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第26話-4
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「ベルさんがっ……ベルさんが、本物の天使だったあぁぁぁあ!」
ベルが少し苦笑する。
「なんだか大袈裟な反応ですね、ルフィーナさん」
大袈裟なんかじゃなかった。
天使でないと言うなら、神だった。
当然だと言わんばかりの口調で、ベルがこう続ける。
「ですからルフィーナさん、私はこの国の宰相なのですよ? 昼間もそう申し上げたはずです」
ルフィーナの正直なその口から、正直な言葉が返って来る。
「だから、宰相だから、わたしたち兄妹を許すわけないでしょうって、ほくそ笑んでましたもん! 牢屋の看守さんだって、ベルさんが陛下のために『たかだかメッゾサングエ一匹を』とか何とか言ってたし、わたしの中では今までもそうでしたけど、天使より悪魔だったっていうか!」
フラヴィオたち3人が噴き出す一方、ベルの顔に尚のこと苦笑が浮かんだ。
「宰相として、アラブさんを失うことなどするわけないでしょう、という意味の笑みでございます。私は、あなた方ご兄妹がどちらも無実なのは承知しておりましたから。また、それはフラヴィオ様とフェーデ様、ドルフ様もです。まぁ、ドルフ様は最初ルフィーナさんの方は疑っていましたが」
ドルフが「ああ」と頷いた。
「先日の一件もあるから、俺は正直ルフィーナ殿を疑ってた。だが、皆にガット・ティグラートの性質を受け継いで正直過ぎるルフィーナ殿が嘘を吐くのは難しいと言われたら、それもそうかと納得した。悪かったな、ルフィーナ殿。今は俺も含め、皆疑ってないぞ」
ルフィーナが向かいの4人の顔を見た。
優しい顔々がある。
信用など、もう無くなっているのだとばかり思っていただけに、尚のこと泣けてくる。
ベルが「それに」と続ける。
「『たかだかメッゾサングエ一匹を』って何のお話でしょう? この国には、その一匹のメッゾサングエの力が必要なのです。アラブさんが実際に大逆罪を犯していたならまだしも、無実であるにも関わらず死刑処分にするなど愚の骨頂なのですよ。欲を言えば、アラブさんを最初から『無罪判決』にして差し上げたかったのですが……」
アラブが「あの!」と声を上げた。まだ驚愕しているようだった。
「どうやって自分を助けてくれたのですか?」
「私たちはアラブさんを無罪にして差し上げたかったのは山々なのですが、いくらそう訴えたところで官僚の方々の耳には届きません。同様に、民衆もです。国民は現在モストロに深い怨恨を抱いている故、モストロの血の流れるアラブさんが無実であるわけがないと、断定してしまっているのです」
アラブとルフィーナが頷いた。看守からも聞いた話だ。
「なので私たちは、まずはアラブさんを敢えて『有罪』としました。その上で、私は近日カンクロ軍が侵攻してくることを挙げ、3日後だった処刑日を、ここはカンクロ軍との戦が終わるまでに引き延ばすべきだと申しました」
フラヴィオが口を挟む。
「何でそんな必要があるんだと、官僚共が束になってベルを野次ってなー。ここで官僚側に付いておかないと信用を無くしてしまうことになり兼ねないからと、余とフェーデ、ドルフも、一緒になってベルを責めさせられたし」
とフラヴィオが口を尖らせてベルを見ると、「当然でございます」と言葉通りの表情が返って来た。
「お三方はこれまでずっと、大逆罪は問答無用で有罪判決を出し、裁判から一週間以内には必ず処刑してきたのですから。貴族が相手でも」
