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第28話ー4
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「大丈夫です、下がってください」
そう言ってタロウが宥めたのは、宮廷内にいる使用人や、裏庭の外にいる兵士たちだった。皆、手に武器を持っている状態で、裏庭に飛び出してくる寸前だった。
そんなことをされては、コニッリョたちはたちまち逃げて行っただろう。
「ティーナには僕が掛けたバッリエーラ――魔法の盾が10枚掛かっています。そう簡単に破られるものじゃありません」
家政婦長ピエトラの「落ち着きな!」の声が1階の廊下から響いて来ると、使用人たちが振り上げていた武器を下ろした。兵士たちも戸惑いながらも続く。
タロウは搦手門の方へと顔を向けた。
カンクロ軍の一匹の少年カーネ・ロッソと、20人を超える人間の兵士たちが入って来ていた。テレトラスポルトでやって来たのだと分かる。
「あんこの匂いで釣っちゃったみたいだね」
「え?」と小首を傾げたヴァレンティーナに、「お腹空いてるんだよ」とタロウは言うと、搦手門の方へとテレトラスポルトした。
少年カーネ・ロッソが「うわっ」と言いながら、兵士たちを背に庇う。なんだか、そこにいる兵士皆が飼い主のように見えた。
「何でガット・ネーロがいる! カプリコルノとレオーネの友好関係が終わったって聞いてたのに!」
「表面上はそう見えただろうね。収集が甘いよ、君らのとこの密偵は。僕らは何があったって、カプリコルノ陛下たちが大好きなのさ」
タロウが「ところで」と、少年カーネ・ロッソの頭の先から爪先を見つめる。外見年齢は10代前半程度で、顔や腕、脚を怪我していた。
「君、もう初級魔法のグワリーレさえ使えないんだね」
「う……うるさいっ! おれたちカーネ・ロッソはもともとコッチの方が得意なんだ!」
と怯えた様子で叫喚するなり、突き出された拳。
タロウがそれを右手で軽々と受け止めると、少年カーネ・ロッソが「あっ……」と動揺を見せた。
拳をさらに突き出そうとしても、逆に引こうとしても、びくともしない。
「モストロとはいえ、君ももう相当来てるんだね。全然力が入ってない。まるでただの人間だ」
敵わないと察したのか、少年カーネ・ロッソが震え出し、その目には涙が浮かんでいった。
「…た…頼むよ、食い物をくれ…! おれはいらないから、おれの主たちに食い物をやってくれ…! ここに辿り着くまでに、もう24人も死んでるんだ……!」
「君って何人飼い主いるの?」
「元は50人だ」
何故そんなに多いのかとタロウが疑問に思っていると、少年カーネ・ロッソが続けた。
「普通カーネ・ロッソを飼えるのは、金持ってる王侯貴族や将軍たちなんだ。でもおれは、50人の兵士が給料をちょっとずつ出し合って育てられてきたカーネ・ロッソなんだ。みんな質素な飯食ってるのに、おれだけいつも高くて美味い食い物を食わしてくれた。おれは恩返ししなきゃいけなかったのに、人間の兵士の飯は一番後回しにされちまって、もう24人も……!」
と、少年カーネ・ロッソが嗚咽する。
「頼むよ、食い物をくれよっ…! ここにいる残りの主たちを、もう誰ひとり死なせたくないんだっ…! おれの命と引き換えにしてもいいから、頼むよっ……!」
タロウは同情心を覚えながらも、「うーん」と唸って腕組みする。自身に決定権は無いし、相手は敵だ。
ここはフラヴィオやその補佐3人のどれかのところにテレトラスポルトするべきだが、このカーネ・ロッソの少年が演技をしているということもある。
一瞬たりとも、ヴァレンティーナの傍から離れるわけには行かない。ならばそのヴァレンティーナも連れてテレトラスポルトすれば解決かといえば、そうも行かなそうだ。
ヴァレンティーナはヴァレンティーナで、コニッリョの傍から一瞬たりとも離れる気はない故に。
ならばせめて、ここから近い北の海にいる王太子オルランドに相談してみようか。
そう思い至り、近くにいる兵士に呼んで来てもらおうとタロウが口を開きかけたとき、すぐ傍らでヴァレンティーナの声がした。
「はい、どうぞ」
「――えっ……?」
