酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第26話-1 判決

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「違うんです!」

「何が違うんだ?」

 キンキンキラキラの火縄銃を手に持って後退るルフィーナに、アドルフォがじりじりと詰め寄っていく。

「わざとじゃありません! わたし、火縄銃の使い方なんて知りませんし、そんなもので殺害なんて企みません!」

「どうだか。なんでここにいる? レオーネ国からテレトラスポルトでやって来たのか? で、力を使い切り、魔法が使えなくなったから銃殺を試みたか?」

「違います! 信じてください!」

 ルフィーナの正直な口がそう言う通り、本当だった。

 本当に、わざとベルに向かって火縄銃を発砲したのではない。

 自身が3日前にベルや王子王女に怪我をさせたのだという事実が、ようやく耳入って来たのはつい先ほどのことだった。

 それまでフラヴィオに会いたいという気持ちと、ベルにフラヴィオを取られてしまうという焦燥、それからマサムネがフラヴィオの後妻探しを再開したという衝撃で、誰の声も聞き入れることが出来なかった。

 だが3日経って少し冷静になったら、居ても立ってもいられなくなり、今から10分前にテレトラスポルトを数回繰り返して、帰国させられたレオーネ国から、ここカプリコルノ国に戻って来た。

 妹が不祥事を起こしただけでなく、メッゾサングエとバレただろう兄のことも心配で溜まらなかった。

「良い、もう気にするな。先日の件は、そなた自身も知らず知らずのうちに魔法を起こしてしまったのだと、害意があったわけではないのだと、アラブが言っていた」

『中の中庭』にテレトラスポルトして、そこで武術の鍛錬中だったフラヴィオたちに何度も「ごめんなさい」と泣きながら謝罪するルフィーナに、フラヴィオがそう言った。

 その場にいたフェデリコやその息子たち、傷を付けてしまった王子たちも気にしていないと言ってくれた。

 尚、『中の中庭』にテレトラスポルトで移動したのは、北の海に辿り着いたときに周りの衛兵に通してもらえなかったからだ。

 もう完全に敵視されていた。

 宮廷の使用人たちはルフィーナの姿を見るなり発狂したように騒ぎ、家政婦長ピエトラの怒声が1階の廊下に響いていた。

「私も何も気にしてないわ」

 と、わざわざ3階の家庭教師の部屋から駆けつけて来てくれたヴァレンティーナまで、そう言って笑顔をくれた。

 そのとてもとても美しい顔に、傷を付けてしまったらしいのに。

 マストランジェロ一族の優しさに、涙が溢れ出た。

 そしてベルにも謝らねばと、フラヴィオに居場所を訊いた。

「ベルならば、ドルフとベラ、レオ、ジル、そしてそなたの兄と共に鹿狩りに行っている。だから山とか森あたりに居るだろう」

 すぐに移動しようと思ったルフィーナだったが、山と森のどっちにテレトラスポルトしようか迷った。

 もうここへ来るまでのテレトラスポルトだけで、大幅に力を使ってしまった故、あと1回しか出来そうになかったからだ。

「今は森にいる気がするな」

 と、フェデリコ。

「ベラは基本、狩りに行くとき山から回る。でもまだ戻って来ていないとなると、獲物が見つからなくて森に移った頃かと。まぁ、山で獲物を捕らえていても、今日は君の兄アラブのテレトラスポルトがある。ついでにと、どっちにしろ森も回りそうだ」

 とのことで、ルフィーナはカプリコルノ島の東に位置する森へとテレトラスポルトした。

 正解だった。

 すぐに赤ん坊の泣き声が聞こえて来て、近寄って行ったらベルたちを見つけた。

 ベラドンナが必死な様子で鹿を追い駆ける一方で、ベルとアドルフォ、アラブは狼狽した様子で泣き喚くレオナルドをあやしていた。

 すぐにベルに謝りに行くべきだったのに、ベルの姿を見たら足が止まってしまった。

 悪いことをしたと分かっているのに、心の中にあるわだかまりが謝罪することを拒否した。

(――いけない!)

 はっとして、周りを見回した。

 また知らず知らずのうちに風魔法を起こしてしまったら大変だ。

(良かった……)

 安堵の溜め息を吐いた。

 今日はテレトラスポルトで大幅に力を使った故に、もうそういったことは起こそうにも起こせないようだった。起きたとしても、微風程度で済むだろう。

(早く謝りなさい。あなたは、ベルさんに怪我をさせてしまったんだから……!)

 そう自分に強く言い聞かせ、一歩踏み出したとき、ふと、何かが燃える臭いが鼻をくすぐった。

 何かと周りを見たら、近くの木の根元にキンキンキラキラの火縄銃を見つけた。

 それは、火縄に火が付いたままになっていた。

(危ないっ……!)