「そりゃ、言いたいことは分かるが……何もそこまで勇敢でなくて良いのだぞ、アモーレ? 余はまるで、敵陣に単騎で切り込む猛将でも見ているようだった。それに、余は無実だと分かっているアラブを口だけでも罪人扱いするのは嫌だったのに、「そんなわけに行くかーっ、あいつに余の大切なそなたが殺されるところだったのだぞーっ、おーんおんおん」なんて芝居までしたくなかった」
「嘘泣きが下手過ぎて焦りましたよ、兄上」
「なんだと、フェーデ。おまえの「大逆罪はすぐに死刑にすべきダー」よりマシだったではないか。なんだあの棒読みは」
「別にそんなに酷い棒では無かったでしょう、ドルフと比べたら」
「ああ、そうだった。ドルフ、もう一度言ってみてくれ」
「ナンテ、馬鹿ナ、小娘ダー」
フラヴィオ・フェデリコ兄弟の哄笑が響き渡る中、ベルがアラブ・ルフィーナ兄妹の顔を見て続ける。
溜め息交じりだった。
「カンクロ軍との戦で如何に魔法が必要となるか説明し、今アラブさんを死刑にするのは愚鈍だと、どんなに申し上げても官僚の方々にはご理解頂けなく……水掛け論のまま時間ばかりが過ぎました」
アドルフォからも溜め息が混じる。
「官僚の奴らには本当に呆れる。ただモストロが嫌いという感情だけで、魔法の必要性を認めずに拒むんだ。官僚といったって世襲で選ばれただけだから仕方ないかもしれないが、庶民かと突っ込みたくなる。奴らはヴィットーリア王妃陛下の件を挙げていたが、たしかに奴らの言う通りヴィットーリア王妃陛下はモストロに殺されたのも事実である一方で、またそのモストロの力でなければ助けられなかったのも事実だというのに、それをまるで認めようとしない。ならばモストロの力を借りる以外の策があるのかと訊けば、何も答えられない。なんなんだ、あいつらは」
と、アドルフォが大きく溜め息を吐いた。
頷きながら聞いていたルフィーナが、ベルを見て「それで」と催促する。
「官僚の方々にご理解頂けなかったベルさんは、どうしたんですか?」
「疲れて来ましたもので、とやかく言って決め付ける前に、まずは彼が――アラブさんが、カンクロ軍との戦でどれだけ使える代物なのか試してみるべきだと申しました。そして官僚の皆様方の仰る通り、アラブさんがまったく使えず、生かしておく価値のないメッゾサングエだと分かったその時は、大逆罪として処刑致しましょうとも申し上げました。無論、必ずアラブさんのお力が必要になると確信している上での発言です」
フラヴィオが「うむ」と頷いた。
「ここでようやく余とフェーデ、ドルフも、それなら有りだとベルの味方に付いてやることが出来た。思えば死刑なんぞいつだって出来るんだし、ていうか処刑日を延長するほど逆に苦痛を与えることが出来るのだしと、官僚たちを宥めてな」
ルフィーナが「なるほど」と声高になった。
「それで官僚の方々も納得してくれたんですね」
ベルが「いいえ」と首を横に振った。
「まだ半数以上はご納得頂かないご様子でした」
「え?」とルフィーナが小首を傾げた。
ならばどうしたのだろうと問う前に、ベルが「なので」と淡々と続けた。
「アラブさんがカンクロ軍との戦で功績を立てられなかったそのときは、アラブさんの死罪及び、私が責任を取って宰相を辞任致します」
「――え!?」
と驚愕した兄妹の手前、ベルが満足そうな表情を浮かべた。
「私がそう申し上げた途端、想定通りのことが起こりました。異議ばかりだった官僚の方々が掌を翻され、それは良い、素晴らしいと、快く是認し出したのです。そう、常日頃から察してはいたのですが、官僚の方々は心底私を宰相から蹴落としたいご意向でございました。これまでに、官僚の方々の不支持を多く獲得していた自身を誇らしく思います。お陰で陛下――フラヴィオ様やフェーデ様、ドルフ様の信用を落とさず保持したまま、円満に可決に持っていくことが出来たのですから」
