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第16話ー1 処刑
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人質を含め、合計16人のオルキデーア・プリームラ農民を脅迫し、『天使殺し』を目論んだのは、プリームラ貴族の女たちだった。
首謀者のスピーナ公爵夫人の他、共謀者にはスピーナ公爵夫人の3人の娘と侯爵夫人、その母親、娘、伯爵夫人とその娘らの合計10人いた。
『天使殺し』は目論んだ時点で、重罪の中でも最も重い『大逆罪』に当て嵌まり、一応裁判は行われるものの、主謀・共謀共に『死刑』からは逃れることの出来ない罪だった。
事件当日の夕方から行われた裁判で、プリームラ貴族の犯罪者が出る度にそうであるように、この度もプリームラ貴族の裁判官が犯罪者を擁護する。
今回はその中に、スピーナ公セシリオ・バレッタの姿もあった。
顔色を失い、必死に妻と娘の減刑を求めている。
「冗談でございましょう、陛下! 『天使殺し』と言ったって、未遂に終わっております!」
「『天使殺し』は目論んだ時点で『大逆罪』なんですがな」
と、溜め息交じりに返して来たフラヴィオの補佐その2――アドルフォへと、スピーナ公の視線が移った。
「流石は我々プリームラ貴族の裏切り者ですな、クエルチア侯・元帥将軍閣下……! さぞ良い気味だと思っているのだろう! 我々誇り高きプリームラ貴族が、家畜同然の農民の命を狙い、奪ったからといって何だと言うんだ!」
「口が過ぎるようだな、スピーナ卿」
と言ったフラヴィオの補佐その1――フェデリコの方へと、スピーナ公の視線が移る。
その顔と、その隣の瓜二つの顔を交互に見つめながら、声を震わせる。
「大公閣下、陛下……『女』ですぞ。あなた方ご兄弟は、これまで『女』ならば免罪、減刑して来たではありませんか……! ならば此度も、そうであるべきでしょう……!」
フラヴィオとフェデリコが首を横に振った。
「今回のことは、完全に余の失態だ。余はこれから先、女であることを理由に免罪・減刑はしない……してはいけないのだと、肺腑にしみた」
「それは民衆の女ならそうであるべきですが、今回は貴族ですぞ、公爵家ですぞ!」
「関係ありません」
と、フラヴィオの補佐その3――ベルが口を挟むと、スピーナ公が怒声を響き渡らせた。
「黙れ農民が!」
ベルを指差して続ける。
「この女だっ……この女が民衆の減税だの、貴族の課税だの不届きなことを言って我々を唆し、罠に陥れたんだ! 我々への復讐なのだ! 処刑執行人を引き受けたのがその証拠だ! 何が天使だっ……この悪魔め! 投獄しろ!」
「おまえをか?」
力の王の言葉が冷然として響くと、スピーナ公がはっとして口を閉ざした。
その碧眼がそこに集まった裁判官や、プリームラ貴族を中心とした文官を端から端まで見渡していくと、それら全てが凍り付き、静寂に包まれていった。
「本来、『大逆罪』は裁判するまでもない。スピーナ公爵夫人を始めとするプリームラ貴族の女10人の『死罪』は確定だ――」
その日は、一週間後の11月18日になった。
また、数多くある死刑の中で、どれを選び執行するかは、すべて処刑執行人――ベルに委ねられた。
尚、ファビオは無罪、4人のプリームラ農民の男たちは無罪にはならなかったものの、2カ月間の隣島との貿易用ガレー船漕ぎで済み、スピーナ公爵夫人たちの死刑の日まで家族で過ごすことを許された。
しかし、プリームラ農民の内のひとりは自身の犯した罪の重さに耐え切れず、事件当日から3日後に一家心中してしまい、オルキデーア・プリームラ双方の農村に深い悲しみが訪れた。
カプリコルノ島の南東にある墓地には連日国民が訪れ、ファビオはほとんどの時間を妻子の墓の前で過ごしているようだった。
ベルはオルキデーア城の地下牢に収監されているスピーナ公爵夫人たちを毎日訪ねているが、まるで反省の色は見えず、一度たりともファビオたちに対する謝罪もないまま、死刑2日前の夜を迎えた。
