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第19話ー7
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宮廷オルキデーア城の4階に轟く慟哭、叫喚、嗚咽。
国王夫妻の部屋から廊下まで、宮廷で暮らす者たちで埋め尽くされ、床に涙の海が造られていく。
その中のひとり――7番目の天使ベルが、その場から動き出した。
滂沱の涙で頬を濡らしながらも、その顔は必死の表情だった。
(――生きなきゃ……!)
重い片足を引きずり、コラードとシャルロッテの足元に落ちている毒消し薬の入っている袋を拾う。
そして息を切らしながら戸口へと向かって行くベルに、家政婦長ピエトラが気付いた。
はっと息を呑み、隣で大声で号哭している料理長フィコの腕を掴む。
ピエトラの視線を追って言いたいことを察したフィコから、ふと涙が引っ込んだ。
国王夫妻の部屋から出たところでベルを抱き上げ、ピエトラと共に階段の方へと駆けていく。
フィコが向かっているのは、1階にある厨房だった。
「こんちくしょう! おめぇも毒に掛かってたのか、ベル!」
「あんたは死ぬんじゃないよ! 王妃陛下の顔を見れば分かった! 王妃陛下は、あんたに陛下を任せたんだ! あんたが陛下を支えるんだ、お守りするんだ! 分かったね、ベル!」
ベルが呼吸を整えながら、はっきりと「スィー」と返事をした。
厨房に入ると、フィコがベルを椅子に座らせた。
近くにあった空の鍋を取り、片隅に置いてある井戸水をすくう。
ベルが片方の足に手を伸ばすと、すぐさまピエトラが靴を脱がして、靴下を引っ張って放り投げた。
華奢な脚の膝の下まで紫色に染まっていた。
直接ルーポ・ヴェレノーソの牙が当たったわけではないから傷口は無いが、ピエトラがその脚を痛いほどに擦りながら洗い流していく。
「死なせねぇぞ、俺の一番弟子! 飲め!」
フィコが毒消し薬を溶かした水を、ベルの口に流し込む。
その後、鍋に入っていたお手製の謎の薬も流し込む。
どちらも決して飲みやすいものではなく、吐き出しそうになりながらも、ベルはしかと身体の中に送り込んでいった。
(生きなきゃ…生きなきゃっ……!)
ピエトラはベルの片足全体に薬を塗り終えると、新しい靴下と靴を取りに行った。
それらを急いで履いていくベルが、ピエトラとフィコにこう言った。
「私の毒のことは、フラヴィオ様に言わないで下さい。絶対にです」
その胸中を察している2人は、すぐに「分かった」と答えた。
ベルが「ありがとうございます」と返し、毒に侵されていない方の足に力を入れて立ち上がる。
そのとき、誰かが階段を駆け下りて来る音が聞こえて来た。
「ベル! どこなの、ベル!」
シャルロッテの声だった。
ピエトラがすぐさま厨房の扉を開け、「こちらです!」と声高に言うと、それは狼狽した様子で駆け寄ってきた。
「お願いベル、ちょっと来て。なんだか変なの。おかしいのよ、あの人」
嫌な予感がして、ベルの栗色の瞳が揺れ動く。
「あの人――フラヴィオの様子が、おかしいの……!」
「――」
フィコが咄嗟にベルを抱き上げた。
シャルロッテとピエトラと共に、また4階へと駆け上がっていく。
4階の廊下には使用人の悲鳴が響き渡っていて、その視線の先には、取っ組み合いになっているオルランドとコラードがいた。
壁の絵画に穴が空き、窓ガラスが割れている。
「何を考えているんだ、コラード! 落ち着け!」
「落ち着けるわけないだろ! 殺してやる! 兄上はあの時、あの場にいなかったから、そんなことが言えるんだ! 逃げたんだぞ、あいつ――アクアーリオ王太子! 母上もティーナもベルも置いて、自分だけ逃げたんだ! それだけならまだしも、舞踏室に逃げ込んだあと扉を閉めたんだぞ! 母上を殺したのは、あいつなんだ!」
「ああ、落ち着ける話じゃないな、悪かった! だけどおまえ、さっき母上にあっちの王太子を責めるなと言われたとき、「スィー」の返事をしていただろう!」
「あんなの、母上を安心させるために言っただけだ! ぶっ殺すに決まってんだろ!」
シャルロッテとピエトラが2人を止めに向かい、フィコはベルをフラヴィオの下へと連れて行く。
その寝室の手前、ベルが「降ろしてください」というとフィコが従った。
何でもない振りをし、重たい足を精一杯動かして部屋の中に入って行く。
廊下の騒動も聞こえていないかのように泣きじゃくっている一同の中、フェデリコとアドルフォの涙が止まっていた。
それらが見つめているは、目前の顔――フラヴィオの顔。
ベルが近寄って行くと、2人が呆然とした様子で顔を向けてきた。
「フラヴィオ様……?」
嫌な動悸を感じながら、その顔を覗き込む。
絶望に染まった碧眼。
絶え間なく濡れていく頬。
小刻みに動く唇。
その手が、喉を押さえていた。
「――フラヴィオ様……?」
泣いている。
口が動いている。
それなのに、何故聴こえてこない。
いつもベルを呼んでくれる、優しくて明るい、あの――
「失ってしまった」
フラヴィオと似た声。
でも、それよりも落ち着いた感じのする声――フェデリコの声が、聞こえた。
「兄上が……『声』を、失ってしまった――」
国王夫妻の部屋から廊下まで、宮廷で暮らす者たちで埋め尽くされ、床に涙の海が造られていく。
その中のひとり――7番目の天使ベルが、その場から動き出した。
滂沱の涙で頬を濡らしながらも、その顔は必死の表情だった。
(――生きなきゃ……!)
