・ネネが、あんこを挟んでいる皮――ケーキ部分を剥がして食べ始める。
村の人々は、せっかくもらったのだからと気を遣って食べているように見えた。
「それでベルちゃん、今日はどうしただか? ティーナ殿下がお勉強してるあいだに、補佐のお仕事だか?」
とパオラが問うと、ベルは「はい」と言って用件を述べた。
「最近の村の皆様と、コニッリョについてお聞きしようと思いまして」
パオラが村人たちと顔を見合わせてから答えた。
「前より、ずっと良くなってるだよ? にんじんの皮とかヘタとか、落として土だらけになったカボチャの煮つけとか、捨てねえでコニッリョにあげる人たち増えたし。ねぇ、アニェラ姉?」
と、パオラが話を振ったのは、その名前からするとファビオの妻のようだ。ファビオと同様、20歳過ぎくらいに見える。
パオラは一人っ子で兄弟姉妹はいなく、『姉』と付けて呼んだところを見ると彼女を慕っているのだと分かった。
その『アニェラ姉』が「そだね」と頷いた。
「おじちゃんおばちゃん、じっちゃんばっちゃんは、相変わらずだけんども。コニッリョに暴力振るってるとこ見るのは、かなり減っただよ? 前は鍬持って追いかけまわしたりしてたけんども、最近は見なくなっただよ」
別の村人の女から「でも」と聞こえて来た。
「心配なのは、これから来る『冬』だべ。コニッリョはエサをもとめて山からもっと下りて来るようになるけんども、冬の村は他の季節みたいに野菜が育たないから、どうしても収入が減るだよ。若い男がいる家庭は兵士の収入もあるから大丈夫なんだけんども、母娘だけとか、じっちゃんばっちゃんだけの家庭で食料盗まれたりすると、やっぱり喧嘩になるだよ」
それは止めて欲しいベルが、どうしようものか黙考していると、ナナ・ネネが村人の顔を見回しながらこう言った。
「まだ嫌か?」
「モストロの糞、嫌か?」
言っていることが分からず、一同が返答できずにいると、2匹が続けた。
「モストロの糞、何よりの肥料」
「特にレオーネ・テストゥードの糞、何よりだ」
「使えば、冬でも野菜育つ」
「使えば、冬でもトウモロコシ育つ」
村人たちも「えっ」と仰天したが、ベルも「なんと……」と声高になる。
レオーネ国に観光に行った際、ベルは出会うことのなかった巨大な亀モストロのレオーネ・テストゥードは、ムサシが飼っているだか何だか聞いていた。
そしてその糞が畑の肥料として活用されていることも、後からフェデリコから教わったが、まさかそんなに素晴らしいものだったとは。
「まあ、やっぱり夏のトウモロコシみたいにはならないけどな」
「まあ、やっぱり夏の野菜みたいにワサワサ育たないけどな」
パオラが「でもでも!」と興奮気味に問う。
「ずっとずっと、野菜育つんだべ? ずっとずっと、マシになるんだべ?」
ナナ・ネネが「なる」と断言すると、村人たちがどよめいた。
「輸入します! 輸入して、農村に無料配布します! 本格的な冬を迎え、雪が積もる前に輸入します!」
とフラヴィオに相談前に早くも決めたらしいベルが、補佐の仕事用備忘録を広げてペンで書き込んでいく。
しかし、「まいどー」と言ったナナ・ネネが「けど」と続け様にこう言うと、その手が止まった。
「すっっっげぇ高いぞ?」
「――くぅっ……!」
「宮廷天使様……」
と目を輝かせる村人たちが居る一方、半分近くは困惑しているようだった。
「ちょっと待ってよ、わたすはまだ無理だべ。それで育った野菜を食べるのが怖いだよ」
「んだべ。それで育った野菜が売れるとは思わねぇだ」
それを聞いたベルが、「いいえ」と言った。
「その辺はそんなに心配いらないかと。怖いのなら、食べずに売って稼いだお金で、別の食料を手に入れればよろしいだけのことです。モストロの糞を使って育てた野菜は売れない? いえいえ、大丈夫ですよ。そんなの、言わなきゃバレません」
村人たちが「あー」と声を揃えたとほぼ同時に、居間の戸口から「こら!」と声が上がった。
振り返ると、まるで鎧のように幼女を全身に装備したフラヴィオが眉を吊り上げて立っていた。
きゃっきゃとはしゃいでいる幼女たちに離れてもらい、足早にベルの方へと歩いて来る。
「またそんなことを言って! 純朴農民を悪に染めるんじゃない! この悪い子め!」
「良い子でございます!」
「どこがだ! 言わなきゃバレないから良いって、浮気男の脳内か!」
「ならばベルナデッタの脳は、フラヴィオ様の脳とお揃いでございますね!」
「何を言う! 見えぬところで浮気してたら『酒池肉林王』なんて言われておらぬ!」
村人たちがフラヴィオとベルを交互に見て「おおー」と声を漏らす。
女にひたすら甘いフラヴィオが女に向かって怒声を上げているのも、また女にひたすら愛されるフラヴィオに――ていうか国王陛下に――食って掛かる女も、初めて見た。
「冬の農村が潤うということは、融和に近付いているコニッリョとの喧嘩防止に繋がるのでございます!」
「それは分かるが、やることは詐欺と変わらぬ! なんだって、そういう方に知恵が回るのだ! 悪い子め!」
「良い子でございます!」
と言い合いになりながらも、フラヴィオはベルを抱っこして座る。
ベルも膝の上で両手をきちんと揃え、行儀良くおとなしく座る。
しかし、目前にある互いの怒った顔を見つめながら、言い合いは激しくなっていく。
最近の宮廷ではお馴染みとなってきているこの光景は、初見の村人たちの目には大変不思議に映った。
「喧嘩してるだか?」
「いちゃ付いてるだか?」
と村人たちに訊ねられたパオラが、おかしそうに笑った。
「どっちもだべね。ベルちゃんはフラヴィオ様の補佐だから喧嘩になることもあるけんども、ベルちゃんは天使の中でもティーナ殿下と並んでフラヴィオ様と仲良しなんだべよ。けんども、今は……」
と、パオラが2人のあいだに「まあまあ」と割って入った。
「モストロの肥料は今年は諦めることにするべ、ベルちゃん。きっとまだ、村人の半分は抵抗あるだよ」
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