まだ死刑内容は決定しておらず、明日訪ねて来るファビオたちに対する彼女らの態度を見て決めることにした。
現在宮廷の2階にある図書室の中、左からフェデリコ、ベル、アドルフォと、フラヴィオの補佐3人が並んで座っていた。
スピーナ公爵夫人たち犯罪者の名と年齢、体重の書かれている紙にペンで書き込みながら、フェデリコがベルに『絞首刑』について教えている。
「良いか、ベル。体重は明日もう一度測り直した方がいいが、ここに書かれている通りだとスピーナ公爵夫人の縄の長さはこれくらい、長女はこれくらい、次女はこれくらい、三女はこれくらいだ。他もまぁ、大体一緒でこんな感じだ。しかし、年老いた侯爵夫人の母親は気を付けろ。首の筋肉が弱っているから、これ以上長くすると危険だ。まぁ、兄上もドルフも私も女の処刑の経験がないから、『たぶん』になってしまうが。さっき彼女たちの首の太さを確認してきたから、これで大丈夫だと思うんだが」
「これは、彼女らが即刻首の骨を折って気を失い、絶命するであろう縄の長さですか?」
フェデリコは「そうだ」と答えた後、何か言いたげなベルの様子を見て続けた。
「大逆罪は、男だったならば『首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑』に処す程だ。楽に死なせてやっていいものではない。しかし、ベル……今、兄上が彼女たちのところへ行っているが、彼女たちが自身の犯した罪に反省しているようだったら、あまり苦しまぬように処刑してやってくれないか?」
アドルフォが、溜め息を吐いた。
「反省しないかと。俺も今日見に行きましたが、駄目だアレは。プリームラ貴族のほとんどに言えることだが、民衆は、特に農民は奴隷だとしか思っていない」
「そのようだ」
と、フラヴィオの声が聞こえた。
3人顔を上げて声の聞こえて来た戸口を見るなり、声がハモる。
「何をしてきたんです?」
フラヴィオの寝間着のシャツの胸元が、不自然に開けている。
3人の顔を見ながら寄って来たフラヴィオが、口を尖らせた。
「なんだ、その白い目は? 余は、何でもするからと色仕掛けで迫って来たスピーナ公爵夫人たち10人から、ちゃんと逃げて来たのだ。ぷんぷんすると思って」
と、ベルの頬をつつく。
「きちんとボタンを留めてください、フラヴィオ様。もう11月の半ばですよ、風邪引きます」
「面倒だったのだ」
とフラヴィオがベルを抱っこして座ると、ベルがせっせとボットーネを留めていく。
「そんなこと言って、色仕掛けに引っ掛かってないでしょうね?」
とフェデリコに疑いの目で見られたフラヴィオは、尚のこと口を尖らせるかと思いきや、「ああ」と答えて長嘆息した。
碧眼が悲しそうに揺らいでいく。
「彼女たちは自分たちが助かることばかりに必死で……まさか、ファビオたちに対する謝罪の言葉が一言も出て来ないとはな。反省してくれると信じていたのだが……」
フェデリコが「残念です」と呟いた。
フラヴィオが机の上にあった紙を取って目を通す。
「絞首刑にするのか?」
「まだ決めておりません」
「これは即刻気絶する縄の長さだな」
ベルが口を閉ざす。
フラヴィオがその顔を見ると、こう問うてきた。
「それがご希望ですか?」
フラヴィオは『スィー』とも『ノ』とも言わなかった――
「そなたに任せる」
その後、ベルを抱き締めた。
「申し訳ない……余は、自分が情けない」
今回の事件以降、女の犯罪者の処刑執行人は力の王の補佐その3――ベルになる。
つまりその都度、この天使の手を血で汚させてしまうということだった。
そう思うと、これまで死刑執行は『力の王』の仕事だった故に尚のこと申し訳なく、情けなく、辛い。
此度、スピーナ公爵夫人たちの死刑判決を出したものの、それを執行しろと言われたら『酒池肉林王』に妨害されて、まるで出来そうにないのだ。
それは弟フェデリコも同じで、兄弟揃って心の中が重苦しく、胃に穴が空きそうな感覚に襲われていた。