と疲れた顔で安堵の溜め息を吐いたベルに「流石です」と言った兄妹だったが、そんなことより狼狽する気持ちの方が上だ。
特にアラブは焦る。
自分のせいで、ベルをカプリコルノ国の歴史に名を残す地位から降格させてしまうかもしれないのだ。
「ちょ、あのっ、ベルさんっ……!」
「頼りにしています、アラブさん」
と、ベルが微笑した。
「アラブさんがカンクロ軍との戦で功績を立ててくだされば、フラヴィオ様はアラブさんを赦免して差し上げることが出来ますし、またご兄妹の名誉挽回にもなります。そして、官僚の方々を含む国民の皆様に、魔法の必要性をご理解頂ける絶好の機会ですから、お願い致しますね」
フラヴィオが続く。
「カンクロとの戦で、官僚共がおまえを活躍させまい、させまいとしてくる可能性もあるが、余やフェーデ、ドルフが機会を作ってやるから必ず功績を立てろ。そして生きろ。我が国のためにもあるが、何よりもルフィーナのためにだ」
「ベルさん…陛下っ……」
また涙が溢れ出て来るルフィーナの傍らで、アラブが「御意!」と大声で承知した。
「自分はカンクロ軍との戦で、必ずや多くの功績を立ててみせます!」
その後に「ベルさんのためにも!」と付け加えると、フラヴィオが「いや」と言った。
「それはそんなに気にしなくて良い。別に宰相でなくなるだけだ」
「それは重大なことでは……」
「いえアラブさん、私はこの地位を目指して働いて来たわけでなく、フラヴィオ様のために働いてたらいつの間にかそう呼ばれるようになっていただけのことですから、お気になさらず」
と言ったベルだったが、「でも」とフラヴィオを見るなり口を尖らせた。
「フラヴィオ様に言われるのは何か傷付きます。私が宰相でなくても良いと仰るのですか?」
「うむ。余は、そなたがあの重苦しく、心の穢れた輩ばかりの朝廷に出る度に、補佐に任命したことを少し後悔する。いつものことだが、今日は特に疲れたであろう。余は天使に苦労など掛けたくない。やはり天使は、余の癒しで居てくれるだけで良いのだ」
「天使番号7番は、『国王陛下を愛し、国王陛下の癒しとなり、時には国王陛下の助けとなり、国王陛下のためにいつまでも美しくあり、そして国王陛下のために生きること』の天使の仕事の中で、『癒し』は一番苦手でございます」
「なんでそうなのだ。天使の中でも余のアモーレなのだから、仕事や戦から疲れて帰って来た余を「おかえりなさい、あなた。まずは私にする? それとも私にする? そしてやっぱり、わ・た・し?」って出迎えてくれるようにならなきゃ駄目だ」
「それは癒しなのですか? というか、疲れているなら早急におやすみください? そして三択にする必要性が謎でございます……――って、何故ニヤつかれているのですかフェーデ様、ドルフ様?」
「いや、別に?」
「や、やりませんよ……私はそんなこと、絶対にやりませんよ!」
そんな会話を聞いていたアラブが何を思ったのか、突如鼻血を噴射してフラヴィオに怒られる。
アラブがここ宮廷オルキデーア城に来てからというもの、日常的になっていた光景だ。
兄がそんなことになっている度に恥ずかしく、穴があったら入りたいと思ったこともある妹のルフィーナ。
今日はそんな兄を見られることを幸せに感じて、頬を零れ落ちる涙が止まらない。
それに気付いた兄に、頭を撫でられたら尚のこと涙が落ちた。
兄と共に、深々と頭を下げる。
「陛下、フェデリコ閣下、アドルフォ閣下」
そして、
「ベルさん……本当に、ありがとうございました。わたしは感謝してもしても、し切れません。それから……」
「スィー、ルフィーナさん?」
「今まで、不愉快なことを沢山してきてしまって、本当にごめんなさい」