と少年カーネ・ロッソは目を疑い、タロウはぎょっとする。
ヴァレンティーナが、器に盛りつけたあんこを、少年カーネ・ロッソに向かって差し出している。
「あんこは嫌い?」
「く、くれるのか?」
「あ、ごめんなさい。私、カンクロ語はまだ覚えてないの」
しかし、充分に意思が通じたらしい。
少年カーネ・ロッソが涙ながらに「ありがとう」と言って、その皿を主たちに渡す。
出来たてあつあつのあんこを手掴みで貪り食う兵士たちを見て、ヴァレンティーナが「待っててね!」と言った。
どうやらもっと持って来る気らしい。
あんこ鍋の方へと駆け出そうとしたその手を、タロウは「待って!」と引き戻す。
狼狽してしまう。
「ティーナ、待って! いいかい、これは『敵』だよ!」
「分かってるわ、タロウ君」
「僕もちょっと同情してたところだけど、やっぱ駄目だ。勝手なことしちゃいけない。あのね、これは宰相に怒られるよ? 敵に食糧を与えるなんて、君はあの守銭奴宰相が豪快に羽振りを利かせてまで成功させた策を、台無しにしてしまっている」
ヴァレンティーナは兵士たちを一瞥した後、タロウに顔を戻してこう言った。
「流石はベルね。こうなることを読んで、アクアーリオ国やサジッターリオ国の食べ物を買い占めたのね」
「そう、敵のお腹を減らして士気を下げるためだ。せっかくヨレヨレだったのに、これじゃ敵が復活しちゃうでしょー」
と参った様子のタロウを余所に、ヴァレンティーナが1階の部屋の窓から見える料理長フィコに向かって、声を大きくした。
「お願い、今すぐ敵さんのご飯を作って! きっとまだまだいるから、たくさんよ!」
――サジッターリオ国の港にて。
カンクロ遠征軍の船に乗り込み、カーネ・ロッソを中心に征伐している『力の王』と『力の王弟』、『人間卒業生』を眺めながら、サジッターリオ国女王シャルロッテが口を開いた。
「すーごい光景ね。ハナとナナ・ネネの力も借りてるとはいえ、カンクロ軍をフラヴィオたち3人で倒しちゃってるんだけど。まぁ、相手が空腹で弱ってるのもあるんでしょうけど。でもカプリコルノって、兵士必要あるのかしら」
ベルが「はい」と答えた。
「これは、兵士の皆さんが国を守ってくださっているからこその光景です」
「それに午前の戦いでも、兵士による矢の雨は助かりました」
とアラブが続くと、「まぁねぇ」とシャルロッテが同意した。
マサムネがそわそわと、落ち着かない様子で続く。
「むしろカプリコルノは兵士が足りないくらいやで、女王陛下」
ベルが「そうですね」と相槌を打つと、シャルロッテが意外そうに「そうなの」と言った。
「リコたんとアドぽんもこっちに来てもうたし、北の海を守っとる王太子オルランドも強いけど、フラビーたちには届かへんし。オルランドと一緒におるムサシもまだガキやし、ていうかテレトラスポルトで忽然とカーネ・ロッソが現れることやってあるんやし……ほんまにティーナ大丈夫やろか」
「それは大丈夫でしょう? だってタロウが一緒だもの。心配なら、今からうちの兵士を1万くらい持ってく? アラブのテレトラスポルトで」
とシャルロッテがアラブの顔を見ると、それは苦笑した。
「すみません……自分はメッゾサングエなので、それだけの数の人間を運ぶことは出来ません」
「そうよね、分けてテレトラスポルトしたって無理よね。午前の戦いの後だし。それに何かあったら、タロウが知らせに来るでしょ」
「それが出来たらええけど……」
とマサムネが不安そうに呟いたとき、アラブがはっと息を呑んで「来た!」と声を上げた。
すかさずコラードが、カンクロ船団に乗り込んで戦っているフラヴィオたちに向かって叫ぶ。
「彼らが来たって! 避難、避難!」
その声に、ハナがフラヴィオを、ナナがフェデリコを、ネネがアドルフォを連れてベルたちの前方に現れる。
戦っていた真っ最中にテレトラスポルトされた3人が「あれ?」と辺りを見回す中、ベルが港町の門を指差しながら走り出した。
「蝙蝠モストロが来ます! 皆様、早く町の中へ!」
マサムネが続く。
「せやから、宰相の策は成功したんやって!」
それがどんな策かまだ聞いていなかった3人は、訳の分からぬまま港町へと引っ張られていく。そして言われるがままに、門のところに隠れて港の方を見る。