そんな2人の気持ちを分かっているベルが、呆れたように溜め息を吐く。
ここのところ毎日怒られているが、本日も怒られる。
「一体、あと何十回ほど申し上げればお分かり頂けるのですか。お二方はそれでよろしいのです。むしろ、そうでなくては困るのです。国民の女性の夢と笑顔を壊さないで下さい」
「やっぱり俺が代わるぞ、ベル。俺はもともと女に怖がられてるんだ、気にするな」
とアドルフォが言うと、ベルが『ノ』と首を横に振った。
「ドルフ様だって、一度だって女性に暴力を働いたことがないのです。女性は皆、ドルフ様に近寄れずとも、ドルフ様は誠実でお優しい方だと存じております。処刑日、ドルフ様には護衛をお願い致しますが手出しは無用でございます。「やっぱり『見たまんま』なのね」なんて思われないようにして頂きたく存じます」
さらっと酷いこと言ってくれたなーと思うアドルフォの一方、ベルがフラヴィオの顔を見て問うた。
「改めて伺います。フラヴィオ様は、本当に私をフラヴィオ様の――力の王の、『補佐』だとご承認くださっておりますか?」
その語調に怒りや悲しみが滲んでいて、フラヴィオは少し焦ってしまいながら「もちろんだ」と答えた。
するとベルは少しのあいだ、フラヴィオの本心を見抜くように見つめた後、「そうですか」と安堵の溜め息を吐いた。
「でしたらフラヴィオ様、私に申し訳ないなどと思わないで下さい。人間は誰だって欠点があり、フラヴィオ様のそれを支え、埋めるのが補佐の――私の仕事なのですから」
翌日――処刑執行前日。
オルキデーア城の地下牢の中、スピーナ公爵夫人を始めとする10人のプリームラ貴族の女たちが怒号を上げていた。
牢屋の鉄格子越しにそれを眺めながら、パオラとファビオ、プリームラ農民たちが愕然としている。
「なんであんたが『無罪』なのよ! 許せないわ! 農民天使を殺そうとしたのはあんたなんだから、あんたが死になさいよ!」
「そうよ! 何であんたの代わりに、あたくしたちが死刑にされなきゃならないのよ! あたくしたちは公爵家なのよ!」
「奴隷が一家心中したからって何だっていうのよ! あたくしたちに罪をなすり付けようってわけ!? 農民はどこまでも卑劣だわ!」
その様子を牢屋の死角から眺めていたベルとアドルフォは、顔を見合わせた。
処刑前日にして、この予想を裏切らない彼女らの無反省ぶりは、もはや尊敬に値する。
ベルは補佐用備忘録を広げると、彼女たち犯罪者ひとりひとりに合わせた処刑内容を書いていった。
これで良いかと、助言を求めてアドルフォの顔を見上げると、それは首を縦に振った――『賛成』だった。
やるせない思いで涙を落としながら戻って来たパオラやファビオたちを、アドルフォが牢の外へと連れて行く。
一方でベルがスピーナ公爵夫人たちの牢屋の前に姿を現すと、一瞬の静寂の後に再び甲高い怒号が鳴り響いていった。
農民、奴隷、悪魔、消えろ、死ね――それらの言葉を右から左へと受け流し、家政婦長に叩き込まれた美しい立ち姿でいるベルが、淡々と用件を述べる。
「ご機嫌よろしゅうございます、貴婦人・ご令嬢方。明日の日程が決まりましたので、ご連絡申し上げます。明日の朝、看守が皆様を午前5時半に起こしに参りますので、まずは最期の朝餉をご堪能ください。その後は、どうぞ皆様お好きなドレスにお着替えくださいませ。6時半過ぎには私の助手の兵士がやって参りますので、後ろ手に縛られて下さい。それが終わりましたら、此度、国民に公開での処刑となりますので、荷馬車にご乗車ください。私が御者となり、処刑場までご案内致します。一応周りに助手の兵士が付いて護衛致しますが、怒り狂った民衆から飛ばされてくる石やゴミにお気を付けください。尚、心ばかりですが、お見送りとして観客席の前列にはプリームラの貴婦人・ご令嬢の方々を優先させて頂きましたので、どうぞ温かい目に見守られながらお旅立ちください。午前8時になりましたら、いよいよ皆様のお旅立ちの舞台の開幕でございます」