重い片足を引きずり、コラードとシャルロッテの足元に落ちている毒消し薬の入っている袋を拾う。
そして息を切らしながら戸口へと向かって行くベルに、家政婦長ピエトラが気付いた。
はっと息を呑み、隣で大声で号哭している料理長フィコの腕を掴む。
ピエトラの視線を追って言いたいことを察したフィコから、ふと涙が引っ込んだ。
国王夫妻の部屋から出たところでベルを抱き上げ、ピエトラと共に階段の方へと駆けていく。
フィコが向かっているのは、1階にある厨房だった。
「こんちくしょう! おめぇも毒に掛かってたのか、ベル!」
「あんたは死ぬんじゃないよ! 王妃陛下の顔を見れば分かった! 王妃陛下は、あんたに陛下を任せたんだ! あんたが陛下を支えるんだ、お守りするんだ! 分かったね、ベル!」
ベルが呼吸を整えながら、はっきりと「スィー」と返事をした。
厨房に入ると、フィコがベルを椅子に座らせた。
近くにあった空の鍋を取り、片隅に置いてある井戸水をすくう。
ベルが片方の足に手を伸ばすと、すぐさまピエトラが靴を脱がして、靴下を引っ張って放り投げた。
華奢な脚の膝の下まで紫色に染まっていた。
直接ルーポ・ヴェレノーソの牙が当たったわけではないから傷口は無いが、ピエトラがその脚を痛いほどに擦りながら洗い流していく。
「死なせねぇぞ、俺の一番弟子! 飲め!」
フィコが毒消し薬を溶かした水を、ベルの口に流し込む。
その後、鍋に入っていたお手製の謎の薬も流し込む。
どちらも決して飲みやすいものではなく、吐き出しそうになりながらも、ベルはしかと身体の中に送り込んでいった。
(生きなきゃ…生きなきゃっ……!)
ピエトラはベルの片足全体に薬を塗り終えると、新しい靴下と靴を取りに行った。
それらを急いで履いていくベルが、ピエトラとフィコにこう言った。
「私の毒のことは、フラヴィオ様に言わないで下さい。絶対にです」
その胸中を察している2人は、すぐに「分かった」と答えた。
ベルが「ありがとうございます」と返し、毒に侵されていない方の足に力を入れて立ち上がる。
そのとき、誰かが階段を駆け下りて来る音が聞こえて来た。
「ベル! どこなの、ベル!」
シャルロッテの声だった。
ピエトラがすぐさま厨房の扉を開け、「こちらです!」と声高に言うと、それは狼狽した様子で駆け寄ってきた。
「お願いベル、ちょっと来て。なんだか変なの。おかしいのよ、あの人」
嫌な予感がして、ベルの栗色の瞳が揺れ動く。
「あの人――フラヴィオの様子が、おかしいの……!」
「――」
フィコが咄嗟にベルを抱き上げた。
シャルロッテとピエトラと共に、また4階へと駆け上がっていく。
4階の廊下には使用人の悲鳴が響き渡っていて、その視線の先には、取っ組み合いになっているオルランドとコラードがいた。
壁の絵画に穴が空き、窓ガラスが割れている。
「何を考えているんだ、コラード! 落ち着け!」
「落ち着けるわけないだろ! 殺してやる! 兄上はあの時、あの場にいなかったから、そんなことが言えるんだ! 逃げたんだぞ、あいつ――アクアーリオ王太子! 母上もティーナもベルも置いて、自分だけ逃げたんだ! それだけならまだしも、舞踏室に逃げ込んだあと扉を閉めたんだぞ! 母上を殺したのは、あいつなんだ!」
「ああ、落ち着ける話じゃないな、悪かった! だけどおまえ、さっき母上にあっちの王太子を責めるなと言われたとき、「スィー」の返事をしていただろう!」
「あんなの、母上を安心させるために言っただけだ! ぶっ殺すに決まってんだろ!」
シャルロッテとピエトラが2人を止めに向かい、フィコはベルをフラヴィオの下へと連れて行く。
その寝室の手前、ベルが「降ろしてください」というとフィコが従った。
何でもない振りをし、重たい足を精一杯動かして部屋の中に入って行く。
廊下の騒動も聞こえていないかのように泣きじゃくっている一同の中、フェデリコとアドルフォの涙が止まっていた。
それらが見つめているは、目前の顔――フラヴィオの顔。
ベルが近寄って行くと、2人が呆然とした様子で顔を向けてきた。
「フラヴィオ様……?」
嫌な動悸を感じながら、その顔を覗き込む。
絶望に染まった碧眼。
絶え間なく濡れていく頬。
小刻みに動く唇。
その手が、喉を押さえていた。
「――フラヴィオ様……?」
泣いている。
口が動いている。
それなのに、何故聴こえてこない。
いつもベルを呼んでくれる、優しくて明るい、あの――
「失ってしまった」
フラヴィオと似た声。
でも、それよりも落ち着いた感じのする声――フェデリコの声が、聞こえた。
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