ベルがシャルロッテに問うた。
「今さらですが、彼ら――蝙蝠モストロの名は、なんというのですか?」
「えーと……たしか、ピピストレッロ――ピピストレッロ・デッレ・サングエよ」
ベルが「ピピストレッロ」と鸚鵡返しに呟いた傍ら、フェデリコが気付いた様子で「ああ」と言って、フラヴィオとアドルフォの顔を見た。
「この国の、町から遠く離れた山に人型モストロが居たでしょう」
「ああ、あの蝙蝠の翼のか」
「ああ、あのメスが巨乳のか――って、いやいやアモーレ、余はそんなの知らない、そんなとこばっかり見ていない、ちゃんと尻も見てる。ああいや、違う違う、違うんだそんな顔しないでくれ。尻が小振りなのも気にしてたのかアモーレ? あのな、余が一番に愛するのは女の笑顔であって、乳房や尻なんての二の次・三の次であり――」
ハナが「しっ!」と口元に人差し指を当てた。
「来たよ……!」
それから数秒が経つと、突如辺りに陰が落ちた。
空に数多の蝙蝠の翼が、犇めき合っており、ベルの策を知らない3人が目を丸くする。
思わず「何だコレ」と呟きをハモらせてベルを見ると、それは「あちらを」と言ってカンクロ船団を指した。
3人が従ってそちらを見るや否や、ピピストレッロたちが一斉に手から放った魔法の炎。
たちまちカンクロ船団が飲み込まれ、炎の海と化していった。
思わず「うわ」と声を漏らしたり、逆に言葉を失ったりしながら、一同は地獄にやって来たかのような錯覚を覚える。
パチパチと燃える音と、カンクロ軍の断末魔。
肌を炙るように押し寄せて来る熱風。
多量の白煙が天へ舞い上がると、辺りには焦げた匂いが漂った。
しばしのあいだ呆然として眺めた後、一同の視線はベルへと集中していく。
フラヴィオが「ふふふ」と笑った。
「見事な策だ、宰相よ。大手柄だな」
しかし、
「何も、ここまで豪快でなくとも良い。風が強くなったら、この町まで炎の海になるぞ」
「も、申し訳ございません。その、想像以上の凄烈さだったと申しますかっ……」
と、ベルがあたふたとすると、ハナが笑いながら「大丈夫だ」と言った。
「危なくなったら、あたいやナナ・ネネが炎を鎮めるし、ピピストレッロが去ったらしっかり消しておくからさ」
ナナ・ネネがうんと頷いた。
「流石は宰相だな」
「カンクロ遠征軍を全滅させたな」
ベルが「それは……」と言いながら、フラヴィオとハナの顔を交互に見た。フラヴィオはさっき、ワン・ジンを倒す前にテレトラスポルトされてきたはずだ。
「ワン・ジンのバッリエーラは、後どれほど残っていたのですか?」
フラヴィオがハナを見る。
バッリエーラは人間の目には見えないが、破砕した時の音は聞こえる。大体ではあるが、200枚以上は破った感覚があった。
ハナが「そうだなぁ」と呟いた後に答える。
「あいつテレトラスポルトで逃げ回ってたからさ、まだ100枚近くあったかもしれない」
マサムネが「ほな」と口を挟む。
「ワン・ジン、逃げたな。一匹でか、ぎりぎり生き残った僅かな仲間と一緒にか、知らんけど」
それを聞いたフェデリコとアドルフォが、しまったと顔を見合わせた。
「兄上の方を手伝うべきだった。まさかワン・ジンに、それほどまでにバッリエーラが掛かっていたとはな」
「今日見ていて思ったが、カーネ・ロッソは危機が迫ると主の守りに徹するようだな。とにかく必死にバッリエーラを連発する奴らがいて、攻撃が少なくて有難い一方で、面倒でもあった。それに気付いた時点で陛下の下へ行くべきだった」
「いや、おまえたちは気にしなくて良い。余がさっさと片付けるべきだった」
とフラヴィオが溜め息を吐くと、その肩をシャルロッテが「もう!」と叩いた。
「なーに言ってんのよ! 今回の戦は完勝じゃない! 喜びなさいよ! ほら、あなたたちも!」
と、フェデリコとアドルフォの肩も叩く。
「そうです」と同意して、ベルが少し悄然とした様子の3人を見た。
「カンクロ国のカーネ・ロッソの数を大幅に減らすことが出来たのですから、今回の目的は果たしたも同然です。我々の大勝利です」
と励ましながら、スカートのポケットに手を入れたベル。
中にあるワン・ジンからもらった金の腕輪を握りながら、むしろこう思う。
(ワン・ジンが生きているのは、好都合となるやもしれません)