地下牢が静寂に包まれる中、ベルが補佐用備忘録を広げながら続ける。
「まず、侯爵夫人とご母堂様、ご令嬢様、伯爵夫人と2名のご令嬢様方の計6名は『絞首刑』となりましたので、専用の台に登って頂きます。皆様がそれぞれの首縄の前に辿り着きましたら、助手の兵士が足を縛ります。隣の方との距離が少し狭いなと思われるかもしれませんが、人数が多いためご了承ください。私が皆様に首縄を掛け、器具を操作しますと、床半分が下に折れ曲がり、皆様の門出のお時間となります。死神が迎えに来るまで10分以上掛かる首縄の長さに調節しておきますので、その間しばしお待ちください。尚、この世に残されたお身体の方ですが、残りのスピーナ公爵夫人並びにご令嬢の方々の舞台が閉幕するまでのあいだ、放置となっております」
絞首刑となる6人が震え出す手前、ベルの視線はスピーナ公爵夫人とその3人の娘へ。
「そして、次はあなた方の出番です。処刑内容は『磔のち火炙り』になっておりますので、まずは絞首台の傍らにある、磔刑用の4本の柱の前へ移動するようお願い致します。すると、地面の上には柱の天辺に設置する横木が置いてあるのが見えますので、その上に両腕を広げて仰臥してください。大変な様でしたら、私の助手がきちんとお手伝いしますのでご安心を。次に私が、皆様の両手首に釘を打ち込み、横木に固定します。それが終わりましたら、助手がおひとりずつ支えながら柱に掛けますので、その際は膝を45度ほど曲げてくださいますと、踵に釘を打ち込む私としては大変助かります。そして助手が手を離しますと、まずお肩が脱臼されると思われます。次に、胸や腹部、内臓に全体重が掛かり、呼吸が大変難儀になりますが、なるたけ午後3時からの火炙りのお時間までお旅立ちはお避け下さい。火炙りの前に、私はもう一度だけ、あなた方のご心中をお尋ねします。パオラさんやファビオさん、プリームラ農民の方々に対して謝罪のお言葉がありましたり、反省されているようでしたら、絞首刑用の首縄を掛け、火炙りの苦しみをご堪能される前に、お旅立ちのお手伝いをさせて頂きます。それまでとお変わりない様でしたら、どうぞ磔と火炙り双方の苦しみを存分にご堪能頂いた後、旅立たれて下さい」
そして最後に「以上です」と言って、ベルが締めくくった。
「それでは」とぴったり30度の角度でお辞儀し、その場を後にする。
地下牢の中には、プリームラの貴婦人・令嬢の金切り声が響き渡っていた。
首謀者のスピーナ公爵夫人の他、共謀者にはスピーナ公爵夫人の3人の娘と侯爵夫人、その母親、娘、伯爵夫人とその娘らの合計10人いた。
『天使殺し』は目論んだ時点で、重罪の中でも最も重い『大逆罪』に当て嵌まり、一応裁判は行われるものの、主謀・共謀共に『死刑』からは逃れることの出来ない罪だった。
事件当日の夕方から行われた裁判で、プリームラ貴族の犯罪者が出る度にそうであるように、この度もプリームラ貴族の裁判官が犯罪者を擁護する。
今回はその中に、スピーナ公セシリオ・バレッタの姿もあった。
顔色を失い、必死に妻と娘の減刑を求めている。
「冗談でございましょう、陛下! 『天使殺し』と言ったって、未遂に終わっております!」
「『天使殺し』は目論んだ時点で『大逆罪』なんですがな」
と、溜め息交じりに返して来たフラヴィオの補佐その2――アドルフォへと、スピーナ公の視線が移った。
「流石は我々プリームラ貴族の裏切り者ですな、クエルチア侯・元帥将軍閣下……! さぞ良い気味だと思っているのだろう! 我々誇り高きプリームラ貴族が、家畜同然の農民の命を狙い、奪ったからといって何だと言うんだ!」
「口が過ぎるようだな、スピーナ卿」
と言ったフラヴィオの補佐その1――フェデリコの方へと、スピーナ公の視線が移る。
その顔と、その隣の瓜二つの顔を交互に見つめながら、声を震わせる。
「大公閣下、陛下……『女』ですぞ。あなた方ご兄弟は、これまで『女』ならば免罪、減刑して来たではありませんか……! ならば此度も、そうであるべきでしょう……!」