一言「いいえ」と返したその顔は、やっぱり天使の微笑だった。
ベルが少し苦笑する。
「なんだか大袈裟な反応ですね、ルフィーナさん」
大袈裟なんかじゃなかった。
天使でないと言うなら、神だった。
当然だと言わんばかりの口調で、ベルがこう続ける。
「ですからルフィーナさん、私はこの国の宰相なのですよ? 昼間もそう申し上げたはずです」
ルフィーナの正直なその口から、正直な言葉が返って来る。
「だから、宰相だから、わたしたち兄妹を許すわけないでしょうって、ほくそ笑んでましたもん! 牢屋の看守さんだって、ベルさんが陛下のために『たかだかメッゾサングエ一匹を』とか何とか言ってたし、わたしの中では今までもそうでしたけど、天使より悪魔だったっていうか!」
フラヴィオたち3人が噴き出す一方、ベルの顔に尚のこと苦笑が浮かんだ。
「宰相として、アラブさんを失うことなどするわけないでしょう、という意味の笑みでございます。私は、あなた方ご兄妹がどちらも無実なのは承知しておりましたから。また、それはフラヴィオ様とフェーデ様、ドルフ様もです。まぁ、ドルフ様は最初ルフィーナさんの方は疑っていましたが」
ドルフが「ああ」と頷いた。
「先日の一件もあるから、俺は正直ルフィーナ殿を疑ってた。だが、皆にガット・ティグラートの性質を受け継いで正直過ぎるルフィーナ殿が嘘を吐くのは難しいと言われたら、それもそうかと納得した。悪かったな、ルフィーナ殿。今は俺も含め、皆疑ってないぞ」
ルフィーナが向かいの4人の顔を見た。
優しい顔々がある。
信用など、もう無くなっているのだとばかり思っていただけに、尚のこと泣けてくる。
ベルが「それに」と続ける。
「『たかだかメッゾサングエ一匹を』って何のお話でしょう? この国には、その一匹のメッゾサングエの力が必要なのです。アラブさんが実際に大逆罪を犯していたならまだしも、無実であるにも関わらず死刑処分にするなど愚の骨頂なのですよ。欲を言えば、アラブさんを最初から『無罪判決』にして差し上げたかったのですが……」
アラブが「あの!」と声を上げた。まだ驚愕しているようだった。
「どうやって自分を助けてくれたのですか?」
「私たちはアラブさんを無罪にして差し上げたかったのは山々なのですが、いくらそう訴えたところで官僚の方々の耳には届きません。同様に、民衆もです。国民は現在モストロに深い怨恨を抱いている故、モストロの血の流れるアラブさんが無実であるわけがないと、断定してしまっているのです」
アラブとルフィーナが頷いた。看守からも聞いた話だ。
「なので私たちは、まずはアラブさんを敢えて『有罪』としました。その上で、私は近日カンクロ軍が侵攻してくることを挙げ、3日後だった処刑日を、ここはカンクロ軍との戦が終わるまでに引き延ばすべきだと申しました」
フラヴィオが口を挟む。
「何でそんな必要があるんだと、官僚共が束になってベルを野次ってなー。ここで官僚側に付いておかないと信用を無くしてしまうことになり兼ねないからと、余とフェーデ、ドルフも、一緒になってベルを責めさせられたし」
とフラヴィオが口を尖らせてベルを見ると、「当然でございます」と言葉通りの表情が返って来た。
「お三方はこれまでずっと、大逆罪は問答無用で有罪判決を出し、裁判から一週間以内には必ず処刑してきたのですから。貴族が相手でも」
「そりゃ、言いたいことは分かるが……何もそこまで勇敢でなくて良いのだぞ、アモーレ? 余はまるで、敵陣に単騎で切り込む猛将でも見ているようだった。それに、余は無実だと分かっているアラブを口だけでも罪人扱いするのは嫌だったのに、「そんなわけに行くかーっ、あいつに余の大切なそなたが殺されるところだったのだぞーっ、おーんおんおん」なんて芝居までしたくなかった」