そう言ってタロウが宥めたのは、宮廷内にいる使用人や、裏庭の外にいる兵士たちだった。皆、手に武器を持っている状態で、裏庭に飛び出してくる寸前だった。
そんなことをされては、コニッリョたちはたちまち逃げて行っただろう。
「ティーナには僕が掛けたバッリエーラ――魔法の盾が10枚掛かっています。そう簡単に破られるものじゃありません」
家政婦長ピエトラの「落ち着きな!」の声が1階の廊下から響いて来ると、使用人たちが振り上げていた武器を下ろした。兵士たちも戸惑いながらも続く。
タロウは搦手門の方へと顔を向けた。
カンクロ軍の一匹の少年カーネ・ロッソと、20人を超える人間の兵士たちが入って来ていた。テレトラスポルトでやって来たのだと分かる。
「あんこの匂いで釣っちゃったみたいだね」
「え?」と小首を傾げたヴァレンティーナに、「お腹空いてるんだよ」とタロウは言うと、搦手門の方へとテレトラスポルトした。
少年カーネ・ロッソが「うわっ」と言いながら、兵士たちを背に庇う。なんだか、そこにいる兵士皆が飼い主のように見えた。
「何でガット・ネーロがいる! カプリコルノとレオーネの友好関係が終わったって聞いてたのに!」
「表面上はそう見えただろうね。収集が甘いよ、君らのとこの密偵は。僕らは何があったって、カプリコルノ陛下たちが大好きなのさ」
タロウが「ところで」と、少年カーネ・ロッソの頭の先から爪先を見つめる。外見年齢は10代前半程度で、顔や腕、脚を怪我していた。
「君、もう初級魔法のグワリーレさえ使えないんだね」
「う……うるさいっ! おれたちカーネ・ロッソはもともとコッチの方が得意なんだ!」
と怯えた様子で叫喚するなり、突き出された拳。
タロウがそれを右手で軽々と受け止めると、少年カーネ・ロッソが「あっ……」と動揺を見せた。
拳をさらに突き出そうとしても、逆に引こうとしても、びくともしない。
「モストロとはいえ、君ももう相当来てるんだね。全然力が入ってない。まるでただの人間だ」
敵わないと察したのか、少年カーネ・ロッソが震え出し、その目には涙が浮かんでいった。
「…た…頼むよ、食い物をくれ…! おれはいらないから、おれの主たちに食い物をやってくれ…! ここに辿り着くまでに、もう24人も死んでるんだ……!」
「君って何人飼い主いるの?」
「元は50人だ」
何故そんなに多いのかとタロウが疑問に思っていると、少年カーネ・ロッソが続けた。
「普通カーネ・ロッソを飼えるのは、金持ってる王侯貴族や将軍たちなんだ。でもおれは、50人の兵士が給料をちょっとずつ出し合って育てられてきたカーネ・ロッソなんだ。みんな質素な飯食ってるのに、おれだけいつも高くて美味い食い物を食わしてくれた。おれは恩返ししなきゃいけなかったのに、人間の兵士の飯は一番後回しにされちまって、もう24人も……!」
と、少年カーネ・ロッソが嗚咽する。
「頼むよ、食い物をくれよっ…! ここにいる残りの主たちを、もう誰ひとり死なせたくないんだっ…! おれの命と引き換えにしてもいいから、頼むよっ……!」
タロウは同情心を覚えながらも、「うーん」と唸って腕組みする。自身に決定権は無いし、相手は敵だ。
ここはフラヴィオやその補佐3人のどれかのところにテレトラスポルトするべきだが、このカーネ・ロッソの少年が演技をしているということもある。
一瞬たりとも、ヴァレンティーナの傍から離れるわけには行かない。ならばそのヴァレンティーナも連れてテレトラスポルトすれば解決かといえば、そうも行かなそうだ。
ヴァレンティーナはヴァレンティーナで、コニッリョの傍から一瞬たりとも離れる気はない故に。
ならばせめて、ここから近い北の海にいる王太子オルランドに相談してみようか。
そう思い至り、近くにいる兵士に呼んで来てもらおうとタロウが口を開きかけたとき、すぐ傍らでヴァレンティーナの声がした。
「はい、どうぞ」
「――えっ……?」
と少年カーネ・ロッソは目を疑い、タロウはぎょっとする。
ヴァレンティーナが、器に盛りつけたあんこを、少年カーネ・ロッソに向かって差し出している。
「あんこは嫌い?」
「く、くれるのか?」
「あ、ごめんなさい。私、カンクロ語はまだ覚えてないの」