フラヴィオとフェデリコが首を横に振った。
「今回のことは、完全に余の失態だ。余はこれから先、女であることを理由に免罪・減刑はしない……してはいけないのだと、肺腑にしみた」
「それは民衆の女ならそうであるべきですが、今回は貴族ですぞ、公爵家ですぞ!」
「関係ありません」
と、フラヴィオの補佐その3――ベルが口を挟むと、スピーナ公が怒声を響き渡らせた。
「黙れ農民が!」
ベルを指差して続ける。
「この女だっ……この女が民衆の減税だの、貴族の課税だの不届きなことを言って我々を唆し、罠に陥れたんだ! 我々への復讐なのだ! 処刑執行人を引き受けたのがその証拠だ! 何が天使だっ……この悪魔め! 投獄しろ!」
「おまえをか?」
力の王の言葉が冷然として響くと、スピーナ公がはっとして口を閉ざした。
その碧眼がそこに集まった裁判官や、プリームラ貴族を中心とした文官を端から端まで見渡していくと、それら全てが凍り付き、静寂に包まれていった。
「本来、『大逆罪』は裁判するまでもない。スピーナ公爵夫人を始めとするプリームラ貴族の女10人の『死罪』は確定だ――」
その日は、一週間後の11月18日になった。
また、数多くある死刑の中で、どれを選び執行するかは、すべて処刑執行人――ベルに委ねられた。
尚、ファビオは無罪、4人のプリームラ農民の男たちは無罪にはならなかったものの、2カ月間の隣島との貿易用ガレー船漕ぎで済み、スピーナ公爵夫人たちの死刑の日まで家族で過ごすことを許された。
しかし、プリームラ農民の内のひとりは自身の犯した罪の重さに耐え切れず、事件当日から3日後に一家心中してしまい、オルキデーア・プリームラ双方の農村に深い悲しみが訪れた。
カプリコルノ島の南東にある墓地には連日国民が訪れ、ファビオはほとんどの時間を妻子の墓の前で過ごしているようだった。
ベルはオルキデーア城の地下牢に収監されているスピーナ公爵夫人たちを毎日訪ねているが、まるで反省の色は見えず、一度たりともファビオたちに対する謝罪もないまま、死刑2日前の夜を迎えた。
まだ死刑内容は決定しておらず、明日訪ねて来るファビオたちに対する彼女らの態度を見て決めることにした。
現在宮廷の2階にある図書室の中、左からフェデリコ、ベル、アドルフォと、フラヴィオの補佐3人が並んで座っていた。
スピーナ公爵夫人たち犯罪者の名と年齢、体重の書かれている紙にペンで書き込みながら、フェデリコがベルに『絞首刑』について教えている。
「良いか、ベル。体重は明日もう一度測り直した方がいいが、ここに書かれている通りだとスピーナ公爵夫人の縄の長さはこれくらい、長女はこれくらい、次女はこれくらい、三女はこれくらいだ。他もまぁ、大体一緒でこんな感じだ。しかし、年老いた侯爵夫人の母親は気を付けろ。首の筋肉が弱っているから、これ以上長くすると危険だ。まぁ、兄上もドルフも私も女の処刑の経験がないから、『たぶん』になってしまうが。さっき彼女たちの首の太さを確認してきたから、これで大丈夫だと思うんだが」
「これは、彼女らが即刻首の骨を折って気を失い、絶命するであろう縄の長さですか?」
フェデリコは「そうだ」と答えた後、何か言いたげなベルの様子を見て続けた。
「大逆罪は、男だったならば『首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑』に処す程だ。楽に死なせてやっていいものではない。しかし、ベル……今、兄上が彼女たちのところへ行っているが、彼女たちが自身の犯した罪に反省しているようだったら、あまり苦しまぬように処刑してやってくれないか?」
アドルフォが、溜め息を吐いた。
「反省しないかと。俺も今日見に行きましたが、駄目だアレは。プリームラ貴族のほとんどに言えることだが、民衆は、特に農民は奴隷だとしか思っていない」
「そのようだ」
と、フラヴィオの声が聞こえた。
3人顔を上げて声の聞こえて来た戸口を見るなり、声がハモる。
「何をしてきたんです?」