 火を消さなければと、慌てて火縄銃を持ち上げた。

 そのとき、それまで辺りに響いていたレオナルドの泣き声がぴたりと止んだ。

 急にどうしたのかと、またベルたちの方へと顔を向けた。

 その瞬間、この世の終わりかと言わんばかりにレオナルドが泣き声を爆発させ、仰天して小さく飛び跳ねた。

 そしその反動で手に力が入ってしまったのだ。

 銃口がベルの方へと向いていることにも気付かず、火縄銃の引き金を握って――引いてしまったのだ。

「本当に、ワザとじゃないんです!」

 必死に訴えるが、アドルフォは首を横に振って近寄って来る。

 さらに、辺りからこんな声が聞こえて来る。

「あのメッゾサングエの女、宮廷天使様に向かって撃ったど!」

「ああ、オラもはっきり見ただ! 3日前のことも、あの女がやったらしいど! もぉーっ、信用ならねぇ!」

 振り返ってみると、プリームラの農民たちのようだった。

 片手に弓を持っているところを見ると、ベルたちと同様に狩りに来ていたのだろう。

 先ほどの事件の証人になってしまった。

 その目で見たことは、きっと明日には国中に広まっている。

 メッゾサングエである時点で不信感を抱かれるのに、自身にはいわば前科もある。

 信用など、もうあるわけがない。

 何を言っても疑われる。

 何を言っても信じてもらえない。

(わたしは、大逆罪)

 それは裁判する必要すらない重過ぎる罪。

『力の王』が問答無用で死刑処分とする。

 男だったならば『力の王』が処刑執行人だったが、女の場合は『力の王』の補佐その3――ベルだ。

 ベルに嫉妬するあまり、ベルに怯えるあまり、ベルに対して重ねて来てしまった罪は、ベル本人の手から返報されるのだ。

 改めて恐怖を抱き、後悔する。

 だがもう、遅い。

『力の王』の補佐その2――アドルフォの黒い巨人の手が今、ルフィーナの手首を掴もうと伸びる。

(ああ、もう、わたしは終わり)

 兄アラブも、そう確信したのだと分かった。

 ルフィーナはもう、何を言っても疑われるから。

 ルフィーナはもう、何を言っても信じてもらえないから。

 だからもう、アラブはこう言うしかなかったのだ――

「自分が主謀です!」

 アドルフォの手が止まった。

「…お…お兄ちゃ……」

 震え出したルフィーナの手前、アラブが大きな声で続ける。

「ベルさんの殺害を企んだのは自分です! 妹は自分に共謀を強制され、仕方なくやったまでのこと! 妹は何も悪くありません! 悪いのは、すべて自分です!」

 プリームラ農民たちが「なんだと!」と驚愕の声を上げる一方、アドルフォとベラドンナの眉間にシワが寄って行く。

「何言ってるんだ、おまえは?」

「アンタがそんなことを企むわけがないでしょう」

 と、2人が当然の反応を見せたが、ベルは声高にこう言った。

「そうでしょうね、アラブさん。あなたは妹のルフィーナさんを、王妃にしようしようと必死でしたから。私がさぞ邪魔だったことでしょう。3日前のことも、本当はあなたが企んだのはありませんか?」

 その言葉にアラブが「スィー」と答えた。

「皆さんはルフィーナを疑っていましたが、あの風は本当は自分が起こしたもの。人間は風魔法を竜巻や暴風などの自然現象だと勘違いするのを良いことに、ベルさんを殺害しようとしました」

「ですが、未遂に終わりましたね。あの後あなたが怪我人を治癒して救ったのは、大方、ご自身が犯人だと疑われるのを免れるためではありませんか?」

 とベルが問うと、アラブがまた「スィー」と答えた。

 それを聞いたプリームラ農民たちが激昂する。

「メッゾサングエの兄貴の方がすべて黒幕だっただか!」

「善人の振りしやがって! 許せねぇ!」

 ベルが「では」と尚のこと声を大きくした。

「アラブさん、あなたにすべての罪を背負って頂きましょう。陛下は一応裁判を開かれましょうが、あなたの大逆罪はまず免れないので、お覚悟を。よろしいですか?」

「スィー」と答えたアラブの傍ら、ルフィーナの若草色の瞳が絶望に染まっていった。

「そ…そんな…お兄ちゃん……! や、やだ……お兄ちゃん! 待って! 待ってください、ベルさん! お願いします! お兄ちゃんは無実です!」

 ベルはルフィーナを無視すると、プリームラ農民たちに顔を向けた。

「申し訳ございません。プリームラ城から、馬車を一台呼んで来て頂けませんか? ここからオルキデーア城までは遠いもので」

 プリームラ農民たちが承知して、プリームラ城へと疾走していく。

 その姿が見えなくなるなり、ベルが再び口を開いた。

「アラブさん」

「ありがとうございます、ベルさん」

 そう言って、アラブが笑顔を見せる。

 ベルのお陰で、大切な妹の命が救われた。

 死にたいわけではないが、妹の命が助かるならそれで良かった。

「それから、ルフィーナさん」

「待ってください、ベルさん! お兄ちゃんは何も悪くないんです! 無実です! 本当なんです! そしてわたしもワザとじゃないんです! 信じてもらえないかもしれませんが、レオナルドさんの泣き声に驚いてしまって、火縄銃の引き金を誤って引いてしまったんです! 本当なんです! わたしがここにいるのは、ベルさんに先日のことを謝ろうと思ったからです! 嘘じゃないんです! 本当なんです!」

 信じてもらえるわけがない。

 でも、このままでは自分を庇った兄が死刑にされてしまう。

 自分を誰よりも愛し大切にしてくれた兄が、汚名を被って死んでしまうのだ。

 信じてもらえないと分かっていても、ルフィーナは必死に泣き叫んで訴えた。

「ルフィーナさん?」

 と、呼ばれると共に返って来たのは、失笑だった。

「私は、7番目の天使ベルナデッタ・アンナローロ。この国の宰相でございますよ?」


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