しかし、充分に意思が通じたらしい。
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出来たてあつあつのあんこを手掴みで貪り食う兵士たちを見て、ヴァレンティーナが「待っててね!」と言った。
どうやらもっと持って来る気らしい。
あんこ鍋の方へと駆け出そうとしたその手を、タロウは「待って!」と引き戻す。
狼狽してしまう。
「ティーナ、待って! いいかい、これは『敵』だよ!」
「分かってるわ、タロウ君」
「僕もちょっと同情してたところだけど、やっぱ駄目だ。勝手なことしちゃいけない。あのね、これは宰相に怒られるよ? 敵に食糧を与えるなんて、君はあの守銭奴宰相が豪快に羽振りを利かせてまで成功させた策を、台無しにしてしまっている」
ヴァレンティーナは兵士たちを一瞥した後、タロウに顔を戻してこう言った。
「流石はベルね。こうなることを読んで、アクアーリオ国やサジッターリオ国の食べ物を買い占めたのね」
「そう、敵のお腹を減らして士気を下げるためだ。せっかくヨレヨレだったのに、これじゃ敵が復活しちゃうでしょー」
と参った様子のタロウを余所に、ヴァレンティーナが1階の部屋の窓から見える料理長フィコに向かって、声を大きくした。
「お願い、今すぐ敵さんのご飯を作って! きっとまだまだいるから、たくさんよ!」
――サジッターリオ国の港にて。
カンクロ遠征軍の船に乗り込み、カーネ・ロッソを中心に征伐している『力の王』と『力の王弟』、『人間卒業生』を眺めながら、サジッターリオ国女王シャルロッテが口を開いた。
「すーごい光景ね。ハナとナナ・ネネの力も借りてるとはいえ、カンクロ軍をフラヴィオたち3人で倒しちゃってるんだけど。まぁ、相手が空腹で弱ってるのもあるんでしょうけど。でもカプリコルノって、兵士必要あるのかしら」
ベルが「はい」と答えた。
「これは、兵士の皆さんが国を守ってくださっているからこその光景です」
「それに午前の戦いでも、兵士による矢の雨は助かりました」
とアラブが続くと、「まぁねぇ」とシャルロッテが同意した。
マサムネがそわそわと、落ち着かない様子で続く。
「むしろカプリコルノは兵士が足りないくらいやで、女王陛下」
ベルが「そうですね」と相槌を打つと、シャルロッテが意外そうに「そうなの」と言った。
「リコたんとアドぽんもこっちに来てもうたし、北の海を守っとる王太子オルランドも強いけど、フラビーたちには届かへんし。オルランドと一緒におるムサシもまだガキやし、ていうかテレトラスポルトで忽然とカーネ・ロッソが現れることやってあるんやし……ほんまにティーナ大丈夫やろか」
「それは大丈夫でしょう? だってタロウが一緒だもの。心配なら、今からうちの兵士を1万くらい持ってく? アラブのテレトラスポルトで」
とシャルロッテがアラブの顔を見ると、それは苦笑した。
「すみません……自分はメッゾサングエなので、それだけの数の人間を運ぶことは出来ません」
「そうよね、分けてテレトラスポルトしたって無理よね。午前の戦いの後だし。それに何かあったら、タロウが知らせに来るでしょ」
「それが出来たらええけど……」
とマサムネが不安そうに呟いたとき、アラブがはっと息を呑んで「来た!」と声を上げた。
すかさずコラードが、カンクロ船団に乗り込んで戦っているフラヴィオたちに向かって叫ぶ。
「彼らが来たって! 避難、避難!」
その声に、ハナがフラヴィオを、ナナがフェデリコを、ネネがアドルフォを連れてベルたちの前方に現れる。
戦っていた真っ最中にテレトラスポルトされた3人が「あれ?」と辺りを見回す中、ベルが港町の門を指差しながら走り出した。
「蝙蝠モストロが来ます! 皆様、早く町の中へ!」
マサムネが続く。
「せやから、宰相の策は成功したんやって!」
それがどんな策かまだ聞いていなかった3人は、訳の分からぬまま港町へと引っ張られていく。そして言われるがままに、門のところに隠れて港の方を見る。
ベルがシャルロッテに問うた。
「今さらですが、彼ら――蝙蝠モストロの名は、なんというのですか?」
「えーと……たしか、ピピストレッロ――ピピストレッロ・デッレ・サングエよ」