フラヴィオの寝間着のシャツの胸元が、不自然に開けている。
3人の顔を見ながら寄って来たフラヴィオが、口を尖らせた。
「なんだ、その白い目は? 余は、何でもするからと色仕掛けで迫って来たスピーナ公爵夫人たち10人から、ちゃんと逃げて来たのだ。ぷんぷんすると思って」
と、ベルの頬をつつく。
「きちんとボタンを留めてください、フラヴィオ様。もう11月の半ばですよ、風邪引きます」
「面倒だったのだ」
とフラヴィオがベルを抱っこして座ると、ベルがせっせとボットーネを留めていく。
「そんなこと言って、色仕掛けに引っ掛かってないでしょうね?」
とフェデリコに疑いの目で見られたフラヴィオは、尚のこと口を尖らせるかと思いきや、「ああ」と答えて長嘆息した。
碧眼が悲しそうに揺らいでいく。
「彼女たちは自分たちが助かることばかりに必死で……まさか、ファビオたちに対する謝罪の言葉が一言も出て来ないとはな。反省してくれると信じていたのだが……」
フェデリコが「残念です」と呟いた。
フラヴィオが机の上にあった紙を取って目を通す。
「絞首刑にするのか?」
「まだ決めておりません」
「これは即刻気絶する縄の長さだな」
ベルが口を閉ざす。
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「それがご希望ですか?」
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「申し訳ない……余は、自分が情けない」
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そんな2人の気持ちを分かっているベルが、呆れたように溜め息を吐く。
ここのところ毎日怒られているが、本日も怒られる。
「一体、あと何十回ほど申し上げればお分かり頂けるのですか。お二方はそれでよろしいのです。むしろ、そうでなくては困るのです。国民の女性の夢と笑顔を壊さないで下さい」
「やっぱり俺が代わるぞ、ベル。俺はもともと女に怖がられてるんだ、気にするな」
とアドルフォが言うと、ベルが『ノ』と首を横に振った。
「ドルフ様だって、一度だって女性に暴力を働いたことがないのです。女性は皆、ドルフ様に近寄れずとも、ドルフ様は誠実でお優しい方だと存じております。処刑日、ドルフ様には護衛をお願い致しますが手出しは無用でございます。「やっぱり『見たまんま』なのね」なんて思われないようにして頂きたく存じます」
さらっと酷いこと言ってくれたなーと思うアドルフォの一方、ベルがフラヴィオの顔を見て問うた。
「改めて伺います。フラヴィオ様は、本当に私をフラヴィオ様の――力の王の、『補佐』だとご承認くださっておりますか?」
その語調に怒りや悲しみが滲んでいて、フラヴィオは少し焦ってしまいながら「もちろんだ」と答えた。
するとベルは少しのあいだ、フラヴィオの本心を見抜くように見つめた後、「そうですか」と安堵の溜め息を吐いた。
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翌日――処刑執行前日。
オルキデーア城の地下牢の中、スピーナ公爵夫人を始めとする10人のプリームラ貴族の女たちが怒号を上げていた。
牢屋の鉄格子越しにそれを眺めながら、パオラとファビオ、プリームラ農民たちが愕然としている。
「なんであんたが『無罪』なのよ! 許せないわ! 農民天使を殺そうとしたのはあんたなんだから、あんたが死になさいよ!」
「そうよ! 何であんたの代わりに、あたくしたちが死刑にされなきゃならないのよ! あたくしたちは公爵家なのよ!」
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ベルは補佐用備忘録を広げると、彼女たち犯罪者ひとりひとりに合わせた処刑内容を書いていった。
これで良いかと、助言を求めてアドルフォの顔を見上げると、それは首を縦に振った――『賛成』だった。