「嘘泣きが下手過ぎて焦りましたよ、兄上」
「なんだと、フェーデ。おまえの「大逆罪はすぐに死刑にすべきダー」よりマシだったではないか。なんだあの棒読みは」
「別にそんなに酷い棒では無かったでしょう、ドルフと比べたら」
「ああ、そうだった。ドルフ、もう一度言ってみてくれ」
「ナンテ、馬鹿ナ、小娘ダー」
フラヴィオ・フェデリコ兄弟の哄笑が響き渡る中、ベルがアラブ・ルフィーナ兄妹の顔を見て続ける。
溜め息交じりだった。
「カンクロ軍との戦で如何に魔法が必要となるか説明し、今アラブさんを死刑にするのは愚鈍だと、どんなに申し上げても官僚の方々にはご理解頂けなく……水掛け論のまま時間ばかりが過ぎました」
アドルフォからも溜め息が混じる。
「官僚の奴らには本当に呆れる。ただモストロが嫌いという感情だけで、魔法の必要性を認めずに拒むんだ。官僚といったって世襲で選ばれただけだから仕方ないかもしれないが、庶民かと突っ込みたくなる。奴らはヴィットーリア王妃陛下の件を挙げていたが、たしかに奴らの言う通りヴィットーリア王妃陛下はモストロに殺されたのも事実である一方で、またそのモストロの力でなければ助けられなかったのも事実だというのに、それをまるで認めようとしない。ならばモストロの力を借りる以外の策があるのかと訊けば、何も答えられない。なんなんだ、あいつらは」
と、アドルフォが大きく溜め息を吐いた。
頷きながら聞いていたルフィーナが、ベルを見て「それで」と催促する。
「官僚の方々にご理解頂けなかったベルさんは、どうしたんですか?」
「疲れて来ましたもので、とやかく言って決め付ける前に、まずは彼が――アラブさんが、カンクロ軍との戦でどれだけ使える代物なのか試してみるべきだと申しました。そして官僚の皆様方の仰る通り、アラブさんがまったく使えず、生かしておく価値のないメッゾサングエだと分かったその時は、大逆罪として処刑致しましょうとも申し上げました。無論、必ずアラブさんのお力が必要になると確信している上での発言です」
フラヴィオが「うむ」と頷いた。
「ここでようやく余とフェーデ、ドルフも、それなら有りだとベルの味方に付いてやることが出来た。思えば死刑なんぞいつだって出来るんだし、ていうか処刑日を延長するほど逆に苦痛を与えることが出来るのだしと、官僚たちを宥めてな」
ルフィーナが「なるほど」と声高になった。
「それで官僚の方々も納得してくれたんですね」
ベルが「いいえ」と首を横に振った。
「まだ半数以上はご納得頂かないご様子でした」
「え?」とルフィーナが小首を傾げた。
ならばどうしたのだろうと問う前に、ベルが「なので」と淡々と続けた。
「アラブさんがカンクロ軍との戦で功績を立てられなかったそのときは、アラブさんの死罪及び、私が責任を取って宰相を辞任致します」
「――え!?」
と驚愕した兄妹の手前、ベルが満足そうな表情を浮かべた。
「私がそう申し上げた途端、想定通りのことが起こりました。異議ばかりだった官僚の方々が掌を翻され、それは良い、素晴らしいと、快く是認し出したのです。そう、常日頃から察してはいたのですが、官僚の方々は心底私を宰相から蹴落としたいご意向でございました。これまでに、官僚の方々の不支持を多く獲得していた自身を誇らしく思います。お陰で陛下――フラヴィオ様やフェーデ様、ドルフ様の信用を落とさず保持したまま、円満に可決に持っていくことが出来たのですから」
と疲れた顔で安堵の溜め息を吐いたベルに「流石です」と言った兄妹だったが、そんなことより狼狽する気持ちの方が上だ。
特にアラブは焦る。