ベルが「ピピストレッロ」と鸚鵡返しに呟いた傍ら、フェデリコが気付いた様子で「ああ」と言って、フラヴィオとアドルフォの顔を見た。
「この国の、町から遠く離れた山に人型モストロが居たでしょう」
「ああ、あの蝙蝠の翼のか」
「ああ、あのメスが巨乳のか――って、いやいやアモーレ、余はそんなの知らない、そんなとこばっかり見ていない、ちゃんと尻も見てる。ああいや、違う違う、違うんだそんな顔しないでくれ。尻が小振りなのも気にしてたのかアモーレ? あのな、余が一番に愛するのは女の笑顔であって、乳房や尻なんての二の次・三の次であり――」
ハナが「しっ!」と口元に人差し指を当てた。
「来たよ……!」
それから数秒が経つと、突如辺りに陰が落ちた。
空に数多の蝙蝠の翼が、犇めき合っており、ベルの策を知らない3人が目を丸くする。
思わず「何だコレ」と呟きをハモらせてベルを見ると、それは「あちらを」と言ってカンクロ船団を指した。
3人が従ってそちらを見るや否や、ピピストレッロたちが一斉に手から放った魔法の炎。
たちまちカンクロ船団が飲み込まれ、炎の海と化していった。
思わず「うわ」と声を漏らしたり、逆に言葉を失ったりしながら、一同は地獄にやって来たかのような錯覚を覚える。
パチパチと燃える音と、カンクロ軍の断末魔。
肌を炙るように押し寄せて来る熱風。
多量の白煙が天へ舞い上がると、辺りには焦げた匂いが漂った。
しばしのあいだ呆然として眺めた後、一同の視線はベルへと集中していく。
フラヴィオが「ふふふ」と笑った。
「見事な策だ、宰相よ。大手柄だな」
しかし、
「何も、ここまで豪快でなくとも良い。風が強くなったら、この町まで炎の海になるぞ」
「も、申し訳ございません。その、想像以上の凄烈さだったと申しますかっ……」
と、ベルがあたふたとすると、ハナが笑いながら「大丈夫だ」と言った。
「危なくなったら、あたいやナナ・ネネが炎を鎮めるし、ピピストレッロが去ったらしっかり消しておくからさ」
ナナ・ネネがうんと頷いた。
「流石は宰相だな」
「カンクロ遠征軍を全滅させたな」
ベルが「それは……」と言いながら、フラヴィオとハナの顔を交互に見た。フラヴィオはさっき、ワン・ジンを倒す前にテレトラスポルトされてきたはずだ。
「ワン・ジンのバッリエーラは、後どれほど残っていたのですか?」
フラヴィオがハナを見る。
バッリエーラは人間の目には見えないが、破砕した時の音は聞こえる。大体ではあるが、200枚以上は破った感覚があった。
ハナが「そうだなぁ」と呟いた後に答える。
「あいつテレトラスポルトで逃げ回ってたからさ、まだ100枚近くあったかもしれない」
マサムネが「ほな」と口を挟む。
「ワン・ジン、逃げたな。一匹でか、ぎりぎり生き残った僅かな仲間と一緒にか、知らんけど」
それを聞いたフェデリコとアドルフォが、しまったと顔を見合わせた。
「兄上の方を手伝うべきだった。まさかワン・ジンに、それほどまでにバッリエーラが掛かっていたとはな」
「今日見ていて思ったが、カーネ・ロッソは危機が迫ると主の守りに徹するようだな。とにかく必死にバッリエーラを連発する奴らがいて、攻撃が少なくて有難い一方で、面倒でもあった。それに気付いた時点で陛下の下へ行くべきだった」
「いや、おまえたちは気にしなくて良い。余がさっさと片付けるべきだった」
とフラヴィオが溜め息を吐くと、その肩をシャルロッテが「もう!」と叩いた。
「なーに言ってんのよ! 今回の戦は完勝じゃない! 喜びなさいよ! ほら、あなたたちも!」
と、フェデリコとアドルフォの肩も叩く。
「そうです」と同意して、ベルが少し悄然とした様子の3人を見た。
「カンクロ国のカーネ・ロッソの数を大幅に減らすことが出来たのですから、今回の目的は果たしたも同然です。我々の大勝利です」
と励ましながら、スカートのポケットに手を入れたベル。
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生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
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