やるせない思いで涙を落としながら戻って来たパオラやファビオたちを、アドルフォが牢の外へと連れて行く。
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農民、奴隷、悪魔、消えろ、死ね――それらの言葉を右から左へと受け流し、家政婦長に叩き込まれた美しい立ち姿でいるベルが、淡々と用件を述べる。
「ご機嫌よろしゅうございます、貴婦人・ご令嬢方。明日の日程が決まりましたので、ご連絡申し上げます。明日の朝、看守が皆様を午前5時半に起こしに参りますので、まずは最期の朝餉をご堪能ください。その後は、どうぞ皆様お好きなドレスにお着替えくださいませ。6時半過ぎには私の助手の兵士がやって参りますので、後ろ手に縛られて下さい。それが終わりましたら、此度、国民に公開での処刑となりますので、荷馬車にご乗車ください。私が御者となり、処刑場までご案内致します。一応周りに助手の兵士が付いて護衛致しますが、怒り狂った民衆から飛ばされてくる石やゴミにお気を付けください。尚、心ばかりですが、お見送りとして観客席の前列にはプリームラの貴婦人・ご令嬢の方々を優先させて頂きましたので、どうぞ温かい目に見守られながらお旅立ちください。午前8時になりましたら、いよいよ皆様のお旅立ちの舞台の開幕でございます」
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「まず、侯爵夫人とご母堂様、ご令嬢様、伯爵夫人と2名のご令嬢様方の計6名は『絞首刑』となりましたので、専用の台に登って頂きます。皆様がそれぞれの首縄の前に辿り着きましたら、助手の兵士が足を縛ります。隣の方との距離が少し狭いなと思われるかもしれませんが、人数が多いためご了承ください。私が皆様に首縄を掛け、器具を操作しますと、床半分が下に折れ曲がり、皆様の門出のお時間となります。死神が迎えに来るまで10分以上掛かる首縄の長さに調節しておきますので、その間しばしお待ちください。尚、この世に残されたお身体の方ですが、残りのスピーナ公爵夫人並びにご令嬢の方々の舞台が閉幕するまでのあいだ、放置となっております」
絞首刑となる6人が震え出す手前、ベルの視線はスピーナ公爵夫人とその3人の娘へ。
「そして、次はあなた方の出番です。処刑内容は『磔のち火炙り』になっておりますので、まずは絞首台の傍らにある、磔刑用の4本の柱の前へ移動するようお願い致します。すると、地面の上には柱の天辺に設置する横木が置いてあるのが見えますので、その上に両腕を広げて仰臥してください。大変な様でしたら、私の助手がきちんとお手伝いしますのでご安心を。次に私が、皆様の両手首に釘を打ち込み、横木に固定します。それが終わりましたら、助手がおひとりずつ支えながら柱に掛けますので、その際は膝を45度ほど曲げてくださいますと、踵に釘を打ち込む私としては大変助かります。そして助手が手を離しますと、まずお肩が脱臼されると思われます。次に、胸や腹部、内臓に全体重が掛かり、呼吸が大変難儀になりますが、なるたけ午後3時からの火炙りのお時間までお旅立ちはお避け下さい。火炙りの前に、私はもう一度だけ、あなた方のご心中をお尋ねします。パオラさんやファビオさん、プリームラ農民の方々に対して謝罪のお言葉がありましたり、反省されているようでしたら、絞首刑用の首縄を掛け、火炙りの苦しみをご堪能される前に、お旅立ちのお手伝いをさせて頂きます。それまでとお変わりない様でしたら、どうぞ磔と火炙り双方の苦しみを存分にご堪能頂いた後、旅立たれて下さい」
そして最後に「以上です」と言って、ベルが締めくくった。
「それでは」とぴったり30度の角度でお辞儀し、その場を後にする。
地下牢の中には、プリームラの貴婦人・令嬢の金切り声が響き渡っていた。
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