自分のせいで、ベルをカプリコルノ国の歴史に名を残す地位から降格させてしまうかもしれないのだ。
「ちょ、あのっ、ベルさんっ……!」
「頼りにしています、アラブさん」
と、ベルが微笑した。
「アラブさんがカンクロ軍との戦で功績を立ててくだされば、フラヴィオ様はアラブさんを赦免して差し上げることが出来ますし、またご兄妹の名誉挽回にもなります。そして、官僚の方々を含む国民の皆様に、魔法の必要性をご理解頂ける絶好の機会ですから、お願い致しますね」
フラヴィオが続く。
「カンクロとの戦で、官僚共がおまえを活躍させまい、させまいとしてくる可能性もあるが、余やフェーデ、ドルフが機会を作ってやるから必ず功績を立てろ。そして生きろ。我が国のためにもあるが、何よりもルフィーナのためにだ」
「ベルさん…陛下っ……」
また涙が溢れ出て来るルフィーナの傍らで、アラブが「御意!」と大声で承知した。
「自分はカンクロ軍との戦で、必ずや多くの功績を立ててみせます!」
その後に「ベルさんのためにも!」と付け加えると、フラヴィオが「いや」と言った。
「それはそんなに気にしなくて良い。別に宰相でなくなるだけだ」
「それは重大なことでは……」
「いえアラブさん、私はこの地位を目指して働いて来たわけでなく、フラヴィオ様のために働いてたらいつの間にかそう呼ばれるようになっていただけのことですから、お気になさらず」
と言ったベルだったが、「でも」とフラヴィオを見るなり口を尖らせた。
「フラヴィオ様に言われるのは何か傷付きます。私が宰相でなくても良いと仰るのですか?」
「うむ。余は、そなたがあの重苦しく、心の穢れた輩ばかりの朝廷に出る度に、補佐に任命したことを少し後悔する。いつものことだが、今日は特に疲れたであろう。余は天使に苦労など掛けたくない。やはり天使は、余の癒しで居てくれるだけで良いのだ」
「天使番号7番は、『国王陛下を愛し、国王陛下の癒しとなり、時には国王陛下の助けとなり、国王陛下のためにいつまでも美しくあり、そして国王陛下のために生きること』の天使の仕事の中で、『癒し』は一番苦手でございます」
「なんでそうなのだ。天使の中でも余のアモーレなのだから、仕事や戦から疲れて帰って来た余を「おかえりなさい、あなた。まずは私にする? それとも私にする? そしてやっぱり、わ・た・し?」って出迎えてくれるようにならなきゃ駄目だ」
「それは癒しなのですか? というか、疲れているなら早急におやすみください? そして三択にする必要性が謎でございます……――って、何故ニヤつかれているのですかフェーデ様、ドルフ様?」
「いや、別に?」
「や、やりませんよ……私はそんなこと、絶対にやりませんよ!」
そんな会話を聞いていたアラブが何を思ったのか、突如鼻血を噴射してフラヴィオに怒られる。
アラブがここ宮廷オルキデーア城に来てからというもの、日常的になっていた光景だ。
兄がそんなことになっている度に恥ずかしく、穴があったら入りたいと思ったこともある妹のルフィーナ。
今日はそんな兄を見られることを幸せに感じて、頬を零れ落ちる涙が止まらない。
それに気付いた兄に、頭を撫でられたら尚のこと涙が落ちた。
兄と共に、深々と頭を下げる。
「陛下、フェデリコ閣下、アドルフォ閣下」
そして、
「ベルさん……本当に、ありがとうございました。わたしは感謝してもしても、し切れません。それから……」
「スィー、ルフィーナさん?」
「今まで、不愉快なことを沢山してきてしまって、本当にごめんなさい」
一言「いいえ」と返したその顔は、やっぱり天使の微笑